面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「精神」

2009年08月22日 | 映画
ナレーションやテロップによる説明や音楽などを一切入れず、ただ対象の映像を観客に提示する「観察映画」が特徴的な想田和弘監督。
その観察映画第1弾「選挙」では、とある一人の候補者の活動を追い、選挙運動の舞台裏を赤裸々に描き、ベルリン国際映画祭や香港国際映画祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭ほかの国内外の映画祭に招待され、世界200ヵ国でテレビ放映されるなど、世界中から評価を受けた。

そんな想田監督の観察映画第2弾。
外来の精神科診療所「こらーる岡山」にカメラを入れ、院長の山本医師による診察場面や患者の独白、待合室での人々の交流や診療所スタッフの日常などの様子が、ナレーション・説明・音楽は一切無いまま、スクリーンに映し出される。

前日にオーバードーズを引き起こして病院に担ぎ込まれたという女性。
自分の中にはインベーダーがいて、その指令によって自分はいつ犯罪を犯すかもしれないという男性。
家族や周囲から精神的に追い詰められて混乱し、生後間もない子供を手にかけてしまったという女性。
高校時代に一日18時間勉強してぶっ倒れ、それ以来20年以上山本医師の診察を受けているという男性…
「こらーる岡山」に通院する患者達が“背負っているモノ”は重い。
画面を通してその重みが伝わってきて、目を伏せ、耳を覆いたくなることもある。

「被写体にモザイクをかけると、偏見やタブーをかえって助長する」と考えた監督は、素顔で映画に出てくれる患者のみにカメラを向けた。
患者は、顔も声もそのままに、あるがままの姿で登場する。
健常者と精神障害者たちの間にある“見えないカーテン”を取り払うことを目的とした強烈な“演出”である。
多くの健常者たちは精神障害者たちの世界を、自分たちには関係のないものとして処理してしまっていると言う監督に共感した。
ストレス社会と呼ばれる現代において、誰もが心を病む可能性がある中、精神疾患に対してタブーを抱くことは、逆に知らぬ間に自分自身を傷付け、自分を見失ってしまうことに繋がりかねない。

スクリーンの中に登場する患者たちは、健常者と何ら変わりない姿を見せる。
中には、暖かい写真を撮り、そこに心のこもった詩文を添えて冊子を作る人もいて、とても“病人”とは思えない。
何が「健常」で何が「異常」なのか、その境が分からなくなってくる。
患者として登場する彼らの行為には、自分の身に覚えのあるものもあり、彼我の違いは単なる認識の違いだけではないだろうかと思ったりする。
そしてそれは、今は「健康」である自分も、いつ「病気」となるか分からないことを示しているのではないだろうか…

自身の行動に対して指示を仰ぐ患者に対して、「あなたはどうしたい?」と問い直す山本医師の姿が印象的。
薬は、今現れている重い症状を緩和し、治療することには役立つが、精神疾患から回復し、“自分”を取り戻すためには、自分自身の意思が欠かせないことを示唆していて、目からウロコが落ちた思いがした。

08年の釜山国際映画祭とドバイ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を、マイアミ国際映画祭で審査員特別賞を、そして香港国際映画祭で優秀ドキュメンタリー賞を受賞して4冠を達成。
ベルリン国際映画祭(09年)にも『選挙』に続き正式出品され、世界中で絶賛されているのも納得。
出口の見えない混乱が渦巻いているように思える今、目を背けるべきではない逸品。


「精神」
2008年/アメリカ・日本
撮影・録音・編集・製作・監督:想田和弘
出演:山本昌知(「こらーる岡山」代表・精神科医師)

映画『精神』公式サイト


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