熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ソニー・ブランドの凋落・・・エイドリアン・J・スライウォツキー

2008年05月27日 | 経営・ビジネス
   「ザ・プロフィット」の著者エイドリアン・J・スライウォツキーが、新しい著書「大逆転の経営 危機を成長に変える7つの戦略 THE UPSIDE The 7 Strategies for Growth Breakthroughes 」を出した。
   昨年、監訳者の伊藤元重教授が、講演で、この本に言及したので原書を読もうと思ったのだが、結局、翻訳本を読むことになった。
   
   この本は、戦略リスクを、アップサイド・チャンスと捉えて挑戦し大逆転する経営戦略を説いた経営リスク・マネジメントの本だが、日本のトヨタとツタヤのケースなども詳細に論じていて分かり易くて面白い。
   最大の危機は、最大のチャンスが訪れる瞬間であると言う非常に透徹した視点から、リスクが訪れる瞬間を認識し、予測して、不利なリスクの中に隠れた有利な可能性を引き出し、チャンスへと転ずる準備をする方法を示すのだと言う。

   今回は、本題からやや離れて、アップルの成功例と比較しながら、ソニーのブランドの凋落について、戦略リスクの観点から説かれていて、その論点が興味深いので、その点について考えてみたい。
   普通は、ソニーの場合は、イノベーションの失速の観点から論じられることが多いのだが、やはり、大きな経済社会の変革の中で、イノベーターとして確固たるブランドを誇っていたソニーも、時代の潮流に付いて行けずに、戦略リスクを避け得なかったということであろうか。

   最初は、ダブル・ベット戦略のミスである。
   ダブル・ベットとは、ギャンブラーが、複数の結果を得る為に掛け金を分散してリスクを減らして勝率を上げる古典的戦略で、ウォークマンで一世を風靡したソニーも、iPodにダブル・ベットしなかった為に、アップルに負けてしまったと言うのである。
   ダブル・ベット成功例として、IBMのサービスへの、そして、マイクロソフトのインターネットへのダブル・ベット、
   行わずに失敗した例として、モトローラのデジタルへの、デトロイトのハイブリッドへの、ブロックバスターのネットフリックスへのダブル・ベットしなかったことを挙げている。

   もう一つは、ソニーのブランドリスクへのマネジメントの失敗である。
   ウォークマンで沸いていた頃のソニーは、完璧な品質、リーダーシップで、正にイノベーターの最先端を走っていて、SONYの4文字に、人々は、熱狂、賞賛、情熱の感情を抱き、プレミアム価格をものともせずにソニー製品を買い求めた。
   しかし、当初は、電気機器メーカーがライバルであったが、マイクロソフトやアップル、ヒューレット・パッカードに加えて、更に、ウォルマート、アマゾンなどが競争に参入し、優れた製品を廉価で提供する為に、熾烈な競争が展開されるようになり、その上、エイペックスのような安い中国メーカーが加わるようになって価格破壊が進み、消費者の嗜好が変わり初めて、ソニーのブランド神話が崩れ始めた。
   家電分野での競争再編を促す多元的な力が、ソニーと言うブランドに容赦なく圧力をかけて、ブランドリスクは更に高まり、顧客の心の中に起きていたブランド神話の崩壊を映し出すように、ソニーのブランド・バリューの衰退が生じ、顧客との強かった絆がほころびを見せ始めた。

   スライウォツキーは、ブランドリスクを克服する手法として、ブランドと製品とビジネスデザインとのベストミックスである「ゴールデン・トライアングル」理論を展開している。
   ビジネスデザインへの投資はブランドへの投資だと言う観点から、果敢に、R&Dとデザイン優先の高級品指向へ方向転換を図ったサムスンを成功例として詳しく説明しているが、逆に、ソニーの場合には、イノベイティブな製品開発が後手に回り、ビジネスデザイン改革をミスった経営戦略の不在などで、明暗を分けたのであろう。

   私自身は、ソニーのイノベーターとしての由縁である破壊的イノベーションを生み出せなかったと言うこと、例えば、高度なウォークマンもPS3も持続的イノベーションであって破壊的ではないので、技術的にはいくらソニーが卓越していても、破壊的イノベーションであるアップルのiPodに負け、任天堂のWiiに負けてしまったのだと思っている。
   スライウォツキーが指摘するように、ブランドと製品とビジネスデザインのゴールデン・トライアングルを上手く回せなかった、ブランドリスクを、アップサイド・チャンスに大転換出来なかったソニーのマネジメントの蹉跌は大きい。
   
   別な所で、スライウォツキーは、家電業界を、典型的なノープロフィットゾーンに突入した産業としている。
   利益を締め付けている構造的要因として、小売業者が力をつけてきたこと、消費者の選択肢がが多様化したこと、驚くべき速さで新製品の模造品が登場すること、中国などの極端な低コスト・メーカーの登場などが挙げられ、コストが追いつかない速さで価格の低下を招き、利幅を消滅点まで圧迫していると言う。
   水車の中のハツカネズミのように、走りに走っても、失速すれば振り落とされてしまう過酷な産業なのである。
   デジタル化の進展により、モジュラーアーキテクチュア主体になり、コモディテイ化が急速に進んでいる家電業界において、破壊的イノベーションを忘れたソニーの未来への不安については、このブログでも何度も書いているので止めるが、このスライウォツキーの新しい本の提示する問題は、ほんの僅かな記述だけれど、ソニーにとって極めて重要な指摘だと思っている。
コメント
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