合気道ひとりごと

合気道に関するあれこれを勝手に書き連ねています。
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⑱ 大人(たいじん)

2007-05-03 16:00:13 | インポート

 前回、黒岩先生の棒切れ術に待ったをかけたのは、いまは亡き大澤喜三郎先生であるというところまでお話しました。

 『大先生はそのようなことを教えていない。だから、大先生の目の黒いうちはやってはいけない』という趣旨であったそうです。棒切れ術は合気道の理合にかなっていると考えていた黒岩先生は『大先生が伝えようとしていることは、つまりこういう(棒切れ術で示している考え方)ことではないのですか』と問い返しました。それに対して大澤先生は『考え方は間違っていない。その通りだと思う』と答えてくださったそうです。自分の考案した稽古法を認めていただいたと感じた黒岩先生は、大澤先生の戒めに従い、その後棒切れ術を封印したのです。

 そして、昭和44年に大先生がお亡くなりになって後も封印を解かず、平成3年に大澤先生がご逝去されるに及んで、やっと再開したのです。『そろそろいいかなと思って』と語る黒岩先生の言葉には、大澤先生との約束を守ったという安堵感が漂っていました。

 そのお話を伺った時、いっしょに大澤先生にまつわるいろいろなエピソードを聞かせていただきました。大澤先生は数多い師範方の中でも特に人情味があって、しかも腹のすわった方だったようです。古くから大先生に師事し、二代道主の時代には相談役のような立場でいらっしゃいました。

 後輩や弟子によく食事をご馳走してくれたり、飲みに連れて行ってくれたりと、親分肌の方であったそうです。黒岩先生が結婚して間もない頃、身内の方が事業に失敗して先生が借金をかぶったことがありました。事情を察した大澤先生は新宿のとある店でうなぎをご馳走してくれ、帰りにお土産まで持たせてくれたとのことで、『あの時は嬉しかったなあ』と述懐しておられました。

 これもだいぶ以前(昭和30~40年代)のことですが、藤沢の道場には吉祥丸先生と大澤先生が交代で指導に行っておられました。その場合、受けとカバン持ちを兼ねて弟子が一人同行するわけですが、大澤先生の番に当たった人はとても喜び、吉祥丸先生に当たった人はひどくがっかりしていたそうです。

 大澤先生は、その日同行する弟子は家がどこで、どんな暮らし向きをしているのかをよく知っていて、帰りの電車では家に近い途中駅で、手土産を持たせて降ろしてくれたのだそうです。一方、吉祥丸先生は必ず本部道場まで同行させ、予定外のタクシー代などがかかってもご自分で払うことはなかったそうです(それが本来のカバン持ちの仕事なのでしょうが)。

 大澤先生は新宿の大きな喫茶店の支配人をされていたとかで、稽古の後は、その店で飲み物を好きなだけ飲ませてくれたそうです。一説には、支配人というと聞こえはいいのですが、要するに用心棒のような役割を担っておられたのだとも伺いました。そのころは新宿を縄張りにしているその筋の人たちも、大澤先生の息のかかった所には手を出さなかったということです。『理由は知りませんけどね』ですって。

 戦後の武術界で実力№1といわれたK氏が本部道場に乗り込んできて、勝負を求めたことがあるそうです。その火種を作ったのはT先生で、ある内部的な悶着をきっかけに『文句があるならかかってこい。だれの挑戦でも受ける』などと息巻いてしまったのです。それをK氏が聞きつけて来たというわけです。結局T先生は取り合わず(というか、はっきり言って逃げて出て来なかったのです)、K氏はさんざん合気会の悪口を言って帰って行ったのです。

 それを後で聞いた大澤先生は話をつけてくると言って、単身、K氏の道場に向かったのです。それを追った若手の弟子たちが、K道場を取り巻いてどうなることかと見守っていると、しばらくして大澤先生はにこにこしながら『話はついた』と言って出てきたそうです。どういうふうに話がついたのかは教えてくれなかったので、内容はだれにもわかりません。その後、K氏は『合気会が詫びを入れてきたので許してやった』というようなことを言っていたそうですが、そんな単純なことではなかったようです。大澤先生は『最悪でもKと刺し違えてくる』と言って出かけられたのだそうですから。

 ついでに、K道場の周りを囲んだのは西尾先生の弟子のグループで、大澤先生に万が一のことがあれば自分たちが乗り込んでいくつもりだったようです。もちろんその時西尾先生はおられませんでしたが。それにしても、事件の発端を作ったT先生は非難に値します。

 以上、晩年の穏やかなお人柄からは想像しにくい、実に肝っ玉の太い大澤先生の横顔のほんの一部を紹介しました。このような方を大人(たいじん)と言うのだろうと思っています。

 


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