てつがくカフェ@ふくしま

語り合いたい時がある 語り合える場所がある
対話と珈琲から始まる思考の場

てつがくカフェ@ふくしま2022.9.17.「自由とは何か?」

2022年09月03日 19時03分37秒 | 開催予定
てつがくカフェ@ふくしま2022.9.17.
【テーマ】「自由とは何か?」
【日 時】2022年9月17日(土)
     15:00~17:00
【場 所】福島市市民活動サポートセンター A会議室&ZOOM

       チェンバおおまち3階 (福島市大町4-15)
【参加費】無料 (飲み物は各自ご用意ください)
【事前申し込み】申し込みは不要です。
        会場参加の方は直接会場にお越しください。
        オンライン参加の方は下記URLからご参加ください。
        
        Zoomミーティングに参加する
        https://us05web.zoom.us/j/82473855932?pwd=cXBVTWhKQlpPUGt5aE9jRTB0a3Fvdz09
        ミーティングID: 824 7385 5932
        パスコード: K3qV0N

【問い合わせ先】fukushimacafe@mail.goo.ne.jp





今回のテーマは「自由」です。
哲学・倫理学の由緒正しい伝統的な問題です。
しかし、「てつがくカフェ@ふくしま」ではこれまで自由を、
テーマとして取り上げたことはほとんどありませんでした。
「対話のルール」の第1条で、
「『てつがくカフェ@ふくしま』は自由な対話の場です」と謳っているわりに、
「自由」について正面切って論じたことはなかったのです。
あまりにも自明なものだったからでしょうか。
それとも、あまりにも難しすぎたからでしょうか。
今回は参加者の方からの声を承けて、満を持してこの難問に挑戦します。

「自由」というのはいろいろなレベルで問題化可能な概念です。
もともと哲学の世界においては、
人間は自由なのか?、自由意志は存在するのか?、という問いは、
神(=宗教)との関連において長いあいだ大問題であり、
ほとんどの場合、否定的に考えられていました。
全知全能なる神が宇宙を、世界を、そして人類を創造したのであり、
その創造の時点で一切は決定されているという運命論(=決定論)が主流であり、
したがって人間の自由(自由意志)など存在しない、
唯一自由と呼べるのは神のみである、と考えられていたのです。

実はこの手の決定論は、神の存在や神の創造が自明視されなくなり、
宗教の影響力が失われてきた近代以降、現代においても、
別の形で根強く残っています。
自然科学は一切の自然現象を自然法則による因果関係によって説明しようとします。
すべての出来事には、それに先行する原因があると考えるのです。
私たち人間の選択や意思決定にも、同様に何らかの原因が先行し、
それによって決められているとするなら、
いくら私たちが主観的には「自由に選択した、意思決定した」と思っていたとしても、
それは幻想にすぎず、客観的には自由など存在しないということになります。
1980年代に行われた神経生理学者のベンジャミン・リベットによる実験は、
指や手首を動かそうとする意識よりも先に、
指や手首を動かすための電気信号が脳内で発生していることを明らかにし、
自由意志が存在しないことが実証されたのではないかと、世界に大きな衝撃を与えました。
(この実験結果をどう解釈すべきかに関してはまだ最終結論が出たわけではありませんが…)

さて、私たちがふだん使う「自由」という概念は、
上記のような哲学的、自然科学的レベルでの自由ではなく、
もう少し常識的な、近代政治哲学の文脈における自由になります。
つまり、自分の行動を他者(特に絶対君主や専制的政治権力等)によって
制限されたり、強制されたりしないこと、という意味での自由です。
世界人権宣言や各国の憲法によって保障されている、
生命・身体・財産の自由や、信教の自由、思想信条の自由、表現の自由、結社の自由など、
一般に「政治的自由」と呼ばれている諸自由や、
幸福追求の自由、職業選択の自由といった「経済的自由」などが、
その具体的な内容となります。
私たち「てつがくカフェ@ふくしま」が拠って立つ「対話の自由」もまた、
こうした近代政治哲学の産物としての自由にほかならないでしょう。
現代の私たちの生活はこうした自由ぬきにはありえませんので、
これらはあって当たり前のように考えがちですが、
ほんの70~80年前にはほとんど認められていなかったものですし、
憲法や政治体制をちょっと変えれば、
今後もいともたやすく失われてしまうかもしれないものです。
これらの自由については自明視せず、繰り返し繰り返し、
その意義と具体的な保障方法に関して考え、議論していくべきでしょう。

ところが、日本人の多くは「自由」というと、
他人や外から一切の制限を受けずに、すべてを自分の思い通りにできること、
というふうに理解しています。
福島大学の「哲学カフェ」の授業では、
例年必ず「自由とは何か?」がテーマに選ばれますが、
そこでもほとんどの学生が、自由とは一切が自分の思い通りになることと捉えており、
したがって法律やルールは自由を束縛するものにほかならず、
ゆえに、本当の自由などこの世に存在しない、とか、
自由を認めたら世界は無秩序になってしまう、などと考えています。
このような稚拙な自由観を抱いているのは、
世界でも日本人くらいのものではないかと私(小野原)は思っていますが、
自由をこのようなものと捉えているかぎり、
前の段落で述べたような近代的な自由の意義が理解されることはなく、
早晩、日本ではあるべき自由が国民自らの手によって放棄されてしまうのではないか、
と恐れています。

さて、今回の「てつがくカフェ@ふくしま」では、
どのレベルの自由に焦点が当てられて話が進んでいくのでしょうか。
「自由とは何か?」について、
「自由な思考」と「自由な対話」をお楽しみいただければと思います。


なお、今回も会場とオンラインの同時開催となります。
会場参加の方は、お申し込みは不要ですが、当ブログに掲載されております、
「てつがくカフェ@ふくしま」当面の開催方針(2020年7月10日現在)】に従い、
マスク着用等のルールを守ったうえでご来場いただきますようお願い申し上げます。

オンライン(Zoom)参加をご希望の方は、
上記の「Zoomミーティングに参加する」の下のURLをクリックして頂ければZoomに参加することができます。


「てつがくカフェ@ふくしま」は誰でも気軽に対等に、
「自由に」安心して何でも話し合える場です。
初めての方でもお気軽にご参加ください。

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