一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

渋沢栄一『論語と算盤』、鹿島茂『渋沢栄一』

2011-06-02 | 乱読日記

昨年あたりから再評価されだした渋沢栄一の『論語と算盤』を一読したのですが、そこで語られていることは、いちいちなるほど、と納得するものの、個々の切り口は他の人も語り口を変えながら言っていることも多く、確かに実績としては明治の日本の実業界を作ったといってもいい渋沢栄一とはいえ、今ブームになるほどその時代または論語まで遡る必要があるのか、そこまで現在は寄るすべがない世の中なのか、という点については少し疑問でした。

そこで見つけたのが、鹿島茂氏の書いた渋沢栄一の伝記。
鹿島茂氏は以前取り上げた『怪帝ナポレオン三世 第二帝政全史』でその対象への愛情を持った接近の仕方、史料探しの熱意、語り口の明快さに感銘を受けたので、早速購入。


本書は雑誌の連載を元にしていますが、連載も雑誌の廃刊等で中断を重ね、紆余曲折を経て連載開始から18年後の昨年出版されたものです。
「論語篇」「算盤篇」それぞれ500ページ弱の大著。

過去既に数多くの伝記が書かれている渋沢栄一の伝記を何故書くのかについて、著者は前書きでこう語っています。  

では、ここでひとつ問うてみることにしよう。 
ドラッカーのいうような奇跡を日本の資本主義にもたらした渋沢栄一とはどのような人物であり、また彼はいかにして「損して得取れ」という偉大なる「思想」を「事前的」に体得することができたのかと?  

現在から遡って業績を評価するのは簡単ですが、江戸末期に武蔵国の片田舎に生まれた渋沢栄一だけがこの業績を成し遂げたのか、「論語と算盤」の思想はどこで生まれたのか、それは渋沢栄一の業績の原因なのか結果から導かれたのか、はたまたそれ以外の関係なのか、ブームになってバイブルになってしまった『論語と算盤』についての違和感を解き明かしてくれそうです。  

著者は続けます。  

私がこれから示そうとする渋沢伝は、渋沢にのみ可能になったこの「事前性」の由来を、幕臣だった渋沢がパリで出会ったサン=シモン主義という新しい光源の助けを借りて解明しようという試みである。  

ここで奇しくも前掲『怪帝ナポレオン三世 第二帝政全史』とつながってきます。 

著者は第二帝政には思い入れがあり、本書でも渋沢栄一からはなれて、しばし当時のフランスの事情について語っています(前掲書の併読はおすすめ)  


さて、「論語と算盤」の思想について、著者は「儒教で育った明治人に共通するものでは決してない」と言います。  

「論語」と「算盤」の関係において、もうひとつ注意しておかなければならないのは、渋沢が、日本における「算盤」オンリーの考え方、つまり利己的な利潤追求は、「論語」オンリーの考え方の反動として生まれてきたという解釈をとっていることである。  

渋沢は、自己本位の利潤追求はかえって、自己の利益を妨げるという資本主義のパラドックスを十分に理解した上で、論語に基礎を置く「算盤」を主張しているのである。  

つまり、明治の時代に一般的だった思想を渋沢栄一が一番よく具現化した、というものではなく、渋沢栄一のオリジナルの思想だということです。  

「論語」と「算盤」の調和というこの思想は、東西の文明が例外的に出会って一つに融合した、「渋沢というメルティングポット」から生まれた一種の奇跡といってさしつかえないからである。  

このへんの鹿島節はいいですね。


もっとも本書は「論語と算盤」の思想のみにフォーカスしているのではありません。

海運会社をめぐる争いから渋沢栄一と岩崎弥太郎の事業に対するスタンスの違いを浮き彫りにしたり、私生活では発展家であった渋沢について触れるなど、その人間像を見事に浮き彫りにしています。  

大部ですがぜひ一読をお勧めします。


最後に、本書で紹介されている息子渋沢秀雄が書き留めた母(兼子、渋沢栄一の妻)の言葉を紹介します。  

「・・・母も晩年には悟ったらしく、論語に性道徳の教訓が殆どないのを知って、笑いながら私にこう言ったものだ。『父様も論語とは旨いものを見つけなすったよ。あれが聖書だったら、てんで教えが守れないものね!』」









コメント
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