ばばちゃんのおっちゃんの日本語の先生への道

日本語の先生になろうと一念発起いたしました。

その139 Google翻訳の使い方

2017-12-30 10:12:27 | 6.私の感想・考え

Google翻訳の使い方

私のGoogle翻訳の利用の仕方を紹介いたします。

 そのまま、ごく普通に使おうとしますと、余りにも翻訳がへたくそなので、もっと上手い使い方がないかと考えました。

 また、Google翻訳以外の翻訳ソフトでは、翻訳したものを再度元の言語に再翻訳してくれるものが有ります。これは、翻訳したものを検証してくれますので、翻訳の正しさから言いますと、非常にありがたい機能です。

 Google翻訳にもそういう機能がないか調べてみて、見つけましたのが、双方向に矢印が示されているボタンを利用する方法です。原稿と訳文を反転させるのです。ただし、これは少し目的の外国語が出来る方向けで、そこまで行かない人には少し無理かと思います。

 Wordを開いて措いて、次にGoogle翻訳のタブを二つ開いて措きます。Wordは、原稿作文用と訳文メモ用です。Google翻訳は、片方は、メインに使い、もう片方は補助に使います。 

 日本文そのまま翻訳させますと、人称を間違えたりして、訳文がゴチャゴチャになりますので、前もって、主語や、所有格の代名詞等を追加しておきます。そして、そのあとで翻訳させます。

 日本文を多少弄りますと、英語らしい単語が出てくるようになりますので、そういう方法で多少、修正しておいた方が良いでしょう。それが終わりますと、今度は、双方向の矢印のボタンを押して、原稿と訳文を反転させます。Google翻訳が翻訳文を原稿にして、日本文に翻訳させるわけです。 

 日本文としては、人称代名詞がたくさん入り過ぎているので、くどいですが、本来の脈絡が正しいかどうかの判断に使えます。

 気に入らない時は、補助用のGoogle翻訳で、日本文を言い換えて見たり目的の言語を言い換えて見たりしますと、ご自分の文章使いに近い、作文が出来上がると考えます。 

 それでも気に入らない時は、英文では、「英辞郎」が助けてくれます。 

 私は、もともと、ブロークンの英語しか話せませんし、歳が歳で、しばらく、外国語を使っていませんので、単語や気の利いた表現を忘れてしまっておりますので、大助かりです。 

 Gmailでは、外国語で受け取ったメッセージを、(メッセージを翻訳)ボタン一つで日本語に翻訳してくれる機能も有りました。


その138 話が分かりやすい

2017-12-13 13:31:39 | 6.私の感想・考え
話が分かりやすい

 現在私の言語環境は、めちゃくちゃで、考え方は随分違いますが、表面的な翻訳、通訳は、ほぼ完璧な仕掛け人が一人います。

 社長と助っ人は英語を話しますが、私には聞き取れない英語を話しますので、分かったような分からないような話になってしまいます。そうは言いましても、社長は、シンガポーリアンと英語で、問題なく会話をしています。
 会社での会議は、仕掛け人が通訳を行いますが、考え方が随分違っていますので、私の考えが正しく伝わったかどうか疑問で、メンバーの顔色を窺って、判断するより仕方ありません。
 社長に正しく伝えたい、社長の考えを正しく把握したいときも仕掛人の世話になります。

 助っ人との会話は、ほぼ日本語で、通じない時は英語が混じります。しかし、連絡のやり取りのメールは英語です。メールは、クリック一つでgoogle翻訳が、翻訳してくれますので、多少助かります。
 仕掛け人とは、土曜日に会議のために会うだけですが、生活の相談等は、間違いが起こらないように、電話ではなく、日本語のメールのやり取りを行います。と言うようなややこしい環境です。

 そこで、自分が、相手の言うことが、正しく分かったのか、また、相手が、私の言うことが、正しく分かってくれたのかが、大きな問題です。

 「分かった!!」というのは、言葉ではなく、絵と言いますか、イメージだというのは、前から承知していますが、会話においては、この作業が、連続して起こっているのでしょうね。

 「分かり易い」で言いますと、仕掛人の日本語の単語が何回聞き返しても、分からないときがしばしば起こります。これは推測ですが、単語自体は間違っていないのですが、話の流れから、その流れでは、余り使わないような単語の出現のようです。
 我々の頭の中では、可成り前以て、シミュレートしているようで、そのイメージに合致しておれば、スムースに話が進行していくでしょうが、そうでない単語を用いますと、意味が合っているのに聞き取れないというようなことが起こったというような感じが致します。脳が抱いたイメージと合致していないのでしょうね。

 やはり単語のTPOを弁えた使い方によって、分かり易い話であったり、そうでなかったりするのではないでしょうか。実際には、人それぞれポテンシャルが異なりますので、一対一の会話では調整が効きそうですが、複数の人に対して行う時は、通り一遍の話し方でなく、いろいろな調整を含めて話さなければならないのかもしれません。

 今まで、竹内薫さんの話には、何かピンと来ず、あまり好きでは有りませんが、「話がわかりやすい」人は一体何が違うのか。理系作家がそのナゾを解き明かすという記事を書いておられますので、ほっておけなくなりました。
http://toyokeizai.net/articles/-/159121

 「分かった」と言うのは、私が他の所で、得た知識や実感から、ごくまともな話と考えます。日本語指導者の試験を受けた方ならご存知のフェルディナン・ド・ソシュール(スイスの言語学者)氏が出てきて、びっくりしたわけです。

 脳は、可なり先回りして、シミュレーションしているよと言う話は、池谷さんが言っておられます。そういう話から、接続詞の使い方で、脳は先回りしてくれているというのは、言われてみればそうで、もう少し注目して考えたいと思います。日本語の係り結び的な接続詞と語尾は、正にそのことを表しているのではないでしょうか。

 竹内さんの話では、易しい言葉を使ったからと言って、理解が進む訳ではなく、相手が蓄積している知識や、その他とのマッチングが大切だと述べておられます。
我々は、明確に意識はしていませんが、何となくそれらしき対応をしています。今後は、もっと意識して、取り組みたいと考えます。 
日本語の先生や外国での生活には、イメージがぴったり合えば、非常に楽しいですが、生活習慣、宗教、考え方が異なっていて、なかなかそうは参りません。



その137 ら抜き言葉

2017-12-12 08:07:14 | 6.私の感想・考え
ら抜き言葉

 「『ら抜き言葉』で抜けているのは「ら」じゃない?」なんて記事を見つけて、なに?なに?と言う訳です。
 なかなか面白いですね。今までの定説を覆すようですが、実は、その辺の専門家には、承知の事柄だそうで、・・・・・・・・
 我々一般人が知らないだけのようです。

 そして、本論の「時代差、世代差」という見方とは異なりますが、
 我々が、学校で勉強する古文は、連綿と続いていることばの変化の一時期だけを取り上げているということになりますので、ギャップが大き過ぎて理解し難いということでしょうか。

 現在の中国人が、唐代の詩が読めないとかいう話が有りますが、日本に伝わった時のその漢字の意味がそのまま日本に残っており、書き下し文と言う技法を編み出してくれたお陰で、現在のわれわれでも鑑賞できるというのは、非常に面白い現象と思っています。

 日本語教師を目指さなければ、気が付かない話題ですし、どうでも良い話ですが、面白いことを研究なさっている方を知るのも面白い。

「withnews」に記事、投稿されたご本人にインタビューした記事がますので、ご参考まで、