(前の記事からの続き)
心子は 心底では、 ドラマチックな出来事より、
ひっそりとした安らぎを 切々と願っていたのです。
でも その境地に至ることなく、 旅立っていきました。
また この手紙では、 存在への感謝よりも、
人間から離れたいという 気持ちが現れています。
心子は現実には、 不安定な関係に 身を投じざるを得ず、
上へ下へと 慌ただしく揺れ動き続けるのでした。
こんなこともありました。
心子が自殺企図を繰り返し、 ナイフで 自分の首を刺そうとしたとき、
僕は ナイフをわしづかみにして 取り上げました。
食ってかかる心子を、 僕は力付くで押さえ込みました。
しばらくして、 心子は静かになり、 言ったのです。
「……いつもありがとう……。
マー君に何度も 命を助けられた。
清志でもない、 お母さんでもない、 森本先生でもない、
マー君が助けてくれた。
本当に ありがとう……」
正に、 怒りが感謝に 変わった瞬間でしょう。
心子は 本当は生きたいのです。
生きていることができれば、 実は どんなにか嬉しいのです。
存在することに、 崇敬の念も抱いていたことでしょう。
心子が旅立つ、 十日ほど前のことでした。