みことばざんまい

聖書を原典から読み解いていくことの醍醐味。この体験はまさに目からウロコ。

#17 再臨 The Second Coming: Wrath and Rescue, NO.14

2024年10月10日 | 再臨

The Second Coming: Wrath and Rescue
 

1時間22秒から最後まで。


◇◇

驚嘆することにより、主を称賛する。

テレビやらこの世のことやら、あるいは全銀河などよりはるかに主を思うこと。

それらも驚きだがキリストはそれよりもはるかに驚嘆すべき存在。

主はどのようにそれをなさるのか、どのようにあなたをふさわしい者とされるのか。

最後の文章二つ。

2Th 1:5  このことは、あなたがたを神の国にふさわしい者とするため、神の正しいさばきを示すしるしであって、あなたがたが苦しみを受けているのは、この神の国のためです。 

あなたがたの苦難は、神の義なる裁きの証拠であって、あなたがたを神の国に十分相応しい者とするためです。

そのために、あなたがたは苦しみを受けているのです。

もし私が、この章において強調しているような者でないとしたら、祈りを通して、主ご自身が宣教を成し遂げることになります。

スモールグループに対して、主が宣べ伝える。

いや、そうではありません。

この章にはそういうことは宣べられていない。

この章には、苦難と呼ばれる神の義なる裁き、そして神の国に相応しくされるための苦難が書かれています。

主が来られる時、恥じるのではなく、私たちは主を称賛し、驚嘆する。

この箇所は、おもに迫害について焦点を当てていると考えることができます。

何故なら、あなたがたは、すべての悪人たちに報復するからです。

すべての神が定められた苦難から、神の目的を推定することができます。

すなわち、その苦難は、私たちの驚嘆へと向きを変えるようにデザインされているのです。

私たちの驚嘆へと向きを変える。

これは否定的な考え方ではありません。

向きを変える(redirect)ということばを選びましたが、以前にこのことばを使ってことはありません。

聖書的には罪ある驚嘆(迫害のことか)を殺すと言えるのではないか。

ただ今はこのようにしておきます、「向きを変える」と。

何故なら、驚くことは良いことだからです。

ある世界に驚くことは良いこと。

ご承知の通り、自然はあなたを驚かせます。

神は、苦難を、その世界に対する驚嘆へと向きを変えて、その上にキリストを覆い被せる。

それが苦難によって起こること。

それが、あなたの民に起こらなければ、彼らは十分に教えられてはいないということになる。

彼らは教えられなければならない。

自然に任せていてはそうなりません。

あなたがたが彼らに教えるのです。

あなたがたがすべき主なことは、彼らが癌に罹患する前に、どうすれば癌になるのか、どうすれば愛する人を失うのかを彼らに教えるのです。

人々が現実を理解できるように、あなたがたが教えるのです。

現実とは、神がお与えになった苦難であります。

彼らが神の国に相応しい者と見なされるように。

ただ私はここにいて、この世界に対してうめき声をあげ、私の背中に横たわる苦難がもはや私の気を引くことがなくなる。

絶望して、私はそれより大きなものを望む。

神に対して怒りをぶつけることも、またそれを見出すこともない。

来たる義なる裁きは、主の再臨の頂点の時にやって来る。

すべては満足し、キリストに驚嘆する。

(祈り)

 

 

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