◎やりっぱなしの「ストレスチェック制度」 機能させる秘策とは
ストレスチェック 見直しなるか
毎日新聞 2023/6/20
多くの職場に義務づけられている「ストレスチェック制度」は、働く人や企業から「やりっぱなし」と指摘されている。ストレスが高いと判定されても、医師の面接指導にたどり着く人がわずかだからだ。スタートして7年が過ぎ、政府は機能させるべく制度の見直しを検討している。働く人はどうしたらよいのだろうか。
〇大半が面接に至らず
東京都内に住む40代の女性会社員が勤める企業では、ストレスチェックが毎年、実施されている。ただ、入社して20年近くになるこの女性は「ストレスが高い状態にあると判定されても、そもそも医師の面談を受ける心身の余裕はない」と漏らし、日常業務のストレス軽減につながっている実感を得たことがないという。
ストレスチェック制度は労働安全衛生法に基づき、50人以上の事業所で年に1回の実施が2015年12月から義務づけられている。実施は産業医や保健師が担い、労働者は「ひどく疲れた」「へとへとだ」といった心身や仕事の負担を確かめる項目に回答。結果を点数化して、ストレスの度合いを調べる。
心身のストレス反応が一定以上になると「高ストレス」と判定され、医師の面接指導を受けられる。企業側は面談の結果に基づき、業務の変更や労働時間の短縮、夜勤を減らすなどの措置を講じなければならない。
ところが、厚生労働省の21年度の調査では、9割超の職場に高ストレスと判定された人がいたのに、医師による面接指導を申し出た割合が「5%未満」の職場が76%と大半を占めた。
産業メンタルヘルスの第一人者で、厚労省の検討会委員として制度の創設に関わった医師の渡辺洋一郎氏(70)は「大まかに言うと、1000人がストレスチェックを受けると約100人が高ストレス者になるよう設計されているが、そのうち5人以下しか面接指導を受けない状態」と説明する。労働者自ら事業者に申し出るのがハードルとみられ、「申告によって不利益な扱いをすることは禁じられているが、メンタル不調を訴えると仕事の評価に響くと考える労働者は多いと思われる」と明かす。
企業はストレスチェックの結果を受け、職場の環境を改善することが努力義務とされているが、同じ厚労省の調査で実施は5割弱にとどまっており、対応は追いついていない。さらに従業員が50人未満の事業所でストレスチェックの実施は努力義務に過ぎない。
ストレスチェックの実施を請け負う民間企業「アドバンテッジリスクマネジメント」が今年3月、中小企業の経営者ら106人に調査すると、55%が「ストレスチェックが十分に機能していない」と回答。うち30%が「専門知識のあるスタッフがおらず対策が限られる」と答えた。同社の担当者は「ストレスチェックがやりっぱなしになっている可能性がある」と指摘する。
こうした状況に渡辺氏は「高ストレスと判定されたら、まずは医師の面接指導を受けてほしい」とし、「企業と労働者の双方に誤解がある」と言う。21年度の厚労省の調査では、労働者の50%が「ストレスチェックを実施したことで自身のストレスを意識するようになった」と回答。企業側も53%が「セルフケアへの関心度の高まり」、27%が「メンタルヘルスに理解ある風土の醸成」を実感していた。
〇「環境改善と一体で」
こうした調査を引き合いに、渡辺氏は「職場の環境改善に熱心な企業ほど、医師の面接指導を受ける労働者が多い印象がある」と述べ、企業が主体的に環境改善に乗り出す重要性を強調する。さらに「職場のメンタルヘルス対策は、直接的な売り上げや利益が見えづらいが、適切に取り組めば、社員が不調になるリスクを減らし、企業の生産性向上につながる」と指摘する。
そんな中、自民党の「働き方改革推進プロジェクトチーム」は5月18日、実施対象を現行の50人以上の事業所よりも拡大し、パート労働者ら非正規も含めるよう求める提言をまとめた。産業医確保に負担感のある中小企業には、地域や業種ごとに取り組む方策も示した。さらに、職場環境改善も含めた一体的な制度への見直しを求めた。提言を受け、政府は今後、50人未満の事業所への義務化などを中心に検討を進める見通しだ。(奥山はるな)
◎ストレスチェックの数値が高いと上司にばれる?
2022/10/27 読売
従業員50人以上の会社に義務付けられている「ストレスチェック」。高ストレスと出たら会社や上司に知られてしまうのではないかと疑問に思ったことはありませんか。心の健康診断でもあるストレスチェックの結果はどんなふうに扱われているのでしょうか。ストレスチェックのサービスを提供している会社で聞いてみました。
労働安全衛生法の改正で、ストレスチェックが義務付けられたのは2015年12月。従業員各自に、仕事やプライベート、現在の精神状態など多岐にわたる設問について回答してもらい、ストレス状態を数値で表し、従業員の健康管理に役立ててもらうというものです。
私の個人情報は誰に流れていく?
読売新聞の掲示板サイト「発言小町」には、自分の所属する派遣会社からストレスチェックの用紙が届いたという女性から素朴な疑問が寄せられました。
「私は仕事もプライベートでもストレスがたまっているので受けてみたいのですが、私の個人情報が誰に流れていくのか不安です。高ストレスとなった場合、派遣会社や派遣先に私の個人情報が開示されるのですか?」(トピ主「にゃお」さん)
高ストレスと出た場合、派遣先の上司は結果を見ることがあるのか、今後の仕事に影響はないのかと不安に思っている様子です。
「まだまだ制度をよくご存じない方も多いのですね」と話すのは、企業の従業員健康管理サービスを受託している「ドクタートラスト」(東京・渋谷)の保健師、根本裕美子さん。根本さんは、同社の「ストレスチェック研究所」のコンサルタントとして、さまざまな企業の相談にのっています。
根本さんによると、ストレスチェックの実施に携わる人(産業医など専門職や担当者)が、受検した社員の同意なしに一人一人のストレスチェックの結果を企業に知らせることは法律で禁じられています。個人の結果は、まずは、本人にだけ通知します。セルフケアとして本人の自己管理に役立ててもらうためです。
法律と指針でプライバシーは保護
「からだの健康診断のデータは、法令で決まっている範囲で会社に通知されますが、ストレスチェックの結果は本人が同意しない限り、会社には通知されない仕組みです。同意した場合でも、厚生労働省の指針で『就業上の措置に必要な範囲を超えて、当該労働者の上司や同僚に検査結果を共有してはならない』と規定されています。それだけ、心の状態についての情報は、評価につながることが危惧されますし、機微に触れることでもあるのでしょう。もちろん不利益な取り扱いは禁止ですし、プライバシー保護も行わなければならないのです」と根本さん。
一方で、せっかく従業員に受検の機会を与えるのだから、職場の問題点の洗い出しや労務環境の改善に役立てたいという企業側の要望もあります。そこで、厚労省が推奨しているのが、「集団分析」です。
10人以上の集団を作れば、個人のストレスチェック結果を匿名で集計して分析を行うことで、企業側はストレス度が多い集団を把握できます。また、その集団のストレスの要因について分析することができます。企業の衛生委員会で話し合えば、10人の人数を5人などに引き下げることもできます。匿名での集計なので、部署ごとの高ストレス者の割合や、全社的な男女別、年代別の割合などを出すことができるそうです。
根本さんは、「全国平均や業種で集団分析結果を比較することはもちろんですが、ドクタートラストでは、高ストレス判定と結びつきが強い設問の回答傾向などを確認することもできます。例えば、判定と結びつきが強い設問には、『職場の同僚とどのくらい気軽に話せるか』や『失敗しても挽回するチャンスがあるか』などの項目があります」と話します。
同社では、ストレスチェックの受託サービスを開始した2015年度から集団分析を行っていて、16年度に334社だった集団分析の委託企業が21年度には940社に増えました。その中には、部署ごとの分析をした結果、高ストレスが多い部署で、従業員の勤務表を見直し、“隠れ残業”を一掃した企業もあります。
「最近では、年1回ではなく、年2回の受検を実施される企業も増えています。従業員のメンタルヘルスを積極的に守ろうとする表れかもしれません」と根本さん。
ストレスチェックが企業に義務づけられるようになって7年。初めて受検する人に戸惑いがあるのは当然ですが、個人のプライバシーを守りつつも労働環境の改善につながるような事例が増えるといいですね。(読売新聞メディア局 永原香代子)