面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「月夜釜合戦」

2018年01月05日 | 映画
大阪の釜ヶ崎を舞台に、ヤクザと日雇いと立ちんぼとグータラが織り成す浪花人情喜劇。

飛田遊郭を仕切る暴力団・釜足組が継承杯に使う、組の宝でもある代紋入りの釜が、二代目となるべき組長の息子タマオの帰還を祝う宴席に呼ばれた流浪の芸人・逸見に盗まれる。
これは一大事と、組員総出で釜を探しながらも、手当たり次第に釜を買い漁ったために釜が高騰。日雇いよりも稼ぎがイイとばかりに、釜ヶ崎の連中も釜を集める。
私娼連中が棲む娼館に用心棒として“飼われている”コソ泥・大洞も釜を盗み集めるが、一攫千金とばかりに、三角公園にある炊き出し用の大釜を狙う。
折しも三角公園は、街の浄化を謳い文句に金儲けを企む開発業者と結託した釜足組に乗っ取られる。労働者達を支援する活動家のゴンスケは、あろうことか大洞を革命家として担ぎ出し、労働者達の結束を図って、三角公園を取り戻そうと画策するが…


労働者の街として、猥雑な空気感が漂う釜ヶ崎周辺も、再開発の波に飲まれようとしている。新世界から「ジャンジャン横丁」にかけては、昔に比べれば格段にキレイになったし、確かリゾートホテルで有名な企業も進出が予定されていたはす。
そんな事象だけを見れば、政府発表のように景気が回復しているかに思えるが、あいりん地区の雇用状況がグングン良くなっている、という話は聞いた覚えがない。日本最大級と呼ばれるドヤ街に、バブル期とまでは言わないが、活気が溢れているとは到底思えない。
路上生活を余儀なくされているオッサン達(中にはオバハンも)の数は、増えこそすれ減っているとはとても考えられない。周辺をしょっちゅうウロウロしているワケではないが、時々仕事でこの辺りを車で通る身としてはそう思う。

にも関わらず、街の浄化と称した行政中心の再開発が進められ、路上生活者達の行き場が狭められているようだ。そんな釜ヶ崎の現状を追い続けてきた佐藤監督が、声高に政治批判を叫ぶことなく、人情喜劇の体裁をとって「反体制」を笑いに包んで世に問いかける異色作。
「月夜に釜を抜かれた」警察が、労働者とヤクザの両方から返り討ちに遭う場面には、1990年の暴動を思い出してニヤリ。

16mmフィルムでの撮影が、物語の猥雑な雰囲気を画面に醸し出していて、改めてデジタル画像の味気無さを思うところもあり。
釜ヶ崎の「釜」を起点とし、落語「釜泥」に着想を得て、「幕末太陽伝」よろしく物語を練り上げたドヤ街ムービー。


月夜釜合戦
2017年/日本  監督・脚本:佐藤零郎
出演:太田直里、川瀬陽太、門戸紡、渋川清彦、カズ、西山真来、デカルコ・マリィ、緒方晋、赤田周平、下田義弘、大宮義治、北野勇作、海道力也、角田あつし、大宮将司、日野慎也、柴哲平、得能洋平、福井大騎、足立正生

「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」

2017年12月26日 | 映画
フォースに目覚めたレイが、レイア・オーガナの導きで、チューバッカと共にミレニアム・ファルコンで“最後のジェダイ”たるルーク・スカイウォーカーを訪ねる。一方、ファースト・オーダーに拠点を知られたレジスタンス軍は、敵艦隊の追撃にさらされながら、仲間を求めて全速力で辺境の星を目指していた。
劣勢にあるレジスタンスを救うことができるのは、ジェダイ・マスターであるルークしかいないとの思いを抱くレイは、自覚したフォースに対してルークに指導を懇願するも相手にされない。しかし同行したチューバッカや、かつてルークの相棒だったR2-D2との再会を通じてルークの心も開かれ、レイにフォースについて説きはじめる。

なぜルークは、辺境の惑星に引きこもっているのか。彼が指導していたカイロ・レンが、なぜダークサイドに堕ちたのか。エピソード7で残されていた謎が解き明かされ、かつての師弟が再び相まみえた時、カイロ・レンはフォースの力を極大化しようとしていた…


ハン・ソロ亡き後、レイア“姫”もキャリー・フィッシャーが亡くなって今回が遺作となり、過去の「スター・ウォーズ」シリーズとの繋がりを残す人物は、いよいよルーク・スカイウォーカーのみ。フォースに目覚めたレイと、本来ならジェダイ・マスターを目指すべきフォースの“使い手”ながらダークサイドに堕ちたカイロ・レン二人の存在がより際立ち、脈々と続いてきたこの壮大なサーガも、“世代交代”が鮮明になってきた。もういつまでもハン・ソロ、レイア・オーガナ、ルーク・スカイウォーカーでもない。

カイロ・レンは、もしかするとシス級のフォースを持っているのではないか!?そしてその自覚を持ったとき、彼の行動はとてつもないものになっていくのであるが、彼の“若さ”がそれにどう影響していくのだろうか。
一方のレイも、彼女のフォースが今後どのように開花していき、どれだけの力を持って行くことになるのだろう!?そしてそのことが、カイロ・レンとの対峙において、どのような展開を見せることにつながっていくのか。
フォースを覚醒させた二人の今後がどのような道をたどっていくのか。次作となるエピソード9でどのように物語が進んでいくのか、今から楽しみだ♪
いやしかし!
過去の経験に照らして、期待し過ぎてはいかんので、ほどほどにしておくこととする。


過去のエピソードの振り返りと踏襲に過ぎず、単なる“同窓会映画”に堕したとさえ思えたエピソード7から大きく脱却することに成功した快作!というのはあくまで私見につき、念のため。


スター・ウォーズ/最後のジェダイ
2017年/アメリカ  監督:ライアン・ジョンソン
出演:デイジー・リドリー、ジョン・ボイエガ、アダム・ドライバー、オスカー・アイザック、マーク・ハミル、キャリー・フィッシャー、アンソニー・ダニエルズ、ピーター・メイヒュー、ドーナル・グリーソン、アンディ・サーキス、グウェンドリン・クリスティ、ルピタ・ニョンゴ、ベニチオ・デル・トロ、ケリー・マリー・トラン、ローラ・ダーン

「火花」

2017年12月13日 | 映画
今、日本中で「漫才師」は何組いるのだろう。
その中で、「漫才師」としての収入だけで生活できているグループは、果たして何%くらいの比率になるのだろうか。
圧倒的多数が「漫才師」だけではやっていけず、アルバイトで食いつないでいることは間違いない。それでも、「漫才師」として売れることを目指して芸能界に飛び込むグループは、途絶えることがない。


もちろん、中には人気を博して「漫才師」としてやっていけるグループもある。しかしやはりその数は、全体から見ればホンの一握りに過ぎない。殊にメディアによる“笑いの浪費”が常態化した昨今、チャンスを掴んで輝くことができても瞬く間に消耗し、忘れ去られて消えていくグループは引きも切らない。“売れた”と思ってもそれは一瞬の出来事に過ぎず、継続的に「漫才師」として売れて生き残るグループは、演芸の世界全体から見れば本当に少数だ。

しかし中には、「売れること」「人気者になること」が目的ではなく、オモロイことを探し続けて「漫才師」になる人間もいる。純粋に“笑い”が好きなケースもあれば、ひたすらオモロイことを追い求めるケースもある。
その姿は一見「笑いの求道者」のように見えるが、単に現実逃避に走る社会不適合者に過ぎない場合もある。その境目は極めて曖昧だが、本物の「笑いの求道者」は、ただひたすら“笑い”を欲しているものではある。


“笑い”の世界に居続けることは、いつまでも青春時代が続く甘美な錯覚に浸り続けることと同義でもある。“笑い”というものは、実はとてつもない麻薬なのかもしれない。
スターとして輝き続けられる人間はもちろん、大輪の花火として華やかに輝くことができる人間も極めて稀。小さく火花を散らし続けることしかできない「漫才師」の方がはるかに多い。
“芸人”板尾創路だからこそ撮れた、辛すぎず甘すぎない、冷静かつ温かい目線が胸に染みる。

メディアでいつも目にするような、華やかな「漫才師」ばかりなワケがない。演芸界の実態、「漫才師」の実情を目の当たりにする、“終わることの無い青春”を描く、痛く切ない物語。


火花
2017年/日本  監督:板尾創路
出演:菅田将暉、桐谷健太、木村文乃、川谷修士、三浦誠己、加藤諒、高橋努、日野陽仁、山崎樹範

「マリアンヌ」

2017年02月19日 | 映画
1942年、カサブランカ。
ナチス・ドイツの要人暗殺の任務を帯びて、イギリスの特殊作戦執行部(SOE)から派遣されたエージェントのマックス・ヴァタン(ブラッド・ピット)は、フランス軍レジスタンスのマリアンヌ・ボーセジュール(マリオン・コティヤール)と、長年連れ添う仲睦まじい夫婦を演じきり、社交界に入り込む。そしてターゲットであるドイツ大使の暗殺に見事成功すると共に、二人は激しい恋に落ちた。
数週間後、ロンドンのカフェで、ごく親しい人達に囲まれて結婚式を挙げた二人。
やがて最愛の娘も産まれ、穏やかで幸せな毎日を噛み締めていた二人の間に、ある“疑惑”が持ち上がる…

エージェントであるマックスは、相手を騙すことや相手を疑うことにかけてのプロフェッショナルである。それは翻って、相手を見抜くことにかけてもプロフェッショナルであり、人を見る目は殊の外厳しい。
一方のマリアンヌも、レジスタンスの活動家として諜報活動に関してはプロフェッショナルであり、人を騙すことにかけては高いスキルを持っている。
そんな二人の結婚は、だからこそ純粋で深い愛情に根差した絆で結ばれたもの…であるはず。その純粋さに入っひび割れを、懸命に繕おうとするマックスが哀しく、純粋に愛を叫ぶマリアンヌの姿が切なすぎる。

諜報の世界に身を置く二人の、純粋に愛に生きようとする姿が胸に突き刺さる、痛切で切なすぎるラブ・ストーリー。


マリアンヌ
2016年/アメリカ  監督:ロバート・ゼメキス  脚本:スティーヴン・ナイト
出演:ブラッド・ピット、マリオン・コティヤール、リジー・キャプラン、マシュー・グード

「ちょき」

2017年01月26日 | 映画
美容室「HATANO」を一人できりもりしている直人(吉沢悠)のもとに、一本の電話がかかってきた。
「ちょきさん?」
懐かしい呼び名に直人は、電話の相手がサキ(増田璃子)だと悟る。
五年前に亡くなった妻の京子(広澤草)が、かつて美容室の二階で書道教室を開いていたとき、生徒として通っていたのがサキだった。母親からDVを受けていたサキは、優しい京子によく懐いていた。子供がいなかった京子もまた、サキのことを自分の娘のように可愛がっていたが、いつしかサキは教室に顔を見せなくなっていたのだった。

サキは友人と一緒に、久しぶりに店にやって来た。サキが直人の前から姿を消して、10年余りの年月が経っている。その間に、サキはDVがもとで視力を失い、直人は最愛の妻を亡くしていた。
久しぶりの邂逅を機に、サキは直人にねだって色んな場所に連れて行ってもらうようになる。京子との思い出の場所や、京子が好きだったという場所、そして京子が行きたい場所へと出かけていく二人。

そんな二人の周囲に、“さざ波”が立ち始める…


直人は、毎朝大好きなコーヒーを淹れてはマグボトルに入れると同時に、京子の遺影を飾った仏壇に供えることを忘れない。
美容室ではゆっくりとレコードを聴くのが楽しみのひとつで、京子との思い出がこもったプレイヤーを、故障しても部品を取り寄せながら修理して使い続けている。
洗濯したタオルなどを干すのに使っている、かつて京子が開いていた書道教室だった美容室の2階には、京子の書が飾ってある。
亡くなって5年が経つが、直人は京子の面影から離れられず、喪失感に心を閉ざされていた。

サキは、書道教室に通っていた頃に母親からDVを受けていた。エスカレートした暴力に視力を奪われ、書道教室にも通えなくなってしまい、可愛がってくれた京子先生とも会えなくなってしまう。その後、事件を起こして刑務所に入った母親と離れ、盲学校の寮で平穏に暮らしていた。
そんなある日、小学校の頃に通った書道教室のあった美容室「HATANO」に電話し、直人と再会する。その帰り道、直人に車で寮まで送ってもらったことが胸がときめくほど楽しく、引きこもりがちだったサキの心を動かした。

直人に頼んで、京子との思い出が詰まった場所や京子が好きだった場所へと出かけていくサキ。直人は、あまり一緒に出かけられなかった妻に対する穴埋めの意味も込めて、大好きだった京子先生の面影を追うサキを、あちらこちらへと連れて行く。
お互いが抱える寂しさを補い合うように、いつしか二人で過ごす時間が増えていった。

そんな二人の姿が、商店街の人々の口の端に上り始める。
大都会に比べて近隣の付き合いも深い小さな田舎の街では、二人の噂は瞬く間に広まる。
その噂を耳にし、直人が少しサキと距離を置こうとしたとき“事件”は起こり、直人は自分と対峙することになる。


直人とサキが、互いに相手を救うように、互いを思いやる心が育まれていく様子を、ふんわり真綿で包み込むような温かさと優しさに満ちたタッチで、丁寧にピュアに可愛らしく描いた、穏やかで静かなラブストーリー。

「会いたいのに会えないのと、会えるのに会いたくないのとでは、どっちが辛いんだろう。」
サキが直人に質問したとき、サキの心には“何か”が芽生えていたのかもしれない、なんて振り返るのもまた楽しい佳作♪


ちょき
2016年/日本 監督:金井純一
出演:増田璃子、吉沢悠、芳本美代子、小松政夫、藤井武美、広澤草、円城寺あや、橋本真実、大竹浩一、本谷紗己

「アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち」

2016年05月16日 | 映画
1960年、ナチス親衛隊将校のアドルフ・アイヒマン(バイドタス・マルティナイティス)が、イスラエル諜報機関に身柄を拘束された。
終戦から15年、ヒトラー政権下のナチスによる残虐行為が明らかになっていくにつれ、世界中から注目されていた男である。
イスラエルに移送されたアイヒマンは、エルサレムの法廷で裁かれることになった。

1961年、敏腕テレビプロデューサーのミルトン・フルックマン(マーティン・フリーマン)は、アイヒマンの裁判を世界中にテレビ中継しようと奔走していた。
「ナチスがユダヤ人に何をしたのか、世界に見せよう。そのためにテレビを使おう。」
フルックマンは、テレビというメディアに携わる者として使命感に燃えていた。
そしてこの世紀の裁判を最高のスタッフで撮影したいと考えたフルックマンは、監督としてレオ・フルヴィッツ(アンソニー・ラパリア)を迎える。
フルヴィッツは、反共産主義に基づくマッカーシズムの煽りを受けて、10年以上に渡って満足な仕事ができずにいたが、ドキュメンタリー監督として高く評価されている人物だ。

裁判の開廷が刻一刻と迫る中、いまだナチスを信望する者たちの脅迫や妨害、カメラが法廷に入ることに難色を示す判事など、フルックマンは様々な困難に直面する。
しかしそれらを乗り越えて遂に実現にこぎつけた制作チームは、いよいよ世紀の中継に挑んでいく…


フルヴィッツは、ホロコーストを引き起こしたのは決して特殊な人間などではなく、ごく普通の人間が狂気を暴走させた結果であり、誰もがアイヒマンになる可能性があるとして、アイヒマンの“人間らしさ”を映像に収めようと執着する。
しかし意に反してアイヒマンは冷静沈着で表情を変えない。
112人に及ぶ証人が生々しくホロコーストの凄惨な様子を証言しても、また証拠として流される収容所における残酷極まりない記録映像を見ても、アイヒマンは表情一つ変えず目を背けることもない。
冷ややかに証人や映像を見つめているだけで、懺悔はもちろんのこと何ら悔恨の情を見せることもなく淡々と罪状を否定する。
あまりのポーカーフェイスぶりにフルヴィッツは苛立ちを募らせていくのだった。

一方フルックマンは、“テレビマン”として歴史的な放送に使命感を持っている。
4カ月に渡った裁判において、視聴者や取材陣から飽きられる場面もあった。
世間の耳目を集中させ続けたいフルックマンは、ひたすらアイヒマンの表情を追うフルヴィッツと演出に関してぶつかることもあるが、人類史上最悪の惨事を世に知らしめたいという思いは同じ。
ひたすら裁判を追い続ける彼らの執念は、ある“決定的瞬間”を迎えることになる。


フルックマンの使命感と情熱は、昨今「マスゴミ」などと揶揄される日本のジャーナリズムは、忘れ去っていると言われるのではなかろうか。
真摯にただ真実だけを追い求め、責任を持ってそれを世の中に報じることが、ジャーナリズムのそもそもの本分なのではないのかと、ジャーナリストでもなんでもない自分が言うのはおこがましいが、フルックマンの姿には、マスメディアの何たるかが映し出されているとは思う。

それにしても、この裁判が世界に配信されるまで、ホロコーストを生き残ったユダヤ人たちの体験談が、その内容があまりにも悲惨過ぎるがために事実として認識されていなかったことに驚いた。
そして人類史上最も凄惨な事実を世に知らしめることができ、アドルフ・アイヒマンの決定的瞬間を映し出して正に「歴史を映した」フルックマンとそのチームは、その存在自体がマスメディアの歴史の1ページだった。

ナチスによるホロコーストを知っているつもりでも、改めてその残虐行為を映し出す記録映像に愕然とする。
世紀のテレビ中継を疑似体験させてくれる佳作。


アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち
2015年/イギリス  監督:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ
出演:マーティン・フリーマン、アンソニー・ラパリア、レベッカ・フロント

「レヴェナント:蘇えりし者」

2016年05月15日 | 映画
1823年、ヘンリー隊長(ドーナル・グリーソン)率いる毛皮ハンターの一団は、ミズーリ川沿いに進んでいたる日、先住民族の襲撃を受けた。
現地ガイドを務めていたヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)と息子のホーク(フォレスト・グッドラック)は、生き残ったメンバーと共に船でその場から離れた。
しかしこのまま船で、カイオワ砦を目指してミズーリ川を行くのは、周辺を支配する先住民族の標的になるため、陸路を行くべきであるというグラスは隊長に進言する。インディアンとの間に生まれた息子を連れているグラスに対して敵意を持っていたフィッツジェラルド(トム・ハーディ)は、グラスの意見に異を唱えるが、ヘンリー隊長は土地に詳しいグラスの意見を採用して山沿いのルートをたどることにした。

陸路を進みだして間もなくの早朝。
周辺の警戒に出たグラスは、親子連れのハイイログマに襲われ、瀕死の重傷を負う事件が起きる。
ヘンリー隊長の計らいで即席の担架が作られ、グラスは仲間たちに運ばれるが、険峻な渓谷に行き当たって一団は身動きが取れなくなった。
担架に乗るグラスを連れて山を越えるのは無理な状況にヘンリーは、深い傷を負って息も絶え絶えのグラスの命は長くないだろうと判断。
彼をその場に置いていくことにし、息子のホークと共にグラスの最後を看取る有志を募ると、フィッツジェラルドとグラスを慕うジム・ブリジャー(ウィル・ポールター)が名乗り出た。
ヘンリーは彼らに、グラスが息を引き取れば丁重に埋葬して自分たちの後を追うよう指示すると、他のメンバーと共に先を急いだ。

極寒の森の中、思いのほか生き続けるグラス。
仲間たちとの距離がどんどん離れていくことに危機感を覚えたフィッツジェラルドは、ホークとブリジャーがその場を離れた隙に、ものが言えないグラスを殺そうと首を絞める。
その場に戻ってきたホークは、驚いてフィッツジェラルドに飛びかかった。
もみ合う中、思わずホークを殺してしまったフィッツジェラルドは、グラスを生き埋めにすると、遅れて戻ってきたブリジャーに言い含めて立ち去る。

息子が殺されるのを目の当たりにしたグラスは、復讐の鬼と化して穴の中から這い出すと、フィッツジェラルドの後を追う…


アメリカ西部開拓時代、熊に襲われて瀕死の重傷を負い、過酷な自然の中での孤独を生き延びたハンター、ヒュー・グラスの実話の映画化。
最愛の息子を目の前で殺されて沸き起こった激しい憎悪は、死の淵から生還するエネルギーとなったのだろうが、それを糧に驚異的な回復を遂げていく強靭な生命力には驚かされる。
極限状態のグラスが「もうダメだ」と諦めた瞬間、おそらくは命を落としたのではないだろうか。
しかし、フィッツジェラルドに対する煮えたぎる復讐心が、彼に生きる力を与えることになったに違いない。
木の根をかじり、野生動物の死肉を貪り、生きた魚を食いちぎりながら生き延びる気迫に圧倒される。

そしてその凄まじいまでの生への執着を、全身にみなぎらせて体現するディカプリオの鬼気迫る演技は圧巻。
エンドロールが流れる中、「ここで賞を獲れなかったら、もう賞を獲る機会は無いよ」と、くにお・とおるの漫才風に心の中でうなった。
ディカプリオも、ここまでやってようやく勝ち獲った主演男優賞に、安堵と満足を得られたのではないだろうか。


ようやくオスカーを獲得したディカプリオの演技が話題となっていたこの作品であるが、太陽光と火による自然光だけで撮影された、撮影賞に輝いた映像が素晴らしい!
滔々と流れる大河、雪に覆われた渓谷、そびえたつ険峻な山々。
偉大なる自然に抱かれながら、そこに生きる動植物の“命”を身体に取り込むことで、深い傷を負いながらも生きながらえることができる生命力を維持できたのではないだろうか。
大自然の中を行くグラスの姿に、人間もまた自然の一部であるということを思い知らされ、自然が持つ豊かな力を感じずにはいられない。


ディカプリオの圧倒される気迫と雄大な自然に息をのむ瞬間の楽しさは、大きなスクリーンで観るからこそ感じられる醍醐味♪
映画館で観なければ損。


レヴェナント:蘇えりし者
2015年/アメリカ  監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
出演:レオナルド・ディカプリオ、トム・ハーディ、ドーナル・グリーソン、ウィル・ポールター、フォレスト・グッドラック

「セーラー服と機関銃 -卒業-」

2016年03月06日 | 映画
高校三年生の星泉(橋本環奈)は、四代目目高組組長だったという過去がある。
父親代わりに自分の面倒をみてくれていた伯父の星嗣夫(榎木孝明)が、高校の入学式の日に目の前で銃弾に倒れ、ヤクザの親分だったことを知った泉は、親族が跡目を継ぐという組のしきたりに則り、組長となったのだ。
そして敵である浜口組に3人しかいない子分を引き連れて乗り込み、機関銃を打ち込むという大事件を引き起こす。
この一件で浜口組と協定を結び、浜口組は目高組の“シマ”には手を出さないことと引き換えに目高組は解散。
事務所を改装して「めだかカフェ」をオープン。
組長改め、店長としてカフェを切り盛りしているのだった。

いまだに自分のことを「組長」と呼んでしまう元若頭の土井(武田鉄矢)たち「店員」の言動にうんざりしながらも、フツウの女子高生として暮す泉のもとへ、ある日同級生の女子がやって来た。
胡散臭いモデル事務所が詐欺まがいの契約で女の子を集めているという話に、「店員」の祐次(大野拓朗)と晴雄(宇野祥平)と共に現場に乗り込むと、責任者の男が浜口組がバックに付いているという。
協定違反に抗議するべく、浜口組長(伊武雅刀)に直談判に行った泉だったが、逆に浜口から危険ドラッグ入りのクッキーを売りさばいていると責められる。

この些細ないざこざは、実は浜口組が引き起こしたものではなく、いくつもの「フロント企業」抱えて暗躍する暴力団・堀内組の進出の序章であった。
「ホリウチ都市デザイン」という企業が、街の再開発を担って進出してくるが、社長の安井(安藤政信)は、街の再開発を病院や介護施設、製薬会社を経営する堀内組の若き組長だった。
巨大な力を背景に、市長と刑事をも抱き込んで街を食い物にしようと企む安井の前に、恐れをなした浜口組長はひれ伏してしまう。
しかし、若頭補佐として組長を支えてきた月永(長谷川博己)は、堀内の指揮下に組み入れられることをよしとせず、浜口組を再興するべく堀内組の排除を企て、目高組組長としての泉に協力を持ちかけた…


1981年に薬師丸ひろ子主演で映画化され、翌年の邦画配給収入一位をなる大ヒットを飛ばした「セーラー服と機関銃」。
薬師丸ひろ子を一躍スターダムに登らせた相米慎二監督の名作の“続編”となる物語が、角川映画40周年記念作品として映画化された。
ヒロインの星泉には、映画初主演となる橋本環奈が抜擢され、かつての薬師丸ひろ子同様に主題歌も歌う。
往年の大ヒット作品の後継作品に、主役として指名された橋本環奈が感じたプレッシャーはいかばかりか。
その重圧たるや想像を絶するものがあるが、それに押しつぶされる気配を全く感じさせない橋本環奈の佇まいが清々しい。
イマドキの女子高生を等身大に演じつつ、戦う決意を固めた泉の急成長ぶりを、堂々たる演技で魅せていく。


ドラッグ入りのクッキーを取引する場所として映画館が登場するが、そこで上映されている作品が「晴れ、ときどき殺人」。
また、巨悪に立ち向かうべく行動を共にする月永に、ほのかに思いを寄せていく泉の姿は、「探偵物語」における、松田優作演じる辻山に淡い恋心を抱く薬師丸ひろ子演じるところの直美を彷彿とさせる。
往年の角川映画を活用し、テイストを醸し出すところは、正に角川映画40周年に相応しい。

更には、ヒロインを演じる橋本環奈が、潔いほどアイドル然としてスクリーンに映し出される。
薬師丸版「セーラー服と機関銃」の代名詞である「カイ、カン…」の台詞を、出し惜しみすることなく、しかもある意味“脈絡もなく”言わせるところも愉快!
メガホンを取る「婚前特急」や「夫婦フーフー日記」の前田弘二監督は、一風変わったヒロインを活き活きと描く術に長けているが、本作では橋本環奈をアイドルとして小気味よく、“どストレート”に描いている。


1980年代、薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子の「角川三人娘」を、アイドルとして映画の中で躍動させた往年の角川映画が、今をときめく橋本環奈を押し立て、平成テイストで復活!
イマドキなエンタメの、正統派美少女アイドル映画♪


セーラー服と機関銃 -卒業-
2016年/日本  監督:前田弘二
出演:橋本環奈、長谷川博己、安藤政信、大野拓朗、宇野祥平、古舘寛治、鶴見辰吾、榎木孝明、伊武雅刀、武田鉄矢、北村匠海、前田航基、ささの友間、柄本時生、岡田義徳、奥野瑛太

「どら平太」

2016年01月04日 | 映画
とある田舎の小藩で、町奉行が不可解な辞職を繰り返していた。
またしても町奉行が辞職したある日、江戸から望月小平太(役所広司)という新任がやってくる。
江戸では不埒三昧の振る舞いであったため、「どら平太」というあだ名がついているとの情報が家中を巡ったが、案に違わずこ平太は、着任以来一度も奉行所に出仕してこない。

主君の“お墨付き”を持ってやってきた小平太だったが、武士が入るのを禁止されている「壕外」と呼ばれる地域へと繰り出しては放蕩の限りを尽くし、一部の若手官僚からは命を狙われる始末。
しかし小平太は、ただ散財をしていたのではなかった。
博打、売春、密輸などあらゆる犯罪が横行し、治外法権と化していた「壕外」を“浄化”し、家中の汚職を正すべく主君より特命を帯びていた小平太は、遊び人を装って侵入し、情報を集めていたのだった。

豪快に遊ぶ小平太は、次々と「壕外」の利権を分け合っている三人の親分の存在を知る。
売春業を仕切る巴の太十(石倉三郎)、賭博を仕切る継町の才兵衛(石橋蓮司)、そして一番の大親分である密輸業を仕切る大河岸の灘八(菅原文太)。
町奉行ながら気風の良い遊び人として、小平太は三人に近づいていき…


何をするでもなくのんびり過ごしていた元旦に、たまたまテレビのチャンネルが合って、何の気なしに見始めたのだが、展開の面白さにあっという間に最後まで見入ってしまったが、それもそのはず。
黒澤明・木下恵介・市川崑・小林正樹によって結成された「四騎の会」の、第1回作品として共同執筆されながらお蔵入りになっていた作品なのだ。
エンドロールを見るまで、すっかりそのことを忘れていた。
山本周五郎原作のこの時代劇を、脚本執筆者の一人である市川崑がメガホンをとることになり、「市川監督の時代劇に出演したい」と熱望していた役所広司が主演し、ついに作品化されたもの。
公開当時、「シネマコミュニケーター」たるべく勉強中の身であったが、これを観ずにいたとは何たる不明!
そんなこっちゃから、ロクなシネマコミュニケーターになれていないという点を痛感…


主人公の「どら平太」は、とにかく強くて頭の切れる正義漢。
博打を打てば負け知らず、男ぶりの良さで女にモテモテ、手刀で湯呑を割り、何十人という敵に囲まれながらも全員峰打ちで倒し、自分はキズ一つ追わず。
ヒーローとはこうでなくっちゃいけねぇ!
(おっと!つい江戸っ子が出ちまったぃ)

「んな、アホな!」とツッコミを入れながら観るのは大損のもと!
このテの映画は、何はさておいても、主人公の超人的な活躍に胸を躍らせて観るのが正しい鑑賞法。
現実離れした圧倒的な強さを誇るキャラクターだからこそ、その活躍に胸が空くのである。
近年では007までもが、変に“人間味”を持って怪我をして血を流したりしているが、そんなジェームズ・ボンドはもはやヒーローではない。
モニカ・ベルッチの登場が宝の持ち腐れになるというものだ。


分かりやすい勧善懲悪が清々しい!これぞ痛快!これぞ娯楽!
絶えて久しい娯楽時代劇の王道を行く、劇画型娯楽活劇の傑作!


「どら平太」
2000年/日本  監督:市川崑  脚色:黒澤明、木下惠介、市川崑、小林正樹
出演:役所広司、浅野ゆう子、菅原文太、宇崎竜童、片岡鶴太郎、石倉三郎、石橋蓮司、大滝秀治、江戸家猫八、岸田今日子、神山繁、加藤武、三谷昇、津嘉山正種、うじきつよし、尾藤イサオ、菅原加織、松重豊、黒田隆哉、本田博太郎、永妻晃、赤塚真人、横山あきお

「FOUJITA」

2015年11月27日 | 映画
1913年、27歳で単身フランスへ渡った、画家の藤田嗣治(オダギリジョー)。
1920年代、「ジュイ布のある裸婦(寝室の裸婦キキ)」をはじめとする裸婦像が「乳白色の肌」と称されてパリで絶賛を浴び、ピカソやモディリアーニ、キスリングらとともに時代を代表する画家となる。
エコール・ド・パリの寵児としてもてはやされた“フジタ”は、夜ごとカフェへと繰り出しては、モデルや画家仲間達と乱痴気騒ぎに興じていた。

1940年、第二次世界大戦の惨禍に見舞われたパリがナチス・ドイツの手に落ちる直前、藤田は日本に帰国する。
フランス時代の裸婦像から一転して、陸軍美術協会のもと戦争画「アッツ島玉砕」を描き、戦意高揚のために開かれた「国民総力決戦美術展」において展示される。
その絵を前にして人々は手を合わせ、絵の前に置かれた箱に“賽銭”を投げ込んだ。
その様子に藤田は、
「絵が人の心を動かすものだということを、私は初めて目の当たりにした」
と感動を覚え、数多くの戦争画を描いて、日本美術界の重鎮へと上っていく。

やがて戦争が激化してくると、藤田は5番目の妻となる君代(中谷美紀)と共に疎開した。
彼は、農家の別棟をアトリエ兼住まいとして田舎の村に暮らしながら、改めて“日本”に触れることになる。
しかし静かな日々を送りながらも、バンザイクリフを題材にして戦争画を描く…


“華のパリ”において、煌びやかで華やかな喧騒に包まれた日々の中で描かれた裸婦像。
その作品群が持つ“静けさ”は、どこか日本的な空気が漂っている。
一方、帰国した日本では、戦時における息の詰まる“静けさ”の中で描かれた戦争画。
猛々しく荒々しい筆致で描かれたその絵には、どこか西洋絵画的な雰囲気が醸し出されている。

フランスにおいては、当時大変珍しかったであろう“日本的なもの”でパリっ子たちの注目を集め、日本においては、パリで触れた西洋絵画の持つ力強さを応用して国民の心を打つ。
それぞれの時代におけるそれぞれの国で、藤田嗣治は人々の心を掴むために策を弄したかのよう。
しかし、画家として売れんがためのしたたかさにも見えるその姿勢は、絵画に対して真っ直ぐに向き合う、藤田の真摯な姿に他ならないのではないだろうか。
彼はただひたすらに、大好きな絵を生かしたいだけだったのかもしれない。


戦前のフランスで人気を博し、戦時中の日本で国威発揚に協力し、それがために戦争責任を問われることとなって再びフランスに渡り、そのまま日本の土を踏むことのなかった日本人画家・藤田嗣治の生き様を、その波乱万丈な生涯とはうってかわって静かなタッチで描く。
凛とした静謐さと計算され尽くしたカットは、映像作家・小栗康平の真骨頂!
絵画と映画が融合した、格調高い芸術作品。


FOUJITA
2015年/日本・フランス  監督・脚本:小栗康平
出演:オダギリ・ジョー、中谷美紀、アナ・ジラルド、アンジェル・ユモー、マリー・クレメール、加瀬亮、りりィ、岸部一徳、青木崇高、福士誠治、井川比佐志、風間杜夫