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日常よく使われる英語表現を毎日紹介します。毎日日本時間の午前9時までに更新します。英文執筆・翻訳・構成・管理:上杉隼人

『桐生タイムス』連載「永遠の英語学習者の仕事録」【31】(2023/10/28)

2023-10-29 01:06:52 | 桐生タイムス
 マーベルの山に挑む 
アメリカ文化の成り立ちを詳細に追う1冊

マーベル・コミックは1961年からスーパーヒーロー・コミックの出版を開始し、以来、アメリカ文化の基盤を作り上げてきた。すでに2万7000冊以上出版され(印刷されたページは50万ページ以上だ)、この数字はさらに伸びている。出版点数はあまり膨大で、すべて読破するのはほぼ不可能だと思われる。だが、ある程度の制限はつけたものの、このマーベルの山に果敢に挑み、ほぼ読破した者がいる。今月の「永遠の英語学習者の仕事録」はこの人物、ダグラス・ウォーク(Douglas Wolk)の大変な野心作『マーベルのすべて』(All of the Marvels)を紹介する。

★    ★    ★
I realized that I’d become able to find something to enjoy in just about any issue, new or old. Sometimes, it was a detail that connected to another one on the story’s perpetually expanding canvas. (It’s a truism about superhero comics that nobody ever stays dead, but it’s more broadly true that nothing in them goes away forever. Any character or gizmo or situation that’s ever appeared in the Marvel narrative is fair game for any of the story’s subsequent tellers; someone a decade or three later will inevitably come up with a plot in which Crystar the Crystal Warrior or Arcanna Jones or the Leader’s Brain-Wave Booster can serve some purpose, and it will be richer for a reader who recognizes that element from the first time around.)
 新旧どの号にも何か楽しめるものがある、と気づいたのだ。絶えず拡大を続けるマーベル・コミックのキャンバスにおいては、あるストーリーの細部が時に別のエピソードにつながる。(スーパーヒーロー・コミックでは誰も死なないのが定石だが、平たく言えば一度出てきたものは事実として何もなくならないということだ。マーベル・コミックに登場したどんなキャラクターや装置も、展開したどんな状況も、その後のほかの作者によってほかのストーリーで語り直される。10年、あるいは30年のちに、クリスタル・ザ・クリスタル・ウォリアー*1やアルカナ・ジョーンズ*2といったキャラクターや、リーダーが作り出したブレイン・ウェーブ・ブースター*3といった装置は、いつかきっとどこかのシリーズに再登場するだろうし、元ネタを知っている者はさらに楽しみが増すだろう。)


 マーベル・コミックは「あるストーリーの細部が時に別のエピソードにつながる」ことで、どこまでも拡大し続ける。出てくるキャラクターも膨大で、当然日本では知られていないものもたくさんあるから、ここに示しただけでも*を付けたものには以下のような注が必要だ。

*1 クリスタル・ザ・クリスタル・ウォリアー(Crystar the Crystal Warrior) 1983年5月刊行に初登場。クリスタル王国の支配者で、クリスタルの創造物に変身する能力を持つ。クリスタルはマーベル・ユニバースの一部だったが、それほどの人気を得ることができなかった。
*2 アルカナ・ジョーンズ(Arcanna Jones) 1978年12月の『マーベル・プレミア』に初登場。強力な魔術師で、テレキネシス、テレパシー、魔法のエネルギーを使いこなし、スクワドロン・シュプリームやアベンジャーズほか多くのスーパーヒーロー・チームのメンバーだった。
*3 リーダーが作り出したブレイン・ウェーブ・ブースター リーダー(Leader)はハルクの宿敵。頭部は巨大で、驚異的に高いIQと超人的な知性を持つ。ブレイン・ウェーブ・ブースター(Brain-Wave Booster)を発明し、自身の知性と精神能力をさらに向上させて、人の心をコントロールしたり、自分の意識をほかの人に乗り移らせることができるようにしたりした。リーダーは1962年11月刊行の『テールズ・トゥ・アストニッシュ(驚くべき話)』に初登場、ブレイン・ウェーブ・ブースターは1964年12月刊行の同タイトルに登場。

★   ★   ★
わたしは元々、ポップ・ミュージック批評を仕事としている。そこでひとつ学んだのは、人々の支持を得る作品には何かがある、ということだ。何か人々の注意を引き、楽しませるものがある、似たようなものはあっても、ほかのものには決して形にできない何かがある☆1、ということだ。芸術的にはすぐれているが、商業的に成功しなかったものは言うまでもなくたくさんある。本書後半で、そうした多数の作品に賛辞を送りたい。だが、当たったコミックは、ヒット曲がどれもそうであるように、どこか違う☆2。コミックやポップ・ミュージックといった下位文化を扱う批評家たちの仕事のひとつに、そうしたヒット商品が持つほかにはない魅力を突き止めることがある。
 
 著者も詳細な注を無数に付けている。☆を付けたものがそうで、もちろんすべて訳さなければならない。

☆1 人々の支持を得る作品には何かがある……ほかのものには決して形にできない何かがある 文化的な成功は、大企業が大衆に押し付けることによってのみ実現するという考えをよく耳にする。資本主義の機械を駆使すれば確かに大衆に届けることはできるが、どんなに金をかけようが誰も望まないものをヒット商品にすることはできない。W・H・オーデンの言葉を引用すれば、「中には忘れられるべくして忘れられた本もある。無条件で記憶されなければならない本はない」ということだ。
☆2 ヒット曲がどれもそうであるように、どこか違う 音楽評論家ロバート・クリストガウ(1942~ )の言葉を引用した。

 
 この本を大変うれしいことに、作品社から翻訳出版させていただけることになった。おそらく700ページを超える大冊になると思うが、翻訳をなるべく早く仕上げて、2024年の早い時期に刊行したい。
アメリカ文化の成り立ちを詳細に追う1冊として、マーベル・ファン、アメコミ・ファンのみならず、多くの読者に手に取っていただけるものになると思う。

Douglas Wolk, All of the Marvels: An Amazing Voyage into Marvel’s Universe and 27,000 Superhero Comics(2022)

上杉隼人(うえすぎはやと)
編集者、翻訳者(英日、日英)、英文ライター・インタビュアー、英語・翻訳講師。桐生高校卒業、早稲田大学教育学部英語英文学科卒業、同専攻科(現在の大学院の前身)修了。訳書にマーク・トウェーン『ハックルベリー・フィンの冒険』(上・下、講談社)、ジョリー・フレミング『「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方』(文芸春秋)など多数(日英翻訳をあわせて90冊以上)。現在、2023年後半最大の話題書の1冊を鋭意翻訳中。
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