面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「フライト」

2013年03月18日 | 映画
ベテランパイロットのウィップ・ウィトカー(デンゼル・ワシントン)はその日、オークランド発アトランタ行きの旅客機に機長として搭乗した。
天候は悪く、激しい風雨の中を飛び立つことになったが、ウィップは経験とテクニックを駆使して激しい乱気流を鮮やかに切り抜け、機体は穏やかに晴れ渡った雲の上躍り出ることに成功した。
航行が安定するとウィップは、副操縦士に任せて眠ってしまう。

…突然、機体が激しく揺れ、ウィップは目が覚めた。
あろうことか機体が制御不能となり、急降下を始めたのだった!
車輪を出し、燃料を捨て、あらゆる手を尽くして速度を落とそうするも急激な降下は止まらない。
このままでは、住宅街に墜落して大惨事に!
緊迫するコックピットの中、ウィップは咄嗟の判断で背面飛行を断行、高度を水平に保つという神業を見せた。
そして前方に草原が現れたところで機体を元の態勢に戻すと、そのまま胴体着陸を敢行、激しく機体を損傷しながらも不時着に成功したのだった。

九死に一生を得てアトランタの病院で目覚めたウィップは、パイロット組合の幹部であるチャーリー(ブルース・グリーンウッド)から、クルーを含めた乗員102人のうち96人が助かったと告げられた。
しかし亡くなった6人の中には、前夜もベッドを共にした、客室乗務員のトリーナ(ナディーン・ヴェラスケス)がいることを聞かされ、激しく動揺する。
一方、高度3万フィートからの奇跡の着陸としてマスコミはウィップを激賞し、彼は一夜にしてヒーローに祭り上げられていた。
見舞いに来た友人のハーリン(ジョン・グッドマン)は、いかにウィップがヒーローとして称賛されているか、興奮しながらまくしたてる。

退院したウィップは、世間から隠れるようにして亡き父の家へと向かった。
翌日、チャーリーに呼び出されたウィップは、弁護士のラング(ドン・チードル)を紹介される。
今回の事故は機体の故障に原因があり、それはフライト・レコーダーからも実証されるはずなのに、なぜ自分に弁護士が必要なのか?
いぶかしがるウィップだったが、実は事故の調査委員会による調査の結果、重大な疑惑が生じていたのである。
事故後に行われた乗務員全員の血液検査の結果、ウィップの血液中からアルコールが検出されたのだ。
このことが事故の原因と特定されてしまえば、ウィップは過失致死として終身刑に処せられることは必至。
チャーリーとラングは、事故原因を究明する公聴会に備え、ウィップには一切の過失は無いという状況に持ち込むべく画策する。

ウィップは、類まれなる操縦技術を持っていた。
それは、事故を再現したシミュレーションに挑んだ10人のパイロット全員が、機体を地面に激突させ、乗員は全員死亡するという結果に終わったことが彼の技術の高さを証明する。
フライト・レコーダーに残されたコクピットの模様から、旅客機が墜落した原因は機体の故障にあることが想定され、その原因は不時着して残された機体の調査により裏付けられる。
事故の原因はあくまでも機体にあり、パイロットには何の過失もない。
それどころか今回の事故は、ウィップによる操縦だったからこそ、乗員全員死亡という大惨事を免れることができたのである。
奇跡を起こした彼は、正に神の腕を持つ非常に優秀なパイロットだ。

チャーリーは、辣腕弁護士ラングとタッグを組み、ウィップが“ヒーロー”であるという客観的証拠を積み上げていく。
しかしウィップは、確かにアルコール依存を抱えていた。
しかもコカインを常習している。
そのことを事故調査委員会に追求されては元も子もない。
チャーリーとラングはウィップを懇々と諭して生活を改めさせ、ウィップも調査委員会での無実を勝ち取るために動く。
こうして万全の態勢で迎えることができるはずの公聴会だったが…


ウィップを通して、酒や麻薬の常習は現実からの逃避であり己自身からの逃避であると、改めて考えさせられた。
またこれらに対する依存症とは、自分で自分をコントロールできなくなってしまう、精神面での病でもあることも痛感した。
公聴会に向けて絶ったはずの酒を見つけたときのウィップの行動には戦慄する。
これが依存症の恐怖であることを思い知るシーンである。

そしてこの依存症を克服できるか否かは、己の意思の力にかかっている。
依存症のウィップが本当に立ち直るキッカケとなったのは、人間としての正義感というよりは、男としてのプライドではないだろうか。
誰にも負けない操縦技術を持っているという自負は、己の強さを唯一認めることができ、己の存在感を示すと同時に存在意義を認識できる、よすがとなるものである。
それがあれば人は、そのプライドを保つために意思を強く持つことができ、依存症に立ち向かう勇気を奮い起せるのかもしれない。
従って己の自信となるものを感じられず、常に劣等感に苛まれ続けている人間は、ひとたび依存症に陥ると抜け出せないのではないだろうか。
依存症患者を立ち直らせるには、まず己に対する自信を持たせることが何よりも必要なのかもしれない。
自分は医師でも医療技師でもないが、ウィップを通じてそんなことを考えた。


「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のロバート・ゼメキス監督による12年ぶりの実写映画は、「生きてこそ」や「ユナイテッド93」を観たとき同様、飛行機に乗るのが怖くなる圧巻の映像が強烈に脳裏に焼きつく。
入念な取材によってあらゆる飛行機事故のケースやパイロット達の話から練り上げられた興味深い脚本に基づいた、深い思索に導いてくれる骨太のヒューマンドラマ。


フライト
2012年/アメリカ  監督:ロバート・ゼメキス
出演:デンゼル・ワシントン、ドン・チードル、ケリー・ライリー、ジョン・グッドマン、ブルース・グリーンウッド、メリッサ・レオ、ブライアン・ジェラティ、タマラ・チュニー、ナディーン・ヴェラスケス、ジェームズ・バッジ・デール、ガーセル・ボヴェイ


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