青山潤三の世界・あや子版

あや子が紹介する、青山潤三氏の世界です。ジオログ「青山潤三ネイチャークラブ」もよろしく

朝と夜のはざまで My Sentimental Journey (第34回)

2011-06-12 14:29:07 | 野生アジサイ


野生アジサイ探索記(下2b)屋久島【ヤクシマコンテリギ】

屋久島の南、トカラ列島との間に、生物地理学上の重要な境界ライン“渡瀬線”が存在し、そこで世界の生物相が大きく「旧北区」と「東洋熱帯区」に分かれる、というのが教科書の教えであります。ずっと以前の見解では、九州本土と屋久島の間に引かれる“三宅線”が、その重要な境界線とされていたのですが、それは間違いだと言うのです。そのことは一つの事実には、違いないでしょう。でも、“渡瀬線”の存在も“三宅線”の存在も、どちらも事実なのです。科学に答えは一つではありません。

屋久島の生物相の位置付けは、一言で言えば、“重層的”という表現に集約されます(生物の種の成立に関わる数100万年単位の“地史”の視点のみでなく、日本民族の成立に関わる1万年未満の時間単位の“歴史”の視点からも、同様のことが言えます、僕の尊敬する、屋久島や奄美の民族研究の第一人者、下野敏見氏も、屋久島や南西諸島の民俗学的アイデンティティーを示すに当たって、この“重層的”という言葉をよく使われています)。

どういうことかと言えば、例えば屋久島の生物地理学上の(あるいは文化人類学上の)位置付けを探るに当たって、ある時代を切り取って調べれば、ある一つの結論に達しますし、別の時代を切り取れば、別の結論が導かれるわけです。切り取り方次第で、北方(日本本土)に強い関連性が示されたり、南方(沖縄)に、大陸(中国)により強い関連性が示されたりします。そのどれもが、「正しい」姿なのです。僕の(屋久島に関わる)どの作品にも「大和と琉球と大陸の狭間で」のキャッチ・コピーを冠しているのは、そういうことなのです(空間的・時間的な視点をトータルに捉えての“狭間”)。

このことは、別に屋久島だけでなく、地球上全ての地域に当て嵌まります。例えば、小笠原に棲む2つの鳴き声集団から成る“謎のオガサワラゼミ”を、「進化の断面を探る」と題して著したことがあります。僕たちが知り得る、人間をはじめとした今ある全ての生物の種speciesの姿は、何10億年前の地球生命の誕生から、いつか地球上の生命が消えて無くなる(案外もうすぐかもしれないけれどそれは困りますね)まで、連綿と連なる時間の途中段階の“進化の断面”にしか過ぎないのです。いわば“完成品”ではないわけです(“完成品”は永久にない)。

将来の断面を知ることは不可能ですが、過去の断面は様々な形で再現することが可能です。その示されかたは、地中の化石であったり、実際に生きている生物が持つ、形態や生理や様々な性質(むろんそれらはDNAにより司られている)だったり、分布の様式だったりするわけです。それらは一つの答えの中に収斂されてしまうのではなく、無限の広がりを持っています。

大洋に突き出した離島で、山が高く地勢は険しく、黒潮に洗われて豪雨をもたらし、温帯と亜熱帯の境に位置して、周辺に様々な異なる要素を持つ地域を配した屋久島。その多様な、時間と空間の広がりを想像出来るはずです。

屋久島周辺産の野生アジサイは7種。うち、やや類縁の遠い、タマアジサイ、ゴトウヅル、イワガラミ、ノリウツギを除く
3種は、栽培される園芸アジサイにごく近い血縁関係にある種です。

山頂の一角に咲くヤマアジサイは、北海道から九州に広く普遍的に分布しますが、屋久島では極めて珍しい種です。

山の上部、おおよそ1000m以上に生育するコガクウツギは、南関東から九州にかけてのやや広い地域に分布し、屋久島でも特に珍しいと言うわけではないのですが、生育環境は限られています。

山麓に広く見られるヤクシマコンテリギは、屋久島固有種。ほかの地には産しないわけですから、最も重要な種と言うことになりますが、屋久島の低地では最も普遍的で、いたる所に生えています。

屋久島の内側から見れば、ヤマアジサイが最も貴重で、ヤクシマコンテリギはどうでも良い、と言うことになるのでしょうが、外からの視点で見れば、その重要度は逆になるのです。おそらく、次の様な成立過程が想像されます。

ヤマアジサイは、山頂の断崖絶壁に稀産することから、一般のイメージで最も古い時代にこの島に成立したと思われそうですが、実際は鳥などの伝播により、人間の活動が始まってからのごく新しい時代(例えば千年~1万年単位の過去)の成立。

中腹のコガクウツギは、屋久島が九州本土と繋がっていたであろう、人間の歴史で捉えれば極めて古い時代、地史として捉えれば一番新しい時代(例えば1万年~10万年単位の過去)の成立。

麓に普通に見られるヤクシマコンテリギは、身近で有ることから最も新しい時代に成立したと思われがちですが、実はその逆で、屋久島が周辺の地域(トカラや沖縄や九州や中国大陸)と様々な形で関連を有していたであろう、遥か遡った時代(例えば10万年~100万年単位の過去)に成立。

一番身近に存在し、どうでも良さそうなヤクシマコンテリギが、一番重要だと言うことが出来るのです。

このことは、屋久島だけでなく日本列島全体(地球全体)についても当て嵌まります。例えば、古い時代から日本に存在する生物を「氷河時代の遺物」と表現することがよくあります。それらに相当するのは、おおむね高山帯の生物(高山植物・高山蝶・ナキウサギ・ライチョウなど)なのですが、実は(人為的な要因が関わって日本に持ち込まれた種を別にすれば)地史的な視点からすれば、最も新しい時代に日本に息づくことになった生物たちなのです(一般には大きな誤解があるようですね、「氷河期」と言うのは、日本に棲む人間、いわゆる日本人の歴史から見れば最も古い時間単位なのでしょうが、地球の歴史・生物の種形成の歴史で見れば一番最近の時代です)。

逆に、私達に身近な人里に繁栄する生物の中に、最も古くから(日本人がこの土地に棲むようになる遥か前から)この土地に根付く、日本だけの固有生物が多く含まれているのです。それらのエンディミック(遺存的)な生物は、本来の生育空間が人間の占領する空間と重なってしまったため、絶滅したり絶滅の危機に瀕したりしているものもあれば、人間活動と上手く歩調を合わせて繁栄しているものもあるのです(いわゆる里山生物など)。

屋久島における、“繁栄する遺存的固有種”ヤクシマコンテリギは、まさにその代表例と言うことが出来ます。

山上部に生える良く似たコガクウツギ(こちらは本州~九州産と同じ種の分布南限)に、とても良く似ていて一見したところ同じ種なようにも見えますが、雌蕊や葉や茎などの基本構造は明確に異なります。両種は標高ごとにかなりはっきりと分離されていて、稀に全く同じ場所に入り混じって生えていることはあっても、雑種が形成されることはありません。

コガクウツギとガクウツギは、日本本土(南関東~九州)では大局的に見て混在しています(四国や九州ではこれにヤマアジサイが関わる)が、相互の干渉の実態については全く分かっていません(外観の良く似たガクウツギとコガクウツギの血縁関係は、案外遠いような気もします)。

コガクウツギが屋久島まで分布が達しているのに対し、ガクウツギは九州本土(鹿児島県北部)で分布が途切れます(鹿児島県本土などでは、コガクウツギが低地まで広く分布、ガクウツギは限られた山の上部に稀産するのに対し、屋久島では、コガクウツギが山の上部に生え、ガクウツギに代わる特異な固有種ヤクシマコンテリギが山麓に広く分布するという逆転現象を示します)。

ヤクシマコンテリギは、屋久島の低地に広く普通に見られますが、すぐ東18㎞(最短距離)に位置する種子島には、分布を欠きます。また、屋久島の西隣、僅か13㎞の地点に浮かぶ口永良部島には、別種のトカラアジサイが分布しています。

最近は、ヤクシマコンテリギもトカラアジサイに含めてしまう、というのが主流の見解となっているようです。しかし両者の間には、様々な明瞭かつ安定的な基本構造の相違点があります。むろん共通点も非常に多いので、両者を同一種として扱うことには吝かではありませんが、その場合は、両者とも中国大陸産のカラコンテリギと同じ種に含めてしまう、と言うのが妥当な処置ではないかと思われます(この処置をとる研究者も多い)。ただし、その場合は、日本本土産のガクウツギをどう扱うか、という問題が出てきて、早急な結論を出すわけにもいかないのです。と言うことで、トータルな最終結論が出るまでは、僕はヤクシマコンテリギを独立種として扱う処置を採ろうと思っているのです。

ところで、屋久島で見られるヤクシマコンテリギは、(系統分類上意味を持たない末端的な個体変異は別として)形質が極めて安定しているのですが、三島列島黒島から沖縄伊平屋島にかけて分布するトカラアジサイのほうは、地域ごとに大きな差が示されます(殊に葉の形質、具体的には、次回以降に述べて行きます)。屋久の真西の口永良部島を挟み、屋久島の西北62kmに位置する三島列島黒島産は、小さくコンパクトな葉、屋久島の西南56㎞に位置するトカラ口之島産は、極めて大きく幅広い(面積は黒島産の数10倍あると思われます)葉、全く別の種のようにも見えます(口永良部島産は両者の中間程度)。しかし、基本的な構造や性質は、どの島のものも共通していて、屋久島産ヤクシマコンテリギとの間には、明確で安定的な差が見られるのです。

トカラアジサイは、小さなトカラ火山列島のほぼ全ての島々に見られます。ところが不思議なことに、その南の奄美大島には欠如するのです(種子島での欠如とともに大きな謎といえます)。次の徳之島と沖永良部島には出現し、その次の沖縄本島でまた消えてしまいます。そして何よりも不思議なのは、沖縄本島の隅っこの伊平屋島にだけ現れるということです。

僕自身、冬や真夏には何度か伊平屋島を訪れてその事実を確認しているのですが、まだ花の時期に訪れてはいません。三島列島、トカラ列島、徳之島などのトカラアジサイ、屋久島のヤクシマコンテリギ、西表島のヤエヤマコンテリギ、台湾や中国大陸のカラコンテリギなどと、どのような繋がりを持っているのかを、今年こそ検証したいのです。

というわけで、その解明のため、明日(または来週)から伊平屋島に赴きます。


ヤクシマコンテリギ 屋久島宮之浦2007.6.15
低地のどこにでも生えていますが、川沿いの林のなかの日溜りには、ことのほか多く見ることが出来ます。




ヤクシマコンテリギ(写真左:屋久島椨川2007.6.4、写真右:屋久島宮之浦2007.6.21)


アジサイ愛好家は、装飾花の形の違いなどで、幾つもの品種に分けていますが、単なる個体変異で生物学的な分類上の意味は全く有りません。大事なのは、花序の中央の(小さな)本物の花の構造で、子房(雌蕊)の形共々、変異は全く無くて非常に安定しています。(写真左:屋久島麦生2002.4.28、写真右:屋久島尾之間2007.4.24)


ヤクシマコンテリギの特徴は、葉に形や質に顕著に示されます。薄い紙質で、細長く先端が著しく伸長し、縁に鋸状の深い切れ込みが生じます。葉裏は、しばしば紫色の幻光を帯びます。





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