面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「死にゆく妻との旅路」

2011年05月31日 | 映画
石川県の七尾で経営していた縫製工場が傾き、多額の借金を抱えて身動きがとれなくなった清水(三浦友和)は、大腸ガンの手術は終えたものの再発する可能性が高い妻のひとみ(石田ゆり子)と共に、なけなしの50万円をもってワゴン車で旅に出た。
観光地なら夫婦で住み込みの仕事が見つけられるという清水の当ては外れ、都市部でパチンコ屋の求人を当たるも、ハローワークを訪れても50歳を過ぎた男に対する求人は見当たらない。
焦りと苛立ちから怒りを露わにするする夫を温かく見守り、元気づけるひとみ。
キャンプ用のコンロで炊事をし、ワゴン車の後部座席で身を寄せ合って眠る生活を送りながら、ひとみはただ二人でいられるだけで幸せそうにしている。

結婚してからも働きづめだった清水と、二人でゆっくりと過ごす時間など無かったひとみにとって、ワゴン車で最初に訪れた東尋坊が、二人で初めての旅行だった。
姫路城、鳥取砂丘、明石海峡大橋、三保の松原、そして山梨の温泉地を経て石川へと戻ってくる。
山あいの道から眺めた富士山、清水がひとみのために作ってくれた味噌汁、水平線に沈んでゆく夕陽。
たくさんの“初めて”を積み重ねながら放浪を続ける二人だったが、再発したガンは確実にひとみの体を蝕んでいた。

夏が過ぎる頃、ひとみはすっかり衰弱し、痛みが激しくなる。
見かねた清水は病院に担ぎ込むが、片時も離れたくないと入院を頑なに拒否してしがみつくひとみに、最期のときまで一緒にいることを決意。
港の片隅にワゴン車を停め、二人だけの世界で清水は献身的に介護する。
しかし、時には悲鳴をあげるほどの痛みに襲われて錯乱し、常にうめくひとみを受け止め、清水も消耗していく。
食べ物はおろか、飲み物さえも受けつけなくなってきて、いよいよ最期のときが近づいてきたある日。
小康状態になって穏やかな笑顔を見せたひとみは、二人で初めてデートした東尋坊で夕陽が見たいと言った。
清水はワゴン車を走らせ、東尋坊へと向かう…


タイトルを見ただけで、自分を清水の身に置き換えて考えては涙が込み上げていた作品。
時期遅れでようやく観ることができたが、予想通りハンカチが涙と鼻水でグッショリ。
特に妻のひとみが激しく衰弱し、港に停めた狭いワゴン車の中で清水が懸命に介護を続ける姿は、涙なくしては見られない。
久しぶりにボロボロになりながらエンドロールを迎え、映画館を出て人とすれ違うのが恥ずかしかった。

末期ガンの妻をワゴン車に乗せ、9ヶ月間に渡って日本各地を彷徨い、妻を看取った男が、「保護責任者遺棄致死罪」で逮捕されたという実際に起きた事件を、男の手記に基づいて映画化された作品。
2000年秋に雑誌「新潮45」に掲載された、夫・清水久典氏の手記は大きな反響を呼び、文庫本は15万部を売り上げたという。


縫製工場を営む清水は結婚以来働きづめで、そんな彼をひとみは懸命に支えてきた。
高度経済成長期からバブル期にかけて、日本の中小零細企業では当たり前のように見られた光景が、二人にも当てはまっていたに違いない。
バブル崩壊後の不況と、安価な輸入品に押されて経営は悪化し、巨額の負債を抱えると同時に妻のひとみがガンに倒れる。
大きな負の連鎖に襲われたときに初めて、夫婦二人だけの時間が生まれるのは何とも皮肉。

娘ももうけ、平凡で平和な家庭を築いてきた清水だったが、経済的に破綻したうえに妻までもがガンに侵されるという厳しい現実に打ちひしがれるも、どこか逃避的で現実感が乏しい清水。
そんな清水を、深い愛情で大きく包み込み、優しく見守るひとみ。
ほとんど夫婦水入らずの時間を持つことができなかったひとみが自分の死期を悟ったとき、現実逃避的な清水の内面にぴったりと寄り添うことで、人生の最期を二人の愛で満たし、過去の隙間を埋めたかったのではないだろうか。

朦朧とする意識の中で、清水がロープに手をかけた夜。
夫を解放しようと、ひとみがカミソリで手首を傷つけた朝。
二人で涙を流しながら寄り添うシーンに、何度も何度も涙があふれた。
ワゴン車の中という狭い狭い狭い、しかし二人だけの世界で濃密な時間を過ごせた最期は、ひとみには幸せなひとときだったことだろう。


グイっ!とイッキに、全てを現実に引き戻すラストシーンが鮮烈。
しょぼくれた感じが秀逸の三浦友和と、渾身の演技が更に涙を誘う石田ゆり子の好演が心に響く、究極の夫婦愛を描いたヒューマンドラマの佳作。


死にゆく妻との旅路
2010年/日本  監督:塙幸成
出演:三浦友和、石田ゆり子、西原亜希、掛田誠、近童弐吉

久保のナゾと真弓のお手並み拝見

2011年05月30日 | 野球
阪神、久保Cは何しにマウンド行ったんや!(サンケイスポーツ) - goo ニュース


そもそも、ナゼ久保コーチがチームに残留し続けることができるのか、そのことが最大の疑問だ。

監督は替わっても常に残留を続ける久保は、もう何年居続けていることだろう。
球団フロントのウケが良いという話を聞いた覚えがあるが、それももう何年か前のこと。
ノムさんを招聘し、星野監督に引き継がせて球団改革が図られたタイガースであるが、実はこんなところに“古き悪しき伝統”が残っているということなのだろうか。
能力は無いがフロントのウケが良くてコーチとして残留できるという環境は、チームにとって百害あって一利無し。
そして金八先生ではないが、「腐ったみかん」は、やはり周囲に悪影響を及ぼしていくもの。
せっかく、ドロドロとした裏があり、シーズンオフになる度に監督人事でモメていたタイガースの悪しき伝統が払拭されたと思っていたのに、深く静かに潜行していたのなら、たまらない。

そして、全国的に雨に覆われた日曜日。
梅雨前線以上に湿った打線は相変わらずで、実にしんどい試合だったが、それでも何とかエースが抑え、そしてチームの柱が逆転ホームランを放ち、最後はリリーフの切り札が締めくくる。
薄氷を踏みながらも、チームの柱がそれぞれの役割をしっかり果たしての勝利は大きい。
一応、チームもセ・リーグ最下位を脱出した。
次の試合こそが重要だ。
絶対に、何が何でも勝たなければいけない。

久保は何もしなくても、ピッチャーは抑えられる。
問題は、打撃陣をどう動かして試合の主導権を握り、チームを上昇機運に持っていけるか。

真弓監督のお手並み拝見。


はじめの第一歩

2011年05月27日 | よもやま
君が代起立条例案を提出 大阪維新の会、成立は確実(朝日新聞) - goo ニュース


こんなことを条例で制定することに抵抗を感じるのは自分だけだろうか。
「大阪維新の会」とは、こんなことをするために結成された団体だったのか?
ファッショのニオイを感じずにはいられないなどと書くと、
「すぐにファシズムと結びつける短絡思考がナンセンス!」
などと非難されるのだろうか。

ファシズムは、混沌とする世の中に羊の面をかぶって登場するもの。
「大阪維新の会」のやり方に羊のニオイがしてならない。
橋下知事には、非難ではなく、また優しくなくていいので、理路整然と「それは杞憂です」と説明してもらいたいもの。
これが恐怖政治の第一歩ではないことを、誰もが納得できるように。


「はんなり Geisha Modern」

2011年05月20日 | 映画
「ラスト サムライ」などのハリウッド作品で芸者役を演じた女優の曽原三友紀がメガホンをとり、京都の芸妓や職人の“ありのままの姿”をカメラに収めたドキュメンタリー。
監督は宮崎県都城市出身で、現在はロサンゼルス在住で米国人の夫と一男一女がいる。
テレビ局のアナウンサーなどを経て結婚を機に1999年に渡米、縁あってハリウッド映画出演の機会を得た。
しかし、与えられる役は“アメリカ人が思う日本人”のイメージでとらえられた日本人役ばかり。
特に“ゲイシャ”の役はひどかったという。
「バスローブ姿で男性の肩をもむシーンもあった。屈辱を通り越し、悲しかった。私が間違った日本人像を浸透させ、芸妓さんや舞妓さんをはじめ日本女性を傷つけているのではないか」
と、自己嫌悪に陥ったとも。
そんな折、米紙が「祇園の『都をどり』は南京大虐殺を祝うためのイベント」という大誤報を出す。
「今、何かしなければ!」と一念発起した彼女は、映画製作へと動きだしたのだった。

生まれたばかりの長男を連れ、撮影協力を求めて花街を歩いたというその熱意が街の人々を動かし、街にカメラが入ることを許される。
着物、帯、かんざしなど、京都の職人の匠の技によって作られた最高級の工芸品に身を包み、およそ300年以上に渡って日本伝統の「美」と「文化」を守り、伝承していく彼女たちは正に「生きる芸術」。
京都で何気なく見かける芸妓・舞妓さんが、実は日本の伝統工芸の粋を集めた装いを身に付けていることに改めて気づかされるとともに驚いた。

作品には、100年前にJPモルガンの甥と結婚したモルガンおゆきから、Jazz歌手として活躍する祇園の芸妓、メキシコ生まれで中国育ちの帰国子女の舞妓といった様々な芸妓・舞妓がだけでなく、お茶屋の女将や職人、芸妓・舞妓の着付けを行う「男衆(おとこし)」から常連客まで、花街に関わるいろんな人々が登場する。
芸妓・舞妓たちが、この世界に飛び込んだ理由や今の思い、花街の最新事情を語り、襟替え、踊りや三味線の稽古などの舞台裏が映し出される。
普段我々が目にし、耳にすることのない世界に触れることができ、興味津々でスクリーンに目が釘付けになった。


日本人でさえ知らないことだらけの花街の世界を我々に体験させてくれる、京都の全花街が協力して作り上げられた貴重なドキュメンタリー。


「はんなり Geisha Modern」
2007年/アメリカ  監督:曽原三友紀

「愛しきソナ」

2011年05月19日 | 映画
大阪で生まれ育った在日コリアン2世の映像作家、ヤン・ヨンヒ監督による、『ディア・ピョンヤン』に続く自身の家族を追ったドキュメンタリー。
70年代の「帰国事業」で北朝鮮に移り住んだ3人の兄と姪のソナに焦点を当て、近くて遠い二つの国をつなぐ強い絆と深い愛を巡る物語を紡ぎだす。


選択の機会が与えられない社会で育つソナと自由を謳歌しながら育った自分とを対比させつつ、二人の間に流れる無自覚の「似た者同士」の感覚を、思いっ切りの“おばバカ”目線で温かく描かれている。
日本に住みながらも、地元朝鮮総連の幹部だった両親のもと北朝鮮の人間として生きてきたヤン・ヨンヒ監督。
北朝鮮に住みながらも、監督の母親がどんどん送ってくる日本からの物資によって支えられ、時折訪れる叔母の話を聞いて、一般的な北朝鮮国民とは比べものにならないほど“情報通”のソナ。
二人は、日本と北朝鮮というダブル・スタンダードなアイデンティティを抱えていて、何となくどっちつかずな感覚をうっすらと持った似た者同士。
叔母としての目線もさることながら、ソナの中にかつての自分を見るようで、更に愛しくてたまらないのではないだろうか。

カメラを通じて監督は、父によって当時“地上の楽園”とされた北朝鮮に送り出された兄たちが辿った運命と、彼らの胸の内に思いを馳せる。
また、3人の息子達を北朝鮮へと送り出しながら、その後の思いもよらない状況に悔恨の念をにじませる父の心情をあぶり出し、病に倒れた後の姿を追うカメラに、監督の父親に対する複雑な思いが垣間見える。


家族の姿を収めた“ホームビデオ”であると同時に、そこに映し出される北朝鮮の様々な風景が新鮮。
そこには、声高に朗々とアジるように話すテレビアナウンサーや、一糸乱れぬマスゲームの迫力、あるいは路上で極貧の暮らしを送るコッチェビの姿などは登場しない。
そこに描かれるのは、ごく普通の暮らしを送る庶民の姿や、高度経済成長前夜の日本を思わせるような光景である。
我々の日常とあまり変わらない様子がかえって彼我の相違に思いを巡らされ、「国」や「思想」というものにある種の虚しさのようなものを覚える。
ジョン・レノンの「イマジン」が頭の中に流れてくるような気がしてくるのである。
(ちょっと大げさか)


北朝鮮の現状を等身大に映し出す貴重な映像が織り込まれた、ホームドラマ・ドキュメンタリー。


愛しきソナ
2009年/韓国=日本  監督:ヤン・ヨンヒ

アタックチャ~ンス。

2011年05月18日 | ニュースから
「アタック25」児玉清さん、胃がんで死去(読売新聞) - goo ニュース


突然の訃報に驚くことが多すぎる気がする昨今、またビックリする訃報が飛び込んできた。
胃ガンだったとは知らなかった。
病院で発見されたときには、既にかなり進行していたのだろうか。

大学時代、クラブで代々引き継いでいたバイトに「アタック25」と「新婚さん、いらっしゃい」の番組手伝いがあった。
自分は「新婚さん…」に入っていたので、「アタック25」のバイト現場は知らないが、そっちのメンバーからは、毎年恒例でバイトも含めたスタッフ全員での忘年会が開かれ、児玉清さんも参加されるとの話を聞いてうらやましかった覚えがある。
“厚志”もポンとはずんでおられたようで、自身の番組スタッフの隅々にまで気を配られるところは素晴らしい。
宴会の話を通して、気さくで温かい人柄がうかがえ、ぜひ一度会ってみたいものと思っていたが、とうとう見果てぬ夢ということに。

冥福を祈るばかり。
合掌


「冷たい熱帯魚」

2011年05月17日 | 映画
どしゃぶりの雨の中、小さな熱帯魚店を経営する社本信行(吹越満)は、妻の妙子(神楽坂恵)を乗せて車を走らせていた。
娘の美津子(梶原ひかり)がスーパーマーケットで万引きをしたと、店長から呼び出されたからだ。
激怒する店長を前に小さくなっている社本に、ひとりの男が助け舟を出してくれた。
その男は、巨大熱帯魚店「アマゾンゴールド」を経営する村田幸雄(でんでん)。

店長とも懇意の様子の村田は、その場を穏便に丸く収めると社本一家を強引に誘い、自分の店へと案内した。
「ワケ有り」の女の子達を親元から離し、店員として雇いながら社会勉強を通じて更正させているという村田は、美津子に店で働くことを勧める。
継母である妙子を嫌い、そんな妙子を妻にした社本にも反発している美津子は、住み込みで働くことを快諾。
これをキッカケとして、妙子と美津子の間で板挟みになって為す術が無い社本の弱さを見透かすように、村田は徐々に、しかし強引に、社本一家の中へと食い込んでいき、社本はズルズルと地獄へと引き込まれていく…


237分に渡って、スクリーンいっぱいに、縦横無尽にガンガンに、“むきだしの愛”を見せつけてくれた「愛のむきだし」を撮った園子温監督の待望の新作として、公開前から楽しみで仕方なかった。
と、このように「楽しみで仕方ない」と期待する作品ほど、観終わったときに「あ、こんなもんか」という物足りなさを感じるのがいつものパターン。
いや、園子温に限ってそんなことはあるまい!…いやしかし…と、勝手に葛藤しながら劇場に足を運んだが、やはり!
園子温に限って期待を裏切られることはなかった。


今回、スクリーンいっぱいに繰り広げられるのは「悪意」。
ホンモノの「悪意」は、ニコニコと穏やかな笑顔に包まれて近づいてくるという、日常においても経験する可能性のあるあの恐さはたまらないが、しかし本当に恐るべき「悪意」は、「悪意」という姿に現われない「悪意」ではないだろうか。
本人には一切悪気は無いが、周りにとっては甚だ迷惑だということは往々にしてあるもの。
そして本人に悪気が無いということが、「無意識の悪意」を性質の悪いものにする。
本人に改める気など毛頭無いため、その「悪意」が止まることはなく、また周囲もその「悪意」を防ぎようが無いため、甚大な被害を被ってしまうもの。

いわゆる世間的には善良な小心者である社本。
常日頃、娘と後妻の軋轢に為すすべなくオロオロしている彼は、全く無力の存在となってしまっている。
悪事を働くことなどとてもできない社本であるが、しかし現実から目をそらし、ギクシャクしている娘と妻に対して何ら手立てを講じることのない彼は、「何もしない」という「無意識の悪意」を抱えているのだ。

そんな小市民の社本が、村田の「悪意」の中へと取り込まれる。
村田からすれば、何もできない社本は、自分達の「悪意」をベースとした日々の暮らしを支える格好の道具に見えるだろう。
しかし村田とその仲間たちの「むきだしの悪意」の中で右往左往するうちに、社本の中の「無意識の悪意」がシンクロするように蠢動し始める。
そして、振動を与え続けられてきた社本の「無意識の悪意」はメルトダウンを起こしたとき、善人たる自分という自我は崩壊し、彼を思いもよらない行動へと突き動かしていった。
だが社本は最後まで娘を守ることはなく、「卑怯の世界」へと逃げ込んでいく。
結局社本も「悪意」の塊ではないのか!?


またしても園子温ワールドにどっぷりと浸って、心の奥底から激しく揺さぶられた。
今回も傑作。
しかし、かなりの毒気につき、健康体でご覧になることをお勧めする。


冷たい熱帯魚
2010年/日本  監督:園子温
出演:吹越満、でんでん、黒沢あすか、神楽坂恵、梶原ひかり

ステキなタイミング

2011年05月16日 | ニュースから
孫正義氏の寄付金100億円、配分先決まる(読売新聞) - goo ニュース


今日発売の週刊誌に、孫氏の寄付金がまだ支払われないのはどうなっているのか?という記事が載ったが、そのタイミングを見計らうように発表されたこのニュース。
記事掲載の週刊誌的に言えば、これもまたポーズに過ぎないということなのか?
浅はかな素人考えで見れば、今回の発表は「ソバ屋の出前」のような気がしてならない。
出前を頼んだのに中々来ないとき、ソバ屋に電話すると「あ!今、出るところですー!」と言うが、その後すぐに来たためしが無い。
孫氏においては、そのようなことのないよう、できるだけ早く寄贈していただきたいところ。
被災地は、今、苦しいのだから。


「八日目の蝉」

2011年05月15日 | 映画
1995年10月東京地裁。
秋山丈博(田中哲司)、恵津子(森口瑤子)夫婦の間に生まれた生後6カ月の恵理菜を誘拐し、4年間逃亡していた野々宮希和子(永作博美)への論告求刑が告げられた。
その後希和子は、法廷で静かに述べた。
「四年間、子育ての喜びを味わわせてもらったことを感謝します。」

妻のある丈博を愛した希和子は彼の子供を身ごもるが、産むことは叶えられなかった。
恵津子が出産したことをきっかけに丈博との別れを決心した希和子は、最後に二人の子供を見たいと丈博の家を遠巻きに窺う。
夫婦が赤ん坊を置いたまま家を空けるのを見た希和子は、留守宅に忍び込み、赤ん坊の顔を覗き込んだ。
自分の顔を見て微笑む赤ん坊を思わず抱かかえた希和子は、夢中で雨の中を飛び出す…

秋山恵理菜(井上真央)は21歳の大学生となった。
4歳で初めて実の両親に会った恵理菜だったが、それが自分の実の親であると言われても、どこか実感が持てないままだった。
世間からいわれの無い中傷を受け、マスコミの勝手な報道に翻弄され、家族は疲弊し、壊れていった。
恵理菜は、自分を誘拐した希和子が「ごく普通の家族」を持つ機会を奪ったと憎むことで、実の親との関係性を維持するように過ごしているが、両親に心を開くことができないまま、家を出て一人暮らしを始める。
ある日、バイト先にルポライターの安藤千草(小池栄子)が訪ねてきた。
千草は、あの誘拐事件を本にしたいので話を聞かせてほしいと恵理菜を度々訪れ、妙になれなれしく生活に立ち入ってくる。
恵理菜は放っておいて欲しいと思いながらも、なぜか千草を拒絶することが出来なかった。
不倫の関係にあった岸田孝史(劇団ひとり)の子供を妊娠した恵理菜は、孝史に別れを告げると、千草と共にこれまでの自分が生きてきたことを少しずつ確認していくように、希和子との逃亡生活を辿る旅に出る…


本来、自分が守るべき女性達全てをどん底の不幸へと引きずり込んでいく丈博に、同性ながら嫌悪と憎悪を抱いた。
「ダメダメ男」が女性を振り回す構図は、近年の映画でよく見られるものだが、これほどに腹立たしい男というのは中々いない。
いや、本作の丈博が“最高峰”ではないだろうか。
誘拐犯である希和子は、法律上も事件の性質上からも、そして物理的にも“加害者”ではあるのだが、真の加害者は丈博にほかならない。
こんな下劣なバカ男に振り回されてしまった3人の女性に深く陳謝しながら、スクリーンを観続けるハメに陥ったのだった。


子供の頃に虐待を受けていると、自分が親になったときに自分の子供に虐待を加えるという連鎖があるというが、妻子ある男の子供を身篭ってしまう恵理菜の姿は“育ての親”たる希和子と同じで、まるで連鎖するかのよう。
なんでそんなことになるかなと悲しくなってくる。
しかし自分は子供を産むと決心し、希和子との生活をなぞる旅に出た恵理菜は、ニセの親子だった二人の“終焉の地”に辿り着いたとき、自分の心の奥底にあったものが噴き出し、心を覆っていた殻が砕け散る。
長年封印してきた“育ての親”である希和子に対する思いが弾け、お腹に宿った子供を含めた“本当の自分”を取り戻す。

七日間しか生きられないという蝉。
仲間が死に絶えた中を一匹だけ生き残って寂しい「八日目の蝉」ではなく、本来なら見ることがなかったはずの新しい世界を見る事が出来た幸せな「八日目の蝉」となる恵理菜に、明るい未来がほの見えて少しホッとする…


様々な事柄が恵理菜の中でひとつに紡がれていく展開が見事な、ヒューマンドラマの佳作。


八日目の蝉
2011年/日本  監督:成島出
出演:井上真央、永作博美、小池栄子、森口瑤子、田中哲司

持ってないのは

2011年05月14日 | 野球
「持っていない?」阪神・藤井に勝利の味を(産経新聞) - goo ニュース


タイガースで一番「持っていない」のは指揮官だろう。
藤井に気の毒だ。
カンが悪く、試合の流れを作れず、思考停止状態かと見紛うばかりに不動の采配をふるっていれば、「持てる」モノも持てないだろう。
男前としてモテるのだろうが、監督としてしっかり勝ち運をつかんでもらわねば話にならない。

相変わらずの連勝ベタ全開で中日戦初戦を落としてくれたが、こういう勝てば“上昇気流”に乗れる試合はことごとく乗り損なう。
毎度のことで呆れを通り越して飽きた…