まず鑿の読み方から始めましょう。音読みで「さく」、訓読みで「のみ」で石や金属、木材をうがつ、彫る「のみ」のことです。疏(そ)は疏肝理気などの中医学用語が有りますが、「ふさがっているものを除いて通りをよくする」という意味です。平たく言えば、小便が出ない、大便もでない、全身が浮腫んでいる状態を削り取って通りを改善するのが疏鑿飲子であると連想してもいいでしょう。
患者:于某 47歳 男性
初診年月日:1998年8月12日
主訴:浮腫1年余
病歴:
ネフローゼ症候群病歴1年余、全身水腫、腹膨大、小便不利、尿色黄、大便秘結、口苦干燥、尿蛋白2+、嘗てプレドニゾン、フロセミドの治療を受けたが明らかな効果無し。
初診時所見:
全身水腫、腹膨大、小便不利、尿色黄、大便秘結、口苦干燥、舌苔厚膩、脈沈滑数、尿蛋白2+、血清蛋白及び脂質は正常
中医弁証:脾胃湿熱壅盛、水熱壅結三焦の陽水
西医診断:ネフローゼ症候群
治法:発汗瀉下利尿、上下内外分消
方薬:加味疏鑿飲子:
檳榔(行気利水消積殺虫)20g 商陸(苦寒/有毒15g 行水退腫、散結消腫)
茯苓皮(利水滲湿)15g 大腹皮(下気寛中、行水消腫、止瀉)15g
川椒(温中燥湿)15g 赤小豆(利水消腫、解毒排膿)30g
秦艽(祛風湿、舒筋絡、退虚熱)15g 羌活(解表散寒、祛風勝湿、止痛)15g
玉米須(ぎょくべいしゅ 利水消腫 退黄)50g 西瓜皮(解暑止渇利小便)25g
二丑(牽牛子:黒白丑共に逐水瀉下 袪積殺虫に働く、峻下利水薬)各30g
海藻(消痰軟堅 利水退腫)30g
七剤、水煎服用、毎日1剤、2回に分服。
二診 1998年8月19日。
服薬7剤で尿量増加、24時間尿量は1500mlを越えた。継続服用とした。
方薬:加味疏鑿飲子:上方に同じ。
十剤、水煎服用、毎日1剤、2回に分服。
三診 1998年8月29日。
連続服用10剤、24時間尿量は3000mlに増加した。発汗瀉下利尿、表裏内外分消水熱を継続し、益気を補佐として黄蓍30gを加味した。
方薬:加味疏鑿飲子:上方加味黄蓍30g
十剤、水煎服用、毎日1剤、2回に分服。
(付記:ここで瀉剤のみの疏鑿飲子に補気薬の黄耆が加えられたことになりますね)
四診 1998年9月9日。
水腫消退、尿蛋白2+、清利湿熱 益気健脾の剤治療3ヶ月、尿蛋白は陰転し、病は癒えて退院となった。
ドクター康仁の印象
以前に、ネフローゼ症候群の漢方弁証論治 腎炎、腎不全の漢方治療127報と128報で中医の弁証論治を総括したつもりです。
127報では宣肺利水法 温陽利水法 活血利水法 滋補肝腎 清化水湿法
128報では益気養陰法 行気利水法 分利湿熱法をご紹介しました。本案の疏鑿飲子は分利湿熱法に属します。
原方の疏鑿飲子(世医得効方)の組成は以下になります。
羌活 秦艽 大腹皮 茯苓皮 生姜 澤瀉 木通 椒目 赤小豆 商陸 檳榔
処方中の羌活、秦艽は疏風透表に働き、表にある水気を汗にさせて疏解する。大腹皮、茯苓皮、生姜は羌活、秦艽に協力して、肌膚の水を取り除く。澤瀉、木通、椒目、赤小豆を用い、商陸、檳榔と協同して、二便を通利し、裏にある水邪を下せる。全身水腫の治療方剤です。
大便不暢の原因を津欠腸燥とする説や、三焦の気機が閉塞されて二便が不通になるという理解しにくい説もあります。治療は表裏分消の法となります。表裏分消を説明すると、
商陸は瀉下逐水で、二便を通利し(大便 小便)、檳榔、大腹皮は行気導水し(小便)、茯苓皮、沢瀉、木通(最近は腎毒性のために使用されません)、山椒、赤小豆は利水袪湿で、裏の水が二便から除かれる。
羌活、秦艽、生姜は疏風発表で、水湿を肌膚から排泄する。
諸薬は協同して表裏の水湿を体表と小便、大便から除去するという意味が表裏分消です。
皮膚瘡瘍が熱を持ち腫れている者には金銀花 地膚子を加える。
大便乾燥不通者には大黄を倍量にして火麻仁を加える。
商陸に関しては以前の記事を参照してください。
峻下逐水薬に分類されます。商陸は大小便を通暢させことで、水湿を除きます。
http://blog.goo.ne.jp/doctorkojin/d/20130309
http://blog.goo.ne.jp/doctorkojin/d/20130227
張琪氏の加味疏鑿飲子は原方より、澤瀉、木通、生姜を除き、玉米須(ぎょくべいしゅ 利水消腫 退黄)50g 西瓜皮(解暑止渇利小便)25g、二丑(牽牛子:黒白丑共に逐水瀉下 袪積殺虫に働く、峻下利水薬)各30g 海藻(消痰軟堅 利水退腫)30gを加味したものになっています。
四診 1998年9月9日。
水腫消退、尿蛋白2+、清利湿熱 益気健脾の剤治療3ヶ月の治療内容を具体的に知りたいですね。補腎の用語が一切出てこないのが反って素晴らしいかもしれません。
それにしても、
尿蛋白定性2+、血清蛋白及び脂質は正常のネフローゼ症候群があるのや否や?疑問は残ります。
2014年1月27日(月)