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なぜTPPを推進するのか 経団連米倉会長 ボロ儲けのカラクリ

2011年11月24日 22時51分33秒 | TPP

ゲンダイネットでもうひとつ見つけた記事を転載します。これは以前近野滋之・民族主義者の警鐘でも、とりあげておられましたが、経団連の米倉会長がTPPを推進するのは、米倉会長住友化学が、ボロ儲けできるからだという話です。

TPPに加入すると、国内のいろんな規制が取り払われる可能性が非常に大きく、そうなれば、今まで遺伝子組換え商品は表示義務がありましたが、この義務がアメリカと同じく廃止されて、そのため遺伝子組換え商品が大量に入ってくる可能性があります。

それを見越して米倉さんが会長をしている住友化学は、アメリカのモンサント社というバイオ会社と提携しているのだそうです。さすが抜け目のない商売人ですね。

 

 

なぜTPPを推進するのか 経団連米倉会長 ボロ儲けのカラクリ

【政治・経済】

そういうことか!

 反対論が強いのに、強硬にTPPを推進している経団連の米倉弘昌会長(74)。なぜ、シャカリキになっているのか。

 大新聞テレビはまったく報じないが、ネット上では「米倉が会長をしている住友化学がボロ儲けできるからだ」と批判が噴出している。

 TPPに参加すると、アメリカから「遺伝子組み換え食品」が大量に入ってくる恐れが強い。日本は遺伝子組み換え食品に“表示”を義務づけ、一定のブレー キがかかっているが、アメリカは表示義務の“撤廃”を求めているからだ。その時、国内最大の農薬メーカー、住友化学が大儲けするというのだ。一体どんなカ ラクリなのか。

住友化学は昨年10月、アメリカのモンサント社というバイオ会社と提携しています。モンサント社は、強力な除草剤『ラウンドアップ』と、ラウンドアップ に負けない遺伝子組み換えの種子をセットで売っている。遺伝子組み換え種子ビジネスの大手です。ベトナム戦争で使われた枯れ葉剤を作っていました。要する に、遺伝子組み換え食品が広まると、モンサント社が儲かり、ビジネスパートナーの住友化学もウハウハというわけです」(霞が関事情通)
しかし、自分の会社の利益のためにTPPを推進しているとしたら許されない。遺伝子組み換え食品にどんな危険があるか分かっていないからなおさらだ。

TPPに参加したら、日本の食の安全は崩壊しかねません。たとえば日本は大豆の90%を輸入に頼っている。産地はアメリカが70%で、アメリカの大豆の 90%が遺伝子組み換えです。いまは表示を見れば遺伝子組み換えかどうか判断がつくが、表示義務が撤廃されたら、消費者は判断がつかなくなる。多くの消費 者は、強力な除草剤をまいても枯れない大豆、人為的に作った大豆が本当に無害なのか不安なはずです」(農協関係者)

 住友化学は「米倉会長は経団連会長としてTPPを推進しているに過ぎません」(広報部)と釈明するが、米倉会長を国会に呼んで真相を問いただすべきだ。

 

 


TPPの黒幕 経産省女性官僚がやったコト

2011年11月24日 22時11分21秒 | TPP

三橋貴明さんのブログで見つけたゲンダイネットの記事です。この人のやったこと、ひどすぎるんじゃないでしょうか。まさに国を売る行為では?



【TPPの真実】

TPPの黒幕 経産省女性官僚がやったコト

【政治・経済】

2011年11月21日 掲載

国を売るのか!

<慎重派が呼んで吊るし上げ>

マイクを握り、身ぶり手ぶりで説明する女性官僚。彼女こそ、いま、TPPの黒幕と呼ばれる宗像直子・経済産業省通商機構部長(グローバル経済室室長)である。

なぜ、彼女が黒幕と呼ばれるのか。
 
日米で言った言わないでモメている野田首相発言、「日本は全ての物品サービスを(TPPの)貿易自由化交渉のテーブルに乗せる」というセリフ。これは経済産業省が事前に用意したペーパーに書かれていて、これを作成したのが宗像なのである。

問題のペーパーはAPECのためにハワイに先乗りした枝野経産相にカーク米通商代表との会談用として渡された。たまたま枝野に密着していたテレビが映した ことで、存在がバレた。その後、枝野はカーク通商代表との会談に臨み、あとからハワイ入りした野田首相はオバマ大統領と会談、交渉参加に向けた協議に入る ことを表明した。枝野も野田もペーパーに書かれているような発言をしていないと言うが、米国は、野田がこのペーパーに沿ったセリフを表明したと発表。で、 宗像は与野党のTPP慎重派から吊るし上げを食らっているのである。

「18日に開かれた民主党の慎重派の勉強会にも呼ばれて、経緯を聞かれていました。宗像氏は首相の会見前に用意した発言要旨だったとし、首相の会見のあ と、その趣旨を反映させたものに差し替えなかったため、ペーパーが残ってしまったと言い訳しました。
でも、外形的にはTPP参加の旗振り役である経済産業 省が極めて前のめりの参加表明文書を作り、それが米国に伝わって、日本の見解として発表されてしまったとしか見えない。
それに対して、日本は訂正すらも求 めていないのだから、おかしな話です。本当に差し替える気があったのか。経産省が交渉で、そう言わせようとしたのではないか。枝野氏はその通りの発言をし ているのではないか。疑惑は尽きないし、“違う”と言うなら、枝野大臣とカーク通商代表との議事録を公表するか、『米側の発表は誤り』と日本から声明を出 すべきです。宗像氏本人か、上司か、大臣か。誰かが責任を取らなければ、慎重派も収まらないと思います」(ジャーナリスト・横田一氏)

今回はたまたまTVが映像を撮っていたからよかったものの、それがなければ、交渉の裏で役人が勝手に何をやっているかわかったもんじゃない。そう思うと、ホント、日本の官僚は恐ろしい。

宗像氏は東大法卒、ハーバードでMBAを取得した後、1984年通産省に入省した。通商経済政策局経済協力課、総務課課長補佐などを経て、ブルッキングス研究所やジョージワシント
ン大で研究をした。新自由主義に染まった役人の身勝手な暴走は許されない。


明治大帝の好んだ「惣花」を味わいながら・・・

2011年11月24日 21時46分34秒 | 歴史

さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とうの昨日の記事からの転載です。昨日は新嘗祭の日で、私もわが家に国旗を掲揚しました。もっとも午後にはかなり空が暗くなって降りそうになったので、しまいました。

昭和天皇は、たとえ敗戦の状況のもとでも、変らず国民の暮らしを心配されて、稲の実りにも心を配られて、天気予報を気にされていたようです。

ポツダム宣言受諾を決定した御前会議の終った後も、泣いて昭和天皇に寄りすがった阿南大将に、日本の復興を決意されているお気持ちのお言葉をのべられたように、昭和天皇は、必ず日本を復興させるという強い気持ちで日々を過ごされたのでしょう。

 

 

イメージ 1
  
  
1123日は稲の収穫に感謝し、豊穣を祈る新嘗祭です。
天皇陛下の宮中祭祀であります。 
・・・・・
 
終戦後、宮内省庁舎の2階にあった侍従武官府では戦争が終わったため侍従武官たちは仕事がなくなっていました。
侍従武官とは、陛下の常時お側で軍との連絡をとるために奉仕する陸・海軍将校で、エリート将校の中から選ばれた選りすぐりでありました。
終戦時、彼らはまるで気が抜けており、夕方になると武官府にたくさんあった清酒「惣花」を酌み交わしていたという。
この「惣花」は灘の生一本で、明治天皇が好まれたことから宮中の専用の銘柄となったものです。
 
戦争中は、毎朝8時に侍従武官が陛下のもとにあがって、その日ごとの天気予報を報告することになっていました。これは天候によって作戦が左右されるからでした。
この報告は海軍が気象情報を収集していたので、その日の当直の海軍侍従武官が行うことになっていました。
戦争が終わり、空襲被害や戦況の上奏は行われなくなっていましたが、天気予報の報告だけは数日間そのまま続けられていました。
 
830日の夜、今井秋次郎中佐は海軍の当直でした。
今井は終戦で空襲がなくなったのでそのまま熟睡し、翌朝7時半ごろに目が覚めました。
この頃には軍令部から天気予報についての電話もかかってこなくなり、陛下もいつも無表情で聞かれていたので、ご負担をおかけしては畏れ多いと思い、報告をしていませんでした。
 
すると、侍従から電話がかかってきて、
「御上が天気予報を待たれている」と言ってきました。
今井は慌てて軍令部に電話をかけて天気予報を聞き出し、
御執務室の前の廊下でいつものように待っていると、陛下が背広を着て出御されました。
陛下に従って部屋に入ると、天気予報について報告しなかったことを詫びてから、
「ここ数日は、曇天か小雨になるものと思われます」と申し上げました。
陛下はいつものように黙って聞いておられました。
そして、報告が終わると陛下は頷かれ、窓の外に目をやられ、独り言のように言われました。
「では、稲は大丈夫だね」
 
今井は愕然として衝撃に打たれたようにたじろぎました。
戦争が終わったので、天気予報にはもう用がないだろうと勝手に思っていたら、天皇は稲作について心配されていたのでした。
 
今井は武官府に戻ると泣きながら陸軍武官の当直であった吉橋戒三大佐に話しました。
すると吉橋も感激して、泣きはじめたのです。
今井も吉橋も、陛下が毎朝空襲の被害状況について聞かれ、戦況が大きく動かなくても、
夕方に戦況について報告を受けられていた理由が初めてわかったのです。
陛下は常に国民のことを想っていらっしゃったのでした。
 
昭和天皇はいつも農作物の出来具合を心配されていました。
天皇陛下は国民の安寧と繁栄を祈る神官であり続けたのです。
歴代天皇はずっと皇祖を祀り、民草の幸福を祈ってきたのです。
これが我が皇室の伝統です。
 
昭和63年、この年は長雨が続きました。
昭和天皇は病床から白いレースのカーテン越しに小雨が降っているのをご覧になりながら、
「長雨にたたられた今年の稲の実りはどうなっているのか」と言われました。
陛下も吹上御苑の東南にある小さな水田で、ゴム長靴をはいて水から田植えされ、稲を育てられました。今上陛下も同じ水田で田植えをされて、刈入をされています。
 
これは天照大御神が高天原の斎庭(ゆにわ)の稲穂をとって皇孫に授け、耕作を命じた神勅にもとづいているのです。天皇陛下は日本神話と一体となっておられました。
日本神話で天孫降臨といわれますが、天照大御神の孫のニニギノミコトが大御神の命によって
日本の国土を統治するために、稲穂を持って今の宮崎県の日向の高千穂峰に降りられたのです。
 
ちなみに、日本酒「惣花」は今も日本盛によって販売されています。
「惣花」の由来は、めでたいと今日も朝から大祝い、千客万来の福招き商売繁盛、です。
 
この銘酒「惣花」は、明治32年に皇室御用酒となり、
昭和34年には今上陛下のご成婚の祝い酒としても用いられました。
 
「惣花」は幻の酒と言われ、それほど多く生産されていません。
特別な製法で造られており、通常の純米吟醸酒が60%の精米歩合のところ、惣花は贅沢にも55%まで酒造好適米とされる、丹波の山田錦を削って造られています。さらに特別な惣花酵母を使用し、10度くらいの低温の環境で3段仕込みをしています。丹念に造り上げられたまろやかな味わいときれいなごく味、高級品の風情を楽しめる、最高級の日本酒であります。(日本盛HPより)
 
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