面白き 事も無き世を 面白く
住みなすものは 心なりけり

「らくだ」

2006年05月14日 | 落語
さあ、今回は長丁場の記事になります。
携帯でご覧いただく場合には、かなり面倒な作業となりますので、お気をつけくださいますよう…。

映画「寝ずの番」に出てくる“死人のカンカン踊り”。
落語「らくだ」の1シーンであるが、映画好きな人でも落語好きな人は少ない(圧倒的に愛好者の数が違うと思われるので…)ので、それが「らくだ」の中でどのように出てくるものなのか、知らない人も多いのではないだろうか。

そもそも「らくだ」と聞いて、鳥取砂丘にいるデカイ動物を想像される方もいるのでは?
落語で動物が主人公の噺は「鴻池の犬」くらいのもので、この「らくだ」というのはコブのある例の動物ではなく、人の名前(正確にはあだ名)である。
主人公は「らくだの卯之助」と呼ばれる嫌われ者の男、噺が始まったら、なんと彼は死んでいる。
タイトルにもなっている主人公が、いきなり死んでいるシーンから始まるような物語なんぞ、映画でもそうそう無い。

「らくだの卯之助」と呼ばれる男の友人「やたけたの熊五郎」(「のうてんの熊五郎」とする形もある)が、らくだが住む長屋を訪れる。
「おい、らくだ、いてるか!」声をかけながら家に入っていくが返事が無い。
家の中を見れば、仰向けになって死んでいて、ふぐのアラが残されている。
「ははぁ、ふぐに当たって死によったな。昨日の夕方会うたときに一緒にやらへんか言われたけど、ようやらなんだこっちゃ。」
女房はもちろん、親兄弟の身内、身寄りが誰もいないらくだ。
「普段、兄弟分や言うてる手前、ほって帰るわけにもいかん。」
しかし葬式を出してやるにも金がない。
そこへ表を通りかかった紙屑屋を呼び込み、屋財家財を買うように言うが、生前らくだからムリヤリ物を買わされていた紙屑屋は、何も無い家であることをよく知っている。
それなら畳を買えという熊五郎には、「アホなこと、『たた』言うたら『み』がおまへん。」
「ほな、長屋の月番(今で言えば月変わりの自治会の役か)のとこへ行て、香典集めるよう言うてこい。出すの出さんの言うたら、ドス持って挨拶に行くて言え。」

商売道具を“人質”にとられて、紙屑屋は月番の家へ。
「そんなムチャなヤツが来てるんならしゃあない。らくだが死んだ言うたら、みな赤飯炊いたつもりになってナンボか出すやろから、集めて持っていくと言うといてくれ。」
熊のもとに戻った紙屑屋、今度は家主に通夜のために酒肴の用意をするよう命令される。
「そやけど、あの家主、この界隈でも相当なケチで通ってますさかい、そんなん出しまへんで。」
「家主と店子は親子も同然。お宅へらくだをお連れします。連れていくだけやったらナンやさかい、ついでに“死人のカンカン踊り”をご覧にいれますと、こない言うとけ!」

紙屑屋は交渉するも超強気の家主、全く話にならない。
「ほお、“死人のカンカン踊り”てな見たことないな。初モンに会うたら75日長生きができる言うやないか。見せてもらおか!」
熊のところへ戻った紙屑屋、
「やっぱり、あきませんでしたわ。」
「ほうか、よっしゃ、向こうむけ。」
「へ?…わーっ!何しはりますねん!!らくだはん背負わせるやなんて…うわぁ、目ぇむいてはるがな、とほほほほほ…。」
泣いてる紙屑屋を連れて家主のところへ乗り込む熊五郎。
「“死人のカンカン踊り”を見たいらしいな!初モン拝んで75日命縮めけつかれ!それ、紙屑屋、入って来い!」
「あ、カンカンノウ~、キューレンスー♪」
「うわぁ~!こ、こら紙屑屋!入って来たらアカン!何すんねん!おい婆さん、逃げたらアカン!逃げるときは一緒や!」
玄関先かららくだを背負った紙屑屋が家の中へ飛び込んできて、「カンカンノウ」を歌いながら、らくだの腕をとって踊りだすと家主の家は大パニック!

家主にむりやり酒肴の約束を取り付け、二人で家に戻ると、
「おい紙屑屋、らくだの棺桶にするさかい、漬物屋へ行って樽を一つもろてこい。空いたらじきに返すさかい言うてな。」
「へぇ、それでやるのやらんの言うたら“死人のカンカン踊り”て言うたらよろしな?」
漬物屋に向かいながら紙屑屋が、ツケのある店にも“死人のカンカン踊り”で脅せばチャラになるやないか♪などという独白が、小ネタになっていて面白い。

紙屑屋が首尾よく樽をもらって帰ってくると、香典も届き、家主から酒肴も届いている。
熊五郎は先に酒を飲み始め、紙屑屋にもねぎらいを込めて勧めるが、紙屑屋はこれから仕事に行かんならんのでと断るのをムリヤリに飲ませる。
最初は熊五郎に飲まされた紙屑屋だが、実は元々酒は好きだと白状する。
そして飲みながらよもやま話を話しだす。
酒癖が悪うて大きな道具屋をたたんでしまったこと、死んだ女房のこと、子供のこと、今の女房のこと…。
飲むほどにだんだんと態度も変わってきて、
「おい、空いてるやないか、お前。つがんかい、どアホ!気のきかんやっちゃ。」
「いや、これから仕事行くねやろ?あんまり飲みすぎたら、アカンのと違うか?」
とうとう立場が逆転してしまうのだが、ここまでのやりとりに演者の妙味が出る。

ここまででも、じっくり演じれば40分を超える噺。
全編通せば1時間以上になる“大ネタ”であるが、この主客逆転するあたりで噺を切るパターンが多い。
実はオチの言葉が職業差別的だということで、最後までやれなかった時期があったとか…。

さて、飲み続けてばかりもいられないので、ベロベロに酔った二人はらくだの死骸を漬物樽に押し込んで、当時千日前にあった火屋(火葬場)に向かって担ぎ出す。
途中、店屋の丁稚に因縁をつけて金を巻き上げてまた飲んだりしながらフラフラと歩きながら千日前へとやってくるが、桶の中にいるはずのらくだがいない!
そういえば、途中の橋で桶を欄干にぶつけたような…その時に落としてきたに違いない。
二人で太左衛門橋まで引き返すと、乞食坊主が葬式の弔い酒に酔いつぶれて寝ているのをらくだの死骸と思い込み、桶にほり込んで火屋まで持ってくる。

二人から桶を預かったオヤジ、これがまた酔っているのだが、焼いてしまおうと火を入れると、桶の中から
「あ、熱っ!熱い!熱い!」
「何が熱いや、死人が何ぬかしとんねん!」
「熱いがな!おい、ここはどこや!?」
「千日前の火屋じゃ」
「あ~ぁ、ヒヤでええさかい、もう一杯…」

あまり良いオチではない。
先に紹介した芝浜なんぞとは比較にならないくだらなさ。
途中まで演じられたものしか聴いたことがなかったが、某落研の部室にあった松鶴の録音には、オチまで入っていて驚いた。
その後、松喬が襲名披露口演でオチまでやったのを観たときは感動した。
今でも、その高座は脳裏に焼き付いている。
最近では鶴瓶も挑戦しているが、松鶴一門にとっては思い入れの強いネタだろう。
米朝一門もかけるが、やっぱりこれは松鶴一門によく合うネタ。
また松喬の高座を観たくなってきた。
とりあえず久しぶりに、松鶴のオチまでの録音を聴こかな。。