午後、電卓と睨めっこを続けていた。今日銀行に入金した昨日の売上を入れても月末の支払いを全て賄うには残高がかなり足りない。予定されるカード会社からの入金と自動振替で出て行くお金を足したり引いたりしたら余計足りなくなった。仕方なく俺の役員報酬(つまり給料)はカットして、他にも待って貰えるところは待って貰うことにして電卓を叩き直す。それでも家賃を払うには6万円足りない。つまり今日の現金売上が6万円+経費分ないと家賃が滞ることになってしまうのだ。祈る様に8時過ぎ店に出ると、お客さんは三人きりで、微かな失望。でも、9時過ぎになって、シナリオ学校の生徒さんたちが10人で、続いてシナリオライターのIちゃんと18年ぶりにお会いした同じくシナリオライターのHさん、今年W大を卒業して映画制作会社に勤めだしたYちゃん、AN嬢、映画雑誌の編集者Kさん、宝石デザイナーのAさんなどが次々訪れて、望みを繋いだが、カードの支払いもあって現金収入は四万にしか届かなかった。まぁ、家賃は一日位待って貰ってもいいだろうと居直るしかない。それにしても八月はホント暇だった。「桃井の部屋」なんて作ったのがいけなかったのだろうかと少し弱気になる。三時半、「桃井の部屋」で知らない間に寝込んでしまったYちゃんを起こして家路につく。後一日で夏も終りだ。
今日は藤田敏八さん(通称パキさん)の9回目の命日だ。と言っても一般の人にとっては、誰?その人?だろうけど、俺が映画の脚本を勉強しだした20歳頃(もう40年も前か)に、『非行少年陽の出の叫び』と云う映画で鮮烈なデビューし、続いて『八月の濡れた砂』や『赤い鳥逃げた?』などで当時の若者たちの教祖的存在となった映画監督だ。俺が脚本家として世間に認知されたのも『赤ちょうちん』と云う映画の脚本に参加させて(中島丈博さんとの共作)貰えて、その映画がヒットしたのがきっかけだから、パキさんに足を向けては寝られない。そんな憧れの映画監督だったパキさんだけど、『リボルバー』(88年作品)を最後に映画が撮れなく(撮らなく)なり、晩年は個性派俳優(俳優座養成所出身)として映画やテレビに出るだけになっていた。この間、映画研究会の女子大生に「藤田敏八って知ってる?」と聞いたら「ああ、『ツィゴイネルワイゼン』って映画に出てた人でしょ?」と言われて、映画監督としての藤田敏八を知らないことにショックを受けたけど、と云うより映研の学生なら知っておけよと怒りが湧いてきたけど、もう最後の映画から二十年近くも経ってしまっていたら仕方ないことなのか?でも、俺としては憧れの映画人であり、晩年は飲み友達としてつきあって貰ったパキさんのことを忘れる訳にはいかない。亡くなって五年目に『パキさんフェスティバル』と云う大々的なイベントを企画してから毎年この日は店を使って色々な催しを続けてきた。でも、亡くなってから時間が経つと、その間にも大勢の人が亡くなっていることもあってか、いつまでも一人の人間に拘っていられないと思うのか、次第に集まる人が少なくなり、去年の『藤田敏八映画・初めと終り』と云うイベントには五人しか集まらなかった。そして今年、誰からも問い合わせがなかったし、呼びかけもこの日記でしかしなかったけど、『俳優・藤田敏八』には一人も来なかった。俺以外誰も見てないスクリーンに生前のパキさんの姿が流れ続ける。毎晩の様に飲み屋にいたパキさんがあっちの世界から帰って来たみたいだ。まぁ、こんな偲び方があってもいい。
今日の劇団ギルド+1公演『誰?』の為、1時に鍵を開けに店へ。スタッフに引き継ぎしてT歯科に定期検診に行く。半年前に抜歯した二本の歯の影響で、空気が抜けて喋りづらくなってきたので、思い切ってブリッジをして貰うことにする。何が思い切ってかと云うと、費用が総額30万円かかるのだ。これまで生きてきた年月よりこれから生きられる年月の方が圧倒的に短いんだし、そんな無駄な出費しないで私の成人式に振り袖を買うお金に廻してよとLちゃんに言われたが、このままだと他の歯も駄目になって入れ歯にしなくてはいけなくなるし、そんなことになったら女の子とキスも出来なくなる。それを考えたら決して無駄な出費ではない。そう反論したら、キスしてくれる相手なんかいずれ誰もいなくなるんだからとLちゃんの言葉にトゲがある。どうも今日のLちゃんは気持が荒れているので、聞きただしてみと、今つきあっている彼氏の携帯を見てしまい、そこに他の女と交わしている親密なメールがあるのを発見し、落ち込んでいるのだと云う。つきあっている相手のメールなんか見るんじゃないよと反撃に移る。でも、それ以上苛めるとどうかなりそうだったので、閉店後、Tちゃんと常連のマネージャーMさんと一緒に麻布十番の焼き肉屋にLちゃんの好物のアキレスを食べに行く。アキレスでツルツルの美肌になって、果してLちゃんは彼を見返すことが出来るのか?
★明日(29日)は桃井が敬愛した映画監督藤田敏八さんの九回目の命日にあたります。そこで『桃井章の部屋』では、晩年俳優としても活躍した藤田敏八さんにスポットを当て、彼が出演した『ツィゴイネルワイゼン』と『ぬるぬる燗燗』を上映して故人を偲びたいと思います。上映は八時から。故人とは関係のない方でも参加自由です。お待ちしています。
★明日(29日)は桃井が敬愛した映画監督藤田敏八さんの九回目の命日にあたります。そこで『桃井章の部屋』では、晩年俳優としても活躍した藤田敏八さんにスポットを当て、彼が出演した『ツィゴイネルワイゼン』と『ぬるぬる燗燗』を上映して故人を偲びたいと思います。上映は八時から。故人とは関係のない方でも参加自由です。お待ちしています。
昨日は5時過ぎに寝たのに早起きして母とランチをする。この処、芝居の演出が続いたりして昼間もなかなか時間が取れなかったもんだから、母と食事するのは三カ月ぶりか?八十を過ぎたと云うのに母は元気だ。特大のエビフライや牛刺しを旨そうに口に運ぶ母の姿を見ていると、人並みの幸福感が俺を包む。母と別れた後、恵比寿のTSUTAYAで29日(火)の藤田敏八さんの命日に見る予定のビデオ(ぬるぬる燗燗)を探す。検索器で示された棚のあたりを何回も見て廻るが、何故か見つからない。仕方なく店員に調べて貰ったら、ビデオがある場所を移動したことが分かる。怒るよりドッと疲れが出る。六時に店。今日は日曜日なので、Mちゃんと二人。開店早々広尾の雑貨店店主Kさんが広島出身のAさんを連れて来てくれたので、普段無口のMちゃんが共通の話題で饒舌に応対。それを見て俺は安心して厨房で昨日なくなったカレーを作る。後お客さんは十時過ぎに人妻Iちゃんが来てくれただけ。日曜日だから当たり前と言えば当たり前だけど、のんびりとした一日。のんびり過ぎた一日。
何日ぶりだろ?何週間ぶりだろ?こんなに大勢のお客さんでお店が溢れたのは……あんまり久しぶりなんで、涙に咽んでしまう。六時からW君が段どってくれた今日公開の映画の打ち上げパーティの予約があることはあった。でも、土曜日だし、パーティが終れば暇になるだろうし、片づけなくはいけない仕事がたまっていることもあって俺は引き揚げるつもりでいた。ところが、パーティが始まる前からNさんが同僚の女性Kさんと一緒に来てくれたのを皮切りに、大学の同窓会帰りのAさん、常連のD通マンO君の妹さんが大阪から美女の友達二人と、更に京都人脈のU君たち、週刊Bの記者I君、建築事務所のMさんとTさんとお客さんが続いたもんだから帰れなくなってしまう。その中でも嬉しかったのはO君が妹さんをウチの店に紹介してくれたことだ。大事な妹が安心して飲める店と云う信頼をO君はウチの店に寄せていてくれると云うことか?そう言えば隣にいたNさんは昨日来た謎の女Nさんのお兄さんだ。且つO君は謎の女Nさんに連れてこられたのが最初と云う関係。狭いカウンターの中で人間関係が絡みあう。一杯お客さんが来てくれたことも嬉しいけど、こうした人と人の輪が何ともいい。そして今日は土曜日で12時閉店のつもりだったのに、その直前になって脚本家のNさんMさんFさんたちが教室の生徒さんたち10人を連れて来店。俺も先生の一人となって脚本教室。乃木坂の夜はなかなか終らない。
食事を終えると帳簿をつけて現金残高を合わせるのが日課になっている。家計簿や小遣い帳に毛が生えた様なもんだけど、違うのは毎日僅かだけど売上があることで、このことで現金残高と帳簿が合わなくなってしまう。まぁ、千円以内の過不足には目を瞑るが、今日は五千円近く合わない。計算間違いや数え間違いがないか、何度もやり直して、伝票がダブっていたことに気づくのに一時間以上を費やしていた。こんな時間の使い方はホント虚しい。おまけに今日は給料日。勤務時間数の集計とそれに基づく支給額の計算に小一時間かかってしまったことを見ると、数字を取り扱うことが俺にはホント苦手なようだ。おいおい、機械が苦手で数字が苦手で時間の使い方が苦手で、お前は一体何が得意なんだ?そう自問してウーンと自答を待つ。でも、いくら待っても自分で答は出てこない。まぁ、強いていえば、得意なのは「人生」かなぁ。それじゃあまりにキザか?でも、そう云うしかないよな。今日も「桃井の部屋」で謎の女Nさんと不思議な会話を続けている自分をふと客観的に眺めて、面白い人生をやっているなぁと実感する。最後まで残ったプロデューサーのMさんに五十を過ぎてEDになったと告白されて、俺はまだ元気だなァとちょっとした優越感を持つ。売上が上がらないことを悩みつつ、その原因をあーでもない、こーでもないとツラツラ考えている内に眠たくなって、絶望から逃避出来るなんて、やっぱり俺が得意なのは人生だと云うしかない。
午後、税理士のHさんと取締役のI君に来て貰って、店の今後の経営形態などについて協議。色々問題点は残るが、設立当初からの懸案解決に立ち向かうことにする。4時過ぎ銀行に寄って一旦帰宅。仮眠して雑用を処理していたら女友達のSからご飯のお誘いの電話。体調が悪いのでお粥が食べたいと云うので、作ってあげることにして7時過ぎに再び店へ。Sはいつもの元気がなく、お酒を飲まずにお粥を食べるだけ。俺と同じ夏バテか?そのSとは対照的に桃井の部屋では精神科医で受験の神様と呼ばれるWさんが美人脚本家のNさんとFさんを相手にエネルギッシュに映画の話に盛り上がり、カウンターでは芸能界のドンと呼ばれるKさんや大手芸能事務所Hの会長Oさんが高齢にも関わらずトークを全開させる。そんな人たちのオーラから逃れる様に夏バテの俺とSは片隅でいつもの様にどうでもいい会話をボソボソと続ける。でも、元気がない時は会話も滞りがちで、話題に困ってSに恋人の作り方の指南をしたりして後悔する。Sに恋人が出来て困るのは俺なのに。Sと入れ違いに一度帰ったNさんとFさんが戻って来て、一緒に日本酒を飲みだす。途中Tちゃんも加わって2時過ぎまで。ビールだと何杯飲んでも酔わないTちゃんだけど、日本酒だと五合を過ぎたあたりから酔っぱらっているのが明らかに分かる。酔っぱらうと可愛くなくなる女がいるけど、酔えば酔う程可愛くなるからTちゃんは得だ。他にお客さんは法律事務所勤務のNさん、『教授』ことWさんたち、近所の常連Nさんだけ。夏バテと夏枯れは今日も続く。
いつもの様にチリペッパーを一杯いれて作った野菜スープを飲んだ時、喉に痛みを感じた。次にペペロンチーノを食べた時も同じだった。夜中、店で食べたカレーライスも喉を通りにくい。そして煙草が不味い。喉をやられている。風邪がまだ続いているのか?それとも夏バテか?とにかく体調不良だ。それに加えて時間の使い方が下手なこともあって、やることがどんどんたまっていく。今やらなくてはならないことを列挙すると情緒不安定になりそうなので、とりあえずその日店に出かけるまでにしなくてはいけないことだけ処理していく。例えば今日は一時過ぎに食事を終えた後、店のテーブルクロスの洗濯をしながら日記を書いて、経理事務を処理し、イベントのことで電話を数件して、問い合わせのメールに返信をしていたら五時近くになっていた。今日やろうと決めていたコレド通信の執筆、明日の税理士さんとの打合せ資料の作成、看板の発注、新しいメニューの作成などなど、店のことだけに限ってもこれだけのことが後回しになってしまう。銀行に僅かな売上を入金して五時半に店へ。『太宰治のお伽草紙・舌切雀』に使う映像打合せを西沢さんとこばやしさんを交えて。七時からは10月に結婚式の二次会をウチでする予定のNさんたちが幹事と打合せに。こうして打合せを続けている間も、『舌切雀』のことでプロデューサーとしてやらなくてはならないことが次々と生まれる。パーティの営業を展開する為にやらなくてはならないことを次々と思い出す。もう思考放棄したい。でも、それは出来ない。イベントやパーティがなければウチの店は成立しない。今日だってカウンターには京都人脈のU君と常連の演出家Sちゃんと近所の常連Nさんの三人だけ(桃井の部屋には広尾時代のお客さんだった女性実業家Iちゃんと女性編集者Yさんだけ)で、売上は打合せできてくれたNさんたちのを除けば二万にしかならないのだ。いくら夏枯れと言ってもこの八月はひどすぎる。帰り道、Lちゃんと、どうしてなんだろ?どうしてなんでしょうね?店が潰れたらどうする?どうしようね?と答のない問いかけだけの会話をしながら坂道を自転車を押して行く足が重たい。とりあえずは風邪か夏バテから脱却することが先決だ。
七時、毎年恒例になってている映画評論家Uさんのバースディパーティに親しい映画配給会社の人たちや宣伝会社が集う。映画に対する評価はとても辛辣で、いい加減なコメントをする同業者に対しては厳しく糾弾するUさんだけど、普段はとてもお茶目で、とても5?歳には見えない。願わくば来年も再来年も彼女のバースディパーティをウチの店の売上増進の為にもやって貰いたいものだ。参列者の一人のMさんと彼が最近編集に携わったロマンポルノの本でインタビューしていた女優のOさんの話題で盛り上がる。女優をやめてからアニメなどの脚本家になり、俺とも個人的に色々話していた時期もあったのに、ある時から脚本家も廃業同然になってプツンと連絡を絶ってしまったOさんのことはずっと気になっていた。でも、Mさんがインタヴューした本で彼女が元気なことを知って、安心したことをMさんに話すと、編集に携わった甲斐があったとばかりにインタヴューした時のOさんの様子などを話してくれる。最近俺が書いて彼女が主演した映画がDVDになって送られて来たのだけど、制作当時俺も彼女もまだ20代、それからの30年が彼女に課した人生の重さを思うと、その映画を俺はなかなか見る気になれないでいる。
昨日来店したKさんがこの日記を読んで俺のことをあまりによく知っていたことに刺激?されて、自分でもこの一年どんなことを書いて来たのか知りたくなって読み返してみた。そしたらちょうど一年前の8月21日、それまでつきあっていた彼女と別れていたことを知った。そうか、あれからもう一年経つのかとある感慨。その時はかなり落ち込んでいたのに、もう二度と恋なんかするもんかと歌謡曲みたいなフレーズを心の中で呟いていたのに、彼女のこともすっかりと風化して、今会っても一年前には男と女の関係だったとはとても思うことが出来ない程フレンドリーになっているんだから、ホント男と女のことって信用出来ない、なんて思いながら店に行こうと玄関のポストを何気なく覗いてみたら、××××から幸運の封書が届いていた。棄てる神あれば拾う神ありだ。店は今日常連の映像カメラマンYさん主催の映像シンポジウム。今が旬の映画監督KとSが講師とあって、映像学科を中心に学生たちが50人も詰めかける。本当は俺も見たかったのだけど、日本映画フリークのTちゃんに先を越されてしまい、俺はMちゃんとカウンターで留守番。でも、そのお蔭で法律事務所勤務のNさんがお土産に持ってきてくれた好物の稲荷寿司を独り占めすることが出来た。今日は本当にツイテル。