「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

極刑抑制の流れ 変わる -- 選択の重さ (6)

2009年06月04日 22時01分05秒 | 死刑制度と癒し
 
 97~98年、 検察は5つの事件で、

 無期懲役の判決を量刑不当として 異例の連続上告を行ないました。

 83年に 永山基準で示された 9つの判断基準のうち、

 「被害者の数」 を 特に重く捉える傾向が、 当時の下級審にありましたが、

 検察はそれに 一石を投じようとしたのです。

 92年に起きた 主婦殺害事件もそのひとつです。

 岡敏明被告 (52) は、 主婦を強姦したうえ 千枚通しや牛刀で刺殺。

 10歳と6歳の姉弟が、 血の海に倒れている 母親を最初に発見しました。

 一審 東京地裁の判決は死刑。

 けれども 二審の東京高裁は、 永山基準を根拠に 無期懲役に減刑しました。

 上告を受けた最高裁は 合議を重ね、 上告を棄却します。

 ただし判決には、 「 殺害された被害者が1人でも、

 極刑がやむを得ない場合が あることはいうまでもない 」

 という文言が 盛り込まれました。



 検察が連続上告した もうひとつの事件があります。

 強盗殺人罪で 無期懲役の判決を受け、

 仮釈放中だった 西山省三被告 (56) が、

 一人暮らしの女性を殺害し、 現金を奪った事件。

 一審, 二審とも 無期懲役でした。

 合議に当たった 最高裁のある判事は、 こう明かします。

「 無期懲役を破棄するのは、 断崖絶壁を跳び越えるようなもの。

 判断に悩む、 本当にしんどい事件だった 」

 けれども 被告の反社会性は軽視できず、

 99年最高裁は 高裁に差し戻して、

 07年に 西山被告の死刑が確定しました。

 検察が連続上告した 事件のうち、

 結論が死刑に変わったのは この事件だけでした。

 しかしこれ以降、 極刑に慎重な流れが 変わります。

 永山基準以後、 死刑判決は 年間4~15人。

 2000年以降は 8年連続で20人を超えています。

〔 読売新聞より 〕