面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

NHK朝の連ドラ

2010年03月31日 | ニュースから
最低視聴率を更新=NHK朝ドラ(時事通信) - goo ニュース


NHK朝の連ドラ「ウェルかめ」の平均視聴率が、前作の最低記録を更新したとか。
更に29日に始まった次回作「ゲゲゲの女房」の初回視聴率が、これまた過去最低記録を更新したとのこと。
ここ最近、新しいシリーズが始まる度に最低視聴率更新が話題になっているが、もうコンテンツとしては完全に過渡期にきているのだろう。

視聴率が40%、50%を超えていた頃は、いわゆる「専業主婦」も多く、今と比べれば放送時間帯における在宅率が高かったのではなかろうか。
昔に比べれば夫婦共働きの家庭も増え、連ドラを見る習慣があった主婦層が家にいなくなっていることも影響していると想定される。

昨今であれば、在宅率が高いのは仕事をリタイアした高齢層の人々と思われるが、NHKは実態をどこまで把握しているのか。
真剣に視聴者の実態を把握し、その好みに合ったコンテンツを持ってこないと、視聴率は下がる一方となるだろう。

てなことは天下のNHKのこと、とっくの昔に分かっていることと思われるのだが、分かっていれば次々と最低視聴率を更新するような事態にはならないと思う…


恋はゲームじゃなく…

2010年03月30日 | ニュースから
湯船で翌朝発見…しばたはつみさんが急死(スポーツニッポン) - goo ニュース


突然の訃報に驚いた。
まだ小学生の頃、テレビでよく見た記憶があるのだが、それが丁度「マイ・ラグジュアリー・ナイト」が流行っていたときだったのだなと、改めて認識。

この頃は見かけないと思ったら、厳しい闘病生活を送っていたとは。
ガンを克服し、いよいよ復帰というところでの急死は、本人も周りも残念なことだろう。
しかし最近、ベテラン芸能人で「最近見かけない」と思うと、ガンなどの闘病生活を送っていたというケースが多いように思うのは気のせいか?

それにしても57歳とは若すぎる。
テレビで初めて見たのが小学生の頃だったからかもしれないが、還暦は過ぎているくらいかと思っていたのは本人に失礼ではある。
それと、「OH!モーレツ」(丸善石油)や「レナウン娘」(レナウン)を歌っていたのが彼女だったのも驚いた。
「マイ・ラグジュアリー・ナイト」で売れたのは必然だったということか。
心地よいメロディラインの、小学生の自分にも印象的な歌だったので、今でも歌詞とメロディが思い浮かぶ。
(一部だけやけどね)

ただ、ご冥福を祈るばかり。合掌


開幕シリーズ第2戦

2010年03月29日 | 野球
神2―3横(28日) 横浜が継投で逃げ切る(共同通信) - goo ニュース


今年も、福岡の“人生の大先輩”のご高配により、開幕シリーズ3連戦のうち、2試合を観戦できた。
本当にありがたいことで…

昨日は、よもやの城島2試合連続お立ち台で、今季初観戦を勝利で飾ることができてルンルンだった(古~っ)
それにしても城島というのは“引き”の強い選手と言える。
こういうのは持って生まれた素質が大きいが、プラス彼自身の言動が運を呼び込んでくるものだろう。
まさに“華”がある選手であり、悲しいかな狩野との決定的な差は明白だ。

そんな城島が、3試合連続でお立ち台という快挙を成し遂げるかもしれないという淡い期待を抱きつつ、試合開始直前に観客席へと突入した。



今日の席は1塁側下段B列という、なんと前から2列めの絶景ポイント!
(最近流行りの“エキサイティングシート”ができているので本当の意味では前から2列目ではないのだが)
「網があって見にくかですね、すみません」と“大先輩”は恐縮されていたのだが、何をおっしゃいますやら!
ブラゼルのデカい尻はほぼ目の前に迫るし、内川のアゴの出具合も物凄いよく見える!
そんなモンが見えても仕方ないが、少なくとも1塁を駆け抜けたアウトになった選手が目の前を過ぎて行ったり、ライトの選手が目の前を行ったり来たりするし、トラッキーはまん前から“粗品”をパチンコで打ち込んでくるし、面白いことこのうえない♪

とりあえず、初回の横浜攻撃中に、ドーム内の売店で買った「環状線弁当」で腹ごしらえ。
弁当の真ん中に“日の丸飯”が入っているのに、バッテラ2きれにたこ焼きが2個入っている。
なんという取り合わせだろう!?




が、いざ試合が始まってみると…

↓座席からの一塁風景




せっかく“面白い”座席に座れているのに、肝心の試合が面白くない。

先発の下柳は、ノラリクラリが身上の投球ゆえ、投球数も多くなり、時間がかかるのは予定どおり。
5回を投げて2失点なら、これも想定の範囲内。
とはいえ、いくら普段から投球数が多い投手だとは言うものの、今日はリズムが悪すぎた
打線が湿った一因にもなっただろう。

その打線も、“初モノ”(と思われる)藤江の前に中々ヒットが出ない。
先に下柳が2点を取られた直後、桜井に一発が出て追い上げたところはよかったが、これは野球によくある「試合が動いた」ことによるフロックのような得点。

しかし本当に初めて対戦する相手投手に弱い。
横浜先発の藤江は、見たところそんなにビックリするようなスゴイ球はなかった。
投球フォームもオーソドックスで、威圧感のあるようなタイプではないのだが、非常に落ち着いたピッチングをするピッチャーだった。
“ネタ本”として見つけた「プロ野球プレイヤーズファイル」によれば、去年は9試合に投げただけで、投球の50%近くがストレートというデータが掲載されていたが、実際にはスライダーにチェンジアップにという変化球のコントロールがよく、まとまったタイプの投手。
先発投手として名前を見たときには、「今日ももろたんちゃうん」と思ったのだが、甘かった。
まあ、ファームとはいえ9勝して防御率1点台というのは伊達では無いということだ。

それにしても今年の打線は、3番鳥谷・4番金本・5番新井に、6番城島・7番ブラゼル・8番桜井と、クリーンアップが2つあるかのようで圧巻!
1番のマートンが以外と打率を残しそうなシュアなバッティングを見せているので、1番から8番まで相手投手は気が抜けない。
…はずなのだが、得点がソロホームラン2発だけでは勝てるわけがない。
先に書いた“ダブルクリーンアップ”のうち、1つめが機能していないためにチャンスが広がらない。
(こっちがホンモノのクリーンアップやし)

中でも金本の不調が致命的なのだが、彼は本来、
「骨から汗かくくらい暑くならんと調子が出ん!」
と本人が言うくらい、夏の訪れと共にグングン上り調子になる選手。
去年の春先の絶好調ぶりこそ、異変だったのである。
その証拠というわけではないが、昨季は夏場以降に絶不調に陥ってしまい、チームの4位転落の要因となったのは周知の事実。
その分、春先は金本の“アナ”を周りが埋めないといけないのだが、オープン戦絶好調だった鳥谷が音無しとなってしまい、更に新井も力んでるのだか何なんだが、さっぱり調子が上がらないからどうしようもない。
結局、“第2クリーンアップ”ばかりがヒットやホームランを打つ展開になってしまっていて、試合運びもまどろっこしい。
“第1クリーンアップ”の不調が、先制されてからしか得点できていないという、試合の立ち上がりの遅さに繋がっていると言えよう。

とりあえずは勝ち越した開幕シリーズだったが、断トツ最下位候補の横浜相手に苦戦しての2勝1敗は、これからの長いシーズンに向けて心許ないことおびただしい。
個人的に、3連勝して初めて少し安心できるところだったのだが、3戦目を落としてしまったことで、今年もまた、去年に続いて常に不安な1年になりそうで…

来週、初のナゴヤ遠征はどうだ!?


初観戦初勝利

2010年03月28日 | 野球
神4―3横(27日) 城島がサヨナラ本塁打(共同通信) - goo ニュース


まさかまさかの、城島2日連続お立ち台という活躍で、今季の観戦は白星スタート!
“年のはじめ”から「六甲颪」を歌えるとは、幸先かイイ♪

10回裏、ワンアウト満塁という絶好のサヨナラ機を逃したときは、これはヤバい…という空気になった。
いわゆる「試合の流れ」が横浜に行きそうになったが、それを押し止めた西村の投球に、まずは拍手!

ぶっちゃけた話、ムチャクチャ球が速いとか、恐ろしく変化球がキレるとかいうピッチャーではない。
藤川、江草ときた後に登板してくると、明らかに見劣りがした。
相手の打順も、早川はともかく、内川、村田と続くのに、抑えきれるのかと、スタンドには“暗黙の不安”が漂った。
ところがどっこい。
飄々とした投球で、さくっと二死を奪うと、村田を簡単に追い込んだあとは綺麗なフォーク(たぶん)で空振り三振。
天晴れナイスピッチング!

見方がチャンスを潰した後、相手を三者凡退で抑えると、再び流れはこっちに来るもの。
それでも、金本、新井の師弟コンビが簡単に倒れ、また嫌な雰囲気に。
こりゃ今日は引き分けか…?と諦めかけたところで飛び出したのが城島の一発。
今日は何本もの外野への飛球が、ドーム球場ゆえ風もないはずなのにフェンス手前で失速していたので、打った瞬間、
「いけーっ!」
と叫びながら立ち上がったものの「またフライアウトか…」と諦め半分だった。
いやしかし、城島はすごい!

さあ開幕シリーズを2連勝できたタイガース。
こうなりゃ明日もいただきたいところ。
一緒に観戦した福岡の“大先輩”は、
「昨日も勝ったから、明日はどっちでもよか」
なんて気楽なことをのたまわったが、アカンアカン!
自分にはまだ2戦目なんやから、勝ってもらわな困る。
とりあえず今夜は祝杯をあげて、また明日ということで!


「シェルター」

2010年03月26日 | 映画
カーラ(ジュリアン・ムーア)は、しばしば凶悪事件の裁判に出廷し、専門的見地から証言を行っている精神分析医。
解離性同一性障害疾患を認めていない彼女は、3年前に夫を殺害された痛ましい過去があるが、一人娘のサミー(ブルックリン・ブルー)を心から愛し、慈しみながら女手一つで育てていた。

ある日カーラは、自分と同じく精神科医である父ハーディング博士(ジェフリー・デマン)の研究所に呼びされ、デヴィッド・バーンバーグ(ジョナサン・リス・マイヤーズ)という患者を紹介される。
「興味深い患者だ」と、何やら意味ありげにデヴィッドに引き合わされたカーラは、精神分析のために幾つかの質問を彼に投げかけるが、その答には何も異常は見られなかった。
下半身不随のために車椅子生活を送っているというデヴィッドは、礼儀正しいごく普通の青年だった。
隣室で二人のやりとりを見ていたハーディング博士のもとへカーラがやってくると、博士はデヴィッドが一人でいる部屋に電話をかける。
「ハーディングだ。アダムはいるか?」
「あいにくですが、ここには僕しかいません。」
「それなら、アダムを呼んでくれ。」
博士が呼びかけた途端、急にデヴィッドは首を仰け反らせて、激しく表情を歪めた。
次の瞬間、目つきや声色まで一変したアダム・セイバーと名乗る人格が現われたデヴィッドは、それまでの物静かな態度が嘘のように雄弁になり、先の質問に全く異なる回答を返してきた。
そしてあろうことか、車椅子から平然と立ち上がってみせる。

しかしデヴィッドを解離性同一性障害とは認めないカーラは、主人格はあくまでもアダムであり、交代人格としてデヴィッドを作為的に“演じている”ものと診断した。
その見立てを証明するために本格的な調査を開始したカーラは、ある高校の卒業アルバムから、デヴィッド・バーンバーグという男性が実在することを突き止める。
デヴィッド・バーンバーグの母親(フランセス・コンロイ)を訪ねると、そこで意外な事実を聞かされる。
デヴィッドが16歳のとき、事故で下半身不随となってしまったこと。
過酷な治療に耐えても報われることはなく、その結果信仰心を失ってしまったこと。
そして25年前の1982年、森の中で何物かによって惨殺されてしまったこと。
当時6歳だったアダムがデヴィッドの悲劇を報道で知ったものと推測したカーラは、バーンバーグ夫人とアダムを対面させた。
すると、デヴィッドの人格となったアダムは、デヴィッド本人しか知りえない情報を語り始め、カーラとバーンバーグ夫人を動揺させる。

デヴィッド、アダムだけでなく、更にウェスという人格も現われる男に対して、カーラはそれぞれの人格の過去について調査を進めていくうちに、科学では説明しようの無い「シェルター」という超常現象へと突き当たる。
そしてそのことが、彼女を抜き差しならぬ惨劇へと導いていく…

「フォース・カインド」「パラノーマル・アクティビティ」と、超常現象をテーマにした作品が相次いで公開されている。
その流れに続くように「シェルター」が登場。
“異性人との接触”、“悪霊との対峙”の次は、“土着の民間信仰”。
物語は、ひとりの精神科医が、解離性同一性障害という精神疾患を持つとされる患者を診察するところから始まるのだが、その相手が抱える問題は医学で解決できる類のものではないという事実にたどり着く。
そして真相が解き明かされる中で鍵となるのが“信仰心”だ。

人間の脳の働きでさえ論理的に分析し、コントロールしようとする医学。
そんな最先端の科学に従事する人間が、信仰というおよそ科学とは程遠いものに助けられ、救いを求めるというアイロニー。
一見、映画の形をとった布教活動か!?と思ってしまうが、科学によって何でも解決でき、なにものをも支配できるとする尊大な態度に対する強烈な警告である。
そしてそれは、「金融工学」という名の科学によってもたらされた、現在の世界的な不況に対する戒めかもしれない。
人間、人知を超えたものへの“畏れ”を抱き、謙虚に生きるべきなのだ。

ジョン・カーペンター監督の「遊星からの物体X」を思い起こされたラストが印象的な“スーパーナチュラル・ホラー”。


シェルター
2009年/アメリカ  監督:マンス・マーリンド、ビョルン・ステイン
出演:ジュリアン・ムーア、ジョナサン・リス・マイヤーズ、ジェフリー・デマン

「ランニング・オン・エンプティ」

2010年03月25日 | 映画
定職に就かず、ダラダラと毎日を送るヒデジ(小林且弥)。
一応、仲間二人とバンドを組んでライブ活動をやったりしているが、計画性もなく毎日を過ごしていた。

ヒデジと同棲中の恋人アザミ(みひろ)は、彼に対して不満タラタラ。
その日も些細なことから喧嘩して、ヒデジに背を向けたまま、ベッドから起き上がらずにいた。
そんなアザミに気遣うこともなく、
「今日は誕生日だから夜は一応空けてるし」
などと、お気楽に自分の誕生日のことだけ言い残して、バンドの練習にでかける始末。
頭にきたアザミは、ある計画を思いついた。
それは、自分が借金取りに誘拐されたことにして、ヒデジから金を巻き上げようというもの。
さっそくヒデジの兄・祐一(大西信満)が住む部屋に、いつも“パシリ”に使っているナベ(杉山彦々)を連れて転がり込み、狂言誘拐を実行に移した。

まずは自分で、悪徳金融業者に誘拐されたとヒデジに電話。
ヒデジは驚き、アザミを探してウロウロするものの、疲れて部屋に帰れば、そのまま漫画を読んでウダウダと過ごし、しまいには寝入ってしまう。
ヒデジの動きが悪いことに苛立ったアザミは、ナベに誘拐犯のふりをさせて脅迫電話をかけさせるが、相変わらず危機感も緊迫感も0。

一向に事態が進展しないことにキレたアザミは、八つ当たり半分にナベに活を入れる。
慌てたナベが、一応、迫真の演技で脅しの電話をかけたとき、ようやくヒデジが走り出した…!

自主映画ながら劇場公開され、評判を呼んだ「まだ楽園」で脚光を浴び、刑務官と死刑執行の問題をとらえた「休暇」で脚本手掛けた佐向大監督の、商業映画デビュー作。
ダラダラと毎日を過ごしつつ何をやっても煮え切らない男と、そんな彼氏を困らせてやろうとバカバカしい計画を思いつく女、なぜか女にモテる弟に対抗心を燃やして自分の肉体を鍛えることに執着する引きこもり気味の兄、人の良さにつけ込まれて使いっぱしりにされるも役には立たないダメ男。
そんな、どうしようもない若者達の運命が、一人の女子が巻き起こした「狂言誘拐」を起爆剤として、ゴトリ、と動き出す。
そして様々な思いが錯綜し、狭い閉ざされた世界に穴が開き始める。

先々に思いをはせるでもなく、何かに熱中するわけでもなく、その日その時その一瞬を、ただなんとなくやり過ごす。
グダグダな連中のダラダラした様子に、イラッ!とさせられ、思わず説教したくなるという御仁も多いだろう。
しかし単純に憤慨するのではなく、一度冷静に自分の心を見つめるべきだ。
彼らの行動や思考は、誰の心の奥底にもある、普遍的なものではないだろうか。
だからこそ人は「安きに流れる」のであり、それに抵抗して「カツマー」となるか、それに迎合して「底辺」へと堕ちていくか、後は各人次第なのである。

なんともいえないダラけた日常をコミカルに切り取り、緩~い虚無感が流れる中、次はどうなるのだろう?と、最後までスクリーンに引っ張られ続ける小作品。


ランニング・オン・エンプティ
2009年/日本  監督・脚本・編集:佐向大
出演:小林且弥、みひろ、大西信満、杉山彦々、伊達建士

「NINE」

2010年03月24日 | 映画
グイド・コンティー二(ダニエル・デイ=ルイス)は、卓越した才能で世界的に名高い映画監督。
彼は、9作目となる映画「ITALIA」の制作に取りかかろうとしていたが、肝心の脚本を1行も書けずにいた。
セットが組まれたイタリアの名門スタジオであるチネチッタで構想を練るも、創造的な作業は何一つ進まず、幻想に包まれるだけ。

クランクインが間近に迫っているにも関わらず、タイトル以外は何も知らされないプロデューサーが業を煮やし、制作発表の記者会見を設定する。
主演には、グイドの作品におけるミューズ的存在の人気女優クラウディア(ニコール・キッドマン)を起用し、「これぞイタリア!」という作品になると大々的に喧伝されるのだが、何も構想ができていないグイドにとって、記者会見は針のむしろ。
それでも、衣装係として長年パートナーを組んできたリリー(ジュディ・デンチ)から、「世界一の嘘つき」と“称賛”された得意の弁舌でノラリクラリと質問をかわしつつ、アメリカンヴォーグ誌の美人記者ステファニー(ケイト・ハドソン)に目をつけたりしていた。
しかし、前作を駄作と評して辛らつな質問が浴びせかけられたグイドは進退窮まり、会見場から逃げ出してしまう。

海辺のホテルへと転がり込んだグイドは、妻ルイザ(マリオン・コティヤール)に助けを求めながら、一方で愛人のカルラ(ペネロペ・クルス)に連絡を取り、自分の元へ呼び寄せた。
人生を彩ってきた女性達の幻想の中へと現実逃避する彼の前に、ママ(ソフィア・ローレン)のまぼろしが現われ、「ひとりの女性を愛しなさい!」と警告する。
どうしようもない混乱の中、プロデューサーに居場所を突き止められたグイドは、再び映画制作の現場へと引きずり込まれて…

2002年のアカデミー賞作品賞に輝いた「シカゴ」のロブ・マーシャル監督が、名だたる女優陣を配して、再び絢爛豪華なミュージカル映画を作り上げた。
オリジナルは、フェデリコ・フェリーニの映画『8 1/2』に着想を得たというブロードウェイミュージカル。

豊かな才能で地位と名声を得ただけでなく、次々と美女の愛情をも手に入れていったグイド。
しかし彼は、誰をも深くは愛せずにいた。
それは、自分自身を受け入れられないのと同じこと。
フワフワと水面を漂う浮き草のように時を過ごしてきた彼が、その才能の輝きを鈍らせ、創作活動が停滞するのは必然だった。
そしてとうとう、彼の拠りどころであるはずの映画を作ることができなくなり、全てを失ったとき、彼に残されていたものは…?

本作一番の見どころは、なんといっても錚々たる女優たちのミュージカル・シーン。
ペネロペ・クルス、ニコール・キッドマン、マリオン・コティヤール、ケイト・ハドソン、そして大女優ソフィア・ローレン。
贅沢極まりなく繰り広げられる“美の競演”に、観客の目はスクリーンに釘付けとなる!
そしてそんな女たちが、ダメ男と知りつつも愛してしまう主人公を、オスカー俳優ダニエル・デイ=ルイスが魅力たっぷりに好演。
子供の頃に教会で歌ったくらいで、歌など歌ったことがないという彼を、ほとんど無理やりに歌わせたロブ・マーシャル監督の慧眼が素晴らしい!

映画好きの自分には堪えられない、温かいラストシーンも魅力の、ミュージカル映画の傑作。


NINE
2009年/アメリカ  監督:ロブ・マーシャル
脚本:アンソニー・ミンゲラ
出演:ダニエル・デイ=ルイス、マリオン・コティヤール、ペネロペ・クルス、ジュディ・デンチ、ケイト・ハドソン、ニコール・キッドマン

「シャッター アイランド」<超日本語吹替版>

2010年03月23日 | 映画
不自然さ一掃!「超・吹替版」登場 映画「シャッターアイランド」(産経新聞) - goo ニュース


ボストン沖合に浮かぶ絶海の孤島、「シャッター アイランド」。
四方を海に囲まれ、社会から隔絶されたこの島には、精神を病んだ犯罪者のみを収容するアッシュクリフ病院があった。
1954年9月、連邦捜査官のテディ・ダニエルズ(レオナルド・ディカプリオ)は、新しい相棒であるチャック(マーク・ラファロ)と共に、この島へやって来た。
目的は、女性患者レイチェル・ソランドー(エミリー・モーティマー)の失踪事件を捜査するためである。
3人の我が子を溺死させた罪によりこの島へ送り込まれた彼女は、鍵のかかった病室から、誰にも気づかれることなく忽然と煙のように姿を消したという。
部屋には、レイチェルが書いたメモが残されていた。
「4の法則、67は誰?」

病院長ジョン・コーリー(ベン・キングズレー)をはじめとする職員達から事情を聞いたテディとチャックは、自分達と入れ違いに休暇で島を離れたというシーハン医師が事件の鍵を握ると推測した。
失踪当日にレイチェルと接触のあった患者達に対して聞き込みを開始。
その聴取の中でテディは、
「アンドリュー・レディスという患者を知らないか?」
という質問を繰り返した。
失踪事件と無関係な質問であることに気づいたチャックは、怪訝な表情を浮かべる。
「レディスって誰だ?」。
チャックの疑問に答えてテディは、自分がこの島へとやって来たのは、別の目的があったことを語り始める…

物語の舞台は、冷戦による緊迫感の高まっていた1950年代。
本作の背景には、様々なテーマが盛り込まれている。
 ・第二次大戦のトラウマを抱えて生きる人々の苦悩
 ・闇に閉ざされた国家規模の大きな陰謀
 ・人権侵害的な精神病治療に対する論争
 ・人間の精神が持つ途方もない力
中でも、「大きな陰謀」と当時の「精神病治療」の実情の2点について、アッシュクリフ病院に対する疑問が膨らんでいく。
物語が進むほどに、いったい何が真実なのか、病院ではいったい何が起きているのか、謎が解かれるたびに謎が深まる。

人間の脳は、“自分”に都合のいいように物事を解釈するという。
ことに視覚は、あるがままの“真実”が見えているように思っているが、実は脳が勝手に都合のいい“解釈”を施している。
今回体験した「超日本語吹替版」で、字幕を読むという行為から解放され、徹底的にスクリーンの中へと没入した。
そしてテディと同化した自分は、自分の脳ミソにとって“都合のよい”解釈へと導かれ、最後の最後の最後まで“真実”を掴みかね、観終わってもなお、思考のドツボへとハマってしまった(単なるアホ?)。

洋画は字幕版しか観ないという人も、逆に字幕があるから洋画を観ないという人も、従来の翻訳を超え、徹底した「意訳」によってセリフ化された「超日本語吹替版」を体験していただきたい。
物語の中へ、ドップリ浸りきることができること請け合い。
そうすればきっと、自分の脳が面白いと思う方向へと、導かれていくことだろう。

幻惑される面白さを堪能できる、名匠スコセッシ監督によって見事に映像化された上質の“超絶ミステリー”。


シャッター アイランド
2010年4月9日(金)全国拡大ロードショー
2010年/アメリカ  監督:マーティン・スコセッシ  原作:デニス・ルヘイン
出演:レオナルド・ディカプリオ、マーク・ラファロ、ベン・キングズレー

マグロのこと。

2010年03月22日 | ニュースから
予想外の大逆転、安堵の関係者「すしはマグロ」(読売新聞) - goo ニュース


マグロ禁輸措置が回避される見通しとなり、寿司屋からマグロが消えるかも!?という心配はほとんどなくなったのだとか。
EUの中でも、ヨーロッパ圏外へのマグロ輸出がひとつの産業として成立していた国々は、内心では反対していたというが、それはそうだ。
他にも、マグロ漁を産業としている国々にとっては、とても賛成できる話ではなかろう。

鯨論争もそうだが、対象となる生物が絶滅するまで獲り続けるような、典型的な狩猟民族的発想による“野蛮な漁”が問題ではないか。
市場経済至上主義による拝金主義と、「Winner Takes All」の発想こそが諸悪の根源であり、欧米諸国はその権化であると、単純な自分は思ってしまう。

あ、全くもって思想的な背景は無いことだけ、お断りしておこう。