熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

鎌倉宮(大塔宮)・・・「鎌倉薪能」

2017年10月10日 | 能・狂言
   鎌倉宮大東宮で、恒例の「鎌倉能」が催されたので、二日目に出かけた。
   プログラムは、次の通り。
   金春流 素謡 翁 金春憲和
   金春流 仕舞 養老 山井綱雄
          井筒 本田光洋
   和泉流狂言  樋の酒 野村万作
   金春流能   融  金春安明
  

   この鎌倉薪能は、中世の神事能もしくは法楽能を現代に蘇らせると言うことで、金春宗家の指導で奉納されている神事能と言うことである。
  
   これまでは鎌倉宮本殿にて天下泰平が祈願されていたのだが、今回は、橋掛かり後方に本殿に向かって拝檀が設けられて、この神事一切を舞台上で執り行われて、その後、火入れ式が行われた。神職の手により御神火が二人の巫女に手渡され、舞台上で正、副奉行へと渡り、能舞台両翼、目付柱とワキ柱下の薪木に御神火が灯された。
   
   橋掛の背後の石段下に祭壇、後方は本宮
   
   
   ワキ柱下の御神火

   法螺貝の重々しい響きが開演を告げ、神事能では欠かすことのできない「翁」が、素謡の形式で行われて、厳粛な薪能が始まる。

   5時開演だったが、少し早く着いた。
   境内全体は、1000人規模の観客席が設営されていて、完全に、薪能シフトで、入場すると、弁当などの売店や朱印状、神事関係の販売コーナーが並んでいて、消防車が待機。
   
    
   
   

   周りはテントで囲まれているので、入ると、かなり本格的な観覧席が設営されていて、正面席の9列までは平土間、10席から25席までは、かなり急な傾斜状の席で、私の場合には、21列5番だったが、少し、遠い感じではあったが、正面やや右ながら視界が遮られることなく上等であった。
   マイクが使用されてはいたが、非常にクリアなサウンドで癖がなく、違和感がなくて良かった。
   問題は、遠方から延々と鳥居前を通過した救急車のサウンドがぶっ壊し。
   昔、ロンドンのケンウッドの野外公演のロイヤルオペラで、トスカで歌っっていたドミンゴのマリオ・カヴァラドッシをヒースローを出た飛行機の爆音が伴奏したのを思い出した。
   
   

   舞台は、変わったところは、野外なので、当然、天井はなく、大きな松の絵が描かれた鏡板もないのだが、目付柱、シテ柱、笛柱、脇柱の四本柱が、青竹に変わっており、ただ、目印として重要な目付柱だけは、2メートル弱の角柱が建てられていた。
   橋懸は、空間の関係もあって、少し短かったが、一の松、二の松、三の松は、通常通りであった。
   
   

   冒頭の金春流 素謡 翁 金春憲和、千歳 井上貴覚 は、舞台に正座しての謡で動きがないので厳粛そのもの。
   金春流 仕舞 養老 山井綱雄と、井筒 本田光洋は、短縮ながら、地謡をバックに、シテが装束なしで舞う。

   和泉流狂言「樋の酒」は、シテ 万作、アド 月崎晴夫、小アド 深田博治で、
   主人が太郎冠者には米蔵を、次郎冠者には酒蔵を、離れないで番をするように言いつけて外出するのだが、酒蔵で酒を飲む次郎冠者を見た太郎冠者が羨むので、次郎冠者が蔵と蔵との間に樋を掛け渡して酒を流して、飲み始めるのだが、意を決した太郎冠者が酒蔵に移って二人で酒宴を始める。そこへ主人が帰ってきて・・・

   前日の太郎冠者は、萬斎が舞う予定であったが、この日は、人間国宝の野村万作のいぶし銀の様に実に奥深い芸の極致で、何度観ても感動ものである。

   能「融」は、何回か鑑賞の機会を得て、この6月にも、国立能楽堂で、シテ/金井雄資の宝生流の「融」を観た。
   光源氏のモデルとも言われている源融の塩竈の千賀の浦を模した庭内に、難波の海から毎月20石の海水を運ばせて塩を焼いたと言う、その河原の院の廃墟を舞台にした世阿弥の代表作である。

   東国の僧(ワキ/森常好)が京都六条の「河原の院」に着くと、汐汲みの老人(前シテ)が現れて、この地は昔の源融の邸宅の跡であると教える。河原の院の情趣を楽しんでいたが、老人は源融の物語を語ると、昔を慕って泣き崩れる。僧に請われて近隣の名所を教えていた老人は、汐を汲もうと汐曇りの中に消える。その夜、僧の夢の中に源融の霊(後シテ)が在りし日の姿で現れて、月光のもとで、懐旧の舞を舞う。

   後場で、「千重振るや、雪を廻らす雲の袖」と、後シテの融の霊が、自分自身の舞ぶりを思い出して、かってと同じように舞い、
   「あら面白の遊学や、その名月のその中に、・・・」とロンギになって、シテは、月に寄せた詞章に合わせて地謡と掛け合いで歌いながら舞いながら、「あら名残惜しの面影や、名残惜しの面影」と消えて行く。
   この優雅さ美しさ、
   真っ暗な鎌倉宮のただ一点に照明が当てられた舞台に、天国からの様な囃子と謡のサウンドに乗って舞い続ける金春安明宗家の高貴な舞姿は、正に、天使の舞を観ているようで、感動の一語に尽きる。
   
   
   
   
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