よしなごと徒然草: まつしたヒロのブログ 

自転車XアウトドアX健康法Xなど綴る雑談メモ by 松下博宣

人口構造変化、医療サービス、在宅ケアサービスの陰影

2010年06月14日 | 技術経営MOT

今年の前期の授業は人的資源管理論(HRM)を担当している。技術経営の方法論やイノベーションは企業などの人的資源を通して実行されるので、ありていに言えば、いかに人材を雇用・開発して「人財」にしてゆくのかは大変重要なテーマだ。しかも、技術者はどうしても専門志向になりがちで、企業のHRMの機微に疎いことがままある。

自分のキャリアをどのように開発していったらよいのか、コンピテンシー(能力・行動特性)、リーダーシップ、アントレプレナーシップをいかに涵養したらよいのか。これらもすべてHRMの守備範囲だ。よって、HRMに関するミクロ的な側面が技術経営研究科で講ぜられることには一定の意義があると思っている。

ただし、昨今のグローバルな思潮でのHRMは、国や地域単位での人的資源全体の出生、雇用、健康、死亡を含めたマクロ的な側面が注目されている。

この授業のなかで注視しているのが、人口構造の変化。少子高齢化現象の行く先には、「小生多死社会」が静かに待っており、その社会の変化にともなうストレスを技術はいかに緩和できるのか、という点では、マクロ的なHRMの課題。

Deutsches Institut Fur Japanstudien=ドイツ日本研究所(実はドイツが運営している対日本向けインテリジェンス機関)での講演でも、この角度から見た医療サービスのテーマでお話させていただいた。

あまり知られてはいないが、人口政策、医療サービス、社会保障サービス、移民政策などを構想するさいに、世界最高速度で亢進している少子高齢化現象と、その社会的対応のサンプルを提供している日本は、インテリジェンス活動の対象なのである。

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忘れないうちにちょっとメモしておいていずれ、まとまった文章にしてみたい。

かいつまでまとめてみると、2005年を境に、出生数を死亡数が凌駕するようになっている。これからの社会は、よく言われるような「少子高齢化社会」というよりは「小生多死社会」といったほうが合っている。



そして、下のグラフに端的に現れているように、日本人の死に場所はかっては自宅だったものの近年は圧倒的に病院になっている。



でも多くの人々は、病院よりも自宅で死んでゆきたいという。だから今後は、在宅での看取りが反転して主流になっていくのか?

とんでもない!

あまりにも急激な「小生多死社会」の進展により、死に場所の確保がままならないのが近未来の日本社会である。そのひとつの根拠が下の厚生労働省から発表された推計値。



前出の2図のように、出生率、死亡率、自宅死、病院死の趨勢値を活用して今後、日本人はどこで死んでゆくのかを予測したものがこの図。

注目をしなければいけないのは、「その他」という区分である。2030年には47万人が病院、介護施設、自宅以外の場所で死んでゆくと予測されている。(保守的な予測ではあるが)

「その他」という区分は意味深長だ。有料老人ホーム、既存制度の枠外で今後つくられるであろう介護施設、シルバー・グループホーム、シェアード・ハウスなどが死に場所となる人々もいるが、社会からexclude(排除)される人々にとっては、路上、公園、富士さんの麓の森林などかも知れない。意味深長と形容したが、本当は「不気味」という形容詞を使うべきだろう。

さらに問題を複雑にしているのが、昨今の病床削減という厚生労働省の政策だ。



この図に端的に現れているように、療養病床数には厳しいタガがはめられ今後はこれらの病床は増えていかない。日本の病床数はOECDのなかでも突出しており、過剰な病床を過小な医師、看護師が担当しているので、結果として医療密度が低下すると同時に、医療者に過大な負担をしているという側面を無視できない。

社会的入院の発生プロセスを調査研究した印南一路(慶応義塾大学)は、社会的入院とそれを生み出す根本原因である低密度医療が廃用症候群を通して高齢者の寝たきりや認知症を生み出すきっかけとなり、医療と介護の需要そのものを誘発するという悪循環が存在している と指摘している。

ここで思い出されるのがIvan Illich。彼が論難した病気の治療を行うための病院の病床が、病気を作っているという構図がここにある。つまり、「パンパワー不足→平均在院日数の高止まり→病院収入の確保→低ケア密度医療→長期臥床、廃用症候群、褥瘡患者の増加」というサイクルが、低密度医療の体制の中には存在しているとし、病床が過剰であることは、マンパワーが分散し、病床あたりの医師・看護職員などが極端に少ないことを意味する(印南 2009)。いわゆる療養型病床は、疎診疎療、低密度医療の温床である可能性が強いのだ。濃沼と印南のラインの指摘はあたっていると思う。

さて、今まで廃用症候群、褥瘡患者の温床でありながらも、「社会的入院の受け皿」として「社会的なニーズ」を満たしてきた長期慢性期疾患を主たるターゲットとする療養病床は今後は抑制されて増えない。しかも、医療ではなく、広義の介護、あるいは介護の外延部にあたる施設(有料老人ホーム、ケアハウス、高齢者専用賃貸住宅)がこれらのニーズに対応してくるようになる。

では今後、どのようなケアが要請されるのか?

答え、在宅ケアと訪問ケア。

ただし茨の道だ。なにせ、キュア中心で組み立てられてきた病院医療の逆張りが求められるからだ。もとよりCureとCareは2項対立的な概念ではなく、相互補完的なもの。ここを押さえて置いたうえで在宅では、Careが全面に出てくるのだ。Cureはどちらかと言うと、Young人口のAcuteな疾患に対応し、「死」に対する態度は、Rejection中心。そしてCure機能は病院にようにCentralizedされている。医療チームもCentralized型。


その一方でCareは、Chronic疾患を罹患しやすいOld人口が対象。「死」に対する態度は Acceptance。しかも局部ではなく、その人の人生、生活全体、つまりHolisticなアプローチが要請される。医療チームはDecentralizedされたCommunity & home basedに対応しなければならない。

ややおおげさに言えばパラダイムが違ってくるのだ。在宅ケアと訪問ケアはパラダイムシフトへの対応なのであり、CUREとCAREのUとAの一文字の違いはとほうもなく大きなものだ。

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exclude(排除)からinclude(包摂)へ、が政策課題となるべきである。しかしながら、ドイツ日本研究所で日本政治を研究しているAxel Kleinさんがいうように、「政治家は票にならない問題はことさら大きな声では発言しない」のである。特に与党、野党を問わず、新自由主義的な傾向の強い議員にはこの傾向が強いように思える。

元来、「ケア」は家庭や地域コミュニティのなかでヤリトリされてきた。「市場」で「交換」されるサービスではなく、ケアは互恵、信頼関係、人間関係の絆のなかで贈与されていたサービスである。

在宅ケアと訪問ケアの浸透は、在宅ケアの市場化の方向に向かわせしめるのか、あるいはそこに「新しい公」的な非営利的な互恵・贈与関係が温存される余地があるのか、については今後の課題だろう。

Putnamを引いてソーシャル・キャピタル論のウンチクをしようと思っていたのだが、このセミナーのオブザーバとして、なんと不均衡動学理論の宇沢弘文先生が目の前にすわっているではないか!

なんという奇偶か、シンクロニシティか。ちょっとまえに、『社会的共通資本』(岩波, 2000)を読み返していたのだ。

宇沢弘文は「ゆたかな社会とは、すべての人々が、その先天的、後天的資質と能力とを充分に生かし、 それぞれのもっている夢とアスピレーション (aspiration: 熱望、抱負)が最大限に実現できるような仕事にたずさわり、その私的、社会的貢献に相応しい所得を得て、幸福で、安定的な家庭を営み、できるだけ多様な社会的接触をもち、文化的水準の高い一生を送ることができるような社会である」という( 『社会的共通資本』,岩波, 2000)。

そのための「基本的諸条件」として次のような事項を挙げている。

1.美しい、ゆたかな自然環境が安定的、持続的に維持されている。

2.快適で、清潔な生活を営むことができるような住居と生活的、文化的環境が用意されている。

3.すべての子供たちが、 それぞれのもっている多様な資質と能力をできるだけ伸ばし、発展させ、調和のとれた社会的人間として成長しうる学校教育制度が用意されている。

4. 疾病、傷害に際して、そのときどきにおける最高水準の医療サービスを受けることができる。

5. さまざまな希少資源が、以上の目的を達成するためにもっとも効率的、かつ衡平に配分されるような経済的、 社会的制度が整備されている。



社会的共通資本の「資本」を市場に求めて、交換対象なモノゴトとして開発されうるものもある。しかし、市場経済に埋め込まれない互恵・贈与的社会のもうひとつの社会性が顕現する交換され得ない「なにか」があるということも忘れてはいけない。

贈与関係、互恵関係にあるサービスは、市場の外部に息づいてきた社会の静脈のようなサービスである。かつてはシャドウなどと呼ばれてきた、社会的サービス・イノベーションを構想(再建築)する余地は大きいだろう。

こんな話をしながら、セミナー終了後、宇沢先生と。