何時頃から書いていないのだろう。
はっきりと書いた記憶があるのは小学生のころだから、60年以上もまともに書いていないのかも。
それでも、全く書いていないわけではなく、年賀状を頂いた相手によっては書いている程度なので、積極的に書いたのは小学生の時で終わりである。
何故そのようなことになったのか。
一つの要因は、私が「筆不精」だからである。
その次に、「年賀状を交換するような相手が現れなかった」と言うことがあげられるだろう。
多くの人には「同級生」だとか「クラスメイト」と言うような人がいて、それらを介して年賀状のやり取りをすることが多いようだが、私にはそれが存在しないのです。
と言うのも、当時は私立の中学に行ける人は極少数で、私はその一人であった。
なので、私が私立の中学に入った段階で小学生時代の同級生との縁は殆んど切れてしまい、こちらから年賀状をことはしなくなった。
そして、中学は「中高一貫校」で、同級生は有名大学を目指す人ばかり。
が、私は高一の秋に落ちこぼれとなり、ここでも同級生との縁が切れてしまう。
その後の10年近くは「プータロー」と同じような状態で、その後定職については見たものの・・・・。
会社の倒産など、様々な事情が絡み、両手に余るほどの会社を渡り歩いてきた。
更に、今から43年前に現在の地に引っ越すにあたり、それまでの縁は殆んど切り離してきたのです。
そして・・・・。
今住んでいる町は、極めて保守的で閉鎖的な町であるため、年賀状のやり取りをするほどの人は現れないのです。
携帯のメールではやり取りをする人もいるのだが・・・・。
一度も会ったことのない人ばかりです。
と言うことで、今年も書きません。
はっきりと書いた記憶があるのは小学生のころだから、60年以上もまともに書いていないのかも。
それでも、全く書いていないわけではなく、年賀状を頂いた相手によっては書いている程度なので、積極的に書いたのは小学生の時で終わりである。
何故そのようなことになったのか。
一つの要因は、私が「筆不精」だからである。
その次に、「年賀状を交換するような相手が現れなかった」と言うことがあげられるだろう。
多くの人には「同級生」だとか「クラスメイト」と言うような人がいて、それらを介して年賀状のやり取りをすることが多いようだが、私にはそれが存在しないのです。
と言うのも、当時は私立の中学に行ける人は極少数で、私はその一人であった。
なので、私が私立の中学に入った段階で小学生時代の同級生との縁は殆んど切れてしまい、こちらから年賀状をことはしなくなった。
そして、中学は「中高一貫校」で、同級生は有名大学を目指す人ばかり。
が、私は高一の秋に落ちこぼれとなり、ここでも同級生との縁が切れてしまう。
その後の10年近くは「プータロー」と同じような状態で、その後定職については見たものの・・・・。
会社の倒産など、様々な事情が絡み、両手に余るほどの会社を渡り歩いてきた。
更に、今から43年前に現在の地に引っ越すにあたり、それまでの縁は殆んど切り離してきたのです。
そして・・・・。
今住んでいる町は、極めて保守的で閉鎖的な町であるため、年賀状のやり取りをするほどの人は現れないのです。
携帯のメールではやり取りをする人もいるのだが・・・・。
一度も会ったことのない人ばかりです。
と言うことで、今年も書きません。