デフレ経済下の資産戦略の話ではなく、ブラジャーの話。
NYTのFor the A-Cup Crowd, Minimal Assets Are a Plusという記事。
最近のアメリカでは「大きく見せよう」から「あるがままで美しく」という方向になっているそうです。
She says that while a small number of her customers come in looking for padded bras and tell her, “Make me as big as you can,” the majority “don’t want to supersize themselves.”
こういう分析もありますが
In recent years, as people’s weight has ballooned, breasts (mostly made up of fat) have only gotten larger, and commensurately bra cup sizes, too. K-cups now exist. Brandishing a tiny bosom may be a reaction to that trend.
放漫(豊満?)財政の反動で財政の健全化が叫ばれている昨今の経済情勢を反映しているのかもしれません(さすがにK-cupとなると過ぎたるは何とやらの世界になりそうです)。
今やAだけでなくAAやAAAというのもあるようで、その辺も何やら共通しますね。
さらには
At the other extreme are the au-naturels who would just as soon go braless if it wasn’t for this little thing called the office and the awkwardness of erect nipples in cold conference rooms.
という過激派もいるようで、業界ではsoft bra の"nipple discretion"(訳語省略w)という用語まであるとか。
これはたとえて言えば中央銀行の独立性でしょうか?
その結果、アメリカではWomen with flat to small chests (記事中には"ironing-board flat"という表現もありました。昔わが国では「洗濯板」などと言ってましたね)向けの商品も充実してきていて、小さいサイズ向けのブランドもたくさん出てきているようです。
このへん、日本のメーカー(または輸入商社)にも商機があるのではないでしょうか。
一方で、32インチDカップが標準サイズのブラの販売員(そういう採用基準なのかしら?)はsoft braが似合わないという笑えない話もあるようです。
まるでギリシャの公務員といっては失礼でしょうか(どちらに?)
理想形に近づけるために底上げしたり、寄せて上げたりというのを企業でやろうとすると粉飾決算ということになってしまいますが、固定化された判断基準(経営指標とか最近は公正価値なんてのもありますね)で評価されると過剰なプレッシャーがかかってかえって自由で創造的な活動を妨げるというところは共通しているかもしれません。
昨今話題のIFRSは原則主義なので本来はsoft braだよ、ということのようなのですが、"discretion"が苦手な日本企業としては、企業会計審議会がきっちりとワイヤー入りできちっと型にはめる矯正タイプを作ってくれないと困るということになるような気もします。