6/27(木)
「よくがんばりました。」著:喜多川 泰
心に残った言葉3つ
私は可哀そうな人
人間なんて、みんな他人に迷惑をかけて生きているんだ
よくがんばりました。
思ったこと・感じたこと
縁を切った父親の死を知り、38年ぶりに生まれ故郷に帰った主人公。
母と自分にとっては冷徹でどうしょうもない父も、周囲からの印象は、別なものだったことにショックを受ける。
そして不器用な父は、父なりに家族を愛そうとしてくれていたことに気づき、父への憎しみが徐々に消えていく。
すべての人が他人には言えない悩みや苦しみを抱えて生きていることを知ったならば、その人が永遠の眠りについた時、「よくがんばりました。」と言ってあげたいし、言ってもらいたい。
この本もいろいろな気づきを与えてくれる本だ。
「人間なんて、みんな他人に迷惑をかけて生きているんだ」
「人に迷惑をかけてはいけない。」小さい時から言われ続けてきた言葉だ。
特に、コロナ禍の時は、この言葉を日本人みなが意識した時だった。しかし、あまりにも過剰に意識し過ぎて、少し生き辛さを感じたこともあった。
でも、人に迷惑をかけないで生きるって、本当に可能なのだろうか?
もし他人に迷惑をかけず、自立して生きている人がいるなら、その人はどうやって命を維持しているのだろうか?
野菜やご飯、肉や魚を食べないのだろうか?電気や水道を使わないのだろうか?
「お前は人に迷惑かけて生きているのだから、人のことも許してあげなさい」
インド人は小さいころからこう言われて育てられるそうだ。
「なるほど、そういうことか!!」
コルカタ滞在時、インド人と相部屋のドミトリーになった。彼らインド人は寝ている人がいても、まったく気にしないで普通に会話をする。夜遅くてもお構いなしだ。夜大きな声で起こされて、そのまま眠れず、寝不足になってしまったこともあった。「インド人との相部屋は、二度とごめんだ。次は高くても個室にする」と固く決意した思い出がある。
これだけ聞くとインド人は無神経、他人の心が分からないと思ってしまうが、彼らが小さい時から教わっていたことは、日本人とは逆、「人に迷惑かけて生きる」を前提に教育されてきたのだ。その代わりに「人のことも許してあげなさい」となるのか。
なるほど、確かに、インド人は他人の迷惑行為に寛大なような気がする。
他人に迷惑をかけないと思うことはいいことだが、人間は他人に迷惑をかけず、生きていくなんて不可能なことなのだ。
あのパンデミックの時、我々日本人はできないことを、できると思っていたのだから、ストレスを感じてしまったのも無理なかったのかもしれない。
「少しは他人の迷惑も考えてくれ!」とインド人には言いたくなる時もあるが、インドのこの考えの方が、私は好きだ。