ゆうしゃケン  小心翼翼・平々凡々

団塊世代の技術系サラリーマンだった。引退した今は妻と二人で平和な生活を願いつつ、趣味と独り言でストレス発散

みなさま、ありがとうございます

2007-11-07 21:29:40 | 平々凡々

   ザクロ。このように完熟したものは初めて食べました

 

 秋も深まって、収穫の秋たけなわです。各地で豊穣の恵みを感謝して秋祭りが開かれているようです。九州では高千穂の夜神楽が始まるし、唐津くんちも大勢の人で賑わったと報道されていました。

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 私事ですが、今年の秋はなぜか頂き物が多い。手始めが娘たちからのワインと焼酎だったが、それ以降、なぜかおすそ分けなどが多いのだ。偶然だとは思うが、我が家の家運が上昇しているのかもしれない。<o:p></o:p>

頂いた順にしめすと、

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  長女宅からのワイン<o:p></o:p>

  次女宅からの焼酎「魔王」<o:p></o:p>

  完熟ザクロ<o:p></o:p>

  さつまいもとみかん<o:p></o:p>

  手作りケーキ<o:p></o:p>

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  カボスと銀杏<o:p></o:p>

  練馬大根で作られた焼酎「大根」とオーストラリア製のチョコレート<o:p></o:p>

  釣ったばかりのアジを大量に

<o:p>手作りケーキ。まろやかで、上品な甘さでした。ありがとう</o:p>             

このうち、柿は昨日の日曜日に友達のAさん宅に柿狩りに行ったものなので厳密にいうと違うかもしれないが、山の幸を自由に取っていいと言われたのだから、頂きものだろう。<o:p></o:p>

 このように、多くのプレゼントを頂いて恐縮です。感謝しています。ありがとうございました。<o:p></o:p>

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 松阪で松阪牛や海鮮料理を満喫した上に、これらの山海の珍味を食しているので、見る見るうちに私のお腹が出っ張ってきた。春に礼服を新調したばかりだ。何とかしないと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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県展

2007-11-05 21:27:22 | 屋内趣味

  北九州市美術館

 

  食欲の秋ばかりではなく、芸術の秋でもある。今年1年の創作活動の発表の場として、美術展が開かれているが、今年も長女の嫁入り先のお父様(Oさん)から、県展の招待状を頂戴した。

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 以前にも紹介したが、最近名が売れ出した気鋭の版画家なのである。昨年は、東京でも紹介されたし、本も出版された。退職してから趣味で始めたそうだが、才能があったのだろう、瞬く間に頭角を現したようだ。謹厳実直で、誠実な人柄で和音君を可愛がる姿は、じつに微笑ましい。作風は私の偏見かもしれないが「日本の美」を意識しているようで、落ち着いた静寂さと庶民の生活を暖かい視野で観察していると感じさせる。

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 土曜日、妻と二人で北九州市美術館を訪れた。紅葉にはまだ早いが静かなたたずまいで、秋をほのかに感じさせてくれた。出品作品は写真から陶芸、編み物、絵画、版画などオールラウンドで作品が展示されていた。一つ一つ鑑賞していると、腰が痛くなってしまったが、やはり展示されるだけの価値があるものばかりだった。

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Oさんの作品は、「合掌造り」だった。飛騨に旅行したことがあるのだろうか、A1サイズくらいの和紙に刷られた合掌造りの民家は、不思議な威容を示していた。屋根に葺かれた11本の藁が、それぞれ自分を主張しているようで、愛着を持たれてノミをふるったのだろう。眼を痛めておられたのに、これほどの作品を創出するとは、すごいと感じたのでした。

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出張の疲れもあったのか、我が家に帰ってまったりした後、夕方は垣根の剪定。植木の手入れ時期なのだろうか、ご近所さんに植木屋さんが入って、刈り込んでいるのを見て我が家も、と思ったのだ。

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秋の剪定は思い切って刈り込むことだと聞いていたので小心な私が思い切って刈ったら・・・。 妻から切りすぎだとクレームが出た。これでいいのだよ、京極堂! とえらそぶったが・・・トホホ

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その晩は、カリフォルニア産の白ワインを飲みました。安かったですけどフルーティな感じでおいしく、妻も飲みましたが、私がほとんど一本を開けてしまいました。

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那智

2007-11-03 19:57:15 | 紀行

  那智の滝

 

 日曜日、昨日の疲れが残っていたが、窓から見上げる空は真青! 素晴らしい天気だ! こんな日にホテルでくすぶっているのは性に合わない。O君に今日は当初の予定通り、那智の滝に行こう!とけしかけた。O君もその気になっていたようで、すんなり話がまとまって、9時過ぎにホテルを出発した。

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 熊野方面だということは分かっていたが、どのルートが一番効率的なのか、ガソリンスタンドで従業員に聞いたが、二人とも那智の滝を知らないという。最近はこんなんだろうか!

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 那智の滝は妻が数年前に姉妹旅行で訪れたことがあって、いいところだと聞いていたし、世界遺産に登録された熊野古道は、私の琴線に触れる何かがあったので、行きたいところでもあった。今回のチャンスを逃してなるものか、と勇んで出かけたのだった。

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 途中、道の駅などで情報を仕入れながら紀伊半島の山奥を南下した。国道42号線だが、さすがにアップダウンが激しい。箱根の山もかくありなん、と思っていたら、「千尋」「万丈」という二つの橋があった。名付け親は箱根の山を意識したのだろう。

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 O君が携帯で那智の滝の場所を調べたら、熊野三山の一つで熊野那智大社に那智の滝があることが分かった。熊野大社は知っていたが、本宮大社、那智大社、速玉大社に分かれているとは知らなかった。

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 熊野信仰によって参詣道が整備されて、熊野古道ができたのだとも知った。いままでは山伏、行者さんが歩いた山頂を巡る道くらいにしか思ってなかったのだ。

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 那智大社は和歌山県新宮市に在る。これは私にとって記録でもある。これで、東京以西はすべての県を訪れたことになる。和歌山県だけは来ていなかったのだ。そんな想いをかみしめていると1時過ぎに目的の那智の滝と那智大社に到着した。滝は100m以上の落差があって、実に雄大な眺めだった。この滝に神秘的な気持ちを抱くのは、至極当然だと思った。

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 痛めた足をかばいながら、那智大社の本殿まで石段を歩いたが、念願の滝を拝めたことですっかり気分はハイになって、足も痛くは感じなかった。その気分がお土産として那智黒の夫婦ふくろうを買い求めさせたのだろうか、参道の一番上の本殿に最も近い土産物店で購入した。<o:p></o:p>

 

 帰りに、新宮の速玉大社に寄った。ここは街中にあって、駐車場のすぐ横が本殿だった。あまりにも参道が短いので、少々ありがたみに欠ける気もしたが、本殿はやはり朱塗りの豪壮なものだった。

 

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 本宮大社まで足を伸ばしたかったが、山奥へ36kmも離れているらしい。仕方なくあきらめた。まぁ、熊野三山のうち、2大社に参詣したので良しとしよう。

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古都を訪ねて

2007-11-01 21:44:00 | 紀行

  法隆寺 金堂と五重の塔

 

 三重4日目、土曜日。雨が降っている。急に発生した小型台風が急速に接近しているとの予報もでていた。そんな中、レンタカーで高速道を斑鳩の里へ向かった。運転は同行のO君だ。つい最近、天草でも一緒に行動した人だ。松阪を9時半に発ち、法隆寺に着いたのが12時前。目論見通り雨は小雨になっていた。

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 法隆寺は中学の修学旅行で来たきりだから、もう45年前の話だ。けれど、何にも変わっていない! 砂利道、石段、5重の塔、金堂、それに夢殿・・・懐かしいと感じた。小雨で煙っている中を、修学旅行生の集団がガイドさんに案内されていたが、皆さん神妙な顔立ちで聞いている。やはり、我が国初の世界遺産の価値が分かっているのだろう。

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  右足を痛めていたので、ぎこちない足取りだったが、精力的に歩き回った。「柿食えば、鐘が鳴るなり法隆寺」の句を思い出したりもしたが、隣の中宮寺では柿が供えられていて、ほ~っと思った。<o:p></o:p>

 

 回り終えたのが2時だったので、昼食を食べることにした。思い出になると思って法隆寺の目の前の茶店で柿うどんを食べることにした。ざるうどんの絵が気に入ったのだったが、実際に食べたのは柿色の麺をした普通のうどんだった。注文の仕方が悪かったのだろうか。けれど、結構おいしかった。<o:p></o:p>

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 今度の出張期間中に私が行きたかったのは法隆寺と箸墓古墳と石舞台古墳だった。趣味とまではいかないが、邪馬台国を代表とする我が国の古代史に興味があったので、卑弥呼の陵墓と云われる箸墓と曽我氏の石舞台古墳はぜひとも観たかったのだ。

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  蘇我入鹿の墓と云われる石舞台古墳

 

 ところが、箸墓をカーナビで探しても見つからない! 奈良の地理は不得手なので、カーナビの協力なくしては、どこにも行けない(涙) このため、箸墓は断念して明日香に行くことにした。石舞台古墳だ。

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 カーナビのおかげで明日香村には無事についた。やはり大きい! 玄室に入ってみたが、夕方だったので真っ暗だった。雨もすっかり止んで、周りの稲穂や紅葉などの秋の景色が石舞台と夕暮れの中で調和して、何とも云えない落着きを醸し出して、心地よかった。日本人の原風景の1種なのかもしれない。

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 すっかり満足して、高松塚古墳に向かった。例のカビ問題で封鎖されているのは知っていたが、せっかくここまで来たのだから、寄らないのは悔いを残すと思ったのだ。

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高松塚はなんの変哲もない棚田の奥の雑木林の一角にあった。農作業していて見つけた、というのが無理なく実感できた。けれども玄室はアルミの簡易建屋に覆われ景観が台無しになっていた。文化庁が威信をかけて復元しようとしている気構えが、空回りしている様な気がしてならない。

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明日香村はちょうど柿の季節で、山のあちこちに点在する柿の赤い葉と実が収穫前の稲穂と幻想的な風景を提供してくれていた。古代の人も同じ景観の中で生きていたのだ、となぜか郷愁を感じたのでした。

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