豊前善三のつれづれ日記 2011年12月31日 ブログをはじめました

日頃、感ずることについて考える。人間らしさを さまざまな人間模様。


豊前善三つれづれ日記

2017年11月21日 04時34分35秒 | 日記
 ( Vol 2133 ) 国会質疑は 政権の政策に対する 質疑である それを野党への批判に使っては 使い方が違う

最近 国会質疑の与党 野党 の質疑時間配分の 見直しについて 話題になっている

そもそも 質疑が なぜ あるのか 考える必要がある

ここには 政権の打ち出した 政策に対して 国会議員は 国民の代弁者として 政策の疑問点を 政権に問う という 目的がある


このことから考えると 今の日本の政治は 政権の政策は 内閣で政策が 決定されている訳ではなく 与党内で討議され 政権の政策を 決定している という実態がある

このことを 考えると 国会質疑は すべての質問時間を 野党が質問しても良いくらいである


与党内で 討議足りない部分があるのなら 与党議員の質疑も意義がある

しかし  国会質疑での 与党議員の質疑内容を見ていると そのような質問の形になっていない

国民の代弁者としての 疑問を 政権に投げかけていない


先日の 国会質疑の中での 義家議員の質問は その意味では 満たしていない また 野党への批判の時間に使っていた

これなどは 悪い事例である


与党が 本当に 人数比例での 国会質疑時間を 要求するのなら 

国会質疑の 本質を考えた 質疑をする姿勢をもつことである


その意味で 今の与党議員の体質は 国会質疑の意義を 無視しているといえる


無駄に 政権の擁護 野党批判に 使うような質疑は  国会質疑の使い方から考えて すべきではない


国会の質疑は 

政権の政策への 疑問を 投げかける場である

政権の政策への 掘り下げた疑問を 質疑させる場である


このことをすることが 国会質疑ではないか


特に 安部総理の発言内容は 抽象的表現が多く 具体的なところが 国民には 理解できない

その点を 分かりやすく 説明させるために 質疑があるのではないか


なぜ 政権は 政策を打ち出すのか

なぜ なぜ という 疑問を ぶつけるのが 質疑ではないか


形だけの 質疑では 国民に対しての 説明には ならない


背景 真意 といったもの を含めた 国民に分かりやすい 説明を 政権に求めてこそ 国会質疑ではないか