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一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

『アメリカン・ギャングスター』

2008-12-28 | キネマ
デンゼル・ワシントンとラッセル・クロウという二大名優に巨匠リドリー・スコット(『ブレードランナー』『エイリアン』)という豪華な組み合わせ。

デンゼル・ワシントンは悪役だとしても最後は「人間的正しさ」を保つような役を選んでいる、よくも悪くもスマートすぎるというか"Political Correctness"重視の俳優というイメージがあります。そんな彼がマフィアのボス役。
一方汚れ役など一癖ある役をやらせれば屈指のラッセル・クロウが麻薬特別捜査官の役です。
こうなるとはまり役、というよりはシナリオが見えてしまう感じもあるのですが、二人の家族関係や二人の間に割り込む悪徳警官が上手い補助線となって奥行きのある映画になっています。

157分と最近の映画にしては長いほうなのですが、長さは感じられず、逆にこれでもちょっと先を急ぎすぎかな、と思わせるくらい、中身の詰まったストーリーです。

デンゼル・ワシントンのスマートさとラッセル・クロウのアクの強さがいいバランスになっています。



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『イースタン・プロミス』

2008-12-27 | キネマ
ロンドンのロシアン・マフィアをめぐる話です。
主役のヴィゴ・モーテンセンのいかつい顔とごつい身体が役にはまっていて、デヴィッド・クローネンバーグ監督の凄みのある暴力描写を生かしてます。
そこにロシアン・マフィアの秘密を知ることになった助産師役のナオミ・ワッツ(真面目で不器用というのは地のキャラクターなのかしら?)がからんできます。
助演のヴァンサン・カッセル(『オーシャンズ13』でのライバルの泥棒役)の好演も光っていました。


途中からあれ?というストーリー展開の不自然さがあり、そのへんの謎が終盤に明らかになります。
劇場上映を考えると100分という長さは限界だったのかもしれませんが、ちょっと最後のまとめを急ぎすぎたきらいも無きにしもあらずです。

それから、縦糸になるナオミ・ワッツの持つロシア人少女の日記(これが原題のもとにもなっている)や横糸になるロシアン・マフィアのトルコ人やチェチェン人などとの関係にもう少しふくらみを持たせればイタリアマフィアとの違いがより船名になったと思いますが、そうなると『ゴッドファーザー』なみの長さになってしまうからやっぱり無理か・・・



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『最高の人生の見つけ方』

2008-12-09 | キネマ
原題は"Bucket List"字幕では「棺おけリスト」と言ってましたが、Bucketはいわゆるバケツで、Kick The Bucket=くたばるというイディオム(しばり首の人の立っているバケツを蹴飛ばすことから来たらしい)から、死ぬ前にすることのリストのことです。

大富豪のジャックニコルソンと自動車修理工のモーガン・フリーマンがともに余命6ヶ月を宣告されて同じ病室で出会い、Bucket Listを実現するために旅に出る、という話です。

キャスティングとあらすじだけで勝ったも同然という感じの映画なので、素直でない僕は遠ざけていて半額セールでやっと観たのですが、悔しいながら非常に面白い映画でした。

役者が芸達者なのはさておき、そもそも大富豪と自動車修理工が同じ病室、というところから、Bucket Listの埋めかたまで、人生の最後をどう生きるかを考えさせられつつ、いやみのない伏線を気の利いた科白の中に巧みにちりばた脚本もお見事です。

末期医療とQuality of Life、家族愛、さらに、そうはいっても最後を楽しむにも金とユーモアのセンス、さらに知識と想像力も必要だよな、などいろいろ考えさせられます。


おすすめです。


PS
『かもめ食堂』を観て「コピ・ルアック」のことを知っていたので、そこの伏線の部分は個人的にはわかってしまってたのでちょっと残念でした(でも展開の仕方は予想以上だったので満足)。
それくらい脚本は練られています。


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『ブラックサイト』

2008-12-08 | キネマ
予想外の拾い物。

被害者を拘束してアクセス数により死に至らしめる様子をネットで実況中継
する殺人者とそれを追い詰めるFBI捜査官の映画です。
この手の斬新なアイデアはアイデア倒れで終わってしまうものも多いので、半額セールでなければ借りないところでした。
しかし実際に観てみると、よくできた脚本で、犯人を追い詰めるところや犯人の動機の解明などストーリーの展開も破綻なく一気に最後まで見せてくれます。

その道のプロが見ればそんなこと技術的に(そんなに短時間で、または個人の資金力で)できないぞというところもあるのかもしれませんが。


この映画の教訓

 彼を知り己を知れば百戦して殆うからず

相手についての情報収集と自分についての情報の秘匿、勝負の場所の選び方が大事です。


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『ミスト』

2008-12-07 | キネマ
最近レンタルビデオ(そういえば「レンタルDVD」って言わないですね。言葉として定着してるということなんでしょうか。さらに「レンタル・ブルー・レイ」になると噛みそうですね。そういえば年末には「レコード大賞」なんてのもあります。)は半額セールのときくらいしか借りないな、と思いながらまとめて借りました。

スティーヴン・キング原作×フランク・ダラボン監督という『ショーシャンクの空に』『グリーンマイル』の組み合わせという触れ込みの『ミスト』。


最後まで考えることを放棄するな、最後まであきらめるな、という映画です。


「衝撃のラスト15分」とうたってますが、多分小説で読んだほうが衝撃は大きいのではないかと思います。
脚本・演出の巧拙の問題ではなく、映画は映像が逐時流れてしまうので物語の中の時間の密度は読み手の頭の中で時間が進む小説の方がコントロールしやすいという意味で。

全体的には脚本も良くできていて、それぞれの登場人部のキャラも立っていてストーリーもよくできているので面白い映画だとは思いますが、「怖さ」とか「感動」という点ではキングの作品としては「普通」レベルだと思います。



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『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』

2008-11-18 | キネマ
ソ連のアフガニスタン侵攻に対するアメリカの現地の抵抗勢力への武器援助政策を主導した下院議員の実話に基づく映画。

アメリカは上院が外交政策で下院が内政と理解していたのですが、予算は下院で決めるのでCIAの工作費を抑えている委員会のメンバーは武器援助は自分で主導できるんですね。

ある意味1980年代という直近の外交のカリカチュアの映画を、純朴な人物が似合うトム・ハンクスと、頭の悪い(今回は熱狂的な)女性が似合うジュリア・ロバーツというわかりやすいキャスティングで娯楽映画仕立てにしています。


先週政治学者の藤原帰一氏の講演を聴いた中で、アフガニスタンについての一番の問題は統治する能力のある政治勢力の不在だ、という指摘がありました。
極端な話軍事政権だろうと独裁政権だろうと、既存の統治のシステムがあれば政治的安定は取り戻しやすいのだけれどそれがない中で一から外国からきた者が組み立てるのは至難の業。(それが今問題になっているのがコンゴの内戦)
アフガニスタンではソ連が侵攻したときも今のアメリカも、現地を統治するために軍閥を使ったものの、軍閥は麻薬栽培などで私腹を肥やすだけで国を統治する能力がなく、結局政権が安定しない。今で言えば地元に根を張ったアルカイダの方が地元住民の支持を得ているということだそうです。

この映画でも結局アメリカは冷戦当時表立って介入できないという事情と、下院の予算措置によるという制約から武器援助にとどまっていて、その結果ソ連撤退後のアフガニスタンの復興への支援ができなかったという示唆を最後のほうでしています(もっとも、実際に当時のチャーリー・ウィルソン氏(実名なのでしょうか?)がそこまで考えていたのかは甚だ疑問ですが。)。

逆に、こういう金を出して援助することで簡単に戦争を遂行することができるという経験がイラク派兵で自国民を派兵することの負担の大きさを見誤った遠因になっているのかもしれません。


映画ではパキスタンの軍事政権との関係(ジュリア・ロバーツ演じるテキサスの極右主義の富豪が接点があり、チャーリーがアフガニスタンに目を向けるきっかけになった)やサウジアラビアが常に米国の予算と同額の援助をしていたことにふれていますが、藤原氏は今のアメリカの中東政策の弱点はイスラム諸国ときちんとしたルートを作っていなかった(親米(軍事)政権だけしか相手にしてこなかった)ことだと指摘しています。たとえばムシャラフ後の現パキスタン政府とはルートがないそうです。


アメリカの外交政策が、「お友達」の国々からだけの情報と、難民キャンプを視察がきっかけでいきなり武器援助を決めてしまうようなナイーブなアメリカ下院議員の影響下にあるとすると少し怖い感じがします。

もっとも日本の外交政策も似たようなものかもしれませんが。


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『ハンティング・パーティ』

2008-11-17 | キネマ
※ネタバレ注意


ユーゴ紛争で国際指名手配にな(ってい)たセルビアのカラジッチを追跡したジャーナリストの米国版"Esquire"誌に掲載された実話を基にした映画です。

以前『カルラのリスト』のエントリを書くときに拘束後のカラジッチをめぐるニュースを読み返していた関係で、副題の「CIAの陰謀」を見て「追い詰めたら実はCIAが保護していた」というのが「驚愕の真実」でした、以上終わり。の映画かなと借りた瞬間にちょっと後悔したのですが結果的には楽しめました。

CIAの関与は重要なポイントではあるのですが、戦場ジャーナリストの「情報網と勘と機転とハッタリと出たとこ勝負」という取材スタイルが登場人物の設定や科白回しで生き生きと描かれています。
今年になってカラジッチが逮捕され、現実の方が先行してしまった部分もありますが、それを除いても楽しめますし、実際にどのように匿われていたのかという部分は今でも新鮮です。

エンディングで映画の登場人物の誰が実在し、どこを変えたかのネタばらしがあります。
実際にあそうもない人物が実在したりして「事実は小説より奇なり」と改めて思います。
さらに、結末の創作部分だけがとってつけたような感じになっていることも、事実の力を感じます(それなりによくできているので「創作は無力」と言ってしまっては気の毒でしょう)。


主人公の一人、フリーの戦場ジャーナリスト役のリチャード・ギアは僕は役者としてあまり好きではない(うまいと思わない)のですが、食い詰めたジャーナリストといううさんくさい役ではそこそこいい味を出しています。





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映画4本

2008-10-20 | キネマ
近所のTSUTAYAが新装記念で旧作半額セールをやっていたので、先週の3連休と今週末は映画三昧。
今回は昔の作品を改めて観てみました。
いずれも有名な作品なのでひとことコメントだけ。


『博士の異常な愛情』
スタンリー・キューブリックの核戦争をテーマにしたブラックコメディ。
1964年のモノクロ作品。
プロットと脚本はその後の同様のテーマの作品を「二番煎じ」にしてしまう見事さがあります。




『時計じかけのオレンジ』
これもキューブリック(こちらは1971年なので当然カラー)。
こちらも脚本と演出の斬新さは今でも衰えていません。




『M★A★S★H』
1970年の戦争コメディ。戦争といっても朝鮮戦争が舞台なのが時代です。
医療部隊の話ですが、これも後から出てくるこの手の映画の基本となっています。
悪ふざけも真剣にやろう、というのが教訓。
主演のドナルド・サザーランドが予想外に格好よかったです。
どちらかというと中年以降の「異相のオヤジ」風の印象が強かった(最近歳をとってから味が出てきた)のですが、意外です。
息子よりは親父の方が役者としてはいいですね。




『カッコーの巣の上で』
これは中学のときにデートで観た映画です(懐かしい・・・。ただ、デートで観るには不向きな作品ではあります(笑))。
これ以来ジャックニコルソンのファンになりました。
この映画は相当印象に残っていたので細かいところまで覚えていたつもりだったのですが、もう一度見てみると、正確に覚えている部分と記憶の方が誇張されていた部分など自分の印象を検証するという面白い体験もできました。
中学のときにしか観ていなかったのに「好きな映画」の筆頭にあげていたのですが、改めてそう思いました。
舞台は1963年で今では聞かれないロボトミー手術などが行われていた時代の話です
(ワールドシリーズでNYヤンキース相手に投げているのが(名前しか聞いたことがない)LAドジャーズのサンディ・コーファックスだったり・・・)。

1975年のアカデミー賞では、作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞と主要5部門を独占したのですが、もともと原作の小説の映画化権を父親から譲り受けた共同制作者のマイケル・ダグラスは「約束された成功」がトラウマになってその後のセックス依存症とかになったとか(前にどこかで読んだだけの話なので単なる与太話かも)




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『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』

2008-09-16 | キネマ
(若干ネタバレあり)


1900年代初頭のアメリカ、皆が石油採掘で一攫千金を夢見る中で成功をつかんだ男の物語。
解説では、主人公の野心と欲望とその陰影というような説明がされています。

でも映画を観たあと、ひょっとしたら主人公は最後まで幸せだったのでは、と思いました。

主人公は事業の成功による巨万の富という世俗的な成功と人間関係の蹉跌というこれまた世俗的には失敗に分類される事象を経験しますが、主人公の根底には「世俗的な価値」、具体的にはスタンダード・オイルのような大資本やキリスト教的救済の世界観への反発心があったと思います。
主人公は結局それらを打ち負かしたわけで、世間はそれを狂気と評価するかもしれませんが、主人公は最後に心の平安を得たようにも思えます。

ラストシーンや、スタンダードオイルの人間や牧師の戯画化した描き方からそんな印象を受けました。
最大公約数的な、または期待値が最大になるような行動が求められる現代への監督の問いかけ、といってはうがちすぎでしょうか。


それから音楽がとてもいいです。


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『ノーカントリー』

2008-09-15 | キネマ
現代は"No Coutry for Old Men"(邦題は省略しすぎ)。

コーエン兄弟の作品。
マンハントの映画としてもよくできている。大げさでない恐怖の演出が見事です。
それぞれの登場人物や風景との微妙な距離のとり方もコーエン兄弟らしくていいです。
あとは映画を見ていただければと(人がいっぱい死ぬのでそれが苦手な人にはお勧めしませんが)。

そして、トミー・リー・ジョーンズ(今日が62歳の誕生日)が"No Coutry for Old Men"を体現する保安官役を演じます。


町山智浩氏の解説によれば、このタイトルはイエイツ詩からの引用だそうです。
最後のトミー・リー・ジョーンズの語りの意味がなんとなく言いたいことはわかるもののしっくり来なかったのですが、これを読むと多少はわかったような気分になります。


ところで借りてきたDVDにはおまけとしてアメリカのTVシリーズ『デクスター』の第一回が入っていたのですが、これは相当イカレたドラマです。
こんなのTVで放映していいのか、というくらいイカレた主人公と殺人(死体)シーンの連続です。

『ノーカントリー』の舞台設定1980年代なのですが、No Coutry for Old Menと言っていられたのはその頃までだった、既に今やOld Menの価値観を持った人間自体もいなくなってしまった、という含意もあったのかと改めて考えてしまいました。


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『ダージリン急行』

2008-09-08 | キネマ
『再会の街で』を観た時に予告編でやっていた映画。


絶縁状態の3人兄弟が友情を取り戻すためにインド旅行をする、というそれだけではありきたりといえばありきたりの話なのですが、インドに行こうがどこに行こうが死ぬまでなおらなそうな3人兄弟それぞれのアクの強さが効いています。

個人的には、中年にさしかかった三兄弟の細かい行動がとても受けました。

インドに行ったからといって皆悟りが開けるわけでもスピリチュアルな体験ができるわけでもなく、でもまあ、旅に出ることで今までとちょっとこだわる部分が変わったりすることもあるよ、というところを、コミカルな部分とちょっとまじめな部分を上手にとりまぜて描いています。



ショート・ムービーが一緒に入ってますが、これは本編の前のちょっとしたエピソードになりますので、これから先に観たほうがいいです(これだけナタリー・ポートマンが出てます。)


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『カルラのリスト』

2008-09-03 | キネマ

国連安全保障理事会決議により1993年に作られたICTY(旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷)の検察官カルラ・デル・ポンテの活動を記録したドキュメンタリー映画。

ICTYは2001年にユーゴスラビアの元大統領ミロシェビッチを逮捕し、その後も逃亡中の旧ユーゴ紛争の戦争犯罪人を捜索する中での、2005年の活動を追っています。
ICTYは実際の捜査や逮捕・拘束は各国の協力に委ねるなかで情報収集に特化して活動します。
当時逮捕されていなかった大物の戦争犯罪人としては、セルビア人の元将軍カラジッチ、ムラディッチ、クロアチア人の元将軍ゴトヴィナなどがいましたが、デル・ポンテは、2005年末にはゴトヴィナの逮捕にこぎつけます。
映画の中では、セルビアやクロアチアなどの政府が情報提供に非協力的ななか、EU加盟を希望するクロアチアに対してICTYのEUへの報告書が影響力を持つことをてこにゴリゴリと圧力を加える様子や、表面上は協力を約束しつつ非協力的なセルビアの首相に対してEU諸国やアメリカなどを通じた政治的影響力を駆使する様子が描かれています。
国際政治の舞台裏を垣間見ることができる作品です。


旧ユーゴ紛争の戦争犯罪人といえば、今年の7月にセルビアのカラジッチが拘束されました。
毎日新聞の記事「クローズアップ2008:逃亡12年…カラジッチ被告拘束」によれば、

2008年4月 EUがセルビアと加盟の前段階となる「安定化・連合協定」を締結
2008年7月 セルビアで親EUのツベトコビッチ政権が発足

という政治的背景が後押ししたようです。
政権発足が7月8日で拘束が7月21日ということは、元々セルビア政府は居場所を知っていたようです。 

こんな記事も
カラジッチ被告、戦犯法廷に初出廷 罪状認否を留保
(2008年08月01日 12:02 CNN)  

同被告は、法廷が「7月21日」とした逮捕日より前に、不当に拘束されていたなどと主張。さらに、96年に、ボスニア和平の立役者となった米国のホルブルック国務次官補(当時)との間で、同被告が公の場から退けば訴追を免れるとの取引があったと述べた。

米情報筋「カラジッチ被告の密約は事実」、セルビア紙
(2008年08月03日 13:53 AFP)  

セルビアの日刊紙ブリッツ(Blic)は2日、ある米情報関係者の話として、ボスニア・ヘルツェゴビナ内戦(1992-95年)当時のセルビア人指導者、ラドバン・カラジッチ(Radovan Karadzic)被告(63)が米国との「密約」により保護されていたことは事実と報じた。  

同紙は「問題に通じた米情報関係者」の話として、カラジッチ被告は公の場から姿を消すことの見返りに訴追を免除されるとの密約を米政府と交わしたが、2000年に米中央情報局(CIA)の電話盗聴で、自らが設立したセルビア民主党(SDS)の会議の議長を務めていることが米国に知れたことで、密約は白紙に戻されたという。  

この映画でも米国との密約は焦点になり、アメリカ政府は頑強に否定していましたが、報道の通りだとすると、映画撮影当時の2005年はすでに密約は白紙になっていたので、米国も否定するしかなかったようです。  


一方、残る大物ムラディッチはセルビア政府のコントロールが効かない軍部に保護されているようで、拘束は困難視されています。
残る戦犯、ムラジッチ被告 軍が保護「拘束困難」
(2008年7月31日(木)08:15 産経新聞)  

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争時のセルビア人指導者カラジッチ被告が旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(オランダ・ハーグ)に移送されたことに関連し、英情報機関元幹部は29日、産経新聞と会見、逃亡を続けるセルビア人勢力司令官で、同紛争の残る大物戦犯、ムラジッチ被告について「セルビア軍の協力者にかくまわれているため、拘束は容易ではないだろう」との見通しを示した。 

カラジッチ被告は、欧州連合(EU)への統合を目指すセルビアのタディッチ大統領の指示で拘束された。だが、軍内部にはEU加盟を望む親欧派が少ないため、「ムラジッチ被告の拘束にはかなりの困難が予想される」と元幹部は指摘した。  

今回の拘束で中心的な役割を果たしたのは、これまでカラジッチ被告を見逃してきたセルビア秘密情報機関で、同被告と接触していたおいを長期間にわたって監視、電話の盗聴を続け、同被告の居場所を突き止めた。米欧の情報機関はセルビア当局に拘束を急ぐよう圧力をかけ続けていた。    



話は飛んでしまいますが、これと比較すると極東軍事裁判は連合国にとってはとても円滑に進んだんだな、という妙な感慨を覚えます。 
職業軍人や政治家には国外逃亡できるほどの資金力やルートもなく、国内でかくまい続けるような組織もなかったということは、大日本帝国自体がとても統率の効いた組織だったということをあらわしているのかもしれません。  

なんか国全体が所得が把握され徴税されやすいサラリーマンだったような感じもしますが(特に戦犯の中には個別に上手に立ち回った人などがいたりするところも)・・・

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『クライマーズ・ハイ』

2008-07-15 | キネマ
レビューではありません。

先日昔の連中と会ったときに、当時の写真とかを持ち寄ってみると、皆シャツの裾をズボンの中に入れてました。

当時はそれが普通でした。

そこで誰かが、当時の日航機事故を題材にした『クライマーズ・ハイ』の予告編を見ると、ポロシャツの裾を出している人が多いのは時代考証がおかしい、と言っていたので、予告編を見てみたら(公式サイトはこちら)確かに堤真一は裾を出している(笑)

多分、製作にかかわっているのは若い世代の人が多いんでしょう。
ホント最近年齢を感じることが多いです。
(そういえば『バブルへGO』とかはどうなんだろう。今度観てみよう。)





日航機事故といえば、当時現地対策本部まで通信線などのインフラを設置する仕事をしていたという人に会ったことがあります。

その人の仕事は樹を伝って電線などを敷設するのですが、現場近くになると地上以上に遺品や遺体の一部が枝に引っかかっていて、凄惨なじょうきょうだったそうで、作業が終わった後、もう耐えられないと転職してしまったそうです。
今で言えばPTSDなのでしょうが、そのころはそんな言葉も一般には知られていなかったですね。


『クライマーズ・ハイ』という題名からは他人の事故でアドレナリンだかエンドルフィンが出ちゃうっていう新聞記者の性を描いたように思いますが、どうも最近新聞記者とかマスコミの人の「共感力」に疑問を感じることが多いので、実際に映画を観るかどうかはわかりません。



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エヴァ

2008-06-30 | キネマ

週末からTSUTAYAでDVD旧作半額セールをやっていたので何かシリーズものをまとめて観ようと思い、結局「新世紀エヴァンゲリオン」を借りてきました。

これ、放映時にアシスタントの子(当時20代前半?)から「面白いですよ」と言われ1回だけ観たものの、その回だけではいまいちよくわからず、当時(から)僕(30代前半)は帰宅も遅くビデオ録画をする習慣がないためそのまま見過ごしてしまったものです。


これを観る前にブログを定期巡回していると、ウチダ先生の「情報を抜く」というエントリを発見

「情報を抜く」とは何かと言うと、橋本治氏との対談での橋本氏の言葉

『桃尻娘』を書くときに、こっちが二十七、八じゃないですか。主人公は十五だったでしょう。
何が違うかというと、男と女が違うと考える前に、彼女は俺より十二年若いんだ。とすると、俺が知っている十二年分、彼女が知らないんだな。そういう引き算をしちゃったんです。

をきっかけにしています。

情報があるせいで、理解できないことがある。
過去においてつねに「未来は霧の中」なのであるが、「過去における未来」のうち「現在において過去になったこと」はその「霧」的要素を失ってしまう。
それはもう「起きてしまったこと」なのである。
「起きてしまったこと」が目の前にあるとき、「どうして、『このこと』が起きて、『それとは違うこと』が起きなかったのか?」と問うことはきわめてむずかしい。
私たちは「起きてしまったこと」の宿命性をつねに過大評価するからである。

前に紹介した『まぐれ』では「生存バイアス」とか「後知恵バイアス」とも言われています。


これを読んだのもなにかの縁なので、エヴァも現在からの目線での評価をしながら観ないようにしようとしました。
この作品は既にいろんな人が論評してますし、そもそも舞台が2015年ともう近未来じゃなくなってる(歳とるわけだ(笑))などという事情もありますので。

だとすれば没入したほうがいいかと、土日で結末の部分をリメイクした劇場版まで一気に観ました。

批評めいたことを考えずに「綾波レイは左利きなんだ」(学校での掃除当番の雑巾の絞り方がそうだったんで)とか楽しみながら観たので今日は小難しい話はなしです。


一言で言えばやりたい放題やった作品ですね。
だからインパクトがあるのでしょう。




さすがに今朝は眠いです。






それに、実は『ツインピークス』も借りてきちゃってるんですよね(笑)



 

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『迷子の警察音楽隊』

2008-06-17 | キネマ

Tsutayaで「ジャケット借り」ました。

文化交流のためにイスラエルに招かれたエジプトのアレキサンドリア警察音楽隊が目的地と一文字違いのホテルすらない田舎町に迷い込んでしまいます。そこで食堂の女主人に助けられ、地元民の家で一泊させてもらうのですが、エジプト人と話したことすらないようなイスラエルの田舎のユダヤ人たちとの妙な交流が始まる、という話です。

音楽隊の鮮やかな水色の制服と殺風景な田舎町の風景、ぎこちない英語で交わされる会話と内輪でのそれぞれの言葉の会話が面白いコントラストになっています。
そして主人公の初老の音楽隊の隊長の生真面目さがいい味を出しています。

「敵対する国の人同士が友情を育む」「音楽は人をつなぐ」というきれいなまとめ方をした状況設定の一発芸ではなく、民族や国の対立はあっても、結局みんないろんな悩みや愚かさを抱えて日々を営んでいる人間なんだ、ということを面白く、そしてちょっと哀しく描いているところが映画に深みをあたえています。

 






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