青山潤三の世界・あや子版

あや子が紹介する、青山潤三氏の世界です。ジオログ「青山潤三ネイチャークラブ」もよろしく

朝と夜のはざまで My Sentimental Journey (第30回)

2011-06-08 16:20:17 | 野生アジサイ




以下、10数回に亘り、以前なっちゃんに送信した個人講義録を、そのままアップします。この項目の前に、幾つかの前置き的な文章があるのですが、今探し出せないので、とりあえずここからのスタートとします。

日本に(真に生物学的な意味で)在来野生する植物の中にも、育種改良され世界的に普及したものがあります。その代表的存在がアジサイ(アジサイ科)です。

母種は伊豆諸島産のガクアジサイ。ここでひとつ注意が必要なのは、「野生のガクアジサイ」と一般的概念の「ガクアジサイ」は、とりあえず“別物”だと考えておきたい、ということ(別とか同じとかの問題ではなく、言葉の次元が異なる)。

伊豆諸島に固有分布する野生アジサイの一種が「ガクアジサイ」という種です。正確には、北海道~九州に広く分布する「ヤマアジサイ」と同じ種の、別の種内分類群(亜種または変種)です。さらに正確に言うと、「ヤマアジサイ」という種は、北海道~九州に分布する「ヤマアジサイ」という亜種(または変種)と、伊豆諸島に分布する「ガクアジサイ」という亜種(または変種)から成り立っている、と考えて下さい。さらにまた正確にいえば、「ヤマアジサイ」という種の構成は極めて複雑で、上記のように単純に2分するわけにはいかず、実際のところはまだほとんどのことが解明されていない、というのが現状です(ややこしくなるので、ここでは深くは踏み込みません)。

さて、その伊豆諸島に在来自生する「ガクアジサイ」が、いつの時代かヨーロッパに持ち出され、品種改良が成されて「アジサイ」となりました。野生の「ガクアジサイ」は、見た目にはとても花のようには見えない本物の小さな花(正常花と呼びます)の回りに、見た目には普通の花のように見える大きな偽物の花(装飾花と呼びます)が取り囲んでいます。

人為的に改良された「アジサイ」の多くは、(花のようには見えない)本物の花が失われ、花序(花の集まり=多くの植物では沢山の花が集まった花序全体が一つの花のように見えることもあります)の全てが、本物の花のように見える偽物の花(装飾花)から成っています(「手毬花」と呼びます)。でも、野生種と同じように、中央に本物の小さな花が残っていて、周囲にだけ装飾花が取り巻く、野生種と同じパターンの花序をもつ個体(「額花」と呼びます)もあります。これが、いわゆる(一般呼称としての)「ガクアジサイ」です。

 
 
下右は野生のガクアジサイ。他は園芸化されたアジサイ。ガクアジサイ型のものと手毬花型のものがあります。

「ガクアジサイ」(A)という野生種を改良した人為品種が「アジサイ」で、「アジサイ」の中に「アジサイ」と「ガクアジサイ」(B)という2つのタイプが存在するわけです。紛らわしいので、ABで区別しましたが、(A)すなわち野生の「ガクアジサイ」は“種(または亜種や変種)”の名前です。ということは、もしそのなかに「手毬型」の「アジサイ」が出現したとしても、種(または亜種や変種)の名前としては「ガクアジサイ」となるわけです。



 
ガクアジサイAとB(図では①と②)の関係、およびアジサイの野生種(亜種・変種):栽培品種:園芸品種の関係を、摸式的に示してみました。これらの図を含む野生アジサイの総説「日本および近隣地域の野生アジサイ」は、ブログ「青山潤三ネーチャークラブ」で2008年4月頃に連載しています(未完)。

もう一つややこしいことがあります。野生の「ガクアジサイ」(A)を人為的に改良したものが「アジサイ」や「ガクアジサイ」(B)であるわけですが、学問的な法則にのっとって最初に名前(学名=ラテン語)が付けられたのは、人間が改良した「アジサイ」のほうです。繰り返し言うように手毬花の「アジサイ」は、「ガクアジサイ」(A)から作成された人為的品種なのですが、学術(命名規約)上は、園芸的品種として改良された「アジサイ」のほうが基準種(母種)となり(命名時に野生種が知られていなかったのでしょう)、本来母種たるべき野生の「ガクアジサイ」(A)は、その品種として扱われますHydrangea macrophylla f.normalis。一般の人々にとっては(多くの研究者にとっても)、学名というのは絶対的存在であるように理解されがちですが、なに、実際は単なる書類上の手続きに過ぎないということを、心に留めておいて下さい。

さて、ヨーロッパに持ち出されて育種改良され、園芸植物となった「アジサイ」は、やがて、改めて日本に持ち込まれることになります(その年代は以外に新しく確か江戸時代末期だったと思います)。いかにも日本的なイメージ(それはそうでしょう、元はといえば日本にのみ野生していたわけですから)の西洋渡来のこの園芸植物は、日本の市民に大歓迎され、爆発的なブームを呼ぶことになります。各地の社寺仏閣の庭には、ずっと以前からそこに植えられていたように、旧跡名所としての「アジサイ寺」が出現します。自分たちでチャレンジすることなく、西洋人の手を借りて、独自の日本文化を作りだした、とも言えるわけで、まあ、半分インチキということですね。

「アジサイ」の成立と普及に関して、附に落ちぬことは、どうして日本中に広く分布する野生種(亜種または変種)「ヤマアジサイ」ではなく、辺境の伊豆諸島に分布が限られている固有亜種(または変種)「ガクアジサイ」が利用されたのか、ということです。装飾花がより大きく色が鮮やかなこと、葉が常緑性で光沢を持つことなどが好まれたのでしょうが、「ヤマアジサイ」のほうも個体群によっては結構鮮やかで派手な色彩の花序を有しています。思うに、それらが積極的に育種改良されず「ガクアジサイ」が利用されたのは、ヨーロッパ人にとって、浦賀などの港から母国へ帰還する際、出港間もなく立ち寄ることの可能な、伊豆諸島での採集が理に適っていたのではないかと。

そういえば、もう一つ、日本に在来種が自生し、ヨーロッパに持ち出されて育種改良され、世界的にメジャーな園芸植物と化した種に、テッポウユリ(ユリ科)があります。こちらの野生分布域は西南諸島(屋久島周辺から西表島周辺に至る西南諸島ほぼ全域のほか、近年台湾の一部地域でも自生地が発見されました)。アジサイの改良普及と似た経路をとって日本に逆輸入されたわけですが、こちらはアジサイのように必ずしも日本的なイメージはなく、キリスト教の祭典に司られることなども相まって、もともとヨーロッパの植物と思っている日本人も多いのではないでしょうか?





 
屋久島の隆起サンゴ礁海岸には、テッポウユリLilium longiflorumの野生種が生育しています。隆起サンゴ礁上に生える個体は、花は大きく、茎の丈が短いのが特徴です。



テッポウユリの種群は3つの種から成ります。第2の種は台湾産のタカサゴユリLiliumformosanum。主に高山帯に野生しますが、低地や海岸部に見られることもあります。近年、日本を含む各地に帰化進出していて、屋久島でも急速に数が増え、テッポウユリの存在を脅かしています。写真上は、野生のタカサゴユリと、その生育地、台湾合歓山(3416m)の夜明け(左:南湖大山3740m、右:中央尖山3703m)。







テッポウユリ群の第3の種は、テッポウユリと並んで園芸種の原種として最も有名なリーガルリリーLilium regale。
四川省西部の、5000~7000m級の山岳地帯の深い渓谷に分布し、急峻な崖上に生育します。写真は、パンダが最初に発見された四川省宝興県の、渓流沿い岸壁に生える野生のリーガルリリー(滝の下に見える3つの白い点も)。




■アジサイやテッポウユリといった、世界的に普及している数少ない日本原産の園芸植物が、伊豆諸島や西南諸島という辺境の地に在来分布しているというのは、なかなか興味深いと言えるでしょう。それらの地域は、現在では辺境の地に違いないのでしょうが、一昔前には、むしろ日本の玄関口、あるいは(アジア全体の中では)より中心に近く位置していた、と考えることが出来るかも知れません。そのような観点で改ためて見渡せば、他にも同様の例が見つかります。

アジサイとテッポウユリは、いわば里帰りした“帰国子女”というわけですが、更に例の少ない、日本産の在来野生種が(国外ではなく)日本で育種改良され、メジャーな園芸植物となった次の2種も、興味深いことに、やはり伊豆諸島と西南諸島が原産地です。サクラ(バラ科サクラ亜科サクラ属)とツツジ(ツツジ科ツツジ亜科ツツジ属)の代表的な園芸種である、ソメイヨシノCerasus yedoensisとサツキRhododendron indicumです。

狭義のサクラ属の野生種は、日本に20種ほどが分布しています。園芸種として最も普及しているソメイヨシノは、その中の2つの種の交配によって作出された、雑種起源と考えられています。母種の1つは、東日本を中心としたやや広い地域に分布するエドヒガン(ヒガンザクラ)C.spachiana f. ascendens、もう一方は、伊豆諸島(および周辺地域)産のオオシマザクラC.speciosa。

オオシマザクラは、北海道から九州に分布するヤマザクラC.jamasakura(オオヤマザクラC.sargentii、カスミザクラC.verecundaを含む)の仲間ですが、広域分布種のヤマザクラではなく、島嶼周辺の狭い地域に分布するオオシマザクラが選ばれたということは、栽培アジサイの母種となったガクアジサイと広域分布種ヤマアジサイとの関係とも共通する、面白い現象だと思います。


*オオシマザクラやエドヒガンの写真を張り付けたかったのだけれど、ポジフィルムの原版写真をスキャンしていず、探し出すのに手間と時間がかかります。そのうちに写真が出てきたなら、改めて紹介するとして、今回は割愛します。

*原則として紹介する全種に対し学名を付していきますが、上記したように学名は絶対的なものではありません。分類基準と成る指標形質(分子生物学的な手法を含む)、研究の進み具合、学閥(これが最も大きく作用していると思います、笑)、研究者個人の見解、などによって、全く変わってくることも珍しくはないのです。それらの中から、最も適切と思われるものを選ばねばならないのですが、専門家でない私たちには是非の判断はつかないわけですから、結局のところ、お上の認めた(?)最も普及しているシステムを選ぶしかないのです。例えば、サクラ属は、従来Prunusとされてきましたが、現在の日本の植物分類学の最高権威である大場秀彰博士の指摘により、旧Prunusは、従来のスモモ亜属のみの属名に冠され、従来のサクラ亜属に与えられたCerasusが格上げされて“サクラの仲間”の属名になりました。僕個人的に言えば、その根拠が、充分に納得がいくしっかりしたものであると判断したことから、その方針に従ったわけですが、もし納得出来ないならば、従う必要はないのです(ただし村八分にされる恐れもある)。でもまあ、いちいちそんなことを考えるのは面倒なので、以下、適当かつ無責任に、現時点で一番普及しているのではないかと思われる学名を、そのまま使用して行くことにします。その結果、最先端の見解としての(あるいは僕個人の考える)本文中に示す分類枠組みと、表示した学名の間に、しばしば大きなギャップが見られることを承知しておいて下さい。



例:アジサイ科の分類の一部(アジサイ科の解説が目的なのではなく、上記した「本文中に示す分類枠組みと、表示した学名の間に、しばしば大きなギャップが見られること」に対しての視覚的補足説明です。属名の太青字は、学名がHydrangeaとなっている属の種、緑青字は、Hydrangea以外の学名の属の種。また、和名の太黒字は、語尾にアジサイの名が付く種、太赤字は、語尾にウツギの名が付く種です。



*問題点を分かりやすく際立たせるために、部分的には、少し極端な組み方をした所もあります(例えばノリウツギ群に一括した3亜群など、現時点の見解では独立の群または亜属に留めておくべきでしょう)。

面白いといえば、テッポウユリ同様に、園芸ツツジの中で最も知名度の高いサツキも、南西諸島が原産地です。そして、園芸サクラの主役ソメイヨシノの場合同様に、日本に在来分布する2つの種を原種とした、数少ない「日本で作出された日本在来種」なのです。

ツツジ属Rhododendronは日本に50余種が在来分布し、その中には、いわゆるシャクナゲの仲間や、典型的なツツジであるヤマツツジの一群などが含まれます。ちなみに、ヤマアジサイHydrangea serrataにしろ、ヤマザクラCerasus jamasakuraにしろ、ヤマツツジRhododendron obtusumにしろ、正式な種の名前としての和名で、この「ヤマ」は“山深い地”という意味ではなく、「里=人為栽培」に対しての「山=野生分布」であり、野生のアジサイやサクラやツツジのうち、最も普遍的に見られるという意味合いで名付けられたものだと思われます。一般には、山に生える、野生のアジサイの仲間や野生のサクラの仲間や野生のツツジの仲間の総称としての俗称にも、「山アジサイ」「山サクラ」「山ツツジ」という呼び方がされるようですが、両者は全く次元が異なるのです。

そのヤマツツジのグループのうち、最も知名度が高いのがサツキです。サツキとツツジの関係は、対等ではなく、サツキはツツジのひとつ、ということ。50種程の日本産のツツジ属のうち、1/3近くを占めるヤマツツジの一群の一種で、シャクナゲのグループを除けば、ツツジ属のほかのほとんどの種は、語尾にツツジと着きますが、サツキ(と後で述べるマルバサツキ)だけが、ツツジの名が付きません。「サツキツツジ」としても良かったのでしょうが、飛びぬけて知名度が高いために、語尾のツツジを省略しているわけです。トビ(トンビ)はワシやタカの一種ですが(ワシとタカは同じ仲間で、その関係はツツジとシャクナゲの関係に似ているとも言えます)ワシの名もタカの名も付かないのは、やはり飛びぬけてポピュラーだから、というのと同じです。

サツキは、市井の愛好家に非常に人気があり、知名度は抜群ですが、野生種はどこにでも普通に見られるというわけでは
ありません。西日本の限られた河川に限られ、意外と珍しい種なのです。私たちが普段目にする園芸のサツキの大半は、野生種そのものではなく、ソメイヨシノの場合同様に、二つの母種の交配により作出されたものです。一方の親は、西日本(東限は神奈川県西部)に自生するサツキ(野生のサツキも、雑種由来の園芸サツキも、同じ和名で紛らわしいとも言えます)、
もう一方の親は、南西諸島の北部に固有分布するマルバサツキR.eriocarpumです。この組み合わせは、ソメイヨシノの両親のオオシマザクラとエドヒガンの組み合わせと軌を一にし、分布域の、東日本と伊豆諸島を、西日本と南西諸島に置き換えた、と言うことが出来ます。

一つ違うところは、エドヒガンとオオシマザクラは自然状態では混生していませんが、サツキとマルバサツキは、ただ一箇所、屋久島に於いて混生しているということです。先に述べたように、野生のサツキは、そう簡単には目にすることは出来ないのですが、南限分布地の屋久島にはことのほか多く、初夏から夏にかけ、渓流の川床を一面に埋め尽くす様は見事です(スギの自生地の関係とも似ていて、屋久島以外では、植栽林は日本中のいたる所にあっても、自生のスギにはそうそう出会えるものではありません)。

屋久島のサツキは、山間部の渓流が主要生育環境、一方マルバサツキは、主に西部の海岸に分布しています。自然状態では両種は接してはいず、厳密には混生とは言えないと思います。また、屋久島のサツキは、冬に黄金色の新葉など本土産とは異なる形質を有していて、その意味からも、園芸のサツキの母種とは、別の存在と言うことが出来るかも知れません。

なお、屋久島には、もう一種のヤマツツジの仲間、ヤクシマヤマツツジR.yakuinsulareが分布しています。本土のヤマツツジとの類縁はやや遠く、屋久島固有種とされることや、奄美~沖縄に分布するケラマツツジR.scabrumと同一種の別変種R.scabrum var. yakuinsulareとされたりします。西南日本に於けるヤマツツジの一群の各種間の関係は、園芸品種の由来を含め、不明な点が多数残っているようです。

屋久島のツツジ属の種は、他に2種のミツバツツジ(温帯性の固有種ヤクシマミツバツツジR.yakumontanumと、亜熱帯性のサクラツツジR.tashiroi)及び、初夏の山上を彩る固有種ヤクシマシャクナゲR.yakushimanumなど、幾つかの種があり、後者はテッポウユリ同様に、世界中に普及する、多くの園芸シャクナゲの母種と成っています。





右2枚:屋久島の渓流に野生するサツキ、左2枚:屋久島の海岸に野生するマルバサツキ




 
   
ヤクシマシャクナゲ(山上ヤクザサ草原の矮性群落、中腹のヤクスギ着生株、花序、若葉)




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする