連日息子の話題で申し訳ないのだが、今日もお付き合い頂きたい。
我が家に車がなかったせいか、移動といえば専ら電車。だから小さい頃から電車が大好き。北は北海道、南は沖縄まで、各地の特急やら路面電車、モノレール等に乗ることだけを目的とした家族旅行をどれほど繰り返したことだろう。
地元の中学校にはない鉄道研究部に入部出来る、ということが中学受験をする際の“釣り文句”になっていた気がする。だから学校選びも“鉄道研究部がある”ことがポイントだった。
予定通り中学・高校と6年間鉄道研究部に所属し、高2では曲がりなりにも部長を務めたわけである。
大学に入学し、「今度はサークルどうするの?」と訊いてみた。
「鉄研に入るとまた同じようなメンツとの偏った会話になるから、鉄研はもういいや。別のところを考えてみる。新聞部とかいいかなあ。」などと言っていた。まあ、鉄研は鉄子ちゃんが増えているとはいえ、やはり男所帯。中高6年間を男子校で過ごした女子免疫のない息子(曰く、6年間で同い年くらいの女子と話した時間は合計でも1時間にも満たないと思う、とのこと!)にとって、その環境で女子学生との新しい出逢いを待つのはなかなか難しいだろう。
が、サークル巡りをしながら、なんと「混声合唱団が気になるので、新歓行事に行ってみようかと思う。」と言う。夫と顔を見合わせ、驚いた。
私はこのブログでも何度も書いたように、中高はブラスバンド部でクラリネットを吹き、大学では混声合唱団に所属した。大学を卒業して就職してからは時間に追われ、すっかり歌うことから離れ、カラオケすらしなくなっていた。
それが5年ほど前、大学卒業25周年を契機に、大学のホームカミングデーでのOB・OG合唱団のミニステージに立たせて頂く機会に恵まれた。現役当時の指揮者・Y先生からのご指導を受けるという、奇跡のような時間であった。
最初にお誘いを受けた時は、再発治療を始めてまだ日が浅かったから、体調管理もなかなかうまくいかず、休日に都心の練習場まで通って何時間も立ったまま歌うなんて体力的にとても無理、と諦めていた。だが、思い切って翌年、実際に参加してみると、不思議なほど元気に本番まで歌い通す事が出来た。自分でも驚きだった。
そんなステージを目指す日曜練習を4年続けた。夫と息子も毎年揃って聴きに来てくれていた。昨年は残念ながら指揮者先生との日程が合わず、流れてしまったのだが・・・。
年に数回お送り頂ける合唱団のOB・OG通信等を拝読すると、“親子2代で団員になりました。”という方もいらして、楽しそうだな~などと、本音ではちょっと羨ましく思っていたのだった。
大学では高校までと異なり、講義と講義の間に数時間空くこともある。そうした時間をどうやって埋めるか、その時に自分の居場所があるかないかで随分過ごし方が違うと思う。どこの団体にも所属せず、大学と会館の往復だけの学生生活では、淋しいだろうな、どこかに入ってくれたらいいな、とも思っていた。
が、なぜ、突然混声合唱団なのか。
「女の子と自然に友達になりたいと思っているなら、合唱団は女子も半数以上いる筈だし、歌はいいわよ。」と薦めたせいか。
遡れば保育園時代から、大きな声で元気に歌うのは得意だった。小学校時代の学芸会ではソロで歌わせてもらったこともあった。中学時代の合唱祭は、3年時には震災で中止になったから2回しか経験していない。皆が声変わりの時期で、かすれた不安定な声だったから男声合唱の醍醐味とはかけ離れたものであったと記憶している。その後、高校時代を通じて歌とは無縁の生活のように思っていた。
けれど、私の合唱祭には毎回聴きに来てくれていて、私がきつい治療を続けながらも幸せそうに歌う姿に何かを感じるところがあったのだろうか。世代を超え、時間を超えてのメンバーとの交流を見ながら“あれ、これってちょっとイイかも・・・”と興味を持ってくれたのだろうか。
いずれにせよ、今回の息子の選択は単に“お母さん受けがいいと思ったから”であろう筈がない。けれど、もし私の経験が、彼が踏み出した新しい一歩に何らかの影響を及ぼしていたのだとしたら・・・と人知れずニヤニヤしてしまう。
息子の大学の合唱団のホームページを覗いてみると、週3回の練習と年に数回の演奏会、合宿等、新入生演奏会やフェアウェルコンサート等の様子が写真とともに紹介されていた。わあ、私たちの時代と同じようなことをやっているんだ!と、いきなり懐かしさとともに大学時代にタイムスリップしてしまった。
講義の空き時間には部室に行って過ごしたり、週末は新歓のBBQ大会に参加し、数時間の練習も経験して、仮入部したという。「校歌を歌った。楽しかった」とLINEで連絡してくるので「じゃあ、是非歌って聴かせて!」とダメモトのつもりでスカイプでお願いしたら、「歌っている顔を見られるのは恥ずかしいから、声だけね。」とビデオ映像を切って一番だけ歌ってくれた。
テノールだそうである。
今週末は新歓コンパで繁華街まで繰り出すらしい。ああ、懐かしさとともに青春真っ盛りの息子が放つオーラに羨ましさで身を捩る母である。偏見かもしれないけれど、歌を歌う人に悪い人はいないと信じている。きっと一生付き合うことが出来る良い友人(もしかしたらパートナーも?)に巡り合えることだろう。
これからは離れていても息子と合唱の話題で盛り上がれるかもしれない。夫は自分だけ蚊帳の外で、ちょっと妬けている模様。
最初の演奏会デビューはいつのことだろう。聴きに行かなくっちゃ・・・と、そんなことに思いを馳せながら、大学生の母になるまで生き長らえたことを心から幸せに思う今日という日である。
我が家に車がなかったせいか、移動といえば専ら電車。だから小さい頃から電車が大好き。北は北海道、南は沖縄まで、各地の特急やら路面電車、モノレール等に乗ることだけを目的とした家族旅行をどれほど繰り返したことだろう。
地元の中学校にはない鉄道研究部に入部出来る、ということが中学受験をする際の“釣り文句”になっていた気がする。だから学校選びも“鉄道研究部がある”ことがポイントだった。
予定通り中学・高校と6年間鉄道研究部に所属し、高2では曲がりなりにも部長を務めたわけである。
大学に入学し、「今度はサークルどうするの?」と訊いてみた。
「鉄研に入るとまた同じようなメンツとの偏った会話になるから、鉄研はもういいや。別のところを考えてみる。新聞部とかいいかなあ。」などと言っていた。まあ、鉄研は鉄子ちゃんが増えているとはいえ、やはり男所帯。中高6年間を男子校で過ごした女子免疫のない息子(曰く、6年間で同い年くらいの女子と話した時間は合計でも1時間にも満たないと思う、とのこと!)にとって、その環境で女子学生との新しい出逢いを待つのはなかなか難しいだろう。
が、サークル巡りをしながら、なんと「混声合唱団が気になるので、新歓行事に行ってみようかと思う。」と言う。夫と顔を見合わせ、驚いた。
私はこのブログでも何度も書いたように、中高はブラスバンド部でクラリネットを吹き、大学では混声合唱団に所属した。大学を卒業して就職してからは時間に追われ、すっかり歌うことから離れ、カラオケすらしなくなっていた。
それが5年ほど前、大学卒業25周年を契機に、大学のホームカミングデーでのOB・OG合唱団のミニステージに立たせて頂く機会に恵まれた。現役当時の指揮者・Y先生からのご指導を受けるという、奇跡のような時間であった。
最初にお誘いを受けた時は、再発治療を始めてまだ日が浅かったから、体調管理もなかなかうまくいかず、休日に都心の練習場まで通って何時間も立ったまま歌うなんて体力的にとても無理、と諦めていた。だが、思い切って翌年、実際に参加してみると、不思議なほど元気に本番まで歌い通す事が出来た。自分でも驚きだった。
そんなステージを目指す日曜練習を4年続けた。夫と息子も毎年揃って聴きに来てくれていた。昨年は残念ながら指揮者先生との日程が合わず、流れてしまったのだが・・・。
年に数回お送り頂ける合唱団のOB・OG通信等を拝読すると、“親子2代で団員になりました。”という方もいらして、楽しそうだな~などと、本音ではちょっと羨ましく思っていたのだった。
大学では高校までと異なり、講義と講義の間に数時間空くこともある。そうした時間をどうやって埋めるか、その時に自分の居場所があるかないかで随分過ごし方が違うと思う。どこの団体にも所属せず、大学と会館の往復だけの学生生活では、淋しいだろうな、どこかに入ってくれたらいいな、とも思っていた。
が、なぜ、突然混声合唱団なのか。
「女の子と自然に友達になりたいと思っているなら、合唱団は女子も半数以上いる筈だし、歌はいいわよ。」と薦めたせいか。
遡れば保育園時代から、大きな声で元気に歌うのは得意だった。小学校時代の学芸会ではソロで歌わせてもらったこともあった。中学時代の合唱祭は、3年時には震災で中止になったから2回しか経験していない。皆が声変わりの時期で、かすれた不安定な声だったから男声合唱の醍醐味とはかけ離れたものであったと記憶している。その後、高校時代を通じて歌とは無縁の生活のように思っていた。
けれど、私の合唱祭には毎回聴きに来てくれていて、私がきつい治療を続けながらも幸せそうに歌う姿に何かを感じるところがあったのだろうか。世代を超え、時間を超えてのメンバーとの交流を見ながら“あれ、これってちょっとイイかも・・・”と興味を持ってくれたのだろうか。
いずれにせよ、今回の息子の選択は単に“お母さん受けがいいと思ったから”であろう筈がない。けれど、もし私の経験が、彼が踏み出した新しい一歩に何らかの影響を及ぼしていたのだとしたら・・・と人知れずニヤニヤしてしまう。
息子の大学の合唱団のホームページを覗いてみると、週3回の練習と年に数回の演奏会、合宿等、新入生演奏会やフェアウェルコンサート等の様子が写真とともに紹介されていた。わあ、私たちの時代と同じようなことをやっているんだ!と、いきなり懐かしさとともに大学時代にタイムスリップしてしまった。
講義の空き時間には部室に行って過ごしたり、週末は新歓のBBQ大会に参加し、数時間の練習も経験して、仮入部したという。「校歌を歌った。楽しかった」とLINEで連絡してくるので「じゃあ、是非歌って聴かせて!」とダメモトのつもりでスカイプでお願いしたら、「歌っている顔を見られるのは恥ずかしいから、声だけね。」とビデオ映像を切って一番だけ歌ってくれた。
テノールだそうである。
今週末は新歓コンパで繁華街まで繰り出すらしい。ああ、懐かしさとともに青春真っ盛りの息子が放つオーラに羨ましさで身を捩る母である。偏見かもしれないけれど、歌を歌う人に悪い人はいないと信じている。きっと一生付き合うことが出来る良い友人(もしかしたらパートナーも?)に巡り合えることだろう。
これからは離れていても息子と合唱の話題で盛り上がれるかもしれない。夫は自分だけ蚊帳の外で、ちょっと妬けている模様。
最初の演奏会デビューはいつのことだろう。聴きに行かなくっちゃ・・・と、そんなことに思いを馳せながら、大学生の母になるまで生き長らえたことを心から幸せに思う今日という日である。