九月からはもうそんなことはできなくなるのだなと思いつつ、今日のマチネとソワレ公演をMとO君に任せて、完全休養に充てる。どうでもいいテレビをみながらベッドの上でゴロゴロ、ダラダラ。暑さも手伝ってこんな気分の時は、ご飯を炊いたけど、あまり食欲はなく、冷や奴に納豆卵、ニラともやしのニンニク炒めにしじみの味噌汁を用意するのがやっと。食後、依頼されていたエッセイを書いて、洗濯と掃除。汗だらけになったので水風呂(と言ってもぬるま湯)に一時間ほどつかりつつ「葬式は、要らない」(島田裕巳著・幻冬舎文庫)を読む。夢中になって読んでいる内に、水を出しっぱなしにしていたので、ぬるま湯がいつの間にか冷水になっていて、これで心臓麻痺で死んだりしたら、浴槽の中に俺の遺体と「葬式は、要らない」と云う本が浮かんでいる訳で、発見者は笑ってしまうだろうと馬鹿げた空想をしたりする。6時に母の処へ。この間お土産に持って云った更科の蕎麦をまだ食べてないと云うので、茹でて食べさせようと思ったのだが、ビーフシチューを作ったと云うので、蕎麦は延期。トロのづけも冷蔵庫から出してくれたので一緒にビールを飲みだす。その内、痛風の俺がビールはよくないと云うので日本酒を一緒に飲む内、俺の酒の相手ができるなんて、このままじゃ子供たちよりも長生きするんじゃないかと冗談まじりで話していて、四人の子供を産んで、その後始末をするように四人の骨を拾って死んでいくなんて、不幸なようで最高に幸せな女の生き方じゃないかと思ったりする。是非共、母にはそうあって欲しいと思うのは昼間読んだ「葬式は、要らない」の影響か?