本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

「不滅の法灯」

2020-04-03 17:13:59 | 住職の活動日記

788年 伝教大師・最澄が

比叡山に一乗止観院を開く時

薬師如来に燈明をお供えし

そのときに詠まれた歌が

 

「明けらけく のちの仏の

  御世(ミヨ)までも

 光つたえよ 法(ノリ)の

   ともしび」

 

というものです

それ以来、比叡山では

1200年間守り続けてこられ

その明かりが「不滅の法灯」

と呼ばれています。

 

お釈迦さまが涅槃に入られる時

 

「自燈明 法燈明」

自らを依り所(燈明)とし

他を依り所としてはならない

法と依り所(燈明)として

他を依り所としてはならない

 

と説かれました。

迷いの暗闇にあって

教えということは明かりです

お釈迦さまの教えを象徴するもの

として燈明、灯りということは

とても大切にされました。

 

しかし、

この燈明を守るということは

とても大変なことなのです

「油断大敵」

という言葉もあるように

燈明の油が切れるということは

明かりが消えてしまいます。

それだけではなく

燈明には灯芯(トウシン)が必要で

この灯芯の管理が難しいのです

灯芯は燃えていくと

それはカーボンになって

その灯芯切り(カーボンを切る)

をしないと、

それで「灯芯切り」という道具

もあるくらいです

それで灯芯のカス(カーボン)が

落ちて、時には火事という

大変なことになてしまいます。

 

平安時代の貴族も

そして、その頃の僧侶も

夜型の生活だったようで

そのために、火事が出たという

記録が多数あるようです。

 

以前は、

お寺ではこの灯芯を使い

菜種油の燈明を使っていました

そのときに消した後は

必ず灯芯切りをして

次に備えて灯芯を少し出しておく

この作業を怠ると

前に残っていた灯芯のカス

(カーボン)が落ちてしまう

それで、大変なことになるという

ですから、

燈明を守るということは

並大抵なことではないのです。

 

それを1200年間

守り続けてこられたということは

大変なご努力だったと思います

お聞きすると

その役目は誰と決まっていない

気が付いた人が注意して見守る

ということだそうです

それほど皆の心がお光(法灯)

を守るということに

注がれていたのでしょう。

 

以前何かの縁で

ある燈明を守るということが

ありました

その時はオリンピックの

ランプにも使われたという

ランタンを取り寄せ

守り続けたのですが

やはり消えるということもある

のではなかろうかと

二重に安全策を練って

もう一つは線香を一日続くように

香盤に線香を繋げるとか

または炭として灰の中にうずめ

守ったものです。

 

今は、

便利なガスとかいうものもあり

比較的簡単に保存できるのでは

ないかと思います

オリンピックの灯も

来年まで守り続けねばなりません

 

「不滅の法灯」も

来年は最澄が亡くなって

1200年という節目の年

それで、4月から全国を回る

ということです。

 

明かりを消さないということも

大変なことですが

それ以上に

釈尊の教えを守り伝えることは

もっと大変なことと思います。

「光つたえよ 法のともしび」です

 

 

 

 

コメント
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