面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「外事警察 その男に騙されるな」

2012年06月14日 | 映画
濃縮ウランが朝鮮半島から流出したという極秘情報が、警視庁公安部外事課、通称“外事警察”に入った。
時を同じくして、東北大震災の混乱の中、日本の研究施設から核に関する軍事機密データが盗まれた。
国家を揺るがす重大事でありながらも、決して世間には知られることのない事象の発生に、警視庁警備局長の倉田(遠藤憲一)は、外事四課の松沢陽菜(尾野真千子)を呼ぶ。
「公安の魔物」と呼ばれ、あまりに非情なやり方で警察内部からも危険視されて外事警察を追放されていた住本健司(渡部篤郎)の配下となるよう、倉田は松沢に特命を下した。
日本国内で核に関係したテロ事件が起きかねない危機的状況に対応するべく、再び“住本班”が結成されたのである。

かつて日本で最先端の原子力技術を学び、26年前に“祖国”へと渡っていたが、ウラン流出と同時期に姿を消していた徐昌義(田中泯)を追って、住本はソウルにいた。
スラム街の中にひっそりと身を隠していた徐を探しだした住本は、既に死亡したはずの彼の娘の生存情報を“エサ”にして巧みに徐の心を操り、日本へと連れ帰ることに成功する。
徐がテロリスト組織のもとに捕らわれれば、盗み出された軍事機密データをもとに、朝鮮半島から流出した濃縮ウランを材料にして核兵器を作り出すことができる。
住本は、末期ガンに侵された徐を、人目に付かない僻地に隔離し、最高水準の治療で延命を図りながら、その身柄を確保した。

“住本班”のメンバーたちは、入管情報を中心に不審人物を徹底的に調査し、「奥田交易」という貿易会社に目を付ける。
社長の奥田正秀の本名は金正秀(キム・ジョンス/イム・ヒョンジュン)といい、韓国人として来日していたが本籍地は不明で、2年前に日本人女性と結婚して日本国籍を取得していた。
韓国に頻繁に渡り、怪しげな行動をとる奥田に工作員の疑いを抱いた住本班は、妻の果織(真木よう子)を徹底的に調べ上げる。
“さりげなく”松沢が果織に接触し、共感を覚えさせて素早く親しくなると、住本と共に果織の弱点を鋭くえぐって「協力者」として取り込んだ。
果織をスパイに仕立て上げて奥田交易の情報を探り出し、事件の核心へと近付いたと思われたその時、住本は何者かに刺されてしまう。
それは、同じく事件を追う韓国からの工作員による“警告”だった…


今日も新聞に、日本には某大国からのスパイが大量に流入しているとの記事が載っていた。
日教組に所属していて現役を退いた教師が某国へボランティアとして渡り、軍人に日本語を教え込んでいるのだとか。
流暢に日本語を操れるようになった青年将校達は某国内で大学に入学すると、学生の身分として日本の大学に留学し、そのまま日本に滞在して日本の企業に就職する。
優秀な留学生としてどんどん一流企業に採用されていく青年将校達。
彼らは、最新技術や機密情報を盗み出したり、ネットワークにウィルスを侵入させたりと、日本企業から給料を受け取りながら祖国の諜報活動に勤しむことができるので、某国にとっても実に好都合な存在だ。
そしていざ有事の際には、内部から日本を混乱に陥れることができる…。

荒唐無稽な話に思えるが、「スパイ天国」とも呼ばれる日本においては、決して絵空事ではないだろう。
外国人によるスパイ活動やテロリストの潜入は日常茶飯事に行われていて、国際テロの脅威は「もしかすると」というレベルではなく、「いつ起きるのか」という状態にあるという。
その脅威を未然に防ぐことを目的とした、対国際テロ捜査の諜報部隊が、警視庁公安部外事課、通称・外事警察である。

「平和ボケ」という言葉で表わされるほど、安全保障や国家防衛というものに対して脆弱なイメージのある日本において、外事警察という諜報機関が存在することを、このドラマで初めて知った。
「日本版CIA」とも呼ばれるこの組織は、あらゆる法令を駆使してギリギリの手段を用いても、日本に密入国してくるテロリストを取り締まっている。
国家の機密に触れる外事警察の活動は徹底的に隠されていて、家族にさせ正体は明かさないという。
そんな“アンタッチャブル”な世界を徹底的に取材し、絶対匿名を条件に警察関係者から陰の協力を得ながらドラマ化された「外事警察」は、NHKで放映されて大評判をとった。
実はテレビドラマの「外事警察」を見たことはなかったのだが、テレビでも携わっていた堀切園監督によって映画化された本作を観て、その人気の理由がよく理解できた。


外事警察の活動の中でも特徴的なのが、民間人を「協力者」として、即ちスパイに仕立て上げて諜報活動を行うことにある。
協力者として利用できそうな人間がいると、その身辺を徹底的に調査して身分を偽って近づき、そしてその人物の弱みに鋭く深くつけ込み、取り込んでしまう。
主人公の住本も、協力者として目を付けた果織の身辺を調べ上げ尽くして近づき、決して触れられたくない彼女の秘密を突きつけて心の奥底にまで踏み込み、心理的な混乱に陥れる。
そうして果織の感情をコントロールして協力者に仕立て上げていくのだが、その手際は冷酷そのもの。
しかし、相手の心理を深く鋭く突いて動かすためには、人間の感情に対する深い理解と洞察力が無ければならず、相手の喜怒哀楽を受け止め、愛憎を感じ取る豊かな感受性が必要だ。
住本には、人間に対する豊かな感性が備わっていて、相手の苦しみや悲しみが痛いほど分かるに違いない。
だからこそ彼はそれを利用して相手をコントロールできるのだが、同時に相手に対する同情や慈しみといった感情も理解できるはず。
そんな“優しさ”のカテゴリーに当てはまる感情は、任務遂行のためには抹殺しなければならない。
彼の、常に眉間にしわを寄せた険しい表情は、彼の中に生じる葛藤を封じ込める手段なのかもしれない。
そして人間に対する深い愛情を国家に対する愛情へと昇華させ、祖国を守るためには手段を選ばないという、彼なりの熱い正義感に基づいた行動に結びついているのだろう。

日本の国益を損なうことを断固阻止する住本の行動が、ともすれば外事警察の中でも煙たがられ、「公安の魔物」と呼ばれて疎まれるというところに、日本の公安組織の限界を感じ、防衛体制に対する不安に思う。
実際の外事警察の中に住本のような人間がいれば安心だが、果たして実際のところはどうだろうか。
正しく天下国家を論じて国益のために尽くすことができる人物がどれほどいるのか、政治の表舞台や官僚機構の中には見受けられないものの、外事警察のような組織にそんな大人物がいるならば日本は安泰なのだが。
こんなことを書いている当ブログを「要注意」としてマークするような愚だけは犯さないでもらいたいものである。


それにしても、住本には最後の最後の最後の、本当に最後まで騙されてしまった。
試写室を出る際に、「その男に騙されるな」のタイトルが観客に向けられたメッセージであることに改めて気づかされた。
しかし、思わず「うわっ、騙された!」とつぶやいてしまうラストシーンの“やられた感”もまた楽しい。

あれこれ深読みせずにあっさり騙されるのも一興の、上質のサスペンス映画。


外事警察 その男に騙されるな
2012年/日本  監督:堀切園健太郎
出演:渡部篤郎、キム・ガンウ、真木よう子、尾野真千子、田中泯、イム・ヒョンジュン、北見敏之、滝藤賢一、渋川清彦、山本浩司、豊嶋花、イ・ギョンヨン、キム・ウンス、パク・ウォンサン、遠藤憲一、余貴美子、石橋凌

ただ極刑にしてはならない。

2012年06月10日 | ニュースから
大阪・心斎橋で通り魔…刺された男女2人死亡(読売新聞) - goo ニュース


夕方にニュースで知って仰天した!
さすがに“地元”でこんな事件が起きるとギョッとする。
しかも最近、家人が夜帰宅途中に、ブツブツ何かをつぶやく男が後を付いてきて思わず走って逃げた、という話を聞いたところだったので、なおのこと身近な出来事に思えて。
もしかするとその男が犯人だったのかなどと考えてみたり。

しかし大阪でこんな事件が起きて、イヤな過去の記憶が蘇った。
高校の頃だったか浪人のときだったか、今となっては定かでなくなってしまったが、ある日の昼下がり、大阪はミナミの千日前通を歩いていたときのこと。
すれ違いざま、見知らぬオッサンにいきなり腹を殴られた。
驚いて振り返ると、オッサンが無表情のままでこっちを見て立っていた。
こちらを睨みつけるでもなく、しかしよく見ると泳いでいるような眼でこっちを見たまま、なぜかペコリと頭を下げると、向こうへと歩いて去って行った。
もしあのオッサンの手に刃物が握られていたら…と思うとゾッとする。

今回、犯人がさっさと捕まったのはいいのだが、その言い草が「誰でもよかった」とのこと。
テレビのニュースによれば、自殺しようとしていたとも。
こんな男を極刑にすればヤツの思うつぼ。
ならば福島原発の後片付けに使えばよかろう。
防護服など不要。
普段着のまま、ひたすら瓦礫を片付けさせればいい。
非人道的な行為で人を殺したならば、非人道的な状況下において、少しでも人の役に立たせてから勝手に野垂れ死にさせるべし。

それでも被害者遺族の無念が晴れるものではなく…

「テルマエ・ロマエ」

2012年06月04日 | 映画
地中海を中心に、ヨーロッパ全域に渡る広大な版図を誇っていたローマ帝国。
古代ローマでは「テルマエ」と呼ばれ、民衆の憩いの場となっていた公衆浴場の設計技師として、高い評価を受けていたルシウス(阿部寛)は、近頃のテルマエの在り方に疑問を抱いていた。
本来、ゆったりと湯船に身を沈め、静かに疲れを癒す場所であるはずのテルマエが、派手なデザインと奇を衒った斬新なアイデアがもてはやされ、彼の信念とはかけ離れたトレンドになっていたからである。

その日も、自信を持って提案したテルマエのデザインを一蹴されたルシウスは、親友のマルクス(勝矢)の励ましにも上の空だったが、気を使ったマルクスに流行りのテルマエへと連れて行かれた。
広大な浴場内は混雑しているだけでなく、中には格闘に興じる者もいて騒がしく、物売りまでもがウロウロしていて、テルマエ本来の機能を為していない。
湯船に浸かったルシウスは、ひとり気を沈めて「斬新なアイデア」を考えようとするが、周囲がうるさくて集中できない。
静けさを求めるには湯の中に潜るしかないのか…
彼は嘆きながら身を沈めると、ふいに激しい渦の中へと引き込まれてしまった。

溺れそうになって激しくもがくルシウスは、からくも湯の中から脱出できた!
荒々しい呼吸とともに、すっくと湯船の真ん中で立ち上がった彼が我に返って周りを見渡すと、そこには年老いた男達が茫然と自分を見つめていた。
「なんだ?この平たい顔は!?」
様々な属州を持つローマ帝国。
テルマエの排水口から、どうやら“平たい顔族”の浴場へと迷い込んでしまったようだ。
奴隷と一緒の浴場になどいられるか!と思ったルシウスだったが、見たことの無い設備や斬新な工夫に、風呂に対する文化の高さを感じて愕然となる。
それもそのはず。
彼が迷い込んだのは、現代の日本の銭湯だったのだ!

脱衣場でおごってもらったフルーツ牛乳の美味さに感動したルシウスが、思わず涙を流しているうちに、不意に古代ローマへと戻ることができた。
そして“平たい顔族”の浴場で見たものを元に、これまで誰も見たことの無い斬新なテルマエを作りあげると、ローマ市民から絶賛を受ける。
こうして特殊な能力を身に付けたルシウスは、タイムスリップを繰り返して、素晴らしい浴場のアイデアを次々に生み出し、遂には皇帝(市村正親)からも、厚い信任を受けるまでになる…


マンガ大賞2010と手塚治虫文化賞短編賞を受賞した、ヤマザキマリの大ベストセラーコミックを実写映画化。
古代ローマにおいて、人々の憩いの場となっていたテルマエと、日本の銭湯文化とを、主人公のタイムスリップを通して結びつけ、それが古代ローマ帝国の繁栄に寄与していく…という奇想天外な物語。
主演の阿部寛の他、市村正親、宍戸開、北村一輝といった“濃い顔”の役者を集めて古代ローマ人に仕立て上げたバカバカしさが愉快。
ルシウスがタイムスリップするシーンで流れる荘厳なオペラの調べは、何と世界三大テノールのひとり、プラシド・ドミンゴの歌唱。
その歌声を細かいボケに使うという贅沢さもまた、本作のバカバカしさの一翼を担っている。
ケッコウな予算をつぎ込んで、バカバカしくてくだらないことをやることは、物語の持つ世界観と見事にマッチしているが、さすが「のだめカンタービレ最終楽章」シリーズを手掛けた武内監督。
更にタイムスリップのシーンにおいて、歌だけなく映像でも思い切り遊んでいる。
最初は素っ裸のルシウスが真っ暗な中を流れていく映像で、時空を移動している様子を描いているが、中盤以降になるとグルグル渦を巻いている水の中を人形が(それも明らかに人形が水に流れていることが分かるように撮られている!)流されている映像に変わっていく。
高校の映画研究会で映画監督志望の学生による特撮のようで、2回目にその映像を見たときには、思わず声を出して笑わされてしまった(声を出しての失笑なんざ初めてかもしれない)。


古代ローマ人をマジメに演じるバカバカしさと、ご都合主義丸出しのタイムスリップをベースに、細かいボケと“ヘタウマ漫画的”なヘタクソ映像によるギャグを織り込んだフザケた映画ながら、「マジメか!」とツッコミたくなる主人公と、原作には無い上戸彩演じるホンワカとしたキャラクターが奏でるペーソスが、物語に甘く切なくもピリッとしたアクセントを付けているのも妙味。

大阪人ならツッコまずにはいられない“天然ボケ”ムービー。
バカバカしさ全開のストーリーを、正に温泉でのんびりとくつろぐように観るのが楽しい癒し系コメディ大作。


テルマエ・ロマエ
2012年/日本  監督:武内英樹
出演:阿部寛、上戸彩、北村一輝、竹内力、宍戸開、笹野高史、市村正親