平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

鎌倉殿の13人 第22回「義時の生きる道」~征夷大将軍・頼朝! 一方、時代が安定すると不平不満・派閥争いが起きる

2022年06月06日 | 大河ドラマ・時代劇
「征夷大将軍! 征夷大将軍!」
 後白河法皇(西田敏行)が亡くなり、頼朝(大泉洋)は征夷大将軍に。
 ついに武士の頂に立った。

 安定の時代。
 敵がいなくなった時代。
 目標を達成した時代。

 でも、こういう時代になると内部に不満を持つ者が出て来るんですよね。
・鎌倉殿に近い者が幅をきかせている。
 これでは平家がのさばっていた時代と同じだ。
・命を賭けて戦ってきたのに文民が優遇されている。
 まあ、平和な時代になれば文民が登用されるのは当然なのだが。
・上総介や義経のことが引っ掛かっている。
 これらは『征夷大将軍』の権威をもってしても抑えられない。

 派閥闘争も起きる。
 比企は北条を排除したくてしょうがない。

 これらが爆発したのが『曽我事件』だ。
 それにしても人間のおこないはいつの時代も同じ。
 安定→不平不満・派閥→爆発
 これを繰り返している。
 ………………………………

 そんな中、世捨て人のようになっているのが、八重(新垣結衣)を喪った義時(小栗旬)。
 遊ぶ孤児たちを見て、
「あの子たちを育て上げるのが八重への供養です」
 金剛の教育もしっかりやっていて
「鶴丸を恨んではならぬ。その分、母を敬え」
「北条は他の御家人より高い位置にいる。その分、慎み深くなれねばならぬ」

 義時、なかなか聡明ですね。
 北条の置かれている状況を客観的に見ている。
 他の御家人たちが心配し、「小四郎」と声をかけて来るのも、その聡明さと人徳ゆえだろう。
 これが頼朝亡き後に活きてくる。
 もっとも状況は世捨て人・義時を放っておかないようだ。
 曽我事件で北条に危機が訪れつつある。

 上手い作劇だ。
 鎌倉幕府の内部問題を描きつつ、義時再登板を描いている。

 後白河法皇と頼朝の対決は見応えがあった。
「奢った武士は皆滅んだ。朝廷を蔑ろにする。やれるものならやってみろ」
「新しい世のために朝廷は欠かせません」
「新しい世?」
「いくさのない世でござる」
「薄っぺらよのう。誰より業が深いくせに」

 大河ドラマの主人公の目的は概ね「いくさのない世をつくる」だが、
 これを「薄っぺら」と切って捨てた。
 そんなものはきれいごとで本音は権力がほしいだけだろう、と後白河法皇(=作家)は言っている。
「薄っぺらよのう。誰より業が深いくせに」
 このせりふがあるかないかで、作品の深さが違って来る。
 役者さんの芝居も違って来る。


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2 コメント

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優等生金剛・権力欲なき?義時 (TEPO)
2022-06-06 21:23:17
>「鶴丸を恨んではならぬ。その分、母を敬え」

先週の私は金剛と鶴丸との確執を懸念しましたが、八重の心をしっかりと伝えた義時の思いが通じてか、何と金剛は「鶴丸を守るために」他の少年と喧嘩したとのこと。
さすがに将来の名君、金剛少年は優等生です。
公式HPの「登場人物」紹介では、次回から万寿、金剛、鶴丸は大人の俳優さんになるようで、鶴丸は金剛を支える「従者」として紹介されていました。
この二人の関係、まずはめでたい方向に進むようです。

>大河ドラマの主人公の目的は概ね「いくさのない世をつくる」だが、これを「薄っぺら」と切って捨てた。
>そんなものはきれいごとで本音は権力がほしいだけだろう、と後白河法皇(=作家)は言っている。

たしかにその通りで、プーチン氏も(少なくとも旧ソ連圏、スラブ世界で)「いくさのない世」をつくろうとしており、習近平氏の「一帯一路」もまたより壮大な規模での「いくさのない世」の構想であるとも言えます。
しかし、こうした論理を突き詰めるならば、結局アウグスティヌスの「地上の国(彼自身が直面したのはローマ帝国)」は「大規模な強盗団」である、と見る思想に行き着きます。

だとすると、本作の主人公義時はどうなるのでしょう。
義時も「いくさのない世」をつくり、その中で父の思いを受け継いだ優等生泰時も「名君」となるのだと思うのですが。
これまでのことろ、義時が謀略に加担したのは頼朝の命令に従ってのこと。

>比企は北条を排除したくてしょうがない。

今回は「曽我事件」に向けての前振りですが、曾我兄弟は北条家の兵を動員することで北条家を頼朝への謀反に巻き込もうと企んでおり、これを承知している当面の敵比企は「漁夫の利」を狙っています。
おっしゃるとおり、義時はこうした策謀に対して防衛のために動く形で、「世捨て人」の生活から再び権力闘争の渦中へと巻き込まれてゆくのでしょう。
「正当防衛」を重ねて行った結果、気がついてみたら義時は「てっぺんに立っていた」というのが基本線でしょうか。
ちなみに、以前義経に喩えた「レンネンカンプ+レベロの陰謀」から救出されて宇宙に脱出したヤン夫妻について、シェーンコップは「正当防衛の意識はあっても、その先の見通し[野望]がない」と不満を述べていました。
三谷さんが「原作」と考えている「吾妻鏡」自体、鎌倉幕府側の歴史書である以上、そのような感じになるような気もします。
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正当防衛の意識はあっても見通しはない (コウジ)
2022-06-07 08:44:24
TEPOさん

いつもありがとうございます。

金剛と鶴丸の絆。
いい感じになりそうですね。
裏切りと不信と謀略ばかりの中、すこし救われた気持ちになります。

「いくさのない世をつくる」=自分の業の実現。
このメッセージは、おっしゃるとおり今のプーチンに当てはまって、リアリティがありますよね。
それにつき合わされる下々の者は堪りませんが……。
大河ドラマのこの定番台詞に新たな解釈を加えた三谷幸喜さんに拍手です。

それと本文にも書きましたが、人間はこの2000年進歩していませんね。
小松左京さんが「エスパイ」で書いたように、新たな意識の人類が誕生しないと、乗り越えられないのかもしれません。

>「正当防衛の意識はあっても、その先の見通し[野望]がない」
これは義時にも当てはまりそうですね。
見通し・野望を国家観・大きなビジョンと言ってもいいかもしれません。
自分には大きなビジョンはないし、頼朝のような独裁的な権力者にもなりたくない。
だから義時は13人の合議制を採用したんでしょうね。
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