本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

上賀茂神社

2022-05-12 20:57:33 | 十地経

「十地経講義」の中で、

話しは横道にそれますが、

といって

いろいろな話が出てきます

私たちには講義そのものの

話しより

横道の話が楽しいのです

そういう話しになると

とたんに目が覚めて

先生のものの見方に

感動するのです。

 

ここでは上賀茂神社の話が

出てきました。

「僕は長いこと

上賀茂におりましたが。

まあ小さい経験だけど。

あそこへ行って知ったのは、

あそこはね、

神道、上賀茂神社ちゅうて、

ああいう

誇りをもっとる所です。

なるほどなあと思ったのは

あそこに、上賀茂の神さん、

つまり八咫烏の子孫ですけど

上賀茂神社の神さん

というのは。

別雷(わけいかづち)の

神という。

丹波の神さんですね

雷の神というのは。

 

雷だからつまり、

稲妻ですよ。

そういうものに対する

恐怖心から起こった原始信仰

でしょう。

そのまあ息子というです。

があそこで生まれたんです。

母親の方は下鴨神社。

だから下鴨神社の方は

御祖(みおや)神社と

いってます。

それから上賀茂の方は

その息子ですから、

別雷神社と。別雷の神と。

 

別という字は、

別という意味もあるけど

同時に若いという意味も

あるんだと。

若き雷の神という意味も

あるんだと。

別れた神という意味も

あるんだと。

こういうんで別雷。

 

僕はあそこで上賀茂に

おったから、

その上賀茂神社の縁起を

読んだ。

それで、こういう詳しい

ことを知っとるんだ。

面白いです。

メルヘンです、一つのね。

傑作ですよ。

美しい童話ですね。

もう『古事記』なんかの

材料に匹敵するような、

意味を持っとる。

 

僕は学生時代に、その、

社家(しゃけ)の家に下宿

したもんだから、

社家の家の人が

これ読んでくれといって

僕にくれたんです。

上賀茂神社の縁起をね。

 

その別雷の神というのが

一番嫌いなものは織家が

嫌いだということとね、

それから坊さんが嫌いという

なるほど上賀茂には

織家はおらんです。

それから寺もない。

 

多分あれは、どういうとこが

織家はどうなんですかね、

織家はおらんです

武の神かも知らん、

あるいは織家というような

ものがすでに朝鮮から来た、

外国品だったかも知らん。

まあ仏教も外国のものですし

そんなことで、

武神、どっちかというと

武的な神さんですから、

嫌ったのかも知らん。

 

おじいさんは八咫烏です。

神武天皇を案内したという

神話になっとる。

それで、本宮、新宮を通って

やってきたところが

賀茂川の川のきれいなのに

出合って、

これがわしの住む場所だと、

そこに住宅を決めたという。

 

賀茂川といわんんだ。

初めは瀬見の小川というて

水をこして底の、

瀬をこして底の石が見える

という。

水がきれいだという意味の

川ですね。

それであそこに

八咫烏の一族が居を置いた。

 

だからして後になってから

大和から帝都がここへ

京都に移された場合に、

土地の、

八咫烏の領土ですからね。

それで

上賀茂神社というものが、

伊勢神宮に次いで尊敬して、

それでここに、

つまり皇室が祭ったわけです

上賀茂神社が非常に

権威を持っとるというのは

皇室が祭った神で、

皇室が氏子ですわ。」

 

というような話が出てきます

なかなか興味ある話です

そういえば、

今月の15日は葵祭です

昔は祭りといえば

「葵祭」のことだった

ということです。

それで、

京都御所から上賀茂神社へ

挨拶に行くということが

祭りの始まりでしょう。

 

今年も行列は中止のようです

けども、神事は厳かに

執り行われます。

 

 

 

 

 

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