
墓地にあった小堂です。
亡くなった人と、少しだけ話す場所です。
タイトルは、「やることがいっぱい」です。

大分県の古刹の寺の裏庭にあった五輪塔です。
タイトルは、「よう来んしゃった」です。
複雑な気持ちです。もう少しかもしれないし、ずっと先かもしれないな。
生涯で入院したのは一度だけ。
今年、白内障の手術で2泊した。
これは自慢のようで、そうでもない。
病気になったときのメンタルが、弱いと考えています。
夜中に、ふと不安になり起き出しました。
年収が高いと言って、喜ぶのは浅はかです。
高額医療の限度額が高い。
60歳を過ぎて、年金をもらわないで給料だけで自活する。
その給料が高いと、65歳で基礎年金分の差額がもらえない。
家庭に対する各種補助金がもらえない。
今日のタイトルは、「不測の事態」です。
幸せをつかむキーワード「認める(Part2)」は明日書く予定です。
不測とは、
測りがたいこと。予測できないこと。思いがけないこと。
(広辞苑より)
年収が高いと、銀行の融資もそれに見合った額を融通してくれる。
それもこれも、高いことが前提です。
誰もが、来年も今年と同じ境遇でいられると思います。
病気はするものだし、年収も下がるものです。
右肩上がりは、もう幻想のようなものです。
終身雇用から転職推進に、政府も舵をきろうとしている。
ということは、積み上げた退職金が期待できなくなる。
ゆとり世代が、天才を輩出し続けている。
煩雑で経験が優先する事務は、AIに取って代わる。
若い優秀な経営者がぞくぞくと出てくるであろう。
ものごとにこだわらない、柔軟な発想ができるから。
先輩だからと言っても通用しなくなる。
不測の事態は、そこまで来ている。
ただ気づこうとしないだけです。
持っているものは、すべて捨てる。
スキルも縁もなにもかも捨てる。
借金も清算する。
無くてもやっていける。
社会人をスタートした時のような状態です。
地縁血縁のある田舎に引っ込む。
とんでもない。浦島太郎にすぎないし、それだけでは生活できない。
オーストラリアや東南アジアに老後の拠点を移した人が、夢の扉を閉ざして帰国している。
病気になっても、言葉が通じない(血縁地縁がない)から誰も助けてくれない。
金が前提の生活なんて、すぐに破綻する。
金の切れ目が縁の切れ目です。
新しい生活をするときに(転職や転地)、
求められるのは解決する力と達成するためのコミュニケーション力です。
ハード(金や家)があっても、ソフトが伴わないと生活できない。
ソフト(考える力と生活力)を会社に預けっぱなしで何十年も生活すると、
そこから(組織)から抜け出すのが怖くなる。
新天地では、ハードはくれてもソフトを与えてくれない。
インバウンド(ビジネス)をさらに伸ばすには、ハード(景観、文化遺産)だけでは限界がある。
ソフト(工夫)を新規開拓して参加型を目指している。
すぐにコピーが現れるから、工夫(ソフト)に磨きをかける。
病気になる前に、病気を考える。
私は、義兄の後見人(法定ではない)を8年続けました。
終活がどういうものか、学びました。
良い経験をしたと思います。
家をたたむことが、どんなに大変か身をもって体験しています。
明日に送れない、切羽詰まった生活の連続です。
妻が起きだし、エゴマの枯れた実を手選りし始めました。
暇乞い いつしようかな 今でしょ
2018年12月25日
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