みことばざんまい

聖書を原典から読み解いていくことの醍醐味。この体験はまさに目からウロコ。

Christ Our Life, #5

2015年11月26日 | 聖書研究・信仰
神の恵みとキリストの違いを見い出すことはひとつの祝福だ。

柔和とキリストの違いを知ること。

忍耐とキリストの違いを知ること。

愛とキリストの違いを知ること。

第Ⅰコリントに次のように書かれている。

第Ⅰコリント1:30
キリストは・・・になった
我々のために
神からの知恵に
義と聖と贖いに
(Nee訳)

聖化の基本概念は、歩みのすべての面が聖であるということ。

しかし、この聖句の意味は、聖ということではなく御霊の実という意味だ。

聖とはキリストのこと。

主イエスは、我々のために、聖たるように創造された。

だから、我々はそこに何でも入れることができる。

愛、謙遜、力、自制。

今日の主の要求は忍耐。

キリストが我々の忍耐となってくれる。

明日の主の要求は純粋かもしれない。

キリストが我々の純粋となって下さる。

主がすべての必要に対する答えだ。

それ故、パウロは御霊の実をひとつとして宣言する(ガラテア5:22)。

「御霊の実々」、つまり分離されたいくつかのアイテムではない。

神は我々に主の聖霊を与え給うた。

愛が必要な時は、御霊の実は愛となる。

喜びが必要な時は、御霊の実は喜びとなる。

それは常に真実である。

我々の側に何か性格上の問題があるとか、異なる人格が101通りあるとかはどうでも良いこと。

神はひとつの十分な答えを持っている。

御子イエスキリスト。

イエスは、人の必要のすべてに対する答えだ。