
今月の歌舞伎は、昼の部で菊池寛の「恩讐の彼方に」と、夜の部の北条秀司の「源氏物語 浮舟」と言ういわば現代劇、それに、河竹黙阿弥の2作と言う比較的新しい演目で、それ以外は、中村歌右衛門の十年祭追善狂言と言う比較的面白い組み合わせで楽しませてくれた。
私が楽しみにしていたのは、浮舟で、この後半の宇治10帖は、紫式部の作ではないと言われることもあり、光源氏が亡くなった後の息子と孫が、浮舟を巡って恋の鞘当てをする物語である。
この芝居は、北条源氏と言われる一連の作品の一つだが、紫式部の原作の浮舟に発想を得て北条が脚色した芝居であるので、大分、雰囲気が違っていて面白い。
舟橋聖一が尾上菊五郎劇団のために源氏を描き下ろし、菊五郎劇団と覇を競っていた吉右衛門劇団が北條に脚本を依頼して書かれたのがこの「浮舟」で、1953年に初演された時には、十七世中村勘三郎が匂宮、吉右衛門の実父の松本白鸚が薫大将、六世中村歌右衛門が浮舟を勤めたと言う。
この北条浮舟で面白いのは、天然記念物のように純粋愛を追及して、浮舟(菊之助)を人里離れた宇治に囲って置きながら愛の交歓を迫られているにも拘わらず、純潔を守り通す薫大将(染五郎)と、女と思えば口説きにかかって自由奔放な恋に生きる匂宮(吉右衛門)とを対照的に描いて際立たせていることで、結局、留守の間に忍び込んだ匂の宮に先を越されて、苦しみぬく薫を残して、浮舟が宇治川に身投げするところで終わっている。
匂の宮は、天皇と、源氏と明石の宮の娘・明石中宮との間に生まれた光源氏の孫であるから、色事師としての素質十分なのだが、薫は、この匂宮の妹を娶れと迫られていて、それを断って天皇の許しを得るまでは、浮舟と閨を共にできないと言うのである。
天皇に上訴して職を解かれて喜び勇んで宇治に帰ってみたら、匂宮の勝ち誇ったような浮舟との結婚宣言、地団太踏んでも後の祭り。
この匂の宮の奥方が、浮舟の上の姉の中の君(芝雀)で、子供が生まれただけで繋がっている仲。
それに、薫は、焦がれ焦がれた二人の姉妹の長姉の大君に振られて若死にされたので、まず、似ていると言うので中の君を口説き、今度は、大君に生き写しだと言う浮舟に恋をすると言う、いわば、代理愛の達人なのだが、何を思ったのか、北条秀司は、平安時代には有り得ないようなプラトニック・ラブの粋人に仕立ててしまって、染五郎が、悲劇の思い人を情緒・情感豊かに演じているのが見どころだとか。
とにかく、普通では考えられないような全くモラル欠如の恋の世界が、宇治を舞台に展開されているのが、この芝居「浮舟」である。
ついでながら、薫大将は、形の上では、光源氏と正妻女三宮との子供だが、色男の源氏でも、妻を寝取られることがあって、父親は、元正妻の葵の上の甥(頭中将の息子)の柏木で、この柏木も、ことを知った光源氏にいびり殺されたようなもので早逝するのだが、この出生の秘密を薫に教えたのが柏木の乳母子で、今は中将の君に仕えている弁の尼(東蔵)で、この舞台でも、二人の隠れた寂しい会話場面があり、このあたりの実直真面目一途の東蔵は貴重な存在である。
したがって、この薫には恋に浮名を流し続けた光源氏の血は入ってはいないものの、光源氏を出し抜いて女三宮にアタックしたのであるから相当の激しさで、その子の薫が、純愛一途である筈もなく、やはり、紫式部の描くような中途半端な男なので、匂宮に出し抜かれたのであろう。
さて、悲劇の主人公の浮舟だが、姉二人のように八の宮(桐壺帝の第8皇子であるから光源氏の弟)の正妻の子ではなく、八の宮が北の方の姪・中将の君(魁春)に生ませた庶子であり、母の再婚で東国へ下り受領の継娘として育てられ一度破談になっているなど不幸な娘で、所謂、脚光を浴びるようなお姫様の境遇ではない。
私は、何となく、頭中将の側室で市井にひっそりと暮らしていて、歌で源氏が見初めた夕顔のことを思い出すのだが、出生はともかく、宇治に行けば、何事も、浮舟、浮舟である。
私が宇治分校の一回生で宇治に下宿をしていた頃には、まだ、源氏物語ミュージアムもなかったし、源氏物語の世界もそれ程人気があった訳ではなかったが、私は、源氏物語を読んでいたので、何となく、雅の雰囲気を探していた。
ところで、北条源氏のこの芝居では、八の宮の愛人でもあった浮舟の母が一緒に住んでいて、あろうことか、匂宮を娘の浮舟の閨に導いて思いを遂げさせるのだが、この母親の淫乱の血が浮舟にも流れていて、匂宮に口から出まかせで迫られながらも、耐えられなくなって陥落すると言うことになっている。
このあたりの菊之助の表情を見ていたのだが、拒絶しながらも少しずつあがらう力を抜き、最後に匂宮の左肩に右手を当てて力を入れながら、夢うつつの表情になり・・・幕。
今回の菊之助は、少し体重がついたのか、やや丸顔になってシャープな美しさが陰に隠れてしまって、一寸濃厚な女の香りを漂わせていたような気がした。
とにかく、北条源氏は、あまりにも物語性が強くて、現実的で、紫式部のように、ぼんやりとしたかすみがかったような抒情性に欠けてストレートであるところが如何にも現代的である。
この浮舟だが、先の勘三郎が匂宮を演じ、真面目な先の幸四郎が演じたと言うのは良く分かるし、浮舟を歌右衛門が演じたと言うのであるから、随分、素晴らしい舞台だっただろうと思う。
吉右衛門は、東京新聞の記事で、「僕はどちらかというと薫大将に近いので、今回匂宮をやれと言われてエーッと驚きました。大変ですが、何度も匂宮を勤めた勘三郎のおじのビデオも残っているのでせいぜいまねしたい。」と言っている。
また、「見せ場はやはり浮舟と関係を結ぶところ。花心とはいっても、この場面は浮舟が一時でも自分に心を動かすような人間的魅力を見せ、純粋に愛さなければいけません。かといってまじめすぎると薫大将に付いてしまう。」と言っているが、このあたりは、藤山寛美ばりのコミカルタッチの素養じゅぶんであるから、いわば、地で行くような雰囲気で実に良い。
尤も、虎穴に入って浮舟の寝姿を見て、滑稽にも慌てふためく姿などは、芝居的なサービス精神旺盛なところであろう。
愛嬌十分な軽妙なタッチが、湿っぽくなる舞台を盛り上げていて非常に面白い。
人間国宝の菊五郎が、匂宮の家来時方として恋の取り持ちの段どり役とし登場しているのだが、軽妙洒脱と言うか、吉右衛門と阿吽の呼吸だと言う実に人間味のある面白い役柄で、実に上手いので感心する。
ドサクサに紛れて可愛い侍従(尾上右近)を口説きながら、しっぽりと舞台を去って行くちゃっかりぶりも面白い。
薫大将びいきで凛として薫に尽くす右近の萬次郎も、中々、味があって骨のある演技が光っている。
さて、悲劇の主人公で若くて雅で美しい染五郎の薫大将だが、私は、染五郎の舞台姿を見ていて、北条秀司は、本当は、浮舟を触媒にして、純粋な恋を求めて呻吟する薫大将の姿を通じて、男女の愛とは何なのか、その真実の姿を描きたかったのではないかと思った。
薫大将は、先にも書いたように、紫式部は、北条源氏とは違ったキャラクターに描いているのだが、北条は、薫以外の主人公は、匂宮も浮舟も中将も、すべて恋多き淫乱の相のかった人物で、極めて人間的で、時には、どうしようもない人間として描いている。
いずれにしろ、一寸毛色の変った源氏物語の世界を見て、面白かった。
(追記)浮舟の菊之助の写真は、歌舞伎美人ホームページから借用。
私が楽しみにしていたのは、浮舟で、この後半の宇治10帖は、紫式部の作ではないと言われることもあり、光源氏が亡くなった後の息子と孫が、浮舟を巡って恋の鞘当てをする物語である。
この芝居は、北条源氏と言われる一連の作品の一つだが、紫式部の原作の浮舟に発想を得て北条が脚色した芝居であるので、大分、雰囲気が違っていて面白い。
舟橋聖一が尾上菊五郎劇団のために源氏を描き下ろし、菊五郎劇団と覇を競っていた吉右衛門劇団が北條に脚本を依頼して書かれたのがこの「浮舟」で、1953年に初演された時には、十七世中村勘三郎が匂宮、吉右衛門の実父の松本白鸚が薫大将、六世中村歌右衛門が浮舟を勤めたと言う。
この北条浮舟で面白いのは、天然記念物のように純粋愛を追及して、浮舟(菊之助)を人里離れた宇治に囲って置きながら愛の交歓を迫られているにも拘わらず、純潔を守り通す薫大将(染五郎)と、女と思えば口説きにかかって自由奔放な恋に生きる匂宮(吉右衛門)とを対照的に描いて際立たせていることで、結局、留守の間に忍び込んだ匂の宮に先を越されて、苦しみぬく薫を残して、浮舟が宇治川に身投げするところで終わっている。
匂の宮は、天皇と、源氏と明石の宮の娘・明石中宮との間に生まれた光源氏の孫であるから、色事師としての素質十分なのだが、薫は、この匂宮の妹を娶れと迫られていて、それを断って天皇の許しを得るまでは、浮舟と閨を共にできないと言うのである。
天皇に上訴して職を解かれて喜び勇んで宇治に帰ってみたら、匂宮の勝ち誇ったような浮舟との結婚宣言、地団太踏んでも後の祭り。
この匂の宮の奥方が、浮舟の上の姉の中の君(芝雀)で、子供が生まれただけで繋がっている仲。
それに、薫は、焦がれ焦がれた二人の姉妹の長姉の大君に振られて若死にされたので、まず、似ていると言うので中の君を口説き、今度は、大君に生き写しだと言う浮舟に恋をすると言う、いわば、代理愛の達人なのだが、何を思ったのか、北条秀司は、平安時代には有り得ないようなプラトニック・ラブの粋人に仕立ててしまって、染五郎が、悲劇の思い人を情緒・情感豊かに演じているのが見どころだとか。
とにかく、普通では考えられないような全くモラル欠如の恋の世界が、宇治を舞台に展開されているのが、この芝居「浮舟」である。
ついでながら、薫大将は、形の上では、光源氏と正妻女三宮との子供だが、色男の源氏でも、妻を寝取られることがあって、父親は、元正妻の葵の上の甥(頭中将の息子)の柏木で、この柏木も、ことを知った光源氏にいびり殺されたようなもので早逝するのだが、この出生の秘密を薫に教えたのが柏木の乳母子で、今は中将の君に仕えている弁の尼(東蔵)で、この舞台でも、二人の隠れた寂しい会話場面があり、このあたりの実直真面目一途の東蔵は貴重な存在である。
したがって、この薫には恋に浮名を流し続けた光源氏の血は入ってはいないものの、光源氏を出し抜いて女三宮にアタックしたのであるから相当の激しさで、その子の薫が、純愛一途である筈もなく、やはり、紫式部の描くような中途半端な男なので、匂宮に出し抜かれたのであろう。
さて、悲劇の主人公の浮舟だが、姉二人のように八の宮(桐壺帝の第8皇子であるから光源氏の弟)の正妻の子ではなく、八の宮が北の方の姪・中将の君(魁春)に生ませた庶子であり、母の再婚で東国へ下り受領の継娘として育てられ一度破談になっているなど不幸な娘で、所謂、脚光を浴びるようなお姫様の境遇ではない。
私は、何となく、頭中将の側室で市井にひっそりと暮らしていて、歌で源氏が見初めた夕顔のことを思い出すのだが、出生はともかく、宇治に行けば、何事も、浮舟、浮舟である。
私が宇治分校の一回生で宇治に下宿をしていた頃には、まだ、源氏物語ミュージアムもなかったし、源氏物語の世界もそれ程人気があった訳ではなかったが、私は、源氏物語を読んでいたので、何となく、雅の雰囲気を探していた。
ところで、北条源氏のこの芝居では、八の宮の愛人でもあった浮舟の母が一緒に住んでいて、あろうことか、匂宮を娘の浮舟の閨に導いて思いを遂げさせるのだが、この母親の淫乱の血が浮舟にも流れていて、匂宮に口から出まかせで迫られながらも、耐えられなくなって陥落すると言うことになっている。
このあたりの菊之助の表情を見ていたのだが、拒絶しながらも少しずつあがらう力を抜き、最後に匂宮の左肩に右手を当てて力を入れながら、夢うつつの表情になり・・・幕。
今回の菊之助は、少し体重がついたのか、やや丸顔になってシャープな美しさが陰に隠れてしまって、一寸濃厚な女の香りを漂わせていたような気がした。
とにかく、北条源氏は、あまりにも物語性が強くて、現実的で、紫式部のように、ぼんやりとしたかすみがかったような抒情性に欠けてストレートであるところが如何にも現代的である。
この浮舟だが、先の勘三郎が匂宮を演じ、真面目な先の幸四郎が演じたと言うのは良く分かるし、浮舟を歌右衛門が演じたと言うのであるから、随分、素晴らしい舞台だっただろうと思う。
吉右衛門は、東京新聞の記事で、「僕はどちらかというと薫大将に近いので、今回匂宮をやれと言われてエーッと驚きました。大変ですが、何度も匂宮を勤めた勘三郎のおじのビデオも残っているのでせいぜいまねしたい。」と言っている。
また、「見せ場はやはり浮舟と関係を結ぶところ。花心とはいっても、この場面は浮舟が一時でも自分に心を動かすような人間的魅力を見せ、純粋に愛さなければいけません。かといってまじめすぎると薫大将に付いてしまう。」と言っているが、このあたりは、藤山寛美ばりのコミカルタッチの素養じゅぶんであるから、いわば、地で行くような雰囲気で実に良い。
尤も、虎穴に入って浮舟の寝姿を見て、滑稽にも慌てふためく姿などは、芝居的なサービス精神旺盛なところであろう。
愛嬌十分な軽妙なタッチが、湿っぽくなる舞台を盛り上げていて非常に面白い。
人間国宝の菊五郎が、匂宮の家来時方として恋の取り持ちの段どり役とし登場しているのだが、軽妙洒脱と言うか、吉右衛門と阿吽の呼吸だと言う実に人間味のある面白い役柄で、実に上手いので感心する。
ドサクサに紛れて可愛い侍従(尾上右近)を口説きながら、しっぽりと舞台を去って行くちゃっかりぶりも面白い。
薫大将びいきで凛として薫に尽くす右近の萬次郎も、中々、味があって骨のある演技が光っている。
さて、悲劇の主人公で若くて雅で美しい染五郎の薫大将だが、私は、染五郎の舞台姿を見ていて、北条秀司は、本当は、浮舟を触媒にして、純粋な恋を求めて呻吟する薫大将の姿を通じて、男女の愛とは何なのか、その真実の姿を描きたかったのではないかと思った。
薫大将は、先にも書いたように、紫式部は、北条源氏とは違ったキャラクターに描いているのだが、北条は、薫以外の主人公は、匂宮も浮舟も中将も、すべて恋多き淫乱の相のかった人物で、極めて人間的で、時には、どうしようもない人間として描いている。
いずれにしろ、一寸毛色の変った源氏物語の世界を見て、面白かった。
(追記)浮舟の菊之助の写真は、歌舞伎美人ホームページから借用。