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熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

国立劇場・・・「増補忠臣蔵 本蔵下屋敷の段」

2018年09月14日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   「増補忠臣蔵 本蔵下屋敷の段」は、明治に入ってからの浄瑠璃で、一幕もので短いものではあるが、正に増補で、名舞台である九段目の「山科閑居」のストーリーを補完して余りあるほどよく分かって面白い。

   高師直に賄賂を与えて主君若狭之助の命を救った本蔵は、そのとばっちりを受けて刃傷に及んだ塩冶判官を、殿中で背後から抱きかかえて制止したので、いわば、若狭之助を諂い大名にし、塩谷家や大星にとっては、本懐を邪魔した憎き張本人。
   塩冶判官の本懐を遂げるべく仇討に向かう大星由良之助の息子大星力弥と本蔵の息女小浪とは許嫁関係にあり、破談を回避して娘の願いを叶えるために、本蔵は、力弥に討たれるべく山科の大星邸に向かう、その前日の若狭之助との感動的な別れの一幕である。
   若狭之助は、本蔵の忠義に感謝し、娘可愛さに力弥に討たれるべく死地に赴く本蔵の本心を悟って、本蔵に暇を与えて、山科の大星家に向かうために、虚無僧衣装など旅支度を準備してやり、更に、高師直邸の絵図面を与えるのである。
   今回も国立劇場のHPを借用するが、この写真は、若狭之助に見送られて本蔵が旅立つラストシーンである。

   前半には、悪臣・井浪伴左衛門が、主君の殺害を目論んで茶釜に毒を仕込んだり、塩冶判官の弟縫之助の許嫁である若狭之助の妹三千歳姫を拉致しようとするのを、本蔵が救うシーンが描かれているのだが、蛇足とは言わないまでも、本筋とは関係ない。しかし、三千歳姫が縫之助への思いを吐露したり、本蔵を送るために、暇乞いの琴を奏すると、若狭之助の命で、本蔵も尺八で唱和して別れを惜しむ、抒情的なしっとりとした雰囲気が実に良い。
   
   文楽で記憶のある「増補忠臣蔵」の舞台を観たのは、七世竹本住大夫引退公演の時で、若狭之助を遣ったのは、今は亡き文壽で、その前も文壽であり、それ以前は、初代玉男が遣っていたのだが、毎回間違いなしに、文楽劇場に通っているので、これらの舞台も観ている筈だが、記憶はない。
   今回、若狭之助を遣ったのは、襲名間もない玉助で、非常に風格のある端正な殿様然とした重厚な人形で、流石の見せる舞台であった。
   加古川本蔵は玉志、井浪半左衛門は玉佳、三千歳は一輔であった。

   凄かったのは、浄瑠璃で、前 呂太夫と團七、切 咲太夫と燕三、琴燕二郎、
   今回の3演目の内、義太夫と三味線は、この「増補忠臣蔵」に極まった感じの熱演であった。

   歌舞伎では、人形浄瑠璃で上演されていたのを、明治30年12月京都南座で、初代中村鴈治郎が若狭之助を勤めて好評を博し、その後、二代目、三代目の中村鴈治郎に引き継がれ、東京の大劇場では65年ぶりの上演だと言う当代四代目の中村鴈治郎が初役で若狭之助を勤めた今年3月の舞台を、この国立劇場の大劇場で観たのだが、素晴らしい舞台であった。
  
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国立劇場・・・文楽「南都二月堂 良弁杉由来」

2018年09月13日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   実に崇高な感動的な人形浄瑠璃である。
   この浄瑠璃は、明治150年記念作品として上演されており、石山寺の開基として崇拝されている良弁僧正の伝記を脚色した明治期新作浄瑠璃の佳作であり、ストーリーもモダンで極めてストレートであるから、当然であろう。

   菅原の臣水無瀬の後室渚の方は、茶摘み見物の時、遺児光丸を鷲にさらわれ、狂気してわが子を探して諸国を流浪の果て、30年後、淀の船上で、鷲にさらわれたと言う東大寺の良弁僧正の話を聞き、一縷の望みを胸に東大寺に彷徨い辿り着き、親切な伴僧の助力によって、二月堂の杉の大木にわが子を探す貼紙を張り付け置いたところ、二月堂を訪れた良弁僧正がその張り紙に気づき、その主を尋ねると、年老いた女乞食が現れ、話の内容と子供の身に着けておいた家伝の如意輪観音が証拠となって、女乞食は渚の方で、良弁が探し求めた光丸だと分かって、母子は涙の対面を果たす。
   この口絵写真も、国立能楽堂のHPからの借用だが、親子の再会を果たした瞬間である。

   この同じ舞台を、今年の1月、大阪の国立文楽劇場で、観ている。
   口絵写真通り、玉男が良弁僧正を、そして、和生が渚の方を遣っていた。

   しかし、私が初めて文楽で「良弁杉由来」を見たのは、8年前で、良弁僧正を和生が、渚の方を文雀が遣っていて、非常に感動したのを覚えていて、次のように書いている。
   子を思う母の切ないまでの艱難辛苦の30年の日々が、証拠となる如意輪観音のお守りの仲立ちで、高僧となった雲の上の人の純粋無垢の親を思う気持ちが一つとなって昇華して行くラストシーンが感動を呼ぶ。
   和生の良弁の神々しく上品な佇まいが秀逸で、殆ど動きのない人形遣いなのだが、和生の顔までが輝いて見える。
   玉男が、良弁の首は、能面のような面差しで目も描き目で動かない上に、殆ど動きのない役どころなので、頭の微妙な角度や目線一つで感情の表現するなど非常に難しいと言っているが、和生は、文雀の左で玉男の芸を学んだのであろう。
   文雀の渚の方は、最初から最後まで出ずっぱりだが、品の良い奥方から、全国を流浪するうらぶれた老婆まで、しかし、襤褸を纏った乞食に落ちぶれようとも、心は錦、文雀の遣う人形が、苦しさに号泣しながらも高貴さをどこかに保ちながら、ただ一途に子を思うひたすらな生き様を髣髴とさせて感激しながら見ていた。

   もう一つ忘れられないのは、12年前に観た歌舞伎の舞台で、仁左衛門の良弁僧正、先の芝翫の渚の方で、顔の表情までもビビッドに覚えていて、印象記は次の通り。
   良弁僧正は日本屈指の偉大な高僧だが、仁左衛門は、実に厳かに威厳を持って登場し、正面右手の石段途中で立ち止まり、杉の木の因縁を語り師の厚恩と父母への思いを語る。この辺りから大僧正ではなく無垢の人間に戻って、杉の木に張られた一枚の紙切れが縁で、乞食に落ちぶれた実母渚の方との涙の対面を果たす。
   仁左衛門は、筋書で「本当に純真で母を思う気持ちはほとんど童心に近いと私は解釈して演じています。」と言っている様に、張り紙の場から最後まで、大僧正と言う威厳と権威をかなぐり捨てて、しかし、高僧としての品格と品位を実に上手く保ちながら、捨て身で母と子を演じている。
   渚の方が語る話を、大きく身体をその方向に傾けて身じろぎもせずにじっと渚の方を見据えて聞き続けている。錦の守り袋に収められた如意輪観音の話を聞くと大きく身体を崩して胸に手を入れる。母だと分かると駆け寄ってしっかり母を抱きしめ涙にくれる。
   渚の方を演じる芝翫が、実に上手い。プロンプターの声が大き過ぎることと多少タイミングがずれる点を差し引いても、哀切の限りを尽くして語る悲哀と良弁との親子の対面での込み上げる喜びを表現する至芸は実に感動的である。今でも、嗚咽を必死に抑えて顔を引きつらせて良弁に縋りつく芝翫の感極まった表情を思い出すのである。
   仁左衛門は、「菅原伝授手習鑑」の菅丞相を彷彿とさせるのだが、同じ品格と格調を要求される役柄でも、あの場合は殆ど感情を表面に出さずに抑えた演技なのだが、この良弁は、童心に返って嗚咽に咽び母と子の愛情を表す。

   さて、余談が長くなったが、それ以前に上演された「良弁杉由来」は、初代玉男の良弁、文雀の渚の方が続いていたのだが、今年から、夫々の一番弟子である玉男と和生が人形を遣っていて、本格的な芸の継承がなったと言うことであろう。
   和生は、良弁僧正と渚の方と両方の舞台を観ているのだが、流石に人間国宝、今回は、貴人の奥方から、狂人紛いの乞食、僧正に会ってからの母心への回帰へと実に雄弁に女人を演じきった。

   初代玉男は、「人形有情」の「良弁の威厳」で、「じっと動かないで立っている間がエライ、首自体は軽いが、衣装の袈裟が重く、下がドシーっとしてバランスが悪く、遣いにくい。首を動かそうとしてもなかなか思うように動かない。慣れて来んかったら遣えませんで。」と言うなど、舞台の相当長い時間、直立不動で立ち続ける良弁人形の大変さを語っている。一度だけ、首を動かすのは、渚の方が、「恐れ多くも僧正の」と言いながら平伏する時で、それまでじっと渚の方の顔を見ているのだが、自分のことをいうてるなと思って、一寸首を逸らせるのだと言う。
   良弁で一番難しいところは、「この品にてはあらざるか」と守り袋を見せた後、「そんならあなたが」「そもじが」と言って、見つめ合って前に出て抱き合うシーンで、絶対に母への目線が外れてはならない。良弁があんまり涙を流すのも良くない。良弁が泣くのは、渚の方と抱き合う時など計4回にしています。と言っている。

   ところで、忠実で初代に傾倒している玉男のことであるから、この初代の芸をそのまま舞台で継承していたのであろうが、実際に、玉男の良弁人形を観ていて、感動すれども、初代の指摘していた細かいことは総て忘れてしまって、玉男がこのあたりをどのように遣ったのか全く気付かずに、夢中で舞台に惹き込まれ続けていた。
  
   二月堂の段の義太夫は千歳太夫、三味線は富助、実に素晴らしい、しばらく、感動が冷めやらなかった。
   
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国立劇場・・・文楽「夏祭浪花鑑」

2018年09月11日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   6月に、歌舞伎で吉右衛門の素晴らしい「夏祭浪花鑑」を観て感激したのだが、あの時も見取りの域を出ず、「鳥居前 三婦内 長町裏」だけだったが、今回の文楽は、 三段目の「鳥居前」からのスタートは同じだが、その後は、最後の九段目を除いて、日頃観る機会が殆どない段「道具屋 道行 田島町団七内」を加えた通し舞台となっていて、もっとストーリーが良く分かって、興味が倍加して楽しい。

   人形なので、生身の歌舞伎役者には演じられないような異次元の振り付けなどがあって、別な楽しみ方ができるのだが、今回は、豪快な勘十郎の団七に対して、立役として最高峰の玉男が、意地の悪い小悪人舅三河屋義平を遣って、団七をイビリ倒して殺されると言う壮絶な芝居を見せていて面白い。初代の玉男が、悪役を遣うのが好きだと言っていたのだが、特別な味があるのであろう。
   勘十郎の団七は、まず頭の団七が、男の中の男と言った最高級の素晴らしい頭で、それに、一回り人形が大きい感じで、凄い迫力で魅力満点、勘十郎の団七は、全編躍動している。
   玉男の義平次の凄い人形の挑戦があってこその、輝きであろうと思う。
   この口写真は、劇場のHPから借用した二人の争いの場だが、歌舞伎の舞台とは、随分違っていて、交換可能な人形であるが故の良さであろうか、一度殺されて投げ出された筈の義平次の人形が、見るも無残な姿になって這い上がってきて蘇えり、その間に、団七は着物を脱いで刺青も鮮やかな赤褌一つの裸となるのだが、亡霊のようになった義平次と、団七とが、再び壮絶な激しい殺戮シーンを繰り広げて、最後は、仰向けに倒れた義平次の首に上から激しく刀で串刺し、凄い舞台で、観衆の目をくぎ付けにする。 

   また、ベテランの玉也が、しみじみとした味のある釣船三婦を遣って場を盛り上げている。
   控えめだが、団七女房お梶の清十郎が、相変わらず魅力的で、女形の旗頭の一人であることを示して好感。

   そして、何よりも素晴らしいのは、最近では定番となっている簑助の徳兵衛女房お辰。
   幕からの出ででは、これ程色気があって魅力的な女性はいないと思えるほどの水も滴るいい女で登場し、この滲み出る女性のチャームを維持しながら気風の良さを見せて玉島磯之丞を引き受けるのだが、若くて色気づいている磯之丞を美しいお辰に預けられないと心配した三婦に拒絶されたので、女が立たないと言って、激高して詰め寄り抗弁する激しさ、顔に色気があり過ぎるからだと言われて、とっさに、顔に焼き鏝を当てて美しい顔を焼き、「何と、三婦さん、この顔でも分別の、外と言う字の色気があらうか」。
   歌舞伎では、確か、徳兵衛は大丈夫かと聞かれて、夫が惚れたのはここでござんすと言って胸を叩くシーンがあったと思うのだが、文楽にはそんな蛇足はなくて、最後の段で、団七と喧嘩して、徳兵衛が「去んで、女房の顔など見て楽しもうわい。」と言っているので、焼き鏝の大やけどは気にしていないと言うことであろう。
   私は、この簑助のお辰を観たくて、今回も、前列直近の席を取った。 

   今回面白かったのは、磯之丞は、団七の世話で、内本町の道具屋孫右衛門の手代の清七となって働いているのだが、その道具屋の娘お中と恋仲になって、騙された仲買の弥市を殺して、心中の道行きに旅立つと言うストーリーがあったので、次の「三婦内の段」の冒頭で、磯之丞が、傾城琴浦に嫉妬されて痴話げんかをしているのが分かったこと。
   この琴浦に横恋慕する大島佐賀右衛門に売り渡そうと舅の義平次が、団七の名を騙って誘拐したので、団七が怒って義平次を追いかけて、長町裏で争って殺害すると言う悲劇が起こるのだが、お中は、いつの間にか舞台から消えてしまっている。

   浄瑠璃では、今最も脂の乗り切った太夫、呂勢太夫(三味線清治)、織太夫(三味線清志郎)、文字久太夫(三味線清介)の素晴らしい義太夫が、文楽の絶好調を支えていることがよく分かる感動的な「夏祭浪花鑑」であった。

   6月に観た吉右衛門の歌舞伎と、その感動が冷めやらぬ直後に、この文楽の「夏祭浪花鑑」を観て、久しぶりに、地の底から這いあがる熱風のような湿気を帯びた蒸し暑い大阪の夏祭を思い出して、感無量である。
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八月納涼歌舞伎・・・「盟三五大切」

2018年08月21日 | 観劇・文楽・歌舞伎


   この「盟三五大切」は、四世鶴屋南北が『東海道四谷怪談』の続編として書いた、並木五瓶の「五大力恋緘 」を脚色して加えた「忠臣蔵外伝」。
   凄惨な殺しの場など、南北ならではの世界が展開される生世話物の傑作だと言うのだが、落語の「お化け長屋」を上手くアレンジして、夜中に家主が幽霊になって化けて出て店子を追い出して店賃を巻き上げて回転を速める悪どい商売をすると言うドタバタ喜劇を挿入するなど、結構面白い。
   この家主くり廻しの弥助を演じる中車の、老練な惚けたコミカルタッチの演技が、冴えていて実に上手い。直球勝負の獅童と七之助相手であるから、余計にアンバランスが面白いのである。
 
   塩冶家の侍だったが御用金紛失の咎で勘当の身となった浪人の薩摩源五兵衛(元不破数右衛門 幸四郎)は、芸者の小万(七之助)に入れ込んでいるのだが、小万には、相思相愛の笹野屋三五郎(獅童)という夫がいる。源五兵衛は、名誉挽回し、亡君の仇討に加わるため伯父富森助右衛門(錦吾)が用立てた100両を借り受けるが、三五郎の罠にかかって騙し取られる。自分が騙されたことを知った源五兵衛は、鬼と化して、三五郎夫婦を追って、次々と殺戮劇を繰り広げて行く。
   三五郎は、源五兵衛から巻き上げた金100両を、父の了心(松之助)に渡すのだが、この金は、父の旧主:不破数右衛門の危急を救うためだったのだが、それを知らず、源五兵衛は、小万と嬰児を殺し、後悔するも既に遅し、小万の兄(家主)を殺している三五郎も自害、
   ところが、そこへ、塩谷の同志が結集して登場し、薩摩源五兵衛すなわち不破数右衛門を、高師直討ち入りに誘って旗揚げ。
   いかにも取ってつけたような結末だが、猟奇殺人鬼の不破数右衛門を、討ち入りの同志に加えると言う奇天烈さを、江戸の庶民は、どう観ていたのか。

   確かに、薩摩源五兵衛の繰り広げる凄惨な殺し場は、写楽などの歌舞伎絵を見ているような絵になるシーンの連続で、幸四郎の派手な見得や顔の表情など、江戸の浮世絵の世界の再現である。
   特に、薩摩源五兵衛が小万と嬰児を、愛しさ(可愛さ余って)憎さ百倍、殺戮のシーンは凄くて、正に、悪夢の絡繰り絵図さながらで、嬰児の首にくし刺しの刀を握りしめて引き抜こうとする小万の断末魔。

   幸四郎は、スマートゆえの線の細さは否めないが、やはり、天下の千両役者。
   ニヒルなヤクザの役を地で行く獅童の上手さ、進境著しい七之助の艶姿。
   それに、お母さん三田寛子によく似て来た橋之助が薩摩源五兵衛の付き人若党六七八右衛門を演じて正攻法の丁寧な芸を披露していて好感。

   歌舞伎の世界も、随分世代が新しくなったなあと思える舞台であった。
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七月大歌舞伎・・・海老蔵の「源氏物語」

2018年07月28日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   久しぶりに海老蔵の「源氏物語」を観た。
   ずいぶん昔になるが、不確かだが、瀬戸内寂聴さんの「源氏物語」を台本にした海老蔵の歌舞伎を観た記憶があり、菊之助の「浮舟」など、時々、日頃の歌舞伎とは雰囲気の違ったしっとりとした舞台なので、結構楽しめるのである。
   ところが、今回の舞台は、京都などで随分上演されているにも拘らず、知らなかったので、HPを借用すると、
   ”夜の部は通し狂言『源氏物語』。歌舞伎×オペラ×能楽×華道×映像、5つの要素が歌舞伎座の舞台で一つになり、新しい物語を紡ぎ出します。それは、光源氏の抱える闇、孤独に焦点を当てて掘り下げた『源氏物語』。
   歌舞伎座では見たことのない映像と、美しいオペラの歌声が舞台を包み込み、華やぎにあふれればあふれるほど、浮かび上がってくる光源氏の孤独。光源氏がその表情にたたえる繊細な明暗をとらえたポスターにご注目ください。と言うことである。
   

   源氏物語の冒頭部分を、紫式部の萬次郎が書いて幕が開く成田屋ゆかりの「源氏物語」。
   桐壷帝の寵愛を一身に受けた桐壷更衣は、光り輝く皇子を生んで間もなく逝去し、光の君は、降下して、光源氏と名乗って臣下となる。桐壺帝が崩御、実子の朱雀帝(坂東亀蔵)が即位するが、帝の母の弘徽殿女御(魁春)は、桐壷帝の寵愛を奪われた憎い桐壷更衣の子供であり、我が子を脅かす存在として、光源氏を敵視して、その失脚の機会を窺う。ところが、こともあろうに、光源氏は、弘徽殿女御の妹と知らずに入内が決まっていた朧月夜の君と恋に落ち台無しにしてしまい、弘徽殿女御と父右大臣(右團次)の恨みを買う。母に生き写しの藤壺中宮に恋焦がれて子を設けた光源氏は、その春宮に累が及ぶことを危惧して、官職を辞し、傷心の内に須磨へ落ちて行く。
   夢に現れた亡き父帝のお告げに従った光源氏は明石へと移り住み、明石入道の娘の明石の君と出会い、美しい娘を授かる。
   桐壷帝が夢に現れて狂乱状態になった朱雀帝が、弘徽殿女御などの反対を押し切って光源氏を呼び戻す。

   大体、源氏物語の冒頭部分を脚色して須磨・明石までを劇化したのだが、これに、正妻葵上(児太郎)との夫婦生活と柏木の誕生、それに嫉妬し逆上する六条御息所(雀右衛門)の挿話を絡ませて、興味深い舞台に仕立てている。
   ところで、この歌舞伎は、通し狂言と銘打っているが、54帖のうち、冒頭の桐壷から一応14帖の澪標までのごく一部であって、源氏物語と言うには問題があり過ぎる。
   したがって主題を何にするかと言うことだが、海老蔵は、光源氏の心の闇を描きたいと言う。
   母に死に別れ、父桐壷帝には捨てられ、憧れの藤壺とは一夜を契って子供までなしたが出家されて罪に苛まれ、政敵の姫君朧月夜を傷物にして、周りから光の君とちやほやされるも、心の闇に苛まれて須磨に落ちて行く失意の光源氏。
   しかし、須磨で生まれた姫君の姿を見て、父桐壷帝の宮廷で苦しむ光源氏の将来を慮っての降下で、父の思慮深い慈愛であったことを実感して感激して幕。
   闇と光の物語で、美しくてダイナミックな極上の芸術美を全編に展開して、その闇で埋め尽くして、ハッピーエンドと言う設定なのである。
   したがって、葵上と六条御息所をサブには登場させたが、光源氏を取り巻く女性では、朧月夜事件をブリッジにして須磨下向を策した作品で、肝心の藤壺も登場しなければ、人気者の夕顔も出なければ明石の君(児太郎)も一寸顔を覗かせるだけで、色恋塗れのドン・ファン光源氏の実像は、表現されていない。
   興味深かったのは、普通の源氏解釈と一寸したニュアンスの差であろうが、この舞台では、光源氏と葵上との仲が睦まじくなって子をなしたこと、そして、弘徽殿の女御の凄まじいまでの光源氏に対する憎悪と敵意の表現であった。
   

   まず、初めに、能楽師が登場して、幽玄な能の世界が展開するのは、能「葵上」を脚色した舞台で、葵上が生んだ子供を抱きしめて愛しんでいる仲睦まじい源氏と葵上のところに、六条御息所の生霊が現れて、葵上を六条御息所の分身と化した能楽師が襲い掛かって責め苛むシーンで、能舞台のシテの舞。
   もう一つは、須磨に追われた光源氏が、桐壷帝の亡霊の出現や龍王(原書では住吉の神)のお告げを受けるシーンを膨らませてダイナミックに能仕立てたにした舞台で、正面の高台を能舞台に見立てて、能楽師の龍神、龍王、龍女が、広い歌舞伎座を能舞台さながらに舞い続ける王朝絵巻の極致。
   能楽師は、片山九郎右衛門、梅若紀彰、観世喜正と言った観世流のエースだが、当日、どなたが舞われたのかは分からない。
 
   この歌舞伎で、注目すべきは、プロジェクションマッピング技術(リアルとバーチャルを同期させる映像手法で、その両者の融合が生み出す幻想的な世界を現出)の駆使で、素晴らしい映像空間が、冒頭の四季の移り変わりから、舞台のみならず、前方の劇場空間を埋め尽くす迫力と感動。
   従来の映像技術やリアルでは表現しきれない、創造的で新鮮な空間を生み出すことが可能で、プロジェクター7台を駆使し、CGで作った大和絵風などの映像を紗幕に立体的に投影して、生け花も加わって、実に美しい錦絵を展開する。
   特に圧巻は、能楽師から代わった龍王役の海老蔵が舞台下手から3階席奥へ飛翔する宙乗りシーンで、センサーを取り付けた海老蔵の動きに応じて海の荒波の映像がダイナミックに揺れ動き、舞台からはみ出し、天井にまで広がる迫力で観客を圧倒。

   朝日デジタルの写真を借用、
   左上空に宙乗りの海老蔵の龍王、下段は、居並ぶ能の囃子方と義太夫三味線、左端は能楽師の龍神、歌舞伎と能、そして、革新的なデジタル映像技術「プロジェクションマッピング」を融合させた素晴らしいコラボレーションが、新しい古典芸能の歌舞伎の行く末を象徴している。「間口を破壊する勢いで映像を演出する。平安朝にタイムスリップしたかのような世界観を目指した」と語る海老蔵の夢が半ば実現。
   恐らく、東京オリンピックでは、團十郎を襲名した海老蔵の素晴らしい新作歌舞伎が上演されるのではないかと、期待させる舞台である。
   とにかく、花道への登場から宙乗りで消えて行くまでの海老蔵の激しいダイナミックな龍王は、正に歌舞伎の華、これこそ、千両役者の本領であろう。
   
   
   もう一つのこの歌舞伎の面白さは、オペラとのコラボレーション。
   闇の精霊アンソニー・ロス・コスタンツォと、光の精霊ザッカリー・ワイルダーが、随所で、語り部のように登場して素晴らしい歌唱で魅了する。
   よく分からないが、特に、カウンターテナーのコスタンツォの歌唱の魅力は格別で、G.F.ヘンデルなどの歌曲などを歌っているのであろうか、上手の御簾裏に待機した古楽器の小オーケストラが音楽を奏して実に美しく、これだけ聴くだけでも私は満足であった。

   今回の歌舞伎の舞台を観ていて、この歌声や古典楽器のサウンド、そして、小刻みに小舞台にスポットを当てて素早く舞台展開する手法などは、ロンドンのグローブ座やRSCのシェイクスピア戯曲さながらで、斬新な舞台演出が心地良かった。

   堀越勸玄君の素晴らしい芸、それに、児太郎と魁春の舞台に感激、
   雀右衛門が素晴らしい舞台を見せていたが、能役者とのコラボが不明確で、一寸割を食って可哀そう。
   ラストの光源氏の帰還を迎えて浮かれ踊る人々の喜びのシーンなどは、見せるための蛇足だとは思うし、芝居としての舞台展開には多少粗削りの面もあろうが、非常に斬新で意欲的な舞台で、魅せてくれた。
   とにかく、久しぶりに興味深い価値ある舞台を観て楽しませて貰った。
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六月大歌舞伎・・・「夏祭浪花鑑」

2018年06月11日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   夜の部は、
  一、夏祭浪花鑑 鳥居前 三婦内 長町裏

団七九郎兵衛 吉右衛門
お辰 雀右衛門
一寸徳兵衛 錦之助
お梶 菊之助
下剃三吉 松江
玉島磯之丞 種之助
傾城琴浦 米吉
団七伜市松 寺嶋和史
大鳥佐賀右衛門 吉之丞
三河屋義平次 橘三郎
堤藤内 桂三
釣船三婦 歌六
おつぎ 東蔵


   宇野信夫 作 大場正昭 演出
   二、巷談宵宮雨
     深川黒江町寺門前虎鰒の太十宅の場より深川丸太橋の場まで

龍達 芝翫
虎鰒の太十 松緑
おとら 児太郎
おとま 梅花
薬売勝蔵 橘太郎
徳兵衛 松江
おいち 雀右衛門

  夏祭浪花鑑は、1745年8月に大坂竹本座で初演された人形浄瑠璃で、その後歌舞伎化された。
   全九段の通し狂言だが、今日では、今回の舞台のように、三段目「住吉鳥居前」・六段目「釣船三婦内」・七段目「長町裏」が通して上演されており、それなりに、きっちりとした歌舞伎になっている。
   この舞台の主人公であ団七九郎兵衛は、浮浪児であったのを三河屋義平次に育てられて、娘のお梶と所帯を持って子供も生まれて、堺で行商の魚屋をしている。義侠心が強く、老侠客釣船三婦らとつきあっていて、恩人の泉州浜田家家臣玉島兵太夫の息子磯之丞の危難を救うため、大鳥佐賀右衛門の中間を殺したので、入牢となるのだが、
   今回の舞台は、兵太夫の尽力で、団七が、住吉鳥居前で、釈放されるところから始まる。
   「釣船三婦内」では、徳兵衛女房お辰が国許に帰るための暇乞いに来たので、三婦の女房おつぎが、磯之丞を一緒につれて帰ってほしいと頼むのだが、三婦が「色気があり過ぎてダメだ」と言ったので、、妾の顔が立たぬと焼き鏝を己の頬にあて美貌を醜くしてしまい、女ながらに気風の良さ心意気を示す壮絶なシーンがある。
   そして、義平次が駕籠を従えて門口に現れ、団七に頼まれて磯之丞の愛人琴浦を引き取りに来たと言って、琴浦を駕籠に乗せて連れて行く。後に来た団七は、お辰から事情を聞かいて、琴浦に執心の佐賀右衛門が欲深い義平次を使って琴浦を攫う算段だと悟って、急いで駕籠のあとを追う。
   「長町裏」では、堺筋の東側にある長町裏で、団七は駕籠に追いつき義平次を詰り琴浦を返すよう懇願するが、断られて散々悪態をつかれて、団七の雪駄で額を打たれて眉間に傷を負わせられたので堪忍袋の緒が切れて争ううちに、義平次を殺してしまう。

   さて、この「夏祭浪花鑑」だが、大坂を舞台にした浄瑠璃・歌舞伎で、このブログでは、海老蔵と吉右衛門の団七の舞台について、書いている。
   夫々、素晴らしい舞台であって感激して観たので、それはそれでよかった。
   しかし、何も大坂に拘ることもないのだが、この時にも書いたので引用すると、
   天神祭の頃の大阪の盛夏は、耐えられない程むし暑いのだが、この歌舞伎の題名が、夏祭浪速鑑と銘打った以上、あの地面の底から湧きあがってくるようなムンムンした気が狂いそうな程のむし暑さを滲みだせなければ、舞台のイメージが出てこないのではないかと言うことで、江戸のアウトローを主人公にした侠客物とは違って、この舞台のように侠気のある市井の平凡な庶民を主人公に仕立てた人間臭い、それにしてどこか粋な雰囲気を醸し出した土壌あっての作品だと思うからである。
   悪い人でも舅は親。南無阿弥陀仏。凄惨な親子の殺戮劇の後の団七の言葉だが、正気を逸して気が狂っても当然かも知れないと思えるほど暑くて耐えられない、どろどろした大阪の大地と空気の香りが滲み出て来なければ、この芝居の良さは分からないような気がしている。
   それに、団七と義平次の殺戮の場では、塀の向こうを、だんじり囃子に乗ってだんじりや山車が通り過ぎて行く演出の冴えなど、正に、夏祭の雰囲気がムンムンして、宵宮の太鼓かつぎの連中が、団七をその輪の中に巻き込んで行くシーンなど、正気と狂気とを綯い交ぜにした舞台であり、効果抜群である。

   ところで、私は、吉右衛門の舞台で、好きなのは、終幕の刺青と赤褌の団七の華麗な舞うように演じて絵になる見得づくしの殺戮の舞台よりも、序幕の牢から釈放された無残な冴えない犯罪人が、住吉神社の境内に店を出す髪結床に入って男を上げて颯爽と再登場する変わり目の鮮やかさで、これで、一挙に舞台展開が見えて、ストーリーが本筋に入る。
   この店の暖簾に、播磨屋の家紋が描かれていて、その家紋をつけた浴衣姿のいい男が団七なのである。

   前に見た吉右衛門の舞台では、一寸徳兵衛を仁左衛門、傾城琴浦を孝太郎が演じており、やはり、大阪弁の雰囲気は格別であった。
   先の仁左衛門が、上方色の乏しい東京の役者の舞台を見て、藤十郎(当時扇雀)に、「上方歌舞伎の冒涜や、あんさん手本に、団七をやっておくれやす」と指示したとかウイキベディアに書かれてあるのを読んだのだが、こてこての大阪弁尽くしの「夏祭浪花」を観たいと思っている。
   
   その意味では、大阪弁で語られて、本拠地を大阪に置く文楽での「夏祭浪花鑑」は、一味も二味も違って、また別な素晴らしさがあって良い。
   東京での舞台は、少なくて、このブログでは2回しか記録はないのだが、2回とも、徳兵衛の女房お辰は簔助で、火鉢で真っ赤になった鉄弓で顔を焼くシーンでは、身体を張って生きている任侠の女房としての心意気、気丈夫なお辰の心の揺れを実に鮮やかに人形に託して演じて感動した。
   桐竹勘十郎の団七と吉田玉也の義平次との殺戮シーンは凄かったし、釣船三婦は桐竹紋寿、一寸徳兵衛は吉田玉女が遣っていた。
   6年前の舞台では、玉女の団七と勘十郎の義平次で、二人の井戸端での殺戮シーンの迫力は流石であったし、釣船三婦を遣った桐竹紋寿の風格も凄かったが、残念ながら、もう見られなくなってしまった。

   「巷談宵宮雨」は、初めて観る歌舞伎で、面白かった。
   龍達は女犯の罪で寺を追われた妙蓮寺の住職だった龍達を演じた芝翫が、実に上手かった。
   虎鰒の太十の松緑と、おいちの雀右衛門の息のあった夫婦のドタバタ模様も秀逸。
   怪奇めいた結末が興味深い。

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国立劇場・・・文楽「本朝廿四孝」吉田玉助襲名披露公演

2018年05月24日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   早くからソールドアウトになっていた吉田玉助襲名披露公演の文楽「本朝廿四孝」。
   信玄と謙信の確執に想を取った作品で、今回は、よく上演される前半の武田勝頼と八重垣姫が主人公のメロドラマ風の「十種香」や「狐火」ではなくて、軍師山本勘助の二人の遺児の確執と二代目山本勘助誕生をテーマにした舞台である。

   本来の「廿四孝」は、中国の話であって、歴代中国王朝は、儒教を重んじて孝行を特に重要な徳目としていたので、後世の範として元代郭居敬が編纂した書物で、この浄瑠璃にも引用されている子供を捨てる郭巨や筍掘りの孟宗や、有名な理想の天子舜など、孝行が特に優れた人物24人を取り上げていて、非常に興味深い。
   この歌舞伎では、母が、足利義晴公の遺児松寿君を救って守護し将軍家を救ったのは、父の名を上回り、中国の廿四孝にも優ると言って、勘助に、軍法の一巻を与えるところで、この廿四孝が言及されており、このくだりが、「本朝廿四孝」のタイトルの謂われであろう。

   口上の後、「景勝下駄の段」と「勘助住家の段」が演じられており、
   人形は、兄横蔵後に山本勘助を、襲名した玉助が遣い、弟慈悲蔵実は直江山城之助を玉男、勘助の母を前勘十郎・後簑助、女房お種を和生が遣っており、華を添えている。
   義太夫と三味線は、景勝下駄の段は、織太夫と寛治
   勘助住家の段は、前を、呂太夫と清介、後を、呂勢太夫と清治
   大変な熱演である。
   私は、二列目、正面やや上手よりで聴いていたので、迫力と緩急自在の語りに、浄瑠璃の凄さを実感して感激していた。

   母の溺愛を良いことに、傍若無人に振舞っていた横蔵が、廿四孝にも優る孝人で、山本勘助だという設定が面白いのだが、元々、山本勘助の史実が定かではないと言うことであるから、フィクションとしても面白い。

   この横蔵を、襲名なった玉助が、エネルギッシュに豪快に遣っていて、その迫力と格好良さが秀逸で、見得の夫々が錦絵になっていて、流石に、襲名披露公演の雄姿である。
   玉男の遣う慈悲蔵は、母に疎まれて平身低頭の孝行息子で、本来の直江山城之助も折り目正しい武将であるから、徹頭徹尾優等生であり、今回は、玉助が玉男のお株を奪った感じである。
   簑助の勘助の母は、正に、人間国宝の別格。
   女房お種の和生と母の勘十郎も、素晴らしい人形ぶりを披露。
   
   この時、同時に、「義経千本桜」の「道行初音旅」が上演されて、華を添えた。
   美しい吉野の桜風景と、正面に雛壇模様に設えられた床に、咲太夫と燕三を真ん中にして、太夫と三味線が並んだ綺麗な舞台をバックに、美しい姿の静御前(清十郎)と狐忠信(勘十郎)が、華麗な舞を披露する。
   単なる美しい踊りだけではなく、八島での戦いの「錣引き」や矢に倒れる継信の死などの悲劇に涙するなど、物語のあるのが面白い。
   
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国立劇場・・・文楽「彦山権現誓助剣」

2018年05月20日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   5月国立劇場の文楽は、吉田玉助襲名披露公演の「本朝廿四孝」などの第一部は、販売直後にソールドアウトで大人気だが、第二部の「彦山権現誓助剣」も、非常に意欲的な舞台で、素晴らしい。

   長門国郡家の剣術指南役:八重垣流の吉岡一味斎の高弟で彦山の麓毛谷村に住む六助(玉男)を主人公とする浄瑠璃である。
   同じ指南役:微塵流の京極内匠(玉志)が御前試合で、一味斎に負けた恨みで暗殺したので、長女お園(和生)と次女のお菊(勘彌)が息子や弥三松(簑太郎)を伴って敵討ちに旅立ち、途中で、お菊が内匠に殺され、苦難の末に、お園が、父が許嫁と決めていた毛谷村の六助宅に辿り着き、事情を聴いた六助が再び御前試合で内匠を打ち据えてお園たちに仇討をさせると約束する。
   この舞台は、お菊が暗殺される「須磨浦の段」から、「瓢箪棚の段」「杉坂墓所の段」と続き、「毛谷村六助住家の段」まで演じられ、
  裃姿に威儀を正した六助に、梶原源太景季の故事に倣って、お園が梅の枝を肩に挿しかけて武運を祈るシーンで幕となっている。
   普通演じられるのは、「毛谷村六助住家の段」で、2年前の歌舞伎座の四月大歌舞伎で、「杉坂墓所・毛谷村」の場で、仁左衛門が六助を演じて、素晴らしい舞台を見せてくれている。
   
   この物語は、戦国時代の武将であり、加藤清正の家臣であった剣豪貴田孫兵衛の若かりし頃、毛谷村に住んでいた六助として、女の仇討ちの助太刀したという物語が脚色されて、これが、人形浄瑠璃『彦山権現誓助剣』として上演されて、歌舞伎化もされたと言うことである。
   この毛谷村の段だけをとっても、結構、話が面白く、特に、六助のキャラクターである。
   免許皆伝の達人武芸者でありながら、望まれても仕官せずに毛谷村に隠棲しているのだが、底抜けのお人好しで、人の老婆を背負ってやってきた仇の弾正(実は内匠)に、親孝行したいので、御前試合で六助に勝てば召し抱えると言うことなので、負けてくれと頼まれたので、六助は、恥を忍んで頼む浪人の孝心に痛く感じ入って負けてやるのだが、直後に、居丈高になった弾正に嘲られて扇で眉間を割られても、母を亡くした直後でもあり、供養になったと喜ぶ始末。
   したがって、先の内匠が背負ってきた老婆が、樵仲間の老母で、その亡骸を持ち込まれて仇を取ってくれと頼まれて、初めて内匠に騙されたことを知って、形相を変えて微動だにせず棒立ち。
   仁左衛門は、血相を変えて憤怒の形相に変わったのだが、その日、「身替御前」で、愛人との後朝の別れから、ほろ酔い機嫌で帰宅して恐妻にこっぴどく懲らしめられるにやけた締まらぬ右京を演じていて、その落差の激しさを感じて面白かったのを思い出す。

   それだけに、先に、一夜の宿を乞う老女(実は一味斎の妻:勘壽)が来て「わしを親にせぬか」と言われて、とにかく、奥に入れて休ませ、また、六助と名前を聞いただけで女武者のように荒々しかったお園が、「天晴れよい殿御じゃ」とうっとりとして、前に寄り添い後ろに立ち迫ってくると、何のことか分からず、周章狼狽、
   ところが、この騙した弾正が師の仇だと分かると一気にテンションがアップして、仇討モードに変換。

   したがって、立役のエース玉男の人形が、雄々しく勇壮に見えるのは、ラストシーンの梅の花を背負った出陣の雄姿のみ。
   しかし、やはり、この舞台では、魅せて見せるのは、この六助の人形、
   玉男は、実に上手く、その朴訥で純粋無垢な達人を浮き彫りにしていて魅せてくれた。
   
   今回、観ていて、和生のお園に、感激しきりであった。
   男勝りの虚無僧姿で現れたお園が、六助が許嫁だと分かると、急に女らしくしとやかになって甲斐甲斐しく変わっていく様子が、実に面白いのだが、相手の素晴らしい男が、父から言われていた許嫁だと分かった瞬間のお園の中空を仰ぎながら、夢心地になってうっとりとする表情の神々しさ、
   このお園のかしらは、老女方だと言うことで、ややふっくらとした感じの顔で、能面の如く表情は変わらないのだが、丁度、この時は、正面少し下手よりの最前列で見上げていたので、女の人は幸せの絶頂期には、このような表情になるのか、生身の婦人のようなリアルな美しさに、ドキッとするほど感動したのである。
   素晴らしい能面や仏像を仰ぎ見て、動く表情や見る位置や角度を変えると、生きた人間の顔のように変化するのを経験しているので、今回は、和生の遣うお園の人間を直に感じて、そのビビッドな美しさに感激しながら、楽しませて貰った。
 
   もう一つ、幼児の人形一子弥三松を遣った勘十郎の子息簑太郎だが、今回は、出ずっぱりと言う程の重要な登場キャラクターを器用に演じていて、進境の著しさを感じた。

   毛谷村の段の奥、千歳太夫と富助の感動的な浄瑠璃も忘れ難い。
   通しの面白さも当然だが、素晴らしい舞台であった。
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團菊祭五月大歌舞伎・・・「弁天娘女男白浪」

2018年05月18日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   今月は、菊五郎の弁天小僧菊之助を観に、歌舞伎座へ行った。
   勿論、菊五郎の弁天小僧は、3回以上は観ている勘定で、このブログにも2回は書いており、最初は、10年前の團菊祭の時で、
   菊五郎の弁天小僧に、團十郎の盗賊の親分然とした豪快な日本駄右衛門、悪餓鬼でコミカルな左團次の南郷力丸、白井権八風の美少年盗賊の時蔵の赤星十三郎、どこかニヒルで知的な忠信狐風の三津五郎の忠信利平と言った決定版の白浪で、
   次は、この新歌舞伎座の柿葺落四月大歌舞伎の「弁天娘女男白浪」で、團十郎が逝去していたので、吉右衛門が、日本駄右衛門を演じていた。

   ところで、今回は、三津五郎も逝ってしまって、時蔵も退場したので、三役は、一気に若返って、昔の三助、海老蔵の日本駄右衛門、菊之助の赤星十三郎、松緑の忠信利平に代わって、大分雰囲気が違ってきた。
   特に、團十郎から海老蔵への代わり方は、直系の芸を継承している筈なのだが、私には、團十郎の印象が強く残っていて、全く違った舞台であった。
   海老蔵の登場は、一寸出の他の二人と違って、浜松屋の場でも、極楽寺山門の場などでも、堂々たる日本駄右衛門を演じて素晴らしいのだが、泰然自若、威厳と風格に満ちた團十郎とは違って、若さとエネルギー故か、一寸、ギラギラした雰囲気であった。

   何故、弁天小僧たちが、浜松屋に強請に来てまんまと騙して100両をせしめようとした寸前に、何処からか現れた日本駄右衛門が、弁天小僧を女と見破って強請を失敗させるのかよく分からなかったが、その後、日本駄右衛門が奥で感謝の酒席で持てなされて、安心させて、泊った日本駄右衛門の導きで、4人の仲間の白浪が、浜松屋に押し入って、身代根こそぎ奪おうと言う算段だと言う。
   尤も、後の舞台で、弁天小僧が昔迷子になった浜松屋の実の息子で、現在の、浜松屋の息子の宗之助が、昔生き別れた日本駄右衛門の息子だと言うことが分かるので、日本駄右衛門たちは、微妙な会話を交わして、何もなく退散する。
   この話は、先の團菊祭の舞台の「浜松屋の蔵前の場」で演じられていて、興味深かった。

   「稲瀬川 五人男勢揃い」の場で、白浪五人男が稲瀬川へやってきて勢揃いし、名乗りを上げて大見得を切るのだが、既に取り囲まれていて捕手と渡り合う。
   大盗賊一味が、いなせで粋な格好をして川っ淵に並んで、一人ずつ名乗りを上げ、河竹黙阿弥節の名調子で、来歴や悪の軌跡など個人情報を滔々と述べるこの舞台。
   アウトローの大盗賊を、悪の華としてヒロイックに檜舞台に引き出して、舞台映えのする背景と衣装で魅せて、流麗な美文調で観客を楽しませる・・・他にはない江戸歌舞伎独特の美学であろう。
   

   「極楽寺屋根・山門・滑川土橋」と続き、極楽寺の大屋根で派手な立ち回りを演じた弁天小僧は割腹して果て、南禅寺の山門屋根の石川五右衛門バリに、極楽寺山門に陣取った日本駄右衛門は、青砥左衛門藤綱(梅玉)に猶予を貰って落ちて行く。

   さて、見ものは、冒頭の菊五郎の、鎌倉雪の下の浜松屋に、美しい武家娘姿で、早瀬主水の息女お浪と名乗って、婚礼支度の買い物に来るハイテーンの井出たちで、75歳の人間国宝と思えないような初々しさ美しさ。
   それが、男の弁天小僧だと見破られて、ヤクザの盗賊に豹変して、大見得を切っての流れるような名調子の長台詞
   この口絵写真の浜松屋の場での弁天小僧の見顕し
   この菊五郎の名科白を聴きたくてこの歌舞伎を観に来ているようなもので、

   ”知らざあ言って 聞かせやしょう 
   浜の真砂と 五右衛門が 歌に残せし 盗人の種は尽きねぇ 七里ヶ浜
   その白浪の 夜働き
   以前を言やぁ 江ノ島で 年季勤めの 児ヶ淵・・・
   ・・ここやかしこの 寺島で 小耳に聞いた 祖父さんの似ぬ声色で 小ゆすりかたり
   名せぇ由縁の 弁天小僧 菊之助たぁ 俺がことだ”
   大向こうから、「待ってました!」の掛け声がかかる。

   私は、所詮、アウトローの大盗賊を、美化すると言う感覚には、いつも、多少違和感を感じているのだが、例えば、シェイクスピアのオテロのイヤーゴのように徹頭徹尾悪質な救いようのないキャラクターを描くのとは違って、何処か人間味と弱さをにじませた人物に仕立てて、日本語の素晴らしさと視覚を満足させるセッティングで魅せて見せる芝居を作り上げる、その美学の冴えは、流石であると思う。

   理屈抜きで、菊五郎の弁天小僧を観て満足する。
   これが、歌舞伎鑑賞の醍醐味かも知れないと思っている。
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四月大歌舞伎・・・仁左衛門の「絵本合法衢」

2018年04月07日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   今回の歌舞伎座の夜の部は、
   通し狂言 絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ) 立場の太平次
   片岡仁左衛門一世一代にて相勤め申し候 と言う振れ込みの大舞台。
   
   四世鶴屋南北の作のこの「絵本合法衢」は、極悪非道な権力者大学之助と、悪事の限りを尽くす町人太平次の二人がみせる悪が主題だと言う歌舞伎だが、片岡仁左衛門が、この二役を一世一代にて歌舞伎座で初上演すると言うので、話題を呼んでいるのだが、悪役専門の歌舞伎役者ではなく、天下の二枚目が演じるところに意味があると言うこと。
   あの初代玉男でさえ、悪役の人形を遣うのは楽しいと言っていたのであるから、芸人にとっては、悪の華を見せる醍醐味があるのであろうが、私は、シェイクスピアもそうだが、悪人が登場する芝居は、本来好きではない。
   したがって、鶴屋南北の歌舞伎も趣味ではないのだが、何故、観たのか、それは、初めて観る歌舞伎であり、やはり、一世一代と言う仁左衛門の至芸を観たかったのである。
   同じく、一世一代と言うことで演じた仁左衛門の「女殺油地獄」が、素晴らしかったからでもある。
   
   この歌舞伎の主人公である近江国多賀家の分家左枝大学之助は、御家横領を企み、冒頭から、多賀家の重宝「霊亀の香炉」を盗み出し、通りかかった京の道具商田代屋の養女お亀(孝太郎)の美しさに心を奪われ、無理矢理妾にしようとする。
   お亀の許嫁与兵衛(錦之助)の実兄である多賀家の家老高橋瀬左衛門(彌十郎)に阻まれ事なきを得るが、後日、多賀家の陣屋に現れた大学之助は、傲慢な振る舞いを瀬左衛門に咎められ、多賀家の重宝「菅家の一軸」で打ち据えられるが、騙し討ちして、この一軸を奪い去る。
   一方、京の四条河原で、大学之助と瓜二つの太平次に惚れ込んでいる蛇使いのうんざりお松(時蔵)は、太平次のために質屋に流れてしまっていた「霊亀の香炉」を取り戻そうと田代屋を強請るが失敗する。田代屋の後家おりよ(萬次郎)は、与兵衛とお亀をわざと勘当し、香炉を渡して出立させるが、その後、太平次はおりよを殺害して、金を奪って二人の後を追う。
   京を離れた太平次は、大和国倉狩峠で旅人の休憩所である立場を営んでいたが、そこへやってきたお亀の妹お米(梅丸)と夫の梅丸(坂東亀蔵)を殺す。
   天王寺近くの庵室。瀬左衛門の弟弥十郎(彌十郎)は合法と名のり、太平次によって深手を負った与兵衛を庵室に匿っていたが、二人が兄弟だと言うことが分かるも、そこへ大学之助が現れ、与兵衛は殺害される。
   合邦と妻皐月(時蔵)が、大学之助を殺害し仇を討つ。

   こんな話だったと思うが、とにかく、自分の目的を遂げるためには、人を人とも思わずに殺害すると言う悪人の二人で、救いようがないのだが、元々、悪人には見えない仁左衛門が、この悪の華を、実に格好よく綺麗なスタイルで小気味よく演じているので、全く嫌味がなく、残酷劇を観ていると言う感覚がない。
   殺害後に、してやったりと、不敵な笑いを浮かべてほくそ笑むのだが、どこまでも、二枚目であって、錦絵になっても、悪人の毒々しさも、底なしの地獄絵からも程遠い。
   しかし、見るに堪えない悲劇や惨殺シーンは苦手で、私など、むしろ、このような綺麗な見せて魅せる悪の華の方が好きで、良いか悪いかは別として、最後まで、楽しませて貰った。
   
   時蔵と彌十郎が、ベテランの芸を見せて、流石に上手い。
   錦之助と孝太郎は、はまり役であるから、地で行く芸を披露。
   歌舞伎は、やはり、通し狂言だと思って観ていた。
   
(追記)全く忘れてしまっていたが、2012年4月国立劇場で、仁左衛門主演で、松嶋屋と時蔵、左團次で、この同じ「絵本合法衢」が上演されていて、このブログでも書いている。
恥ずかしいが、歳の所為ということで弁解することになるが、多少、印象も違っている。
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三月大歌舞伎・・・「夜の部 滝の白糸ほか」

2018年03月28日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   今回、私が観たのは、夜の部。
   プログラムは、次の通り。
   雀右衛門の追悼公演でもあったので、昼の部を見るべきだったのかも知れないが、何度も観ている定番の古典歌舞伎ばかりであったので止めた。
   於染久松色読販と滝の白糸は、初めて観るので、この方が興味があったのである。

一、於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)
小梅莨屋の場
瓦町油屋の場

土手のお六 玉三郎
山家屋清兵衛 錦之助
髪結亀吉 坂東亀蔵
庵崎久作 橘三郎
油屋太郎七 彦三郎
鬼門の喜兵衛 仁左衛門

二、神田祭(かんだまつり)

鳶頭 仁左衛門
芸者 玉三郎


泉 鏡花 作
坂東玉三郎 演出
三、滝の白糸(たきのしらいと)

滝の白糸 壱太郎
村越欣弥 松也
南京寅吉 彦三郎
松三郎 坂東亀蔵
桔梗 米吉
裁判長 吉之丞
郵便配達夫 寿治郎
お辰 歌女之丞
おえつ 吉弥
青柳太吉 秀調
春平 歌六


   「於染久松色読販」は、強請って金を巻き上げようと、悪人の土手のお六と鬼門の喜兵衛夫婦が、油屋へ、乗り込むのだが、山家屋清兵衛に遣り込められて、すごすごと引き返すと言う冴えない物語で、男女の理想像を演じさせれば天下一品の旧玉孝コンビ、人間国宝の玉三郎と仁左衛門が、この悪人夫妻を演じると言うのであるから、正に、期待の舞台である。
  「於染久松色読販」の一場面「小梅莨屋の場と瓦町油屋の場」を切り取っただけなので、同じ強請でも、「弁天娘女男白浪」のような見せ場と迫力に欠けるので、ただ、チンピラが強請に登場したと言った感じで、天下の名優の悪の芸を楽しむと言うことに尽きた感じで、惜しいと思って観ていた。

   清元の舞踊「神田祭」も、鳶頭と仁左衛門と芸者の玉三郎の見せて魅せる華やかで美しい江戸の粋を鑑賞する舞台。
   

   「滝の白糸」は、泉鏡花の「義血侠血」を舞台にしたもので、映画でも何度か上映されていて、多少時代がかった感じだが、人気の高い芝居のようである。
   
   女水芸人「瀧の白糸(水島友)」は、ひょんなことで、乗合馬車の御者の村越欣弥に恋をして、ある夜、金沢の浅野川に架かる卯辰橋で欣弥と再会。欣弥が金のために法律の勉強を諦めていることを知った白糸は、欣弥を説得して、自分が仕送りをすることを約束して東京へ送り出す。欣弥への仕送りを続けるが、人気の低迷が続いて苦しくなり、白糸は、高利貸しの岩淵から、100円を借りて持って帰る途中に、商売敵の南京に強奪される。岩淵のところへ引き返し、南京出刃打の寅吉の落とした出刃で誤って岩淵を刺し殺してしまう。殺害を出刃打の南京にに擦り付けた白糸は、金沢の法廷へ出頭して証言台に立つのだが、その検事補が、学業を終えて初めて検事席に立つ欣弥であった。欣弥は、証言台を離れようとする、放免間際の白糸を呼び止めて、真実の大切さを説くと、堪らずに、欣弥の言葉に白糸は凶行を自白し、舌を噛んで自殺する。裁判員席を離れた欣弥は、ピストルで命を絶つ。

   ほぼ、歌舞伎の筋は以上のような感じであったが、原作の「義血侠血」からも勿論、芝居や映画バージョンからも、少しずつストーリーは違っていて興味深い。
   例えば、ラストは、「義血侠血」では、白糸は、死刑を宣告され、
   「一生他人たるまじと契りたる村越欣弥は、ついに幽明を隔てて、永ながく恩人と相見るべからざるを憂いて、宣告の夕べ寓居の二階に自殺してけり。」と結ばれている。

   何故、どのようにして、白糸が欣弥に恋に落ちたのか、
   歌舞伎では、
   越中高岡から石動に向かう馬車に乗った水芸一座の太夫滝の白糸は、文明開化の誉れ高い馬車が人力車に追い抜かれたので馬丁に文句を言います。すると、馬丁の村越欣弥という青年は白糸を抱いて馬に跨り、人力車を颯爽と追い抜いてみせるのでした。欣弥のことが忘れられない白糸は、・・・となっていて、このシーンはなく、登場人物が語るかたちで、表現されている。
   いわゆる、一目惚れ、直覚の愛であって、白糸の片思いから始まった恋で、説得力に欠けるが、この激しい恋が、この歌舞伎の太い導線で、しがない芸人と言う悲しさ、妻にしてくれと言えない白糸の苦衷を、歌六演じる春平が、切々と語って泣かせる。

   この歌舞伎の舞台は、歌六を筆頭にして、裁判長の吉之亟など、年季の入ったベテランが脇役陣を固めていて捨てがたいが、白糸の壱太郎や欣弥の松也、南京寅吉の彦三郎などの主役級の役者は、皆、若手中堅で、よくやっているとは思うし楽しませて貰ったが、いかんせん、芸の未熟さは、隠しきれないし、もう一つ、説得力と感動に欠けて、芝居に位負けしている感じであった。
   尤も、ずっと前に、團十郎の金色夜叉を見て、何となく違和感を感じたので、必ずしも、ベテランの大役者が演ずべきだとは思わないが、この泉鏡花の「義血侠血」を読めばわかるが、このような綺麗ごとの舞台ではなく、もっと庶民的でドロドロした泥臭い芝居であったはずで、その意味では、壱太郎も松也も、優等生過ぎると言う感じがしたのである。
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国立劇場・・・3月歌舞伎「増補忠臣蔵」「梅雨小袖昔八丈」

2018年03月20日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   今月の歌舞伎は、2本立て。「増補忠臣蔵(ぞうほちゅうしんぐら)本蔵下屋敷」「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)髪結新三」である。

   意欲的な作品だが、人間国宝の吉右衛門や菊五郎の出演する大舞台と違って、役者が小粒と言うことなのであろうか、空席が目立って寂しい。
   出演者は、次の通り。
   『増補忠臣蔵』
桃井若狭之助   中村鴈治郎
三千歳姫     中村梅枝
井浪伴左衛門   市村橘太郎
加古川本蔵    片岡亀蔵 ほか
   『梅雨小袖昔八丈』
髪結新三      尾上菊之助
白子屋手代忠七   中村梅枝
下剃勝奴      中村萬太郎
紙屋丁稚長松    寺嶋和史
家主女房お角    市村橘太郎
車力善八      尾上菊市郎
白子屋下女お菊   尾上菊史郎
白子屋娘お熊    中村梅丸
家主長兵衛     片岡亀蔵
加賀屋藤兵衛    河原崎権十郎
白子屋後家お常   市村萬次郎
弥太五郎源七    市川團蔵 ほか  

   『増補忠臣蔵』は『仮名手本忠臣蔵』の増補作品で、桃井若狭之助とその家老・加古川本蔵の絆を描いた作品で、『仮名手本忠臣蔵』の九段目「山科閑居」で、虚無僧姿の本蔵が大星由良之助を訪ねる前日譚である。
   高師直に賄賂を与えて主君若狭之助の命を救った本蔵は、そのとばっちりを受けて刃傷に及んだ塩冶判官を背後から抱きかかえて制止した張本人。
   塩冶判官の本懐を遂げるべく仇討に向かう大星由良之助の息子大星力弥と本蔵の息女小浪とは許嫁関係であり、破談を回避して娘の願いを叶えるために、本蔵は、力弥に討たれるべく山科の大星邸に向かう、その前日の若狭之助との感動的な別れの一幕である。

   加古川本蔵行国は、実説忠臣蔵にはない架空の人物であるが、この『仮名手本忠臣蔵』では、非常に重要な登場人物であり、特に、名舞台である九段目「山科閑居」では、座頭役者が演じる最もドラマチックな舞台である。

   今回の舞台では、賂大名として揶揄されて苦悩する若狭之助が、本蔵お手打ちに見せかけて、奸臣の井浪伴左衛門 を一刀のもとに切り捨てて、本蔵に本心を吐露して感謝する主従の最後の邂逅とも言うべき感動的なシーンである。
   娘可愛さに死を決している本蔵の本心を見抜いて、若狭之助は、暇を与えて、選別に虚無僧衣装一式と高師直邸の絵図面を与える。
   正に、九段目「山科閑居」の複線であり、続けて観れば、よく分かって面白いと思う。

   明治30年(1897)12月京都南座で、初代中村鴈治郎が若狭之助を勤めて好評を博し、その後、二代目中村鴈治郎に引き継がれ、三代目中村鴈治郎(現・坂田藤十郎)も平成11年7月に大阪松竹座で手掛け、東京の大劇場では65年ぶりの上演となる今回、当代の中村鴈治郎が初役で勤める。と言う4代継承の舞台である。
   NINAGAWA十二夜の舞台で、翫雀時代に、七つ道具を背負ったコミカルタッチの右大弁安藤英竹を演じるなど、個性豊かな芸域も広い鴈治郎にとっては、久しぶりの目も覚めるような風格と威厳のある殿様ぶりで、やはり、上方役者4代の値打はある。
   登場人物の少ない1時間の1幕ものだが、三千歳姫の中村梅枝、井浪伴左衛門の市村橘太郎、加古川本蔵の片岡亀蔵 夫々、適役で上手い。
   特に、片岡亀蔵は、「髪結新三」で、家主長兵衛を演じていて、あくの強い個性的なマスクとキャラクターを生かして、大活躍で、魅力全開であった。

   髪結新三は、材木問屋白子屋の娘・お熊の婿取りの話を知って、お熊と恋仲の手代・忠七に駆け落ちを唆してお熊を誘拐し、身代金を得ようと企む。
   婿取り話を進めた善八の依頼で、お熊を引き取りに来た名うての親分・弥太五郎源七を威勢よくやり込めて突っ返して悪の凄みを見せたものの、老獪な家主・長兵衛には歯が立たたずコテンパンややられて説得されて、示談金30両の半分を、片身をやると言った初ガツオの話に託けて、かすめ取られると言うストーリー。

   とにかく、悪賢くて悪どいチンピラヤクザ風の新三が、人生酸いも辛いも知った老獪な大家に、徐々に遣り込められて行くと言う落差の激しさが面白い。
   前半は、新三の傍若無人な人を人とも思わない、しかし、姑息な悪の凄さが、平凡な庶民を窮地に追い込むのだが、後半は、強がりを屁とも思わない老獪な大家に、自己流の論理が通用せず、手玉に取られて、頭の回転の止まった新三の狼狽ぶりと陥落。
   ところが、この談判中に、大家の家に泥棒が入って、盗まれた金品と、自分からせしめた15両を差し引いて、大家が大損したと知って留飲を下げるあたりなどは、新三のチンピラのチンピラたる所以で、正に、落語の世界。

   この舞台は、明治6年(1873)6月中村座の初演で五代目菊五郎が髪結新三を演じ、さらに六代目尾上菊五郎が練り上げて持ち役とし、当代の尾上菊五郎も継承し、今回、五代目以来受け継がれてきた新三を、菊五郎の監修の下、尾上菊之助が初役で演じる。と言う、すなわち、4代の舞台である。

   これまでに、勘三郎や三津五郎の髪結新三を観ていて、面白かったと言う印象が強いのだが、菊之助の新三は、非常に、ダイナミックでメリハリの利いた威勢の良い新三
で、溌溂とした江戸の粋と言うか、上方とは違った悪の華の華やかさがあって、非常に楽しませて貰った。
   これも、鴈治郎の舞台同様に、艶やかな美しい女方の菊之助のイメージの方が強いので、菊之助の新境地を観た思いである。
   今回、髪結新三の尾上菊之助の長男・寺嶋和史が、「白子屋見世先」に紙屋丁稚長松として登場しており、可愛くて器用な舞台を見せていて観客は大喜び。
   何しろ、人間国宝の菊五郎と吉右衛門の孫であり、世襲が命とも言うべき梨園のことであるから、将来、どんな至芸を見せてくれるか末恐ろしい限りである。
   
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二月大歌舞伎・・・吉右衛門の「井伊大老」

2018年02月24日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   今月の歌舞伎で、期待したのは、やはり、吉右衛門のこの「井伊大老」である。
   2014年の顔見世大歌舞伎で、この「井伊大老」が、殆ど、同じ役者で演じられており、(変わっているのは、大膳が又五郎から梅玉、正妻昌子の方が菊之助から高麗蔵)、私のその時のブログ「吉右衛門の「井伊大老」が、結構読まれており、それに、他にも何回か観劇記を残しており、それ以上の印象記は書けないし、蛇足になるのだが、先日も、吉川英治の「井伊大老」のブックレビューもしたので、多少、感想を付記しておきたい。

   「井伊大老」は、初代白鷗の芸を吉右衛門が継承しており、これまでに、側室お静の方が、夫々、歌右衛門、魁春、雀右衛門で、吉右衛門の舞台を3度観ており、今回が4回目である。
   
   ところが、2017年の壽初春大歌舞伎で、高麗屋直系の当代白鷗(当時、幸四郎)の井伊直弼で、仙英禅師 歌六、長野主膳 染五郎、昌子の方 雀右衛門、お静の方 玉三郎の舞台を観ており、殆ど同じ舞台設定で演出もそれ程違わないのだが、やはり、白鷗と吉右衛門のキャラクターの差が見え隠れしていて、興味深かいと思った。
   吉右衛門の「歌舞伎ワールド」には、先代雀右衛門のお静の方との写真が掲載されているのだが、やはり、お静の方は、歌右衛門と雀右衛門の系統役者の世界なのであろう。
   玉三郎が、感動的な女性を演じたのには舌をまいて、私は、
   ”実に初々しくて涙が零れるほど健気で優しいお静の方を、人間国宝の玉三郎が、実に、乙女のように可愛くそして品よく演じ切って感動的である。”と書いた。

   一方、今回、雀右衛門のお静の方を、あらためて見て、吉右衛門が、殆どの舞台で女形の相手役に雀右衛門を起用しており、今回も、お静の方で、再登場したのもよく分かった。
   玉三郎のお静とは違ったニュアンスながら、雀右衛門が、これ程、純ないじらしい感動的な女を演じられる歌舞伎役者であることに感じ入って、こんな女性がいるのだと噛みしめて観ていた。

   この舞台の感動的な主題は、お静の温かい一言で、日本の危機的な運命に翻弄されて断末魔の苦痛に喘ぐ直弼の、心に平安が訪れて人生の悲哀を拭い去り、従容と運命を受け入れると言うところである。
   その切っ掛けと確信を悟らせてくれたのが、浪々時代に愛を交わしたお静の方で、直弼の生き様の集大成が、そのお静との魂の交歓とも言うべき暗殺前夜の一夜だったと言うのが、虚実は別として、北条秀司の作家としての力量であろう。

   直弼は、禅師が「一期一会」と書き記した笠を残して立ち去ったので、自分に別れを告げたと知って、華やかに飾られた雛人形を見ながら、お静と二人で、しっとりと酒を飲み始める。
   二人がひな祭りの夜に契った彦根時代の埋木舎での貧しくても楽しかった昔を思い出しながら、あの頃に帰りたいと述懐して、直弼は、藩主になった結果、お静に悲しい思いをさせたことを詫び、自分の信じて正しいと思って決然と実行したことを誰にもそして後世の人にも理解してもらえないであろう苦衷を打ち明ける。
   一緒に死ぬ覚悟を決めているお静の方に、「それならそれでいいのでは」といわれて、「よく言ってくれた」と、自分がしてきたことの正しさを、自分自身が晴れやかに認めて死んでいけばそれで良いのだと悟って、心の平安を得た直弼は、「次の世も又次の世も決して離れまい」とお静の方の肩を抱きしめる。
   その翌朝、雪が降りしきる桜田門外で、直弼は果てたのである。

   余談ながら、開国以外に日本の将来はないと言う一点については、井伊直弼の決断と政治行為については、何の疑問も感じてはいないが、長野主膳に、何故あれ程入れ込んだのかとか、安政の大獄への厳しさなどには、私自身の理解不足もあって、多少理解に苦しんでいるのだが、
   直弼の死後、遺品として大部の洋書や地図などが残されていたと何かで読んだ記憶があるので、
   私は、アヘン戦争で西洋列強の餌食になった中国の苦衷を知り過ぎるほど知っていた筈であり、英明な直弼ゆえ、日本の進むべき道は、はっきり見えていた筈で、太平天国に酔いしれていた大衆とは、一歩も二歩も前に進みすぎていた悲劇の最期であろう。と書いた。
   
   太平洋戦争と言う不幸な経験をした日本だが、奇跡的な復興を遂げ得たのも、日本の民度の高さと激動の時代を戦い抜いて明治維新を経て、破竹の勢いで近代化を成し遂げた日本人魂にあると思っているので、そんな思いで、井伊大老を観ていた。
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二月大歌舞伎・・・幸四郎の「一條大蔵卿」

2018年02月23日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   今月の歌舞伎座は、高麗屋三代襲名披露公演の二か月目で、どちらかと言うと、私には、先月よりも意欲的な作品が上演されたような気がしている。
   私が観たのは、夜の部の適当な日のチケットが取れなかったので、昼の部だけ鑑賞した。
   それでも、冒頭の「春駒祝高麗」は兎も角として、幸四郎の「一條大蔵卿」、海老蔵の「暫」、吉右衛門の「井伊大老」と大曲が並んでいる。
   夜の部は、白鷗の「七段目」に、寺岡平右衛門とお軽に、仁左衛門と玉三郎、海老蔵と菊之助と言うダブルキャストの人気役者の登場と言うご馳走が付加されたので、人気絶頂となったのであろう。
   この一力茶屋の場は、色々な役者で随分観ているのだが、実録には全く関係のない平右衛門とお軽が活躍する舞台で、エポックメイキングな内蔵助の祇園での放蕩三昧にスポットライトを当てたフィクションの世界であって、いわば、カリカチュア、名優の至芸を楽しめるのが良い。
   海老蔵と菊之助は、初めてなので、観たかったのだが、一寸、残念であった。

   「昼の部」で、直接襲名に関係あるのは、幸四郎の「一條大蔵卿」で、染五郎の時から、二度目であり、同じく、吉右衛門の指導であろうが、だいぶ慣れて工夫を加えて精進した所為か、芸に余裕が出た感じで、芝居っけが、消えたように思って観ていた。
   実際に、徹頭徹尾、作り阿呆で通せるのか、清盛と組んだ悪人八剣勘解由(歌六)が家来として四六時中仕えて監視しているので、非常に難しい話であるが、「花道を入るときに長成は、門前の鬼次郎(松緑)を見て、キッとして扇で顔を隠す」のなど、正気に戻った瞬間を演じている。
   この場は、通し狂言としては、鬼次郎と妻お京(孝太郎)の常盤御前(時蔵)の動向の探索が本筋であろうが、作り阿呆の大蔵卿の虚実が主題となっていて、座頭役者が取って置きの芸を披露するのが面白い。
   本当の阿呆であっては、一條卿のように徹底した阿呆を通しきれない筈のところを、虚実皮膜で、舞台では阿呆らしく見せるのであるから、正に、芸の力である。

   この阿呆と言うのは関西弁主体で、アホと発音するのだが、関東では、馬鹿と言うようで、ニュアンスが相当違っているものの、東西、お互いに違った言葉での罵倒のされ方をすると、一層傷がつくと言うのが面白い。
   元関西人の私など、間の言葉として、「アホとちゃうか」と言うのを、何の悪意も意味もなく使っているのだが、自分の阿呆ぶりを棚に上げての表現かも知れないので、気を付けるようにしている。

   さて、吉右衛門の著書では、元々、阿呆から正気への派手な変身だけが見せ場の他愛ない芝居だったのを、初代吉右衛門が、本心を曝け出せず思い悩む貴人・・・まあ、日本のハムレットと言う性格描写を吹き込んだのだと言う。
   吉右衛門は、「明かすべきか隠すべきか、それが問題だ」と言う立場の人間だと言うのだが、ストーリーとしては明かしているので、大蔵卿の心象風景であろう。

   文武両道の達人であり、本心では源氏を応援しつつ、したがって、常盤御前が清盛調伏のために仏壇に据えた清盛像を毎夜のごとく弓矢で射抜いていることも知っていながら、役立たずの作り阿呆を演じて世を欺いて、いわば、卑屈に(?)生き続けている。
   ところが、源氏再興を願って常盤に迫った鬼次郎夫妻の至誠に感じ入って、図らずも、正気に戻って、一気に堰を切ったように「今まで包むわが本心」を曝け出して、鬼次郎夫妻に、義経たちへの源氏再興の檄を飛ばす。
   幕切れで、切り捨てた勘解由の首を弄んで、憎っきき清盛に見立てて高らかに笑い飛ばすのだが、吉右衛門が言うように、表舞台に背を向ける者の寂しさが色濃く漂う。
   幸四郎が、「鬼次郎を見ているうちに、何もできない自分の悲しさを感じ始めます。そして、最後は本心を押し隠し、再びつくり阿呆になります。「長成が本心を現すことはもう一生ないんだ」、ということを叔父に教えられました。」と言っているのも、鬼次郎たちに触発されて、明かした本心の発露は、あの一回限りであって、そのまま、封印して、死ぬまで、暗黒のような悲しい阿呆を通して生き抜かねばならない、そんな悲哀を残して幕が下りたのである。
   そんなことを思って観れば、初代吉右衛門の思いも、そして、あれだけ、この舞台に打ち込んで作り阿呆を磨きに磨いて演じていた吉右衛門の心意気がよく分かる。
   その吉右衛門のあたり芸を、今月時点で、幸四郎が継承した記念すべき舞台であったのである。
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国立劇場・・・文楽「女殺油地獄」

2018年02月20日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   今回の文楽で、是非観たかったののは、この近松門左衛門の「女殺油地獄」。
   どうしようもない放蕩息子、大坂のぼんぼん崩れの典型的な気の弱いワルが、この浄瑠璃の主人公の河内屋与兵衛(玉男)で、親父の印判を使って借りた金を返せなくなって、切羽詰まって同業の豊島屋七右衛門(玉志)の女房お吉(和生)を殺害して金を奪い、捕縛されると言うストーリーである。
   そんなアホな息子でも可愛い一心の、親の徳兵衛(玉也)と女房お沢(勘彌)の親バカぶりが、実に切なくて泣かせるのだが、その親の純愛に一瞬だがホロっと感じ入る姿を見せる与兵衛が、せめてもの救いであろうか。
   住大夫が、この「女殺油地獄」で、はじめて、おじいさんおばあさんを出して愁嘆場をこしらえたと言っているが、主人公の与兵衛も、心中物のがしんたれの大坂男と違って、不良ながらも、商家の跡取り(?)のぼんぼんで、色男であり、かしら名が、源太と言う飛び切りの男前として登場するのであるから、がらりと雰囲気の変わった浄瑠璃となっている。

   この文楽は、かなりの省略はあるのだが、他の近松物と違って、脚色は殆どなく、丁寧に近松の元の浄瑠璃を踏襲しているのは、それだけ聴衆の心をつかむ完成度が高いのであろう。

   さて、この近松門左衛門の「女殺油地獄」は、文楽でも歌舞伎でも随分観ている。
   1993年から、歌舞伎と文楽には、大概通っているので、1990年代には、初代玉男のお吉、簑助の与兵衛と言う考えられないようなゴールデン・コンビの逆を行った公演があったようで、観ていると思うのだが、このブログは、2005年から書いているので、残念ながら、その記録も記憶もない。
   それでも、2005年の、簑助のお吉、勘十郎の与兵衛
   2009年の、紋壽のお吉、勘十郎の与兵衛
   2014年の、和生のお吉、勘十郎の与兵衛 を観ており、このブログに書いている。
   今回、玉男の与兵衛を観るのは初めてであって、先代玉男の人形ぶりはどうだったであろうかと想像しながら観ていた。

   一方、歌舞伎の方は、2009年に、仁左衛門の与兵衛、孝太郎のお吉、と言う素晴らしい舞台を観ており、その感動の記録を残している。
   仁左衛門の舞台は、色々観ているが、立派な風格のある立役も良いが、やはり、上方の歌舞伎役者で、血や言葉がそのように誘うのか、近松門左衛門のナニワオトコを演じると天下一品である。ブログにも書いたが、どうしようもない放蕩息子だが、親の愛情にホロリとして手を合わせる与兵衛の心の揺れ、弱さ悲しさは、門左衛門の世界である。
   もう一つ印象的であったは、2011年、ル テアトル銀座で行われた殆どオリジナルに近い通し狂言の舞台で、幸四郎(染五郎)の与兵衛、猿之助(当時亀治郎)のお吉と言うエネルギッシュで迫力に満ちた凄い舞台である。

   この舞台では、簑助が、与兵衛の妹おかちを遣っている。
   与兵衛に頼まれて、先代の徳兵衛を騙って、病身の身を起こして、自分の婿取りを止めて、与兵衛に好きな女を娶らせて家督を譲れば、自分の病は治ると、訴える役回りである。それが聞き入れられないと知った与兵衛が、父の徳兵衛を殴る蹴るの狼藉を働くので、おかちは、このように言えば、商売に精を出すと約束したのにと明かしたので、与兵衛は、おかちも、外から帰ってきた母お沢をも、蹴り飛ばして暴れるので、勘当されて追い出される。
    そんな健気な商家の病人の町娘を、簑助は、実に、丁寧に情感豊かに遣っていて、いつものように、美しくて素晴らしい。
   
   この舞台で興味深いのは、やはり、大詰め、豊島屋油店の段、与兵衛思いの老親の愁嘆場とお吉殺戮の場であろう。
   瀕死の状態のお吉が、店の油壺を倒して床を油まみれにしたので、逃げ惑うお吉を抜き身の刀を追いかける与兵衛が、滑りながら、くんずほぐれつ、
   お吉の人形は、裾を足遣いが腹ばいで引っ張って、一気に舞台の端から端まで滑り抜き、与兵衛の人形は、足や左の激しい動きに加えて、玉男が刀を杖代わりに床を激しく突き立て必死に立ち上がろうとノタウツ激しさ、
   仁左衛門や染五郎、孝太郎や亀治郎も凄い至芸の連続であったが、三人の人形遣いで織りなす人形だからできるスペクタクルモードのシーンの数々は、目を見張る迫力で、物語の凄まじさを増幅する。
   この段を、一気に語り抜き、観客を頂点に誘うのが、呂太夫と宗助。
   住大夫は、愁嘆場で点数が稼げる、おじいさんおばあさんで浄瑠璃らしゅう情を語って、殺しの場面になったら、あとは、新劇みたいなもんですから、リアルに語ってたらいいのです。と言っているが、この「豊島屋油店の段」だけで、立派に、みどりの一幕になる長丁場の凄い舞台である。

   義太夫・三味線も人形も、感動の連続、
   もう一度、近松門左衛門を読み直したが、凄い浄瑠璃である。
   これまで、この歌舞伎や文楽の舞台については、十分に書いたので、蛇足は避けたいと思う。
   

(追記)この口絵写真は、国立劇場のHPから、借用転写。
    前回の舞台写真で、殺戮の場と与兵衛が勘当される前の乱暴狼藉のシーン
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