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活字日記

毎日読んだ活字系(雑誌、本、新聞、冊子)を可能な限りレポートします。

【3月25日】

2025-03-25 | 文庫

冒険家達がその活躍に日本中が沸いていた昭和の時代。6人の冒険家はその志の半ばで命を落としました。植村直己、長谷川恒男、星野道夫、山田昇、河野兵市、小西政継の6人ですが、いずれも素晴らしいことを実現した人たちです。冒険の半ばでの落命ですが、ヤマケイの編集長をした著者がそれぞれのその地を改めて訪れて、その功績を偲びます。山行の往復で読んでいたものの残りを一気に読みました。

「未完の巡礼 冒険者たちへのオマージュ」神長幹雄 ヤマケイ文庫電子版

 

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【3月14日】

2025-03-14 | 文庫

月一山行の日で、今日は小田急線本厚木からバスで40分ほど乗った宮ヶ瀬湖が上り口の低山です。丹沢の東端の山となります。登り下りがちょうど1000mでした。仏果山という山が中央の山で726mほどです。今日は花粉がひどい日で、午前は薬が効いていましたが、午後は切れて丹沢の杉林の花粉をふんだんに浴びてくしゃみと目の痒みで大変でした。
往復5時間の電車行では読みかけのヤマケイ文庫未完の巡礼を読んでいました。先日の参考では植村直己を読んでいましたが、今日は長谷川恒男、星野道夫です。長谷川恒男はヨーロッパアルプス三大北壁冬期単独登頂を初めて成し遂げた人で、奥多摩を70kmほど走るトレラン大会ハセツネカップに名を残しています。ヒマラヤで雪崩に巻き込まれて亡くなりました。星野道夫は言わずと知れたアラスカの写真家でヒグマ事故で亡くなりました。今でも大勢のファンがいますね。

 

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【3月5日】

2025-03-05 | 文庫

日本にも多くの名登山家あるいは名探検家という人たちがいますが、今も健在の人もいますが、登山家の中には登山中の事故で亡くなった人も多いです。明治大正の有名な登山家はのぞいて、昭和後期の登山家の中からこれはという人を選んで、その足跡を辿った本、未完の巡礼 冒険者たちへのオマージュを読み始めました。第一話は日本人で初めてエベレストに登頂し、五大陸の最高峰をも世界で初単独登頂した植村直己の話です。日本が世界に誇る探検家です。1984年に北米デナリ(今ではマッキンリーとトランプ大統領が名を戻しましたが)の冬季単独登頂を成し遂げた直後消息を絶ちました。植村直己は垂直から水平に冒険を変えて、北極圏3000km単独犬ぞり走破なども行いました。没後植村直己冒険賞が故郷豊岡市により制定され、毎年選ばれています(去年までで24回)。

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【2月16日】

2025-02-16 | 文庫

は後半から様相が変わります。書かれている事柄に儀助の妄想が増えてくるのです。どうやらPC通信会議室の敵情報も儀助の妄想のようです。筒井康隆の文体は読点「。」は打たれますが、句点「、」は一切使われていません。それがまた独特の読み応えとなっています。そして擬音に当て字をふんだんに使っているのです。どうもこれも儀助の妄想の末らしい。最後のお題、春雨では雨音に聞き惚れる儀助なのですが、使徒使徒、死都死都、使途使途、歩足り、保取りと擬音が続き、登場していた友人たちに雨が止めば会えるかなあと呟いて終わるのでした。一級の老人小説です。著者はこの作品の後、銀嶺の果て(老人同士の生存をかけたバトル)という傑作も書きます。

「敵 電子版」筒井康隆 新潮文庫

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【2月15日】

2025-02-15 | 文庫

はちょうど半分まで読んだところで、敵の章が登場しました。筒井康隆自身はITを取り入れるのが早く(SF作家だったからですかね)、パソコン(PC)通信も初期のころからやっていました。PC通信上で作品を展開するという実験も行いました。この作品中もPC通信をやるシーンが出てきます。作品発表は1998年でWindowsがまさに日の出の勢いで普及し始めていた時でSNSはまだなく、PC通信がでいろいろな掲示板が展開されていました。ひろゆきの2チャンネルも全盛の頃ですね。主人公はとある掲示板のROMで(ROMとはRead Only Memberの略)掲示板を眺める生活でしたが、ある時あるハンドル(参加者)から北から敵が押し寄せてくるとの書き込みがあります。しかし、まだ敵の正体は明らかになりません。

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【2月14日】

2025-02-14 | 文庫

筒井康隆のは日常生活の一部一部(朝食、友人、物置、講演、病気・・・)を取り上げて、儀助がどういう生活をしているかを淡々と書いているのですが、タイトルの「敵」とはどういう意味なのか、まだわかりません。儀助は妻を亡くしてからも食事や生活に気をつけつつ、月一回の近くのクラブ(バー)での酒が楽しみであったり、料理に手間をかけて自分の味を守っています。書斎にはパソコン(MAC)があり、それは筒井康隆と同じ環境のように思えます。

 

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【2月13日】

2025-02-13 | 文庫

作家の筒井康隆は、もう90歳になるのですね。頚椎を痛めて車椅子生活になったので、妻とともに有料老人ホームに入っているのだそうです。この筒井康隆が1998年断筆宣言からの復帰後、63歳の時に老いをテーマとした連作長編小説「敵」を出しました。妻に先立たれた元大学教授75歳の渡辺儀助の日常を描いたものです。これを読み始めました。たまたま読み始めたのですが、1月17日に映画が公開されています。東京国際映画祭で三冠をとった作品ということで、長塚京二が主演です。見てみたいです。

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【2月8日】

2025-02-08 | 文庫

松本良順という人はとても人柄がよく、また実に波瀾万丈な人生を送った人です。大河ドラマの主人公になっても全然おかしくないです。是非やってもらいたい。
土方歳三に諭されて仙台から横浜に戻った良順ですが、その後の明治政府の幽閉と無罪放免を経て、早稲田に日本初の西洋式病院を開設します。そこへ山縣有朋が訪れて是非明治政府に出仕して欲しいと切望します。悩んだ末に出仕を受け入れ、初代軍医総監になります。ここで名前を良順から順に変えます。牛乳飲用や海水浴を市井に勧め、自らも大磯に住みます。晩年は家族、親族に先立たれ、そういう意味では不遇でしたが、76歳の天寿をまっとうしました。政治向きとは関係せず、医学一筋な人生でしたね。

「暁月の旅人」吉村昭 講談社文庫電子版

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【2月7日】

2025-02-07 | 文庫

松本良順に戻っています。江戸から追われるように会津に逃げた良順は、ここで戊辰戦争の真っ只中、負傷兵の手当てをします。しかし、落城間近に藩主松平容保から落ち延びるようにと言われ、酒田藩に行きます。ここで官軍との戦いに腰を据えようと考えますが、仙台にやってきた榎本武揚に来るように誘われます。そこで箱館に行こうと言われますが、土方歳三が宿を訪れ、良順ほどの人は生き延びて欲しいと諭します。イギリス人の船があるから江戸に行けというのです。迷っていた良順はこれで心を決め、取り合えず横浜に行き商館に身を潜めます。しかし、結局新政府に捕まり、幽閉されます。しかし、かつての医学所頭取である良順は丁寧に扱われ、しばらくして無罪放免となるのでした。

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【2月3日】

2025-02-03 | 文庫

暁の旅人、松本良順は江戸に帰還します。将軍家定に気に入られ医師としてそばに使えます。京に上ることになり随行します。しかし、脚気により家定は死去します。その間に新選組ともつながりができて、屯所の環境改善を行います。江戸に再び戻ってからは西洋医学を広めるための幕府開設の学校で奮闘しますが、鳥羽伏見の戦い戦いで将軍慶喜が江戸に逃げ帰り隠居することになってしまい、良順も官軍から身を隠すように佐倉順天堂から茨城を経て会津藩に向かうのです。

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