よしなごと徒然草: まつしたヒロのブログ 

自転車XアウトドアX健康法Xなど綴る雑談メモ by 松下博宣

倉敷中央病院の医療サービス・イノベーション

2010年10月26日 | 技術経営MOT
コンサルティングと招待講演で倉敷中央病院を訪問しました。

いつものようにIvy Squareに泊まりました。



9月7日に竣工した新3棟はこのところ医療界でも話題になっており、コンサルティングの仕事のあとで黒瀬正子看護部長のご案内で、好奇心の塊!となって見学させていただきました。

奥の院まで踏み込むことを特別に許可され、ICU看護師長、ドクターの方々などといろいろディスカッションしながら拝見しました。

急性期医療に特化した病棟が竣工することは稀なことです。医療機関は、その時点での最新鋭の医療機器や設備をアレンジするので、竣工したばかりのタワーには加工物レベルのイノベーションが凝縮されるのです。

目につきやすいのは、加工物のイノベーションですが、実は本質的に重要なのは、医療機器、ハードウェアなどの加工物層のイノベーションの背後にある医療サービス・コンセプトです。



さて株式会社などによって製造、販売されるデバイスやドラッグは、上手のようなイノベーション・パイプラインを通過してやっと上市にこぎつけます。

ユーザーとしての病院は最も右に位置して、医療機器や薬品を医療サービスの中で用いることによってイノベーションを普及させる役割を持っています。イノベーションを普及させることによって、デバイスやドラッグメーカーは投資を回収することになります。

デバイスメーカーは、イノベーション普及という目的を合理的に達成するために、イノベーション・パイプラインの右側で、値引き、診療協力、仕様調整などのインセンティブを病院に与えます。ただし、高額なデバイスの導入決定に関与する病院側のステークホルダーはおおまかに言うと、①医師・コメディカル系技師、②経営者の2種類居るので、複雑な営業攻勢が問われます。

①医師は、臨床効果、患者満足効果を計算して合理的にデバイスを選定しようとする。

②病院経営者は、診療報酬を含めROI効果を計算し、最も合理的なデバイスを選択しようとする。

倉敷中央病院には「経営」が存在します。常務理事病院長(医師)の上に理事長(経営担当)、副理事長(経営担当)が位置づけられているので、シビアなROI計算のふるいにかけて選択されています。

急性期医療のコアの部分である手術室、集中治療室、放射線検査部門、臓器別病棟などが集中化されているのが倉敷中央病院の新3棟です。



手術センターは、10室新設で既存部も含めて23室に拡張されました。増築工事完了後は、全32室です。

CDC・AIAおよびHEASガイドラインに沿った根拠に基づく合理性の高い設計がなされています。スペース広く使えるよう、壁面の器材棚をなくし、天井懸垂装置を設置して、壁面からの配線・配管を最小限にしています。

木目調の内装と窓の設置により、医療スタッフの疲労の軽減を考慮しています。



集中医療センター(4階)はICU が12、NCU が14 で、設備水準は国内有数のレベルです。



5階から13 階は病棟で、各階42 床~ 46 床、計404 床あります。5 階から12 階には第2 種感染症対応の病室を各2 室、13 階はさらに重度の感染症に対応する病室を2 室設けています。

チーム医療の機能コンセプトを全面に展開した構造設計には目を見はります。



その具体例として、内科系・外科系の医師ならびに多職種の医療スタッフがコラボしてチーム医療を強力に押し進める「臓器別センター」を導入しています。

従来のように専門によるタテ割りでなく、臓器系から生じるあらゆるキュアニーズをベースにして、すべての臨床に要請される医療リソースをアロケートするという思想が徹底しています。すなわち、医療組織階層の医療チームを「臓器別センター」として再デザインしているのです。

脳・神経センター、呼吸器センターのほか、整形外科、泌尿器科・形成外科・皮膚科の病棟となります。



一泊2万円の個室です。高級ホテルのようなアメニティです。

キュアは臓器別センター化がキーコンセプトですが、ケアは、ホリスティックな全体性や癒し(上田紀行先生の言葉)を重視しています。

看護部から積極的にリクエストを出し、患者さん、家族がくつろげるように障子、和室スペースなどを取り入れました。

ひとつのタワーに、かくも慄然とキュアとケアの機能を支えるハードウェアが顕現している姿に正直、感動します。



ベッドには、ベッドメークしたエイド(看護師ではありません)の名前が手書きされた綺麗なカードがちょこんと乗っています。

ベッドサイドのすぐ近くに広々としたトイレが配置されています。

通常は頭の位置の上のほうのパネルにはボタンや配線などがゴチャゴチャしていますが、大変スッキリしているのが印象的です。



バスタブは、患者さんの動きに配慮してストレスなく入浴できるデザインを凝らしています。

医療機関としてのキュア、ケアのニーズに適確に対応する点でも各所にデザインの精華が凝縮されていますが、病室においては、これらに加えて和風の「おもてなし」のサービスさえも意識している点は、特筆に値すると思います。和風旅館の加賀屋のサービスをベンチマークしたそうです。

非常に高度、かつ洗練れたサービス・イノベーションを意図しています。



一階のカフェスペース。ドトール・コーヒーと協業して倉敷中央病院用の特別ブランドを仕立てて運営してます。ここで事務長の富田秀男さんとしばし歓談。コーヒーをご馳走になりました。  

倉敷中央病院の創設者の大原孫三郎氏は、90年前に、当院を創設するに当たって

  1.設計はすべて治療本位とすること
  2.病院くさくない明朗な病院を作ること
  3.東洋一の立派な病院を作ること 
 
という、三つの根本方針を周知徹底したそうです。

2010年の新タワーにもこれらの精神が脈々と継承されていると思いました。

僕自身が、長年指導させていただいている倉敷中央病院の医療サービス・イノベーションの一部であることがうれしくもあり、また、身が引き締まる思いもします。