泉飛鳥塾

「古(いにしえ)の都・飛鳥」の原風景と共に、小さな旅で出会った風景等を紹介したいと思います!

古代を歩く 「粟原寺・白山神社・十二柱神社・宗像神社・桜井茶臼山古墳」

2016年12月16日 16時25分50秒 | 歴史

奈良県桜井市はヤマト王権発祥の地です。市内には沢山の名所・旧蹟が残されています。そんな桜井の魅力を全国発信するため2013年に「大和さくらい100選」を、市内にある記紀・万葉ゆかりの地やビューポイントから一般公募し、100選が選ばれました。

今回は、「大和さくらい100選」の中から 「粟原寺・白山神社・十二柱神社・宗像神社・桜井茶臼山古墳」を紹介したいと思います 。

〇粟原寺(おおばらでら)・・・奈良県桜井市粟原にかつてあった寺です。創立は7世紀末にさかのぼります。現在は廃寺となり建物などは残っていませんが、寺の跡は「粟原寺跡」として国の史跡に指定されています。大宇陀から女寄峠を越えて桜井に抜ける忍阪街道の中ほどの丘陵地に粟原の集落があり、その南の端に天満神社があります。寺はその裏手に隣接した高台にあります。発掘調査が行われていないため、伽藍の規模や配置など詳しいことは不明です。

現在は、塔跡に心礎や礎石などが確認できるほか、東側の一段低くなった場所にも礎石が並べられています。ただし東側の礎石は元からこの場所にあったのではなく、塔跡の西側にある十三重石塔が建てられているあたりから運ばれたと見られています。石塔が建てられている場所は通称「コンドー」と呼ばれていて礎石もいくつか確認でき、ここに金堂があったと考えられています。

談山神社が所蔵する「粟原寺三重塔伏鉢」(国宝)に刻まれた銘文によって、寺の由緒がはっきりとしています。この伏鉢は古代の金石文の重要な資料として国宝に指定されるとともに、寺跡も史跡に指定されました。銘文によると、仲臣朝臣大嶋が草壁皇子を忍び寺の設立を発願しました。大嶋の死後、比賣朝臣額田によって、694年に起工し金堂と丈六の釈迦像が造られ、22年後の715年に三重塔が完成したと記されています。大嶋は文献でも名前が確認できる人物ですが、比賣朝臣額田に関してはいっさい不明であり、一部に飛鳥時代の歌人・額田王ではないかとする説も出されているようです。飛鳥時代に、忍阪街道の中ほどの丘陵地の地に、これほど立派なお寺があったとは思いもしませんでした。

            

 〇白山神社・・・桜井市黒崎(字宮の本)にある白山神社は、第21代雄略天皇「泊瀬朝倉宮」伝承地とされ、雄略天皇がこの近くで詠んだ歌が万葉集にのっています。
境内には保田與重郎が建立した記念碑『萬葉集發燿讃仰碑』が建ちます。長谷寺に行く時に、よく通る道沿いにあるとは思いませんでしたので驚きでした。

        

〇十二柱神社・・・桜井市出雲地区に鎮座する十二柱神社は、武烈天皇の「泊瀬列城宮」伝承地とされています。十二柱神社の名前は、合計で12の神様を祀ることに由来します。出雲という地名ですが、島根県の出雲との関係から国号地名ではないかと思われます。奈良県内には出雲以外にも、但馬、吉備、筑紫、長門、備後等々の国号地名が見られます。出雲という地名には、古代社会における大和との交流が偲ばれます。神代の七神とその後の地神五神を祭神とします。垂仁天皇のころ、当麻蹴速と相撲を取り、勝者となった野見宿彌の五輪塔が移されているます。出雲地区には、古い町並みが残っていました。

               

〇宗像神社・・・鳥見山の北麓、国道165号南側に鎮座します。天武天皇の御子、高市皇子が母親(胸形尼子娘)の実家の氏神である宗像三神を祀った のが始まりとされます。幕末の国学者、鈴木重胤がこの地にきて、宗像三神の衰微をなげき村民と相はかって再興に努力し、安政6年(西暦1875年)に改めて筑前の宗像本社から神霊を迎えたとされています。ここも、道路沿いにありました。

      

〇桜井茶臼山古墳・・・奈良県桜井市の市街地にある桜井茶臼山古墳は、存在感のある古墳時代前期の巨大古墳です。市の南東部に広がる鳥見山(とみやま、245m)から北へのびる一つの尾根を利用して、前方部を南に向けて築かれています。ちょうど三輪山の南の初瀬谷への入口に面した場所にあり、奈良盆地東南部から東へ抜ける昔の初瀬・伊勢街道を見下ろしています。 上空から見ると、端正な姿の柄鏡(えかがみ)の形をした前方後円墳であることが分かります。一周し、後円墳に上りました。はたして、一体誰が葬られているのでしょうか・・・

           

ヤマト王権発祥の地である桜井市は、飛鳥のすぐお隣の場所です。これからも、沢山の名所・旧蹟が残されている「大和さくらい100選」の場所を、歴史散策したいと思っています!

 

 

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