妄想に対する説明。
統合失調症の患者の妄想は、どんなに時間をかけて、丁寧に説明しても、説得することは不可能である。統合失調症の患者の妄想を、説得するのは、ちょうど、目前にあるリンゴを指して、これはバナナです、と説得するようなものだからである。あるいは男の患者に、「あなたは女です」と、説得するようなものである。こんな事を言われて、「ああ。そうですか」などと、納得する人間など、いようはずがない。
患者の妄想に対しては、「それは、あなたにとっては現実です」という説明から入る。
そのあと、どう説明するか。私がよく使う手は、「常識を疑う」よう、進めるのである。そして、これは、何ら間違いではなく、事実なのである。昔は、「地球は丸い」と言おうものなら、人から、頭のおかしい人間と笑われた。それが昔の常識だったからだ。しかし、今、「地球は無限の平面である」などと、言ったら、人から笑われる。「天動説」、「地動説」も同じである。患者に、そういう風に説明しても、それで納得したり、多少なりとも自分に疑問を持ったりする患者はいない。徒労である。しかし、無駄骨であっても私は、言うだけのこうとは言う。
現代でも、科学において常識とされている事で間違っている事は、無数にある。
科学の研究は、大きくわけて、二つある。一つは、新発見である。今までにないものの発見である。しかし、もう一つある。それは、常識とされていたものの、くつがえし研究である。常識を真実と考えることほど、危険な事はない。
芥川龍之介も、「侏儒の言葉」で、上手い格言を書いている。
「危険思想とは常識を実行に移そうとする思想である」
(芥川龍之介「侏儒の言葉」より)
統合失調症の患者の妄想は、どんなに時間をかけて、丁寧に説明しても、説得することは不可能である。統合失調症の患者の妄想を、説得するのは、ちょうど、目前にあるリンゴを指して、これはバナナです、と説得するようなものだからである。あるいは男の患者に、「あなたは女です」と、説得するようなものである。こんな事を言われて、「ああ。そうですか」などと、納得する人間など、いようはずがない。
患者の妄想に対しては、「それは、あなたにとっては現実です」という説明から入る。
そのあと、どう説明するか。私がよく使う手は、「常識を疑う」よう、進めるのである。そして、これは、何ら間違いではなく、事実なのである。昔は、「地球は丸い」と言おうものなら、人から、頭のおかしい人間と笑われた。それが昔の常識だったからだ。しかし、今、「地球は無限の平面である」などと、言ったら、人から笑われる。「天動説」、「地動説」も同じである。患者に、そういう風に説明しても、それで納得したり、多少なりとも自分に疑問を持ったりする患者はいない。徒労である。しかし、無駄骨であっても私は、言うだけのこうとは言う。
現代でも、科学において常識とされている事で間違っている事は、無数にある。
科学の研究は、大きくわけて、二つある。一つは、新発見である。今までにないものの発見である。しかし、もう一つある。それは、常識とされていたものの、くつがえし研究である。常識を真実と考えることほど、危険な事はない。
芥川龍之介も、「侏儒の言葉」で、上手い格言を書いている。
「危険思想とは常識を実行に移そうとする思想である」
(芥川龍之介「侏儒の言葉」より)