goo blog サービス終了のお知らせ 

一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

『ブレイブ ワン』

2008-05-11 | キネマ
婚約者と散歩中に暴漢に襲われ、婚約者は殺され自らも重傷を負った被害者が、護身用に買った銃で強盗を射殺したのをきっかけにギャング狩りを始める、という話です。

主演はジョディー・フォスター。
映画の設定自体は昔からあるものですが、銃規制問題などとからみ、作品を選んで出ている彼女が今回どんな作品を選んだかも興味ありました。

主人公の心情、退院した後のPTSDとか悪人を殺すことの葛藤などはきめ細かく描かれていますし、登場人物のセリフ回しも緻密です。
そしてストーリーも単なる銃保持の正当化や報復賛美にもなってはいません。
その意味ではよく出来た映画です。
ただ、よく出来た脚本だけあって、最後も丸くおさめてしまっているので(どこかであったような・・・という結末です)鮮烈な問題提起、という色合いはありません。
それは"Brave"と言ってしまっているあたりから既にある限界だったのかも。

銃規制だけでなく、大きな構造としては911の報復として加害者ではないが悪人と言われていたフセイン政権下のイラクに侵攻するのと同じなんですよね。
もっとも映画にそこまでの批評性を求めるのも酷だと思いますが・・・


私はジョディー・フォスターは好きなので十分楽しめました。
演技力だけでなく、40代半ばで顔と体型を維持しているのは立派です(もともと太らない体質なのかもしれませんが)。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『キングダム』

2008-05-09 | キネマ
ここでいうキングダムはサウジアラビア王国のこと。

サウジアラビアの首都リヤドでのFBI捜査官を巻き込んだ自爆テロの計画者を探すためにFBI捜査官が現地に向かう・・・以下はドンパチ・・・という予告編を見て、まあ息抜きにドンパチ映画(結構好きだったりします)を観てアメリカ人の悪口でも言おうかと思って借りてきましたが、本編は意外としっかりしていました。

FBI捜査官が海外に出向くという多少無理のある設定も強引にですがつじつまを合わせてます(そのためにけっこう時間を割いている)し、テロや戦闘のシーンはかなりリアル(=凄惨)に描かれていています(こういうのはPG-12にしたほうがいいのではと思います。)。
そして、敵意の連鎖がどうやって生まれるか、そこへの希望はないのかについての問題提起もあります。

考えさせられる、とまではいきませんが、単純に楽しんじゃうのはどうかな、と思わせるくらいのまじめぶりをハリウッド映画も求められるということでしょうか。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『それでもボクはやってない』

2008-05-08 | キネマ
これも公開当初から話題だったのですが観る機会がありませんでした。


痴漢冤罪を告発する、というような映画かと思っていたのですが、現実の取調べや刑事裁判の実態を丹念に取材して、冷静で完成度の高いシナリオになっています。

痴漢は、日常的には良く起きる(らしい)比較的微罪であること、被害者が加害者を特定しにくいこと、一方で性的犯罪であり被害者への影響が大きく加害者に同情の余地が少ないことなどから、被害者・加害者だけでなく警察・検察・弁護士・裁判所や周囲の関係者の独自なスタンス(「早く認めて罰金刑で済ませたほうが楽だぞ」「冤罪を主張しているけどホントはやってるんじゃないか」「正直言えばこんな小さい事件にかかずらわりたくはないんだ」)が形成されていることが描かれています。
「日本の裁判制度の問題点」を云々という解説がありましたが、問題はもうちょっと複雑だと思います。

シナリオ上は「冤罪」という切り口からなので検察官や裁判官は悪者風に描かれていますが、たとえばこれを検察官や裁判官の視点から見た別バージョンがあっても面白いのではないかと思いました。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『今宵、フィッツジェラルド劇場で』

2008-05-07 | キネマ
ミネソタ州セントポールのフィッツジェラルド劇場で長年親しまれてきた公開生放送のラジオショウ「プレイリー・ホーム・コンパニオン」も放送局の身売りに伴い最終回を迎えることになる、その舞台裏をめぐる人間模様を描いた映画です。

※以下、ネタバレはありませんが、途中から映画のレビューでなくなってます(汗)

Wikipediaによればこの「プレイリー・ホーム・コンパニオン」というラジオショウは、1974年以来現在も放送中の実在する番組(それもフィッツジェラルド劇場を本拠にしている)だそうで、司会はこの作品の原案・脚本を担当し司会役も演じているギャリソン・キーラーが務めているそうです。
実は日本でもAFN(昔のFENですね)東京局のAMラジオ放送 (810kHz) で日曜午後4時から聴くことができるとのこと。

コメディタッチの人物造形とともに、ラジオショウの楽しさ、そして消えゆくものを慈しむトーンをたたえる脚本を、芸達者(多少曲者風)の俳優たちが好演で盛り上げています。

ギャリソン・キーラーはさすがに本職だけあって司会も歌も見事です。
そして、実際のラジオでは放送できないようなきわどいネタをここぞとばかりに繰り出しています。
さらにメリル・ストリープとリリー・トムリン(こちらに次いで二度目の登場)の姉妹は演技だけでなく歌も見事、狂言回し役の保安係のケヴィン・クラインも歌を聞かせます。
また、新しいオーナー役のトミー・リー・ジョーンズは劇中で「学生の頃バンドをやって才能がないことに気がついた」というセリフがあるのですが、これは本音なのか、実は本人も歌う役をやりたかったのか興味があります。
(キャストにRobin Williamsとあったのであれ、と思ったのですが、"Robin and Linda Williams"(参照)というカントリーのデュオがいるんですね。)


実際のラジオショウを知っていたらもっと楽しめたかもしれませんが、十分面白い作品でおすすめです。


ところで劇中、カウボーイのデュエットが「ろくでなし男の歌」というのを歌っています。
そのろくでなしは言うことがすべてウソ(「ほらふき」のほうが正確ですね)で荒唐無稽なホラをふきます。
そしてサビの最後がこんな歌詞です

  ♪
  でもたった一つの真実は
  そいつのウソは全部自分のついたウソ

考えてみれば自分のオリジナルのウソをつくというのはかなりの努力が必要です。
たいがいのウソは世の中にあるフレーズを借りてきて自分を飾ることに使われます。
『問題は、躁なんです』でも、躁の特徴のひとつとして世俗的で見栄っ張りなウソをつく、というのがありました。)
あまりにオリジナルなウソは現実味がなく誰もが信じないからかもしれません。

逆に考えてみれば、私たちは普段の仕事で、聞く人がなんとなくわかったような気持ちにさせる説明、プレゼンテーション、キーワード、概念整理を日々作っています。
「多くの人が信じやすい方便」は「厳密な真実」よりも世の中に受け入れられやすいからかもしれません。
また、企業活動の意思決定においては100%正しい選択などというものはありませんし、もしあったとしてもそんなものがわかるはずがありません。
でも「わからない」と判断放棄をするわけにもいかないので、その手前のところで判断基準を作ったり新たな概念整理をしたりするわけです。
「企業価値」などはその最たるものですね。

つまり私たちは日々そうやって、ウソを生産しているともいえます。
明らかなウソや無責任なウソは「偽装表示」とか「詐欺」として非難されますが、真偽が明らかにならずに皆が信じたがるウソは「夢」とか「ビジョン」とか「わかりやすい説明」などと言われたりします。


まあ、呑気にそんなことを言っていられるGWも終わってしまいました。

さあ、今日からまたウソツキの世界に戻ることとしましょうか。
(まあ、それも嫌いではなかったりするけど・・・)



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『フィクサー』

2008-05-06 | キネマ

GWは「安近短」を決め込んで、久しぶりに劇場で映画など。
ERⅠの頃は単なるあやしげな二枚目役者とおもっていたらみるみる出世して最近はプロデューサーとしても問題提起型の作品で話題のジョージ・クルーニーの『フィクサー』

※以下ネタバレあり


所属する弁護士事務所の扱う30億ドルにものぼる集団訴訟をめぐるトラブルの解決に乗り出した「フィクサー=もみ消し屋」ジョージ・クルーニーが事件に巻き込まれていく、という話です。
120分の長尺作品ですが、本線のストーリーが面白く、助演のトム・ウィルキンソン(事件の主任弁護士役)、ティルダ・スウィントン(被告企業の法務部長役)、シドニー・ポラック(弁護士事務所のトップ役)の好演もあり、長さを感じさせません。
(ラストシーン近くになると先が読めちゃいますが)


ただ問題は、予告編などをみると「フィクサー」は「裏のエース」風な法律事務所のキーマンのような先入観を持ってしまいかえってわかりにくくなってしまうのではないかということ。

実際にやっていることは雑務っぽいことが多く、本人も「『フィクサー』でなく『掃除屋』だ」という自虐的に言っています。
それに水際立った事故処理のエピソードなどもありません。
上司や同僚などは「この件を処理できるのは君を置いてはいない」などとおだててますが、雑用をやらせるために体よくおだてている風です。

劇中で明らかになる経歴も(少なくとも僕の知らない)あまり有名でない大学・ロースクールを卒業し、ブロンクスの検察官補を経て法律事務所に入り在籍17年でパートナー(共同経営者)になれず"special councel"のまま。ちらっと出てくる仕事の電話も(大金持ちでなさそうなクライアントの)離婚がらみの財産分与とぱっとしない感じです。
また、給料もそれほど高給というわけではなさそうです。

ポータルサイトの映画解説でもYahoo!映画は「弁護士事務所に所属し、裏で暗躍するもみ消し屋“フィクサー”の苦悩と焦燥を描きながら・・・」と書いてますが「暗躍」というほどかっこよくはありません。
goo映画の「NYの大手弁護士事務所に勤めるマイケル・クレイトンの専門は不始末をもみ消すこと。そんな仕事に嫌気が差していた時・・・」というほうが正確です。

処遇に不満を持ち、私生活にもトラブルを抱えながらも「ダメな大人になるな」と息子に諭すなど主人公も奥行きのある人物として描かれているのですが、ジョージ・クルーニが演じるとちょっとかっこよくなりすぎてしまうのかもしれません。


ところで映画の舞台になった法律事務所は弁護士が600人いるという設定です。
そうなると年功序列で全員がいつかは共同経営者になれるというわけにもいきません。
また、普通の会社で言う総務とか人事をやるのも共同経営者かその下請けの弁護士ということになるのでしょう。コンサルタントを雇うことはあるかもしれませんが専任のスタッフはいないので、どうしても面倒な雑務やサポート業務をする人が必要になってきますし、エース級の高い報酬を稼げる弁護士には仕事に集中出来る環境を作ることが合理的なわけです。(このへん全部教授会で物事を決めて経営から雑務まで分担する大学と似ていますね)

普通の会社なら人事ローテーションがあったり、勤めているうちに「○○畑」風になったり、そのうち先が見えてきたりで不満の大小はあるにしてもそれぞれのポジションで仕事をしています。
一方弁護士はスペシャリストというプライドがあったりするのでなかなか自分が雑務に回ることは潔しとしないのかもしれません。
なら逆に資格があるので転職するなり独立すればいいと思うのですが、アメリカでは特に競争が激しいので、主人公のような40台半ば(多分)のさほど目立った実績もない人には難しいのかもしれません。
その反面、給料は高くないにしても(レストランの共同経営に失敗し、そもそもその資金も街金から借りているし返済の7万ドルの資金繰りが出来ない)、大手事務所に勤務しているというステータスや、事務所からメルセデス・ベンツのSクラスを貸与されたりしていると、なかなか辞めづらいのかもしれません。

映画の中でも主人公が経営トップに「俺もいい仕事が出来るのだから訴訟チームに戻せ」と言うと「この事務所には600人も弁護士がいて、その全員が優秀だ(だからお前しかできない今の仕事をちゃんとやれ)」と切りかえされる場面があります。


あれ、これって日本の大企業のサラリーマンが今の処遇に不満でも福利厚生が充実してるから辞める踏ん切りがつかないのと同じような・・・

平たく言ってしまうと、この映画は「うだつがあがらず大きな事件を持たず雑用専門のロートル弁護士が集団訴訟をめぐる陰謀に立ち向かう」という話だということに気づきました。

そういうよくある話ながらきっちりと作られていて楽しめる映画なのですが、アメリカの法律事務所における「フィクサー」の仕事が明らかになると期待していると期待はずれになります。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ゆれる』

2008-05-05 | キネマ
前から気になっていた映画を連休中にまとめて観たのでしばらく映画のレビューが続きます。

最初は『ゆれる』

監督の西川美和が脚本も書いているため、練られた科白、効果的なカメラワークと演出が統一感がとれた作品になっています。
演出はちょっと過剰に象徴的なシーンを強調するような部分もありますが、全体的には微妙な納得のいかなさ・消化不良感が考えさせる効果を生むような脚本なのでその思わせぶりな演出も魅力になっています。

内容に言及するとネタバレになってしまうので、あらすじはゆれる - goo 映画などをご覧ください。

主役のオダギリジョー(弟)と香川照之(兄)の関係を中心に、兄弟の関係が通低するテーマになっています。
キャストでは兄役の香川照之の演技が出色です。
特にラストシーンで見せる表情は圧巻です。

消化不良感を一気にカタルシスに持っていくかのように、兄が何を考えていたかをこの一瞬で見せてしまいます。
でも、しばらく後に、その解釈は受け取る人によってやはり違うんだろうな、と思わせてしまうような、余韻というよりはいい意味での後味の悪さが残る作品です。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『アイ・アム・レジェンド』

2008-04-30 | キネマ
けっこう面白かったです。

全体のストーリーはネタバレになるので言いませんが、
設定の妙は○
細かいところの演出は○
主演のウィル・スミスの演技は○(まあ、いつもどおりなのですが。内輪ネタもあり好き嫌いは分かれるかも)
全体のストーリーは△(後半見えてきてしまう)

というところで、けっこう楽しめます。



ただ、ホラー系が苦手な人は避けたほうがいいかもしれません。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『デジャヴ』

2008-04-05 | キネマ
面白い映画でした。
でもネタバレすると面白さが半減するので妙な解説になることをご承知置きください。

デンゼル・ワシントンという俳優は、「賢明でかつ正義感に溢れ、かつタフなアフリカ系アメリカ人」という確固たるポジションを築いています。

冒頭は確かにデンゼル・ワシントンの映画(たとえば『ボーン・コレクター』のような)というはいり方をすします。
ところが途中から、え?これデンゼル・ワシントンのする役?というような展開になり、でも、最後はいかにもデンゼル・ワシントン的な終わり方をします。


これじゃぁ何言ってるかわからないでしょうが、単なるサスペンスではなく、ちょっとひねった映画であることは間違いありません。
だいたいこの手のひねり方は無理が伴うのですが、脚本もこなれていて、無理の部分を目立たなくしています。


まあ、まずは観てください。
一週間レンタルの料金なら損した気持ちにはならないと思います。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』

2008-03-30 | キネマ
タイトルは原題の直訳で、そこから想像されるように相当強烈なパロディーです。

ボラットというカザフスタンのTVレポーターが、成功の秘訣を探るためにアメリカに渡ってドキュメンタリー番組を作る、という設定で、そのことでアメリカのおかしな部分をパロディにすることを意図しています。

全編にわたり男尊女卑、ユダヤ人やジプシーへの偏見、知的障害者などアブナい表現がちりばめられています。

ボラット役でプロデューサーのサシャ・バロン・コーエンは(カザフスタンとは何の関係もない)ユダヤ系イギリス人、監督のラリー・チャールズも『隣のサインフェルド』の脚本家と、いかにも一癖ありそうな連中の作品らしいともいえます。


アメリカ人はともかく、カザフスタンの人は怒るだろうなぁ、というのが一番の感想です。
特に導入部はそのへんの引っ掛かりがあって大笑いとはいかない部分がありました。

サシャ・バロン・コーエンの痩せ型長身・ヒゲに黒髪という風貌が一番の理由なのでしょうが、主人公をアフリカ人にすると差別だと言われ、北朝鮮だと普通過ぎる、というあたりで中央アジアを選んだ、ということもあるのかもしれません。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『エディット・ピアフ-愛の讃歌-』

2008-03-23 | キネマ
僕にとっては「愛の讃歌」といえばテレビの懐かしの歌声特集のような番組で越路吹雪が歌っているものというイメージがあり、シャンソニエといえば企業のエライさんの行きつけの店に連れて行かれて「趣味のよさ」にお愛想を言ったりしたような思い出しかないのですが、この映画は予告編を見て気になっていました。

題名の通りエディット・ピアフの生涯を映画にしたものですが、「映画の総合力」を感じさせるいい作品でした。


俳優陣の好演、ピアフのデビュー前から晩年までをカバーしたメイク、戦前から50年代までを再現した美術、昔の音源(歌はピアフ自身の音源からとったものだそうです)をうまく映画にフィットさせた音響など完成度が非常に高いです。

中でも主演の主役のマリオン・コティヤール(『Taxi』シリーズの女優だったんですね)の熱演は特筆です。
歌も「口パク」を思わせない歌いっぷりですし、本人の歌い方や身ぶりまで相当研究したと思われます。

下にYoutubeのピアフ本人の映像がありますが、映画を見た後にこれを見て、舞台に登場したときのちょっと猫背でひょこひょこ歩く姿がこれほど本人に忠実だったかと鳥肌が立つ思いでした。






劇場で観たかったな、と思える作品です。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ボーン・アルティメイタム』

2008-03-11 | キネマ
前2作も面白かったのでDVDを借りてきました。
(既に予告編などであらすじ自体は知られていると思いますが一応ネタバレ注意です)


今回は主人公のボーンが、自分を「暗殺兵器」に改造した計画の全貌をついに明らかにする、という完結編。

マット・デイモンは善人顔なので「実は自分は根っからの悪人」には似合わないので「実は自分は被害者ではありませんでした。過去の記憶を消しただけで最初から生まれながらの暗殺者でした」などとという展開にはならないと予測がついてしまうのですが、アクション映画としては見所満載です。

あいかわらずカー・チェイスシーンは見せますし、格闘シーンも歯切れがいいです(目で追うのが大変なくらい)。


映画の本筋とは関係ありませんが、ヨーロッパのいろいろな街を足がつかないように鉄道で移動する際に乗る国際特急が個人的には旅情をかきたてられました。

休みが取れるか、とかユーロ高でとかハードルはたくさんありますが、ヨーロッパを鉄道で回れるくらいの余裕のある日程で旅行がしたいですね。









コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ぜんぶ、フィデルのせい』

2008-02-13 | キネマ
ここでいう「フィデル」とはキューバ革命の指導者フィデル・カストロのことで、映画はちょうどその頃1970年代のパリを舞台にしています。


主人公のアンナはボルドーでシャトーを持つおじいちゃんと、弁護士の父親、「マリ・クレール」の記者の母親を持ち、立派な家に住んでいます。
ところがスペインのフランコ政権の弾圧から逃れた親戚母子が家にかくまうことになったのをきっかけに父親はチリのアジェンデ政権と民主化運動支持に、母親は妊娠中絶合法化運動に力を入れだし、一家の生活は一変します。
狭い家に引越し、いつも家にはヒゲをはやした活動家があつまり、仲の良かったお手伝いさんはクビになってつぎつぎと変わり、という中でのアンナの困惑と不満が頂点に達し・・・


主人公のアンナはそれぞれの大人の言うことを聞きながらも、そして何でこうならなければいけないのか、逆にこうしろと言われて従ったつもりなのになんで怒られるのかに日々納得がいきません。
アンナ役を演じる子役の眉をしかめて真剣に考えている表情が最高で、それを子供の視線に立ったカメラワーク(デモ行進のシーンは象徴的です)が印象深くしています。


子供はひとつの価値観に縛られずに逆にすべての事象に対して純粋(ある意味原理主義的)に反応します。それが現実とぶつかりあって妥協を知ることで「大人になる」のですが、この映画は「正しいことは何か」から入る一方でそれを自己の正当化の論理立てとして使いがちな大人と子供の視点を対比することで、大人のあり方を描き出している映画でもあります。

大人たちの主張する「正しいこと」と行動とのギャップを意図せず指摘するアンナや進歩的でありながら子供には思わず権威主義的に当たってしまう両親のセリフなどはとても楽しめます。

また、自分の立てたテーゼに縛られない子供ならではの適応力の強さも見どころです。
仲の良かったキューバ人のお手伝いさん(彼女が「ぜんぶ、フィデルのせい」と言った人)から、両親の「政治的難民を助けるという人道的見地」からお手伝いさんがギリシャ人、ベトナム人ところころ代わっても、アンナはそれぞれのお手伝いさんからそれぞれの国の天地創造や神様の話を共通項に仲良くなっていきます。
(このあたりは監督のカトリック系教育へのアンチテーゼという意味もあるのかもしれませんが。)


主人公の演技、シナリオ、カメラワークとそろっお勧めの映画です。


※公式サイトはこちら










コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『再会の街で』

2008-01-16 | キネマ
正月休みに久しぶりに劇場で観た映画です。


NYで繁盛している歯科医・アラン(ドン・チードル)は大学時代のルームメイトのチャーリー(アダム・サンドラー)に再会します。チャーリーは9.11の飛行機事故で妻子を失くし、歯科医もやめて何もしないで暮らしています。アランはチャーリーをセラピーに連れて行こうとする一方で、彼の自由な生活を羨む自分に気がつき・・・

という話です。

ドン・チードル(←お気に入り)は相変わらずいい味を出しています。
またアラン役のアダム・サンドラー(今まで知らなかったのですがサタデーナイトライブ出身のコメディアンで、アメリカでは人気のようです)が好演しています。

原題は"Reign over Me"。過去にreign overされてしまった主人公の葛藤と、それを象徴するようにThe Whoの"Love, Reign O'er Me"が(映画中に数々出てくる70年代ロックの中でも)この映画の主題曲になってます(Pearl Jamのカバーですが)。
オフィシャルサイトにある予告編はちょっとネタバレ(最後のキーになるセリフが出てきてしまっている)なので(前もって見なくてよかった^^)、
英語の予告編

Reign Over Me Trailer


のほうがお勧めです。
また、この映画をバックにしたMusic Videoも映画の雰囲気がよく伝わります(長い分ちょっとストーリーがばれちゃいますが)。

Reign Over Me - Music video



あまり語りすぎてネタバレになってしまう前にやめておきますが、ちょっとだけ感想を。

二人の青春時代だった70年代ロックがモチーフになっていることもあってか、アダム・サンドラーはボブ・ディランを意識した髪型・風貌の役作りをしていて、それがまたいい雰囲気を出しています。
(そういえば「昔の頃に戻りたい願望」って男のほうが強いのかもしれませんね。)
それから最近息子のほうが24で稼いでいますが、父親のドナルド・サザーランドが美味しいところでいい味をだしてます。


特にThe Whoにピンと来た年代の方は(映画は劇場が限られているのでDVDになってからでも)ぜひ観ていただければと思います。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『トランスフォーマー』

2008-01-08 | キネマ
日本のおもちゃが元になったことでも話題になった『トランスフォーマー』。

大人も楽しめる子供(少年)向けの映画に仕上がっています。
こちらも正月向けに気楽に楽しめます。

それにしても今の子供はこういうCGを駆使した映画が楽しめて恵まれているなぁ、と一瞬思ったのですが、WiiやPSなどのゲームのある中でのこの映画のありがたさと、僕の子供の頃の特撮もののありがたさでは、後者の方が断然価値があったのではないかと思い直しました。

なにしろあのころはテレビゲームどころか紙芝居の世界でしたし、任天堂はまだトランプや花札を作っていたのですから。

僕の小さい頃の日本の子供は恵まれていたんだなぁ、という正月っぽいオチがついたというお話でした。








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『オーシャンズ13』

2008-01-08 | キネマ

正月休みに観た作品のレビューを。

ご存知大人の娯楽作品。

役者のギャラに加え、カジノのセットは相当金をかけていそうです(でも今ではCGの方が高いんだろうなぁ)。
豪華さもお正月向けです。

尺を合わせるためかちょっと展開が速すぎ、またはエピソードを盛り込みすぎな感じもします。

DVDで英語音声日本語字幕で観ていたのですが、字幕が台詞の雰囲気を伝えきっていないようだったので、ヒアリング力を補うために英語音声英語字幕にしたらテンポ良く楽しめました(そんなに難しいことを言ってるわけじゃないので字幕でサポートしてもらえばわかりやすいです)。

でも、もう一回最初から観るってほどじゃないな・・・
正月のTV番組よりは面白かったですけど。


あと、偶然でしょうが敵役のアル・パチーノが経営するカジノの建物

が、名古屋駅前に建築中のモード学園スパイラルタワーズ

 

に似ています。

両方とも奇抜な建物を作ろうとした結果似たものになったのでしょうか。






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする