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ゆうしゃケン  小心翼翼・平々凡々

団塊世代の技術系サラリーマンだった。引退した今は妻と二人で平和な生活を願いつつ、趣味と独り言でストレス発散

ポケモンとボランティア体験記

2011-08-17 11:58:00 | 

                                                                                          盆も終わり、一息ついた我が家です。今日はバァバが和君、奏君を引き連れてポケモンを観に行っています。私は家でお留守番。時間があるので何とか昨晩アップ出来なかったK君のボランティア体験記を載せようと苦心しています。

 セミの数ですが、詳しく見てみるとてっぺんに半分隠れていたのが見つかって、結局8頭居ました。

東日本大震災ボランティア体験記

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3/11の震災後の被災地に自分が何かできないかと思っていました労組の上部組織の全国○○労連からボランティアの募集があり参加することにしました<o:p></o:p>

家内は最初から最後まで行くことに対して反対しておりましたが私の決意は固く参加することにしました

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出発の前日の6/10午後から○○労組で結団式がありその夜は懇親会でしたこれが毎日続くとは誰も思ってなかったでしょう

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出発は福岡発8時の飛行機でしたが佐世保から来たS氏が時にホテルロビに集合のところ起きて来ませんT氏が起しに行きタクシで空港に向かつていたところ途中で航空券をS氏がホテルに忘れていて戻って取りに帰るハプニングがありましたが○○労組の幹部に見送られ無事に福岡を出発しました

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東京に着いて連合本部で108名総勢の合同結団式を終えてバスで福島市の連合ビルへ向かい到着は、16時でしたやはり東北は遠くにあるなと実感しましたバスの中で弁当が配られました確かイナリと巻き寿司だったと記憶していますがこの弁当が以後朝と昼18回も続くとは誰も思っていなかったでしょう

 

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その夜○○グル15名の懇親会があり皆まだボランティアをしていませんが皆で仲良くなりました帰り皆でス銭湯に行きましたが私が勝手に先に銭湯に行き皆が心配して探すハプニングがありましたT氏はこの先が思いやられたことでしょう<o:p></o:p>

連合ビルでは福島グル43名大会議室の雑魚寝内女性名は小会議室で布団はありましたが夜のこのプライバシの全くないことが消灯時間10:30まで外で過ごすという規律正しい生活パタンになりました南相馬市グルプは20(5名X内訳は○○グル15○○○○名でした

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6/12から日間中一日は休暇で岩手県の宮古市と山田町に行きました毎日原発から20~25キロの南相馬の農家にマイクロバスで通い福島市から時間半主に稲わら屑大小さまざまな木々生活用品等を庭と田んぼの側溝から撤去する作業でした必要に応じて草刈り機で草も刈りました<o:p></o:p>

軒の農家を回りましたが原発から近いこと避難推奨地域もあって家を守っているのは老夫婦でした東北農家の敷地は広く、500~600坪あり2~3棟の家が同じ敷地にありますしかし若夫婦と孫たちは避難していました若い人達のいない町は何か寂しい感じでした

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それでも年老いた夫婦は私たちが遠く九州沖縄から来てくれたということで自らも鎌草刈り機を持って一緒に作業していましたそのことが私たちの一番の収穫でした平野部の田畑も広く辺が100~150mはあり夫婦人で200~300mの溝さらいを行う気持ちにはなれない! これが被災地の現実でした

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毎日マイクロバスで通過するところに飯舘村がありました少しの明かりありところは役場JA郵便局のみで残りは全て閉鎖でいわゆる死んだ町でした

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私が感じたことは東北の人は呆れるぐらい親切で我慢強いことでしたそのことで私達は逆に勇気と元気をもらいました<o:p></o:p>

私達の作業は、20人とはいえ手作業ですので4~5時間で大きな作業を行うことはできませんそれでも農家の夫婦とボランティアの皆が自ら進んで作業してくれたことが嬉しかったです

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<o:p> 衝撃的な写真よりも象徴的な写真を紹介します。</o:p>

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 東 北地方の方言に地震のときは「てんでんこ」に逃げよ」  この「てんでんこ」というのは自分勝手に他者は構わずにという意味です農家の夫婦の話によると近所で亡くなった方は皆ほんの少し逃げ遅れたと話されていました自分の身は自分で守る自分が助からないと他者も助けることが出来ないこの安全基本を再認識しました原発から60数キロ離れた福島市でも小学生はマスクをしての登下校でした親の気持を考えると政府の対応に疑問を感じました

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この空気と水が澄んでおいしい東北に心から震災の復興と原発の問題の早期収束を願ってやみません<o:p></o:p>

最後にこのような体験をできるように計画を立案し人と物資を手当てして頂いた労働組合上部組織に感謝すると共に、1週間休みをくれた会社と職場の皆に感謝したい<o:p></o:p>

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キャンプ

2011-07-22 20:52:58 | 

夏のバカンスに突入した。子供たちにとっては待ちかねた夏休み、思いっきり身体を動かして真っ黒に日焼けして欲しい。と言っても大震災に見舞われた方々にとっては、耐え難い暑さに閉口していると思う。生活環境の早期復活をお祈りする。

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先週、キャンプの帰りに写したと送られてきた奏汰・啄人兄弟。「夏はおいらの季節ダイ!」

 

さて、バカンスの過ごし方は山派と海派に分かれるようだが、私は海派だった。若い頃の事だ。浜辺でキャンプしてサザエや小魚を捕って遊んだものだ。娘達が小学生くらいまでは海が綺麗な日本海に良く出かけていた。その頃は妻は泳げなかったので、沖合いでの娘達との遊びは私が担当していた。妻は置き去りにされて寂しいのか、腰付近の深さまで恐る恐る出ていたことを思い出す。現在は妻もジムで泳ぎを覚えて、私よりも長時間泳ぐようになっている。だから連れ立って海水浴と言いたいのだが、今度は日焼け問題があって海は敬遠している。私も日焼けと疲れが恐くて、ここ数年は御無沙汰だ。

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孫達もこの時期になるとキャンプが本格的だ。キャンピングカーを持っている和ファミリーは季節に関係なく、暇があればアウトドアライフと親しんでいるが、奏汰・啄人ファミリーも山派であり、キャンプを楽しんでいる。私もキャンプに行きたいのだが、睡眠障害と云う持病を持っているので、落ち着いて寝られる環境が整っているところじゃないと行けないのが残念だ。

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ところが、今度の週末に全員でキャンプに行こうとお誘いが有った。孫たち2家族はテントで、私達夫婦は電源が完備されたロッジだという。場所は山口県の秋吉台。カルスト地形の行楽地だ。娘達の好意が嬉しく、孫達と遊べるのも楽しみだ。随分久しぶりのキャンプで何を持ってゆくのか、まだ準備もしていないが、婿殿たちが居るから特に私が手を出す事も必要なさそうで、のんびりと過ごせそうだ。

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ということで、明日からキャンプ。次はこの報告を。

 

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潮干狩り騒動記

2011-05-06 22:04:35 | 

 

今年のゴールデンウイークは超大型、私は26日の出勤予定日をゴルフでお休みしたので、何と13日間の休みとなってしまった。もちろん、こんなに永く休みだったのは初めての経験だ。が、楽しい日々もあっという間に過ぎ去って連休も終わってしまった。なんだか寂しい。

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 保育園に通っている奏君・たっ君兄弟も園が休みだからパパママと一緒で楽しいだろうが、病院関係に携わってるママは休日でも勤務がある。だからパパと居る事になるのだが、それでは長いGWも退屈で飽きてしまうだろうと、連休後半に奏君を預かる(お泊り)ことにした。

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 奏君を潮干狩りに連れてゆく約束だったので、ちょうど大潮に当たるお泊り初日の3日(水)に繰り出すことにした。雨が心配だったが、何とか持ちそうだ。気温予報は19度で、風が無ければ絶好の天気だ。  <o:p></o:p>

出発予定の11時前に奏君ファミリーがやってきた。おもちゃの潮干狩りセットを抱えてやる気満々だ。ママも可愛い息子の初挑戦だということで、張り切って私の分も含めて二人分のお弁当を作ってきた。

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奏君を助手席に座らせてシートベルトで固定して、車で40分、12時に目指す行橋市の箕島海岸に着いた。干潮が3時過ぎなのでお弁当を食べて準備すればちょうど良い時刻だ。駐車場はもう殆どがいっぱいだったが、運よく私は岸壁沿いに停める事が出来た。家族連れで大賑わいだ。

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奏君はお弁当も食べずに、長靴履いて歓び勇んで浜に駆け出した。海が珍しいのだろう。私はお弁当を食べ終わって、渓流釣り用の繋ぎの防水ゴムズボンに履き替え、海に入る準備を整えた。

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奏君は波打ち際で遊んでいたのだが、素足で長靴は履いておらず、ズボンも水浸し。なぎさ遊びにもう夢中。いずれは濡れる事だし、風も無いので、そう寒くも無いだろうと、奏君を連れて、さぁ潮干狩りのスタートだ。長靴を履けといっても聴かないので、素足を黙認した・・・(後で分かった事だが、長靴の縁でふくらはぎを擦って痛かったのだった)

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箕島海岸の潮干狩りのターゲットはマテ貝。鋤で砂浜を削って巣穴を見つけ、その穴に塩を注ぐとマテ貝が驚いて飛び出すので、それをタイミングよく捕まえると言うもの。子供でも出来るから、人気がある。奏君は貝と言えばアサリとしか思っていなかったようで、来る途中で何度も説明したのだが、分からなかったのだが、百聞は一見にしかず!、 最初にマテ貝を捕まえた時はもう興奮の極み、感動していた。

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奏君と協力して(私が鋤で砂を掘り、奏君が塩を掛ける)、マテ貝を10匹くらい捕ったのだが、その頃になるともう奏君は飽きてきたのか、よその家族にマテ貝を捕ったなどと話しかけている。外交的性格と云うか、物怖じしない性格で、マイペースだ。相手も幼児だと思い、おだてたりして手荒いことがないので、ますます奏君のペースだ。

 

 

奏君、隣の家族の中で堂々と。

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さて、掘り始めの興奮が治まった頃、お腹がすいたというので、奏君は砂の山に腰掛けてお弁当を食べ始めた。私は本格的にマテ貝掘り。 鋤を振るって、塩を掛けて!

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そうこうしていると、奏君がおしっこと言いだしたので、掘った穴をトイレ代わりにさせたのだが、お腹が冷えていたのか、一緒に下痢も。慌ててズボンを脱がせたのだが、もう遅い。パンツもズボンも黄色い汚液で染まってしまった。着替えは車の中、どうしようかと悩んだのだが、奏君は身軽になったのか、下半身は裸のまま(ジャンパーでお○ん○んは隠れていた)、走り回って遊び出した。 私は寒くは無いと云うし、外見上も問題ないので、もう少し掘ってから帰ることにした。

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<o:p>遠くに奏君が一人で! 驚くより慌てました。 その日の夕飯、収穫の半分をバター焼きで味わいました。</o:p>

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しばらくして奏君の声が聞こえないので、どこに行ったのか遠浅の浜を探すが居ない。心配になって海のほうを眺めると、ぽつんと奏君が腰まで浸かって打ち寄せる波と戯れていた。海は経験が少ない奏君、転ぶと溺れてしまう。慌てて奏君を追いかけたのだが、奏君は私を見つけると鬼ごっこのように逃げる。私と遊んでいるつもりなのだ。私が大声を上げて叫んでいるものだから、他の潮干狩り客も何事があったのかと驚いて注目していたが、こちらは一生懸命。やっとの思いで奏君を捕まえたのでした。それにしても繋ぎで良かった。長靴だけだったら、私も腰まで水に浸かってた。

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奏君は当然ながら水浸し。寒いと言うので、潮干狩りを中止して戻る事に。時計を見ると丁度3時。干潮真っ最中で、今からが本番と云う時刻だった。やむを得ない! 浜に戻る時も奏君はマイペース、大声張り上げたりよその子達と遊んだり。

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車に戻って身体を拭き、着替えさせて一件落着。帰りの車中ではさすがに疲れたのか、ぐっすりと寝ていた。

 

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その日の夕食はマテ貝のバター焼き。奏君も数個食べた。私も英彦山の地酒を飲んで疲れを癒したが、酔いが早く、早めに布団にもぐりこんだ。<o:p></o:p>

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翌日は妻の番。黒崎にあるキッズルームに連れて行った。私は家で留守番。鋤でこわった足腰を伸ばした。短い時間だったのに結構身体に負担がかかっていた。奏君との追いかけっこが問題だったのかも。<o:p></o:p>

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夕方に、パパが迎えに来た。もう一泊したいと奏君が云ってはいたが、私たちはもうくたくた。早くお引取りを!() 奏君と同じ行動するのは疲れる! そして今日は潮干狩りから3日が経ちました。奏君、風邪の気配さえ見せず元気です。安心しました、

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誕生日のお裾分け

2011-04-27 11:55:49 | 

 

 

   25日は妻の誕生日だった。先月は私の誕生日で、そのお祝いを兼ねて別府温泉で御馳走を食べて、泥湯に入って若返ったのだが、「私の誕生日には何をしてくれるの?」と前日の夕食時に妻が突然言い出した。おまけに「結婚記念日も最近は何もしてくれない」とぶつぶつ。

 

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 この話題に入りこむと絶対に私が不利になることは見えているので、何としてでも避けなければならない。おまけに、ホワイトデーのお返しもまだしていない。テキトーに相槌打っていると、グッドタイミングで大河ドラマが始まったので助かった。「釣った魚に餌は要らない」とは言わないが、小遣いも少なくなったし、最近は医療費の負担も多くなって大変なのだ。ただ、妻から言えば、私はまだまだ裕福だと見えるらしい。でも、ゴルフは今年はまだ一度も行ってないのだ。

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 この話題になる直前に、次女家族が揃ってやってきた。そしてたっ君から妻へ誕生日のお祝いがプレゼントされた。そして何と私にも奏君からプレゼントを渡された。私へは1カ月遅れの誕生日祝いだという。開けてみると二人ともフィットネス用のシャツだった。それも2枚も。私達がジムやエアロビで頑張っているので、その応援だろう。恥ずかしくない衣装で元気に通いなさいと言っているのかも。毎年、有り難いことだ。

 

    

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 誕生日当日、長女の軽で門司港レトロにある「海人(カイト)」という回転寿司屋さんに繰り出した。何でも8周年記念で25,26日の二日間だけオール半額祭をやっているというのだった。理由はどうであれ、お寿司が半額というのは嬉しい。11時にオープンだと言うのでその20分前に着いたが、もう大勢の人が待っていた。私達は16組目で、何とか座れるだろうと一安心。

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 11時になって私達はテーブル席に座ることが出来た。別に急ぐことは無いのだが、競争意識が働くのか、40分というオーダー時間制限のためなのか、座るやいなや、次から次に握りの注文。とは言うものの、回転寿司なので、流れてくるもの以外しか受け付けられないということだったのだが。それでも、普段は遠慮している「大トロ」などが心おきなく食べられるとあって、興奮状態に陥っていた。

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結局3人で39皿を平らげて、修羅時間は終了。その間1時間弱。 短時間に詰め込みました! 来年もまた来ようねと言いながら、大満足でした。

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その日の夕方、和君がお祝いを持ってやってきた。家で書いたのだろうか、おめでとうの言葉と赤い織り花。たどたどしい文字ではあるが、きちんと書かれていた。バァバが感涙にむせんだのは言うまでもない。私のプレゼントよりも良いことは間違いない。

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<o:p>「それ行けスマート」、昭和40年頃に放映されたTV番組です。アメリカの30分TVドラマでした。スマートという間抜けなスパイ(諜報局員)が、ドジを重ねながらも、最後には結局役目を達成してしまうと言う、アメリカが得意なお笑い系の番組でした。スマートというのは「ドジで間抜けな」という意味が入っていたのですね。私はこの番組が好きで、毎週欠かさず見ていました。これより少し遅れて、「ナポレオン・ソロ」というロバート・ボーンが扮するスパイが活躍する1時間ものTV放送がありました。ロバート・ボーンは今も「華麗なる詐欺師たち」で活躍しています。この手の番組が大好きなのです。</o:p>

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<o:p>ということで、ソフトバンクホークス、スマートのように最後は勝ってしまうと言うことなのでしょうか? ライオンズの優勝を願っていることは間違いないのですけれど。</o:p>

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虎尾桜2011

2011-04-08 19:48:05 | 

 

  虎尾桜。写真では判りにくいですが、赤ピンクが奇麗でした。 

 

  標高900mの福智山の中腹に、知る人ぞ知る桜の名木「虎尾桜」がある。上野(あがの)焼で有名な上野峡から石ころだらけの険しい山道を登ったところに艶やかに咲いていて、例年、登山姿の花見客で賑わう。私が虎尾桜を知ったのが、仕事に余裕が出てきた2年前。早速妻と2歳の和君を連れて登ったのだった。急な山道を懸命に登り終えたときに空に向かって咲き誇っている桜の木を見ると、無事に登り終えた安堵感と開放感が一緒になって、実にすがすがしく感じる。桜の周りでお弁当を食べたかったと和君がつぶやいていたので、昨年はお握りのお弁当を携えて繰り出したのだが、今年は奏君も加えて5人(私、妻、和ママ、和君、奏君)でチャレンジする事になった。

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 和君の幼稚園の始業式がある前日の水曜日、天気はまさに快晴で暖かくて絶好の花見びより。急に暖かくなったので平地では満開だが、山の冷気が残っていても多分満開に近いのだろうと勇んで出発した。奏君は保育園をお休みして、臨時遠足だ!

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 朝から妻と長女が手分けしてお弁当作り。一昨年の和君の残念な思いを再びさせないように、豪華なお弁当になった。お弁当を食べるのが楽しみだ。

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 上野峡の福智山上り口に着いたのが11時過ぎ。さぁ、山登りスタート。急な斜面用として、花見客用に上り口に積み上げている枯れ枝の杖をそれぞれが選んだ。3度目の和君は余裕綽綽。車の中で眠っていた奏君もすっかり眼が覚めて、やる気満々だ。二人とも滑り落ちそうな石ころの急峻な渓流沿いの登山道を頑張って登っている。崖崩れで切り立った崖のところでも恐がることなく平気なのが頼もしい。

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<o:p>   レンズが汗?で湿って、ボケているのが残念ですが、孫二人。頑張りました。</o:p>

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 そして、約40分。12時過ぎに全員元気に目指す虎尾桜に到着した。桜が満開なのを見て歓声を挙げたのだが驚いた。確か前年まではソメイヨシノと同じくらいに薄い桃色の花だったのだが、今年は赤が強い桃色だった。そのために存在感がひときわ際立って、艶やかで美しい。今年は寒くて雨が少なかったのが原因だろうか。

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桜の周りで昼食を摂っている人たちも多かった。孫二人も手ごろな石に腰掛けてお弁当の催促。私たちは達成感に浸りながらお握りや卵焼きなどをパクついた。本当に美味しくて、私は日頃の2倍も食べてしまった。孫達も仲良く無心に食べていた。

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昼食も終わって、ひと休みして下る事になった。登りよりも下りの方が危ない。私と和君が先頭、真ん中に妻、その後を奏君と和ママという隊列で、慎重に降りたのだが・・・  和君は6回ほどすべり転んだが、上手に転んだので怪我は無し! 「気をつけなさい!」と叫んでいた妻が見事に転んで痛めていた左手首を更に捻ってしまった。(帰り着いて医者に罹ったことは言うまでもありません)

 

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無事に降りついてから、みんなで麓の「ふじの湯」温泉へ。ゆったりと疲れを取ったのですが、私は腰を痛めたのか、調子が悪くて早々と湯をでて、待合室で休憩していた。

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それにしても、孫二人、元気なものだ。奏君を心配していたが、結構足腰が強くて、下りも時折走ったり、段差を飛び降りたり。奏君なりに危険度を判断して行動しているようで、着実に成長している。

 

 

桜前線、ゆっくりと北上して北海道まで届きました。札幌では見事な桜が道民を楽しませています。

札幌をこよなく愛しているmiyさんのブログでも、こんなに奇麗な桜が紹介されました。

 

   http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/d08236f9b392d3afe3a749d5b658d039/f8

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K騎士団は今?

2011-03-04 20:44:38 | 

 

 弥生3月、闇に閉ざされて身動きままならなかったK騎士団も、光が溢れ始めたこの季節になって、徐々に活動を始めだした。彼らの現況を報告しよう。

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団長 KEN 暗闇の中で食っちゃ寝の怠惰な生活を送っていたので、ゆうしゃ体型がアンパン体型に。それを取り戻すべく、エアロビ美女軍団にこそっと紛れ込んで運動?をしている。鼻の下だけ伸びているだけかもしれない。

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騎士 KZ 騎士としての経験を積むべく、養成学園や各地のイベントに顔を出してせっせと勉強中。この前は移動の途中で転んでしまって、眼の周りを強打。でも不撓不屈の精神で頑張りぬきました。

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戦士 KN: 向こう見ずな戦士ぶりを発揮して養成学園ではお山の大将、腕白ぴか一です。外遊びが出来るようになって、遊具を自在にこなしてスキルアップ。次は鉄棒にチャレンジだ。

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魔法使い KR 騎士団唯一の女性だが、ふくよかになりすぎたので菓子類を止めると悲壮な決意。私から見ると理想のスタイルなのに。 ヒールの呪文は相変わらず効果抜群。ヒール源のスイーツは止めないで! スイーツが切れた時の火焔波呪文は最強で、私にもとばっちりが飛んでくる!

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僧侶(見習い) TK まずは体力をつけなくては、と戦士KNの後を追って養成学園に。自立の道を確実に歩み始めました。まだこの世界に慣れてないので、病魔に襲われることも多く、団長の私はおろおろすることも多い。<o:p></o:p>

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 園のひな飾りが気にいったようで、ご満悦のK騎士団KN君

 

 さて、そのK団長、前回は南極で異世界の生物からの侵略を見事に防衛したのだが(真・女神転生ストレンジジャーニー)、春の到来と共に春情が目覚めてきたのかどうかは分からないが、「戦国ランス」という美少女ゲームに嵌っている。どうもこの団長はバイオリズムのためかどうかは知らないが定期的にこの手の行動をするようだ。騎士団と云う規律正しい生活から抜け出して、気分転換・ストレス発散しているのかも。その状況は次に。

 

 

 

 

 

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春ですね。

2011-02-24 16:37:35 | 

 

暖かい。春です。待ちに待った春の到来です。光も一挙に強さを増して、陽射しが目に痛い。空は輝くように青くて、その濃さが愛おしいほど。通勤路の菜の花も満開だし、白梅も香気を放つようになってきた。

 

通勤路横の菜の花畑

 

気がつけば、来週はもう3月、弥生の節句だ。女の子の居る家庭ではお雛様を飾って、優美にあでやかに春の装いを楽しむことだろう。我が家にも七段飾りのお雛様があるのだが、いたずらな孫たちが台無しにするのが目に見えているので、あと数年は飾れない。お雛様の代わりに、やんちゃな小僧たちが我が家の元気密度を高めていると思えば、それも仕方ないことだと思う。

 

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 その孫たち、インフルエンザも一巡し、元気さを取り戻していたのだが、たっ君は転んだのか、自分でかきむしったのか鼻の頭に傷を作っていた。奏君は相変わらずのマイペース。人の云う事を聴かなくて困らせている。次女が早出で、代わりに朝から二人を預かって登園させる日はジジババ-孫二人の戦争のようだ。テレビが大好きな奏君、テレビを消して朝ごはんを食べさせるのに一苦労だ。テレビと同じくらいにご飯やお勉強・お遊びに熱中すればいいのだけれど。

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 熱中と言えば、フィットネスに入会して1週間が過ぎた。今度の会計は私のへそくりと言うか、少ない小遣いから捻出しているので、行かないともったいない。入会当初と言うこともあって、ジムでは私に適したマシントレーニングカルテを用意してくれて、インストラクターが親切に指導してくれる。このためもあって、会社に行かない日は毎日フィットネスに通っている。マシンの操作も覚えて、指定されたウエイトをクリアすべく頑張っている。おかげ様で腕は筋肉痛が少しあるが、筋力も若干は付いたような気がしてきた。

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それとエアロビ。半年ぶりのエアロビなのだが、やはり体を動かすというのは気分爽快で実に気持ちがよい。汗が滴り落ちるのが快感でもあり、有酸素運動で余分なエネルギーを消費していると思うと余計に嬉しい。といって体重計では目に見えて変化していないのが不思議なのだが、体は軽くなった気はしている。まさか、汗を流した分だけしか軽くなっていないとは思えないのだが。

 

孫3人。 鼻に傷をつけたたっ君、テレビに見入っている奏君、左目を打撲しても懸命に我慢している和君。

 

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 話がよそ道に入ってしまった。孫たちの話の途中だった。パパママと一緒に大阪までキャンピングカーで旅行して帰ってきた和君、顔を見て驚いた。左眼の周りに赤いあざが出来ていた。急ブレーキで居間から運転席側に転げ落ちたのだそうだ。ちょうど移動の最中だったのかもしれないが、一つ間違えば大変なことになっていた。がまん強い和君だから、泣き言を言わないのもいじらしい。すぐに外科で治療したのだが、打撲だけで他には問題が無いというので一安心した。 が、その和君、昨日の夕方、38度6分の熱が出た。この打ち身が原因ではないかと直ちに病院に連れて行ったが、単なる風邪との診断で、ほっと一息。孫たちの動向に気を緩める暇もない。

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男の子は身体が弱いし、元気な時は生傷が絶えない。ほんに男児は育て甲斐があるものだ。

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囲碁のお勉強

2011-02-12 15:19:02 | 

 

  私の囲碁歴は45年だ。大学の囲碁部に入って覚えた。それまではずぶの素人だった。優しい先輩方に教わり鍛われて、1年で初段になった。そして教養課程から専門学部に移る3年の頃には2段となった。地元の他大学との交流戦にも選手として出場してそれなりの成績も上げた。その他にも朝日アマ10傑戦などの一般棋戦にも武者修行の意気込みで出たりもして、充実したクラブ活動だった。ただ、3年の頃から囲碁の他にビリヤードやマージャン・パチンコなどの遊びに手を出して、本業が疎かになってしまったのが若気の至り。反省するところだ。

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会社に入って、趣味が囲碁ということでずいぶんと得をしたように思える。配属された技術部の課長が囲碁2段で入社した早々から相手をさせられ、経理部長からは石を打つ手つきがいいとか言われて、社内誌に載せる囲碁の死活問題を担当させられたりもした。社長や専務クラスの人にも囲碁好きは結構いて、昼休みの遊び相手として可愛がられたりしたのだった。(現在でも社長から囲碁を教わっている。社長は強すぎるので、とても対局とは云えません)

 

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囲碁は礼に始まり礼に終わる紳士のゲームだ。烏鷺の戦いではあるが、手談・手話などとも言って、相手が何を考えているか察することが出来る。対戦相手と心の交流が図れるのだ。このため、若輩者の私が先輩諸先生の考えを理解する機会も多く、何よりも碁仇という特殊な関係により、上層部の人とも割と気楽に接したりすることもできる。これは私の人生の中で最も大きなメリットであった。何しろ歴代社長や重役陣と囲碁を打つことで、同輩諸子から羨ましがられたりしていたのだった。

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正式碁盤と9路盤、11路盤

 

このように囲碁を知っておくことは決して無駄ではないし、有効で役に立つことが多い。特に最近は世界的に知名度が上がっており、欧米諸国でも盛んだ。世界選手権でのナンバーワンは韓国だし、本家の中国はアジアオリンピックでも頭脳スポーツとして採用したように、囲碁発祥国として頑張っている。我が国でも専門棋士になると億単位の年収も無理ではないようだ。まぁ、億は無理としても囲碁の道場などを開けば生活する分には困らないようだ。

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さて、我が家の孫3人。将来は何になるのか、今のところは自由に何でもチャレンジさせて、可能性を広げるように育てている。今のところ特に問題は無い。ところが、囲碁や将棋の専門棋士の話を聞くと初めて教わったのが5,6歳というのが多い。柔らかい頭脳のときに教え込むと伸びるようなのだ。となると、私もうかうかとはしておられない。孫たちに囲碁を教えなくては。といっても、無理やりに教えると嫌気がさすのが関の山だ。

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とりあえず、和君に私の碁盤と碁石をみせて、「これなんか知ってる?」。負けず嫌いの和君、「テレビで見たことあるよ」。

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その日は囲碁の真似事だけしたのだが、19路の正式碁盤では教わる方もまどろっこしいだろうし、嫌になるだろうから、小さい盤を作ることにした。さっそくホームセンターで木目が入った板を買ってきて、9路盤と11路盤の2種類を作った。

 

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これで準備完了。和君が興味を失わないように、何とか教え込まなければ。ある程度ルールが分かれば面白くなって、みるみる強くなるとは思うのだが。いま、和君は世界の国(国旗と場所)に凝っている。私が知らない国旗を書いたり、地図で国や都市を探し出す問題をしている。次から次に、目まぐるしく興味の対象が変わっているが、さて囲碁はどうなるだろう。5年後、私が黒石を持って、教わっているかもしれない!

 

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クリスマスピアノコンサート

2010-12-24 22:47:27 | 

  合奏「ジングルベル。右端に二人が!」

 

  天皇陛下が喜寿を迎えられた23日、TVでは陛下の幾分ふっくらされた御尊顔や今も楽しんでおられるテニス風景などが紹介されていた。中でも眼を惹いたのが御料車。皇室専用の列車だ。菊の御紋が飾られて、当時の最高の工芸家が精緻を込めた内装を施していて、その芸術的価値は計り知れないほどだ。明治大正期に十数輌製作されたらしいが、初号機は何と明治9年と云うから驚く。竜馬が暗殺されてから10年も経ていないのだ。すさまじいほどの文明開化の波が押し寄せた時代だと改めて感じる。

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 この日、北九州は12月にしてはまとまった雨をもたらした低気圧が足早に東に抜け、朝からぽかぽか陽気の快晴だった。この前線の影響で東北・北海道はまたもや大雪に見舞われていると報道されていた。TVのニュースを見ながら、朝早く起きて懸命に雪掻きをしている北国のか弱き女性たちに思いを馳せたりもした。

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 さて、この日はピアノ講師である長女が仲間二人と組んでのクリスマスコンサートだった。会場は小倉の中心にあるリバーウオーク内の北九州芸術劇場小ホール。130席弱のホールだが、感じが良くミニコンサートなどで利用されていて評判が良いようだ。長女もここで何度か出場した事がある。

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 開場の2時少し前に私達は到着した。大勢の人ではあったが、和君と奏君が素早く私たちを見つけて笑顔で迎えてくれた。二人とも白いシャツにベスト、短パンとミニ貴公子だ。リハーサルのために、会場には早く来ていたのだ。和パパの御両親、姉家族もニコニコ顔で和君の初演奏を楽しみにしている。孫二人はいつも以上に落ち着きが無く、興奮していた。何しろ二人とも初の経験なのだから。ジジババたちも孫以上に興奮していたかもしれない。私たちにも初の経験なのだから。

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<o:p> </o:p>定刻になって、超満員のなかコンサートが始まった。プログラムによると年齢順に出演するので奏君が2番目、和君が4番目だ。最初の女の子が弾き終わると、奏君が出てきた。リハーサルでは弾くのをためらっていたそうだが、大きなミスもなく無事に「ペンギンのおやこ」を弾き終えた。終わった瞬間、観客席の方を「終わったぁ!」と眺めたので会場も一気に緊張が解けた。やはり奏君らしい。

 

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 7ヶ月年上の和君は2曲弾いた。最初が独奏で「つなひきぞうさん」。続いて連弾で「飛べ、宇宙船」、軽快な曲で、もちろんメロディが和君。ママが弾くリズムに見事に合わせて弾ききったのだから、もう私たちは感激いっぱい。終わってきちんと礼も出来ました。日ごろの練習の成果がでたようです。

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 コンサートが終わったのが5時。孫達はそれぞれのファミリーで打ち上げをするので私たちは孫達と別れた。薄暗くなりかけた紫川の畔は様々なイルミネーションが溢れて、クリスマスを楽しむ人たちで賑わっていた。そんな中で目を惹いたのが「ハグ」のサークル。若い男女数人がハグを自由に、と呼びかけているのだった。思わず私もハグを!と引き寄せられそうになったが、わずかに理性が残っていた。私と入れ違いに小学生くらいの女の子が美人の女性にハグしてもらったのだが、私の代わりだ、と納得してその場を離れた。

 

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 夕食に天婦羅を食べた。気分が高揚していたので、フランス料理や地中海料理のフルコースでワインも味わいたいと思ったのだが、残念な事に私は小倉のそういう店を知らない。毎度の事ながら、天婦羅専門の店に入りビールを飲んだ。妻は焼き鳥でも良かったというのだが、街中のこじんまりした店に縁が無いのが残念だ。勤務地が遠いので地元の街は不如意なのも何だか寂しい。

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冬休み

2010-12-20 20:41:10 | 

 

 今晩のお月さま。明日は月食のようだが、北九州地方は雨模様。残念です。

 

 早いもので今年も残り2週間を切った。今日の北九州はものすごく暖かくて良い天気、まさに小春日和で師走の面影はまるで無い。 例年ならば今時分は年賀状の宛名書きや大掃除で妻との口論が絶えないのだが、今年は喪に服しているため大げさに新年を祝う事はできないので気が楽なのか、妻も口撃を仕掛けてこない。とは言っても窓ガラス拭きはいつしようかと私の顔色を窺う姿勢は崩していない。毎日が勤務じゃないから私はいつでも出来ると安易に考えてはいるのだが、妻は今年も自分がする羽目になるのか、心配なようだ。気忙しくなると妻も機嫌が悪くなるので、おせち料理は簡単に買ったらどうなの、と言ってはいるが、さてどうなる事だろう。妻の性分からして結局は娘達家族の分も含めてかなりの料理を作るのではないかと私は睨んでいる。ブリの手配も済んでいるようだし。

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 明日は私が受け持っている講座の中間試験だ。中間試験は22日までの3日間で、これが終わると専門学校は1月11日まで冬休みに入る。子供の頃は冬休みが嬉しかった。掃除や餅つきなど、負担と思う行事はあったが、お年玉が楽しみだった。今は危険な玩具として販売されていないと思うが、運動会でスタート用に遣うピストルの小形のような鉄砲を買い、巻紙の火薬をパンパン撃ち鳴らして遊ぶのが楽しみだった。不思議なことに、この鉄砲ごっこは正月時期だけの遊びだったように思う。駆け回るから、暑い夏は敬遠していたのか、それとも小遣いが裕福な正月だけだったのか。

 

 

バァバにプレゼントされたネックレスと和君の練習風景。

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 ルンルン気分で口ずさんでいる妻を見ると、胸に見かけないネックレスをしていた。和君からのプレゼントだという。園で和君が作ったらしい。そういえば和君も間もなく冬休みに入る。数日前に、2学期の和君の作品を持ち帰ってお披露目したのだった。お絵描きや切り紙、貼り絵などの他に裁縫もあって、良く知らないのだが二度縫い?、返し縫?などと説明してくれた。この幼稚園ではハサミや針などの危なっかしいものでもきちんと使い方を指導しているようで、変に逃げない教育を志向しているのが頼もしい。

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クリスマスコンサートの練習にも熱が入ってきている。和君・奏君がどのような演奏を見せてくれるか、ジジババへの楽しみなクリスマスプレゼントになることは間違いない。

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