4月1日 エイプリルフール
今日から消費税値上げ、
近くのスーパーへ出かける、やはり閑散と
747ジャンボも昨日で最後の就航を終えた様子
一度だけ乗った
一度なのに 「 A 1」 という一番前の席が当った。
今日から新年度が始まる。
それなのに、4月1日生まれの子供は
前の学年になる。
( 何度か説明を聞いた が
わすれた !! )
それで、一番小さい子だったので、
並ぶのは一番前。
命が生まれいずるということは、
うれしくまばゆいものでもあるが、
その命を生み出す母親にとっては受難の日。
すべての生き物たちにとって子供を産み育てるということは
命がけ。
皇帝ペンギンにしても然り、
卵を抱いて、極寒の中、命を削り
母親と父親が交代で温めていく姿は
神々しい。
以前、映画解説で有名な 「 淀川長治さん 」
『 私の誕生日は自分を産んでくれた母にとっては
受難の日です。
ですから、いつも母と一緒に食事をします。 』
と話されていた。
お釈迦さまのお母さんもお釈迦さまを産むと
すぐに亡くなられた。
お釈迦さまの悩みの出発は生まれ出るときから
始まっていたのだ。
「 生んですぐに亡くなるくらいなら、
なぜ、自分を産んだのか ? 」
と、思われたこともあったにちがいない。
昨夜、夢の中で
母のことやら祖父のことが思い出された。
縁あってか、4人兄弟のなかでも私だけが
お寺で産婆さんに取り上げてもらった。
祖父の膝の上で頭を撫でてもらった。
「 仏の子じゃ! 仏の子じゃ! 」
おぼろげながら、どこか記憶に残っている。
しかしながら、祖父には一番反抗した。
母をかばう一心で口答えをした。
その反抗する材料を探すために、
お釈迦さまのことを勉強した。
覚えたてのセリフで祖父に食って掛かった。
それがもとで、仏教のことがもっと知りたくなり、
三浦先生と出会うことになった。
とても歯が立たなかった。
というより、真綿で首を絞められるような、
先生の言葉に、なぜかわからないのに
涙がこぼれた。
この方についていこうと心に決めた。
やはり母は苦しんだのだろう。
昨夜は眠れなかった。
夢かうつつか、そんなことが頭の中を駆け巡っていた。
… …
朦朧の内に目が覚めたら
4月1日 エイプリルフール
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