Genの思いつ記(Gen建築設計所)

人はいろいろであります。いろいろな日常を思いつくままに記録していく建築設計事務所のブログです。

ケンチク的視点-7

2016年08月22日 | ケンチク ウラ話

なぜか採用された設計事務所には5年間居続けることになりました。M設計ということで話を進めていきます。
この事務所では入社して6か月間は先生がついていてくれていろいろと指導をしてもらえました。そのせいか、

やめてから今でもずっと年賀状など交流を持たせていただいています。
 ...
当時、なにもわかっていない若者でありましたが、ケンチクをやりたいという一心で夢も希望も大きく持っていました。

入っていきなり、いろいろと意見を言ったり、今思えば若気の至りというか、青臭いことを言っていたと思います。た

だ、周りの方々は優しく見守ってくれてました。
 
ここで少しM設計のことを書いておきます。M設計というのはT工務店の下請けの設計事務所3社が労働闘争の末に

つくったという特殊な設計事務所でした。そんなことは全く知らずに入ったので入ってから知ったという感じです。

社員も会社がユニオンショップ制度を採用していたのでそのまま労働組合員になるというシステムでした。

なので後々、労働組合の方々とはいろいろとお会いすることになります。
 
そういうことで、この会社では、会議の場でも新入社員と年配者も分け隔てなく同等に意見を言えるという

変わった会社でもありました。それがよかったか悪かったか、意見を言うということが普通であり、

黙っていても何も変わらないということを経験させられました。
 
新入社員ということで回りの方々が興味を持ち、いろいろと誘われるということになり、この時代にお酒を覚えました。

先輩などには「お酒はどれくらい飲めますか」と聞かれて「升々飲めます」と2升ぐらい飲めると豪語していた

つわものもいましたし、一緒に飲みに行ったら今度、この庇を考えてみない?などと仕事の話をしてもらえる上司もいました。
 
年始の日に「新建築」(有名建築雑誌)を見て、この建物が見たい!という先輩がいて、そのまま仕事もせずに、

京都まで見に行ったり、タイル割(タイルの配置の仕方)を教えてやろうということで近辺の建物を観に行ったり、

時代もあるのでしょうがかなり自由に行動させてもらいました。
 
この事務所では「納まり」(部材間の取り合い)というものを徹底的に学ばせてもらいました。現場に出向して施工図(

実際に制作するうえでの図面)をかいたのもこの時代です。ここでの5年間は充実した時代であり、

人間的にも影響を受けた時代でもあります。
その辺りは次回から書いていきます。


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