面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

ではどんな党?

2011年01月31日 | ニュースから
こんな党作ったつもりではない…鳩山前首相(読売新聞) - goo ニュース


ヒトゴトのような発言ばかりしているように思うのは気のせいだろうか。
こんな党を作ったつもりはなくても、こんな党になっていくことを止められなかった責任は自分にも大いにあるとは思わないのだろうか。
当事者意識が欠如していると感じるのは、うがった見方だろうか。

そういえば「UFO党」という政党があったが、あっちに入った方がよかったのではないか?


mottainai

2011年01月30日 | ニュースから
無縁社会の象徴?都会で急増。家主が消えた「迷惑空き家」(ダイヤモンド・オンライン) - goo ニュース


通勤時間が2時間3時間は当たり前の東京というイメージがあるが、そんな中で世田谷や杉並でそんなに空家が増えているとは本当にモッタイナイ。
自分は東京勤務の可能性は無くなったが、たくさんいる東京勤務の同期・知り合いに、この物件を是非とも使わせてあげたいもの。
そんな世間狭い話だけでなく、遠距離通勤を余儀なくされている多くのサラリーマンにこれらの物件が行き渡れば、もっと日本の生産効率は上がるだろうに。
両者を橋渡しすることができれば、日本経済にとっても大きなメリットとなるだろうに、何とかならないものだろうか…


踏んだり蹴ったり

2011年01月29日 | ニュースから
新燃岳、噴火被害広がる…空から見た火山活動(読売新聞) - goo ニュース


大量の牛を処分したのがつい最近だったのに、今度は鳥インフルエンザで大量の鶏が処分されることになり、畜産業が壊滅的な打撃を受け続ける宮崎で、今度は火山が大爆発とは…
どこまで災厄に見舞われれば済むのか?
宮崎県民の皆さんには、もうお気の毒としか言いようが無い。

かつて日本では、天変地異によって人民が苦しむのは為政者に徳が無いからだ、という思想があったが…
宮崎県知事は誰だったっけ。


惜別

2011年01月28日 | よもやま
喜劇研の先輩U師の告別式参列のため、久しぶりに東上。
米原から関ヶ原にかけて雪に見舞われたものの、式には余裕で間に合った。
式場周辺は、途中の雪が嘘のように、風もほとんどなく穏やかに晴れ渡っていた。

クラブの先輩お二人に後輩と合流して式場へ入ると、祭壇の前に棺が安置されていた。
祭壇には、生前のお人柄とお仕事ぶりが偲ばれる総々たる献花。
さすがU師!

棺のそばにいらっしゃった奥さんも“落研仲間”で、顔見知りでもあるのでご挨拶に伺う。
聞けば、1年半ほど前にガンが見つかった時点で悪性であることが分かっていたという。
そして余命1年半ばかりと宣告されていたのだとか。

全く知らなかった。

年末年始にかけてクラブ関係者から、U師がガンだったことは聞いていたが、そんなに前の時点で既に覚悟をされていたとは!
ご家族にも一切、弱音を吐いたり嘆いたりすることなく、また痛みを訴えることもなく、最後まで気丈に振る舞われていたとか。
実にU師らしい。
U師と同期のY先輩が堪えきれずに涙するのを見て奥さんは、
「そんな、泣かないで笑ってください、楽しいことが大好きな人なんですから…」
と言いながら涙ぐんだ。

来るときの新幹線でたどった自分の記憶を、もう一度たどってみる。
もう10年以上U師とはお会いしていなかったが、最後に会ったのは名古屋在住の先輩I師の結婚披露宴のとき。
余興に二人で漫才をしたのが最後の思い出で、名古屋城を見ながらネタ合わせをしたことなどを奥さんに話すと、頬を涙で濡らしながらも笑顔になられた。

棺を拝ませていただくと、今にも「…て、死んでたらどうする!?うひゃひゃひゃひゃっ!」と言いながら起き上がってきそうな、実に穏やかな表情。
ただ眠っているだけのようで、しかしもう目を開けられることは無いということが信じられない…

告別式と繰り上げの初七日法要もつつがなく執り行われる中、弔電が読み上げられた。
まずひとつめ。
少し長めながらも型通りではない温かみのある電文だなぁと思っていると司会者が紹介した。

「同志社大学喜劇研究会第23代御一同様」

え!?

勤め先の社長名、労働組合委員長、果ては連合委員長名の弔電(勤め先の労働組合で委員長をされていた関係)を“差し置いて”真っ先に読まれたのは、なんと喜劇研の同期の皆さんからの電報だったのである。

「楽しいことが大好きな人なんですから。」

奥さんの言葉が脳裏をよぎり、ここまで涙ぐまずにいたのに、ふいに涙がこみ上げてきた。

落研出身の奥さんとはいえ、この選択はすごい!
U師が、いかにご家族を大切にされていたか、またU師がいかにご家族から慕われていたか、そして何より、どれだけ奥様がU師を理解し、愛していらっしゃったかが瞬時にうかがえて感動に震えた。

参列者全員で献花を棺に入れ、最後にご親族の皆さんが収め終わると、いよいよ「最後のお別れ」。
棺が霊柩車に乗せられ、皆が合掌しながら車を見送ったのだが、敷地を出た途端、すぐそばにあるJRの踏切にひっかかって停車。
「ゆっくり見送れるなぁ」などと思っていると遮断機が上がり、先頭の霊柩車と1台目の後続車が踏切を渡ったところで、再び警笛が鳴って遮断機が降りてきたため、後続のマイクロバスと「導師」のお坊さんの車が停車した。
先に踏切を渡った霊柩車は、またしても線路の向こう側で待機。
再び踏切が上がるのを皆で眺めていた。
「もうエエて早よ行きなはれ」とツッコむ余地を与えながら逝かれるとは、ツッコミ専門やったのに最期はボケに回りはったんですね♪
そう思って微笑んでしまったのだが、豪快な振る舞いながら寂しがりだったU師が、名残を惜しんでいただけかもしれない。

霊柩車に棺が運び込まれるまでの間、またお見送りした車列が全て踏切を渡って遠ざかるまでの間、暖かい日差しが降り注いでいた。
風もほとんどない中、黒い礼服が日の光を吸収してじんわりと暖かく、あまり寒さを感じないでいられたのは、人一倍“気ぃ遣い”な、U師の計らいだろう。
雲ひとつ無い抜けるような青い空は、先輩が「おう、まあ笑うて見送ってくれや」と言うてはるようで。

度々説教をくらったのに、今にして思えば全く懲りてなかったなぁと…
卒業式で、式典が終わって先輩が会場から出て来られるタイミングを逃してしまい、喜劇研の伝統である部員で胴上げするはずができずに終わって先輩に寂しい思いをさせてしまったのは、最後にして最大の失敗だった。
迷惑を面倒をかけるばかりでお返しもできなかったという、本当にロクでも無い後輩だったことを謝ったが、最後の最後をお見送りできたのは、本当に良かった。


もう誰にもどこにも気を遣われる必要はありませんから、ゆっくりお休みください。
て言うてもムリなんかな!?
すみません、こちらは気遣えない後輩で。
どうか安らかに…

合掌

怒涛の一日

2011年01月27日 | よもやま
明日の告別式出席に向けて仕事の整理をつけようと出社したところ、机の上にトラブル発生のメモが。
それが怒涛の一日の始まりだった…

それでもなんとかケリをつけて明日は有給休暇をとった。
(砂浜に手をつっこんですくい上げた手から砂がこぼれ落ちるように作業の後回しはあるものの)
今日の通夜に参列してきた先輩からのメールに、お別れの際の先輩の顔は、とても穏やかだったとか。
明日、最後の別れを言いに関東へ。

突然の…

2011年01月26日 | よもやま
夜遅く、大学の先輩の訃報連絡が回ってきた。
2つ上で、とても世話になった先輩。
年末に他の先輩から、だいぶん前にガンで入院して手術したとか、その後再発したとか話を聞いていたのだが、良くなかったようだ。
あまりのことにビックリ…

笑いに対する感覚の相違について。

2011年01月25日 | ニュースから
BBC番組「怒り心頭」=前原外相(時事通信) - goo ニュース


前原外相まで怒りのコメントを出すほどに日本ではヒート・アップ気味だが、イギリス側は少々戸惑っているという。
有色人種に対する白人特有の差別感情の発露とも感じたが、別の記事で実際のBBCの放送はどのようなものだったのかのあらましが紹介されていた。
天下のBBCのこと、もちろん悪意は無いものであることは想定していたが、興味深かったのは「笑い」についての日英間の文化的な相違点について。

「イギリスのコメディというのは、世の中の現実をありのままに赤裸々に語ろうとする表現方法」で、「世の中の様々な『負』を、バカバカしく奇妙でネガティブなものを、アイロニーを通じて浮き彫りにしようとする手段」とのこと。
弱者・被害者をわざと傷つける表現方法は、もちろんタブーではあるものの、題材そのものがアンタッチャブルだというタブーは無いのだとか。

とはいえ、たとえばヨークシャーとランカスターに原爆が落とされ、その両都市で被爆した人物がいたとき、同じように笑いのネタとして扱えただろうか?
「切り裂きジャック」の被害者の遺族(今となっては、その子孫になるか)を笑いのネタにできるのだろうか?
そんなことも考えるが、どうだろう。

もし、そのような題材であってもバラエティ番組で笑いのネタになるというのであれば、これはもう両国における国民性の違い、「笑い」に対する感覚の違いであり、お互いに理解すべきというのは愚の骨頂だ。
「笑い」は感性によるものであって、理性で判断されるものではない。
感覚的な問題であり、理屈でどうこうできることではないので、お互いに「そういう感覚なのだ」ということを前提にして、相手を不快にさせたのなら素直に謝ることしか方法はない。

なので、制作側が謝罪をした時点で、この問題は完了ということでよいのではないだろうか。
外務大臣がどうこう言っても仕方なし。
もうエエのとちゃいますか。


見苦しい男のニュース。

2011年01月24日 | ニュースから
「話がコロコロ変わるので面倒見きれない」(日刊スポーツ) - goo ニュース


ヘタすりゃ自分の娘と言ってもいい年齢の女性で、しかも女優を妻に、それもそんじょそこらの女優ではない「沢尻エリカ」を妻にしたという自覚が、そもそもこの旦那には無かったのではなかろうか。
ハイパーなメディアをクリエートできても、妻とした相手のことを理解することはできなかった、いや理解しようとしなかったのだろう。
というより、自分の力(財産か権力か?はたまた腕力か??腕力なら最低だが)でコントロールしてやると思っていたのかもしれない。
それなりに大儲けして財を成し、何でもできると勘違いしたバカ男が、ダラダラと対応を誤っているようにしか見えないのは、単なるヒガミ根性というヤツだろうか。
大スポ(東京スポーツ)にも取材記事が掲載されていたが、大人ぶったコメントを出しているように見えるだけで、成金が御しきれない愛人を未練がましく非難しているようにしか思えないのは、自分だけではあるまい。

「ハイパーメディアクリエーター」という肩書きのように、もっとスマートに立ち振る舞えないものか。
見苦しい。


訃報

2011年01月23日 | ニュースから
しゃべくり漫才・ご意見番…喜味こいしさん死去(読売新聞) - goo ニュース


とうとう、いとこいの二人ともが、亡くなってしまった。
NHKの「上方演芸ホール」などにもゲスト出演する元気な姿を最近まで見ていた気がするので突然の訃報に驚いたが、よく考えてみればもうエエ歳ではあったわけで。
一人になってからのこいしは、真っ白いヒゲを蓄えてアルムおんじのような風貌で、仙人のような風格も漂っていて、関西お笑い界の“重鎮”という存在感を醸していた。

桂米朝がコメントを寄せていたが、米朝を含めいよいよ戦後の復興期から関西の演芸界を支えてきた芸人も、残り少なくなってきた。
寂しくはあるが、いたしかたなし…

こいし師の冥福を祈るばかり。

合掌

白人からみた“有色人種”

2011年01月22日 | よもやま
BBCが二重被爆者を笑いの種に 日本大使館抗議(共同通信) - goo ニュース


大英帝国から見れば、はるか遠く東の彼方にある小さな黄色人種のことなど、何ら気にもかけていないということの証拠ではないか?
「二度も原爆に遭ったバカな黄色の野蛮人がいる」と、パブでの笑い話程度にしか感じていないのだろう。
白人から見た有色人種など、いつまで経っても、人間と見なすことは無いのだと確信した。
まあ差別意識とは、そうしたものではないだろうか。