駄楽器駄日記(ドラム、パーカッション)

ロッキンローラーの打楽器日記

ラスト・ライブ/PPF細野健司

2011年06月01日 | バンド
6月1日(水)
最後のお別れをしてきました。
PPF細野健司氏57歳。
ギブソン太郎こと、故PPF小林さんと奇しくも同い年での昇天。
亡くなる年齢も病気も同じという、不思議な腐れ縁とでもいうようなお二人ですが、思い出話を聞けば聞くほど仲の良いお二人だったようです。
二人が20代の若者だったころ、酒を飲んで酔っ払い、
「おれたち、誰かが先に死んだら、互いに骨を食おうぜ」
と話していたとか。
キーボードの吉田氏の思い出話です。
それにしても、あまりに若過ぎる死です。
世の中は理不尽ばかりですが、神様という方は、才能ある天才ミュージシャンはさらに理不尽に早くお召しになさる。
天の国パラダイスでは、よほど天才ミュージシャンが人手不足なのか。
オレたちのような箸にも棒にもかからぬような凡庸な音楽家は、ますます息苦しい現世に置いてけぼりにして、すごい人ばかり召し上げているように感じてしまいます。

昨夜のお通夜と本日の告別式には、本当にたくさんの音楽関係者がご参列くださって、細野さん本人もさぞかし、驚き且つ喜んでおられたのではないでしょうか。
今日は涙雨とでもいいましょうか、ちょうど式の始まる頃よりハラハラと落ちる小雨に覆われ、そのしずくに濡れながらの参列となりました。
当初、身内だけのしめやかな葬儀をというご遺族のご意向でしたが、その思いのほか、彼を愛し偲ぶたくさんのミュージシャンに見送られて、逆にご迷惑じゃなかったかと心配するような賑やかな葬儀となりました。
本当に細野さんは、皆さんに愛されていたことがよくわかる葬儀でした。
昨夜は、はるばる遠方から「健ちゃんに会いたい」と、バンドでもお世話になった著名なシンガーが駆けつけてくれました。

また、PPFのバンマスであるタカヒロ君を通じて連絡をいただいたり、ミクシイを通じて弔文を書き込んでくれたりと、全国から細野さんを悼むコメントがあったそうです。
タカヒロ君は、PPFのバンマスとして、細野さんの闘病生活に関してずっといろんな面でフォローしたりサポートしたり、具合が悪くなってからはご家族にもすぐに会いに行って、細野さんの音楽生活での誤解を解いたりと、誰にも真似できないような行動力でたいへんな働きをしてくれました。
PPFのバンマスとして、これで3人を見送ることになってしまいました。
メンバーで一番哀しみ、くたびれているのは彼です。
ぜひ、タカヒロ君のブログにコメントして、労いの言葉を掛けてやってください。

急な訃報でしたので、葬儀に間に合わなかった細野ファンもおられますでしょう。
現に、葬儀の帰りに「今知った」と連絡をもらった仲間もいます。
間に合わなかった方、連絡不行き届きには、大変申し訳なく思います。
香典を預けたいとおっしゃる方には別途相談に乗らせていただきます。

この画像は、タカヒロ君のブログ「PPFの軌跡」から拝借した、細野さんの遺影となった写真です。
ごのかっちょいい画像が、ご遺影としてご遺族に代々残されるんだと思うと、「ヤッタネ」という思いもありまして、バンドメンバーとして悲しみの中でも唯一嬉しい点でもあるのです。
短時間によく探したな、というくらいかっちょいい写真です。
自分も、細野さんのかっちょいい画像を探しまして、また改めてアップしたいと思います。
どうぞ、期待してお待ちください。
コメント (2)
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