「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

脳死肝移植 …… 「生死命(いのち)の処方箋」 (12)

2010年08月13日 21時11分57秒 | 「生死命(いのち)の処方箋」
 
(前の記事からの続き)

○東央大病院・ カンファレンスルーム・ 早朝

世良 「……… (美和子をいたわる)」

緒方 「お気の毒です ……… (見るに忍びな

 い)」

美和子 「……… (嗚咽を堪える)」

淳一 「(涙をにじませる) …… 姉キ……、

 いいんだよ、 今までしてくれたことだけで、

 オレ、 感謝してる………」

世良 「…… ジュンくん …… (居たたまれな

 い)」

  緒方、 一礼して 部屋を出ていこうとする。

  美和子、 涙で崩れた顔を 持ち上げる。

美和子 「…… 緒方先生 …… !」

  緒方、 立ち止まって振り返る。

美和子 「…… 脳死肝移植を ……お願いします

 …… !」

淳一 「……… !?」

世良 「美和子 ……… !?」

緒方 「……… (驚きを隠す)」

美和子 「先生が、 脳死移植を推進したいと

 おっしゃるなら ………」

若林 「佐伯くん …… ?」

緒方 「…… 今の時点では まだ社会的コンセン

 サスが不十分だ」

美和子 「(緒方の顔を 真正面から見据えて)

 コンセンサスは 座視していても得られません。

 脳死移植の 実例を積み重ねて、 形成し

 ていくべきではありませんか? 」

淳一 「……… (唖然としている)」

緒方 「脳死移植に対する法律も まだできてい

 ない」 【*注】

美和子 「立法以前に移植を実施すると 発表し

 ている病院もあります」

緒方 「しかし第一例目は 慎重の上にも慎重を

 期さなければ」

美和子 「悠長なこと言っているあいだに 弟は

 …… !  そんなに社会の批判が 恐いんです

 か …… !?」

若林 「佐伯くん、 落ち着きなさい!」

美和子 「もし先生のお子さんが 移植を必要と

 したら、 それでも人の目を 気になさいます

 か …… !?」

緒方 「……… (淳一を見る)」

美和子 「お願いします …… !  命を救える

 技術があるのに 手をこまねいているなんて、

 一体何のための 医者ですか ……… !?」

淳一 「(辛いのをこらえて) 姉キ、 もういい

 よ …… そんなにまでして ………」

緒方 「……… (沈思)」

美和子 「先生 ……… !!」

世良・ 若林 「……… (息を呑んで 事態を見つ

 める)」

緒方 「……… 学内倫理委員会に 緊急に脳死移

 植の申請を 提出しましょう (凜然と)」

世良 「え …… !?」

美和子 「ほ、 本当ですか …… !?」

緒方 「医者として 目の前の患者さんを みすみ

 す死なせる 訳にはいかない」

美和子 「緒方先生 …… !!」

緒方 「批判も 甘んじて受けましょう」

美和子 「あ、 ありがとうございます …… !!」

世良 「美和子 ……! (驚き喜ぶ)」

緒方 「(苦笑) ……… どうも、 あなたには

 いつも 押し切られてしまうようだな」

美和子 「ジュン …… !! (ジュンを思い切り抱

 きしめる)」

淳一 「…… 姉キ ………」
 

【*注: この 「生死命(いのち)の処方箋」 は 

 1989年に 書いたシナリオで、

 臓器移植法ができる以前のものです。】

(次の記事に続く)